「デジタル化とDXの違いを説明できますか?」
ITベンダーの方々が参加するイベントで、こんな問いかけをしました。絶対の正解などありません。しかし、ITプロフェッショナルである人たちが、自分の言葉で自信を持って説明できないとしたら、彼らの語る「お客様のDXを支援します」などという言葉に説得力などありません。
そんな両者の関係を「私なりに」整理してみました。
デジタル化とは何か?
そもそも、「デジタル化」とはどういうことでしょうか?なぜ必要なのでしょうか?
「デジタル(Digital)」とは、「離散量(とびとびの値しかない量)」を意味し、「アナログ(Analog)」すなわち「連続量(区切りなく続く値をもつ量)」と対をなす概念です。ラテン語の「指(Digitus)」が語源で、「指でかぞえる」といった意味から、離散的な数、あるいは数字という意味で使われています。
現実の世界は、全て「アナログ」です。例えば、時間や温度、明るさや音の大きさなどの物理現象、モノを運ぶ、誰かと会話するなどの人間の行為もまたアナログです。しかし、アナログのままではコンピューターで扱うことはできません。そこで、コンピューターで扱えるデジタル、すなわち0と1の数字の組み合わせに変換する必要があります。このプロセスを、「デジタル化」と言います。
マイクやカメラ、様々なセンサーによってアナログをデジタルに変換する。あるいは、紙の書類や手書きで行っていた業務をパソコンやスマホを使って処理することなどは、そんなデジタル化の事例です。
「デジタル化」によって、アナログな現実世界のものごとやできごとごとを「デジタル」に置き換えることができても、それだけでは意味がありません。それを人間の頭脳や手作業による仕事、肉声による電話での情報伝達、リアルに人が集まる会議での情報の共有をコンピューターやネットワークに任せることで、高速に、ミスなく、大規模に行うことができるようになって、はじめてデジタルの真価が発揮されます。
デジタル化とはソフトウェア化のことである
コンピューターやネットワークに、このような一連の仕事を行わせるために必要なのが「コンピューター・プログラム」とこれを実行するための一連の仕組みである「ソフトウェア」です。デジタル化するにも、デジタル化されたものごとやできごとを処理するにも「ソフトウェア」なくして実現しません。
つまり、デジタル化するとは、人間がやっていたことをソフトウェアに代替させることによって価値を引き出すことであり、「デジタル化」とは、すなわち「ソフトウエア化」でもあるわけです。
デジタイゼーションとデジタライゼーション
アナログな現実世界での様々な制約、例えば、地理的な距離、情報伝達の速度、一度に蓄積・処理できる情報量などは、デジタルに置き換えることで解消され、アナログのままでは実現できない、高速、正確、大規模な業務処理を実現できます。それを可能にするのが、ソフトウエアです。
アナログな様々な制約、あるいは、その制約を前提に作られた業務の手順をそのままにデジタル化やソフトウエア化しても、本質的な制約がなくなることはありません。ならば、ソフトウェアから見て最適なビジネス・プロセスやビジネス・モデル、つまり「アナログではありえない」ことを実現し、圧倒的な競争力を実現することもできるはずです。
既存の業務プロセスをそのままにデジタル化して業務の効率を高めることを「デジタイゼーション(digitization)」、デジタルを前提に既存の業務にとらわれることなく、新しいビジネス・モデルを生みだすことを「デジタライゼーション(digitalization)」と呼びます。
ソフトウエアファーストとは
後者のデジタライゼーションは、デジタル前提、すなわちソフトウエアによってアナログの制約を解き放ち、ソフトウェアにとって最適化された業務の手順、顧客との接点、価値の創出を実現しようというものです。つまり、「ソフトウエアありき」あるいは、「ソフトウエアを前提」に物事を考えることで、「アナログを前提」ではなしえないことを実現することができます。ソフトウエア前提でビジネスを捉えることが、「ソフトウエアファースト」です。
「ソフトウエアファースト」とはいっても、アナログな現実、例えば、ハードウェアの存在を無視できません。
例えば、自動車の場合、「走る」、「曲がる」、「止まる」などの、アナログな機能なくして実現できませんし、人の命を預かる上で、極めて重要です。ただ、これまでのようにハードウェアだけに頼っていた考え方から、ソフトウェアでできることを前提にハードウェアのあり方を見直すことで、乗り心地や安全性能を格段に高めることができます。また、自動運転の実現もこの延長線上にあります。だからこそ、自動車もまた「ソフトウエアファースト」という考え方が広まりつつあるわけです。これは、ものづくり全体にも広がりつつある動きです。
ハードウェアとソフトウエアがシームレスに往き来し、一体のモノとして全体の価値を創り出す
ものづくりにおける「ソフトウエアファースト」には、このような思想が根底にあります。
また、ハードウェアとソフトウェアの技術進歩のギャップを埋めるにも「ソフトウエアファースト」という考え方は役に立ちます。
モノをとりまく技術的進歩は、ソフトウエアよりも遅いのが一般的です。それは、試行錯誤の頻度とスピードに圧倒的な差があるからです。モノは「ハードウェア」を作らねばなりませんが、これには手間とお金と時間がかかります。一方、「ソフトウェア」は、プログラム・コードですから、これらが桁違いに少なくて済むわけです。そのため試行錯誤が高速にでき、技術進歩も高速に進みます。
ならば、ハードウェアで実現していることをできるだけソフトウエアに任せ、これらを融合できれば、両者の組み合わせで実現される「製品」もまた、高速に機能や性能を発展させることができることになります。
さらに、ソフトウェアは、他のソフトウエア、あるいは、そのソフトウェアを使ったモノやサービスとの連携も容易です。もの単体ではできないモノを越えた連携と価値の創出が実現できるのです。SDV(Software-Defined Vehicle)やコネクテッド・カー(Connected Car)が、昨今話題になるのはこのような背景があるからです。つまり、モノとサービスが一体となって、新たな価値を生みだすことです。
ならば、つながることを想定し、より広範に「ソフトウェア」のできることを前提にして、モノのあり方や社会の仕組み、ビジネスのあり方を最適化しようとの考え方が生まれます。「ソフトウエアファースト」とは、このような考え方でもあるのです。
ソフトウエア前提の最適化
かつて、ソフトウエアは「パッケージ製品」として販売されていました。代金を支払い購入すれば、その後は購入者の意志で、上位の製品に買い換える必要がありました。機能や性能の向上もそのタイミングで行われていました。しかし、SaaSが登場したことで、「買い換える」ことはなくなり、月額や年額で継続的に支払うサブスクリプションへと移行しつつあります。機能や性能の向上は、短いタイミングで、継続的かつ自動的に行われ、ユーザーは本人の意志とは無関係に、最新のソフトウェアを利用するようになりました。これは、SaaSのようなクラウド・サービスに限らず、PCやスマホにインストールするソフトウェアについても、同様の考え方で機能の向上や改善が行われるようになりました。
このようなやり方は、クラウド、PC、スマホに限らず、ソフトウェアで多くの機能を実装している家電製品や自動車、設備機器なども同様で、私たちはネットにつながった様々なモノが、同様の仕組みとなっています。
このような継続的な改善や機能の向上は、それらを使い続けることによって得られるわけですが、ユーザーは「使うことの体験」に不満を感じれば、他に乗り換えてしまう可能性があります。そうなると提供側の収益機会は失われます。当然、改善や機能の向上は、「使うことの体験」をよりよいものにすることに主眼が置かれるようになります。昨今、「UX(User eXperience)」あるいは「体験価値」という言葉が注目されているのも、このような背景があるからです。
当然、ソフトウェア前提のビジネスは、UX/体験価値を重視した開発したものになります。そのためには、新たな機能の追加や操作性の改善といったソフトウェアそのものに対する対応もあるのですが、ユーザーのニーズや社会環境の変化に即応することや、トラブルや不具合が起きたときにそれを迅速に開示し、その対応の経過も含めて情報を提供し続ける透明性も重要な要件となります。UX/体験価値とはこのようなことまで含めた考え方です。
当然ながら、このようなことは従来型のウォーターフォール開発や運用・保守では対応ができません。従って、アジャイル開発やDevOpsもまた前提になります。
「ソフトウエア前提の最適化」は、収益構造や顧客との関係を根本的に変える「ビジネス・モデルの変革」を伴うとともに、それを支えるソフトウエア開発や運用・保守の変革、経営の変革も必要となります。
ソフトウエアファーストとDXの関係
さて、そんな「ソフトウエアファースト」を意識することなく、頑張らず、当然のこととして、あるいは、日常の前提ととらえ、行動できる文化や風土を持つ企業になることができれば、デジタルが当たり前の世の中で、競争力を発揮できるはずです。そんな企業に会社を作り変える取り組み/変革を「DX」と言います。
「ソフトウエアファースト」で考え、行動できる企業への変革
DXをこのように解釈することができるでしょう。
DXとは、ソフトウェアファーストの企業へと変革するための取り組みです。ならば、ソフトウエアは、企業のコアコンピタンス、すなわち「競争力の源泉」となり、それを外注するなどもってのほかです。自らの力で企業価値を創出すべくソフトウエアを内製化できなくてはなりません。つまり、DXは、ソフトウエアの内製化が前提です。
そんなソフトウエアは、VUCAの時代に対処できる変化への俊敏性が欠かせません。当然、従来のような時間をかけて要件定義し、仕様書を固めて、一斉に大人数で分業して完成させるといった「ウォーターフォール開発」では不可能です。そうなると「アジャイル開発」もまた前提であり、クラウドやAIを駆使することで、変化に俊敏に対処できなくてはなりません。
これまでのはなしを整理する
- 「デジタル化」とはアナログな現実世界のものごとやできごとをコンピューターやネットワークで扱えるカタチ、すなわちデジタルに置き換えるプロセスのこと。
- 「デジタル化」には、既存の業務を大きく変えることなく効率化や大規模化、ミスの低減を実現する「デジタイゼーション」と、デジタルを前提に最適化された新しいビジネス・モデルを創り出し競争優位をもたらす「デジタライゼーション」の2つがある。
- 「デジタル」になってもそれを処理する仕組みが必要。それがソフトウエアである。つまり、「デジタル化」は「ソフトウェア化」と一体で、価値を創出する。
- 「ソフトウエア」は、アナログの現実世界の制約を解消できる。ならば、アナログ前提で築かれた業務や社会の仕組みを、ソフトウエア前提で捉え直し、作り変え、最適化を実現することで、ソフトウェアはより大きな価値をもたらす。このような考え方を「ソフトウエアファースト」という。
- 「ソフトウエア前提の最適化」とは、ビジネスの価値の重心をモノから体験へと転換し、ビジネス・モデルの変革と開発・運用・保守のあり方の変革を伴う。
- 頑張ることなく、当然のこととして、当たり前に「ソフトウェアファースト」の考え方や行動ができる企業へと変革するための取り組みを「DX」という。
- 「DX」の実践は、変化に俊敏に対処できるソフトウエア内製とアジャイル開発が前提となる。
いかがでしょうか?デジタル化とDXの違いはご理解頂けましたか。そこに大きく関わる「ソフトウェア」と「ソフトウェアファースト」についても、知っておく必要があります。
これは、私の言葉での説明に過ぎません。これを自分で消化して、台本に頼らずとも自分の言葉で説明できるようになって、初めて使える知識となります。そんな知識を土台に据えて、ぜひ、「お客様のDXを支援します」と自信を持って語ってください。そういうことが、ITに関わり仕事をするプロとしての最低限の矜持(誇り・プライド)ではないかと思います。
【参考書籍】
DXの本質とそれを支えるテクノロジーを学ぶには
ソフトウェアファーストの意味と大切さ、その実践方法を学ぶには
ソフトウェアファースト第2版 あらゆるビジネスを一変させる最強戦略
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。