「DX化」という表現をよく見かけますが、その多くは、「デジタル化」と区別せずに使っているようです。そもそも「DX=デジタル変革」ですから、「デジタル変革”化”」という表現は不自然です。仮に「DX=デジタル化」と解釈したとしても、「DX化=デジタル化”化”」となり、やはり日本語として違和感が残ります。
DXを解題すると何をすることがDXなのかがよく分かる
経済産業省のDXの定義によるとDXとは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに業務プロセスや組織、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とあります。
これを次のように読み替えることができます。
- データとデジタル技術を活用して、
- 顧客や社会のニーズを的確に捉え
- 自社の競争優位を確立すること。
そのために、次の変革を行う。
- 商材やビジネスモデル
- 業務の仕組み
- 企業の文化や風土
例えば、多くの卸売事業者は、在庫回転率を向上させることが指標となっています。それは、利益に直結するからです。そこで「データとデジタル技術を活用して」的確な需要予測と迅速な配送を実現することに取り組んでいます。
これに対して、工場や工事現場に作業道具を提供している卸売業の「トラスコ中山」は、在庫の引当率つまり、お客様から注文されたときに、在庫がある割合を向上させることを指標としています。つまり注文されたら直ぐに出荷できる割合を高めようというわけです。
これを突き詰め、注文されてから出荷するのではなく、注文される確率が高い商材を予め現場に置いておき、そこに置かれた作業道具(商品)を使ったら、使った商品の分だけ請求するという「富山の薬売り」方式に変えました。これにより想定外の需要にも即応できる可能性を高め、配送を待たずして直ぐに使える方式に変えることで、「顧客のニーズに的確に応える」ことができるようになり、顧客満足度を大いに高めることに成功しました。
売るものや売り方を変えることで、収益のあげ方も変わります。「商材やビジネスモデル」の変革です。
当然ながら、このようなビジネス・モデルは在庫量を増やします。そこで、日々の需要の変動や天候などの多様で大量の「データとデジタル技術を活用して」リアルタイムに分析し、精度の高い予測を実現し、適正な在庫を維持しています。
これに伴い、仕事の手順や業績管理指標も変わります。きめ細かな需要の変動と物流を結びつける必要もあります。これを人間の手作業で行うことなどできません。そこで「業務の仕組み」を、デジタルを活かして変革しました。
その後もこの仕組みの改善や新しいビジネス・モデルへの挑戦は継続され、他社が容易にまねのできない事業基盤を作り、「自社の競争優位を確立すること」に成功しています。その背景にあるのは、経営者が先陣を切って、このようなデータとデジタルを前提とした改善を当たり前のこととして行う「企業の文化や風土」へと変革を継続してきたことです。
多くの卸売事業者では、基本的なビジネス・モデルや業務プロセスを変えることなく効率化を目指した「デジタル化」に取り組んでいます。一方、「データとデジタル技術を活用して」3つの変革を実践し、競争の原理を他社に先駆けて作り変え、自社の競争優位を確立することに成功したトラスコ中山のケースは本来の意味での「DX」であるといえるでしょう。
「なんちゃらDX」から見えるDXの劣化
私たちは、言葉を自分にとって都合の良いように解釈したり、自身の限られた知識の範囲内で理解しようとしたりしがちです。その結果、本来の意味からかけ離れた使い方をしてしまうことは往々にしてあります。「DX化」は、そんなケースの1つでしょう。
「DX化」以外にも、「人事DX」「経理DX」「生産DX」といった「なんちゃらDX」も、本来のDXが持つ意味合いから逸脱した使い方です。
既存の業務プロセスや組織構造をそのままに、アナログな業務を「なんちゃらDX」と称するデジタルツールに置き換えるだけでは、DXと呼ぶことはできません。本来の定義に従えば、DXは「商材やビジネスモデル、業務の仕組み、企業の文化や風土」を変革することだからです。
もちろん、これらデジタルツールを活用した業務効率化や生産性向上は、企業にとって非常に価値のあることです。しかし、それはあくまでも「デジタル化」です。これらの取り組みは、本来の意味でのDXではありません。それにもかかわらず、DXという言葉に固執するのは、見栄えをよくするための虚飾でしかありません。
このような言葉の使い方は、DXを「デジタル技術を使うこと」という手段に矮小化し、本来の目的を見失わせてしまいます。これでは、顧客企業のDXの取り組みを誤った方向に導き、真の変革をもたらすことができません。ITベンダーやSI事業者は、プロフェッショナルとしての誇りを持ち、デジタル化とDXをそれぞれ明確に区別し、適切に使い分けるべきです。
言葉の正しい理解と適切な使用を通じて、DXの真価を追求し、顧客企業のビジネスの成長に貢献していくことが、ITに関わる人間の使命です。「DX化」や「なんちゃらDX」という使い方をしているのなら、DXの本来の意味に立ち返り、言葉を正すべきです。
DXの4つの解釈
DXの世間の喧騒を俯瞰すれば、この言葉の多様性に気付かされます。これを整理すれば、次の4つになりそうです。
- 段階3:DX=ビジネスモデル、業務プロセス、企業文化の変革し競争上の優位性を確立すること
- 段階2:DX=デジタル前提のビジネスモデルで新たな収益の機会を生みだすこと(デジタル化:デジタライゼーション)
- 段階1:DX=アナログな業務の仕組みをデジタル化し効率化すること(デジタル化:デジタイゼーション)
- 段階0:DX=デジタルを誰もが日常で使うようになること
ITに関わる仕事をしている人は当然ですが、ビジネスに関わるならば、このような階層を頭に入れておき、他者が使う「DX」がどの段階のことなのかを探る必要があります。双方が、「DX」という同じ言葉を使っていても、異なる意味で使っていれば、お互いに理解し合えません。そんなことになれば、ゴールが共有できず、何をすべきかも合意できません。結果として、何も成果をあげることができないという状況に陥ってしまいます。
「和を以て貴しとなす」がDXの実践を阻む
前節で、「DXには4つの解釈がある」と述べましたが、それらに共通していることがあります。それは、「D=デジタル」です。だれもが合意できる「DX」の共通項は、「デジタルで何かすること」です。ただ、前節で指摘したとおり、その「何か」に大きな解釈の開きがあるわけです。
DXにとって大切なのは、「D=デジタル」のところではなく、「X=変革/Transformation」です。ただ、この言葉は抽象的であるとともに、日本人には受け入れにところがあります。
日本人の性格として、争いや対立を避ける傾向があります。そこで、争いや対立を生みだしそうな「X=変革/Transformation」の解釈に踏み込まず、曖昧なままにしておこうというわけです。そして、合意できそうな「D=デジタル」で何かすることことだけ合意して、それぞれに、無理なく「デジタルで何かをして」、「DXをやっていることにする」ほうが、しっくりとくるのかも知れません。
そこに、日本人ならではの謙虚さ、すなわち「うちは、デジタルに遅れているからなぁ、なんとかしなくちゃなぁ」という漠然とした空気と共鳴して、「DX=デジタルで何かすること」で、カタチばかりのDXに取り組んでしまうわけです。
もっと積極的に(いや、消極的に)捉えるのなら、「変革なんて大それたことをすれば、仕事は増えるし、混乱や対立が生まれ、和が乱れるから、考えないことにしよう」という暗黙の合意を生みだしているとも言えるでしょう。「和を以て貴しとなす」という、聖徳太子が制定した十七条憲法の伝統がいまも息づいているのかも知れません。
Transformationと変革
もう少し深掘りすれば、Xの意味する英語の「Transformation」と日本語の「変革」とが、必ずしも同義ではないことにもDXがうまくいかない理由があるかも知れません。
「Transformation」の本来の意味に照らせば、「現状とは違う新しい形に作り変える」ことです。日本語の「改善」と近しい意味を持つ「Improvement」つまり、「よりよい状態に移行する、品質や状態を向上させる」と同義ではありません。ただ、日本語の辞書で「変革」を調べると、「改善」の意味も含まれていて、そのあたりが曖昧になっています。
このように考えると、多くの日本企業が上記の段階1である「DX=デジタルを使って業務を改善し、効率を高めること」という解釈に留まっているのも納得できます。これは、他社のやり方を積極的に模倣し、これを洗練して、競争力を磨いてきた日本企業の成功体験とも呼応しますし、対立を生むこともなく、「和を以て貴しとなす」という企業文化にもかなうわけです。
「改善/Improvement」が悪いわけではありません。これは、日本企業の持つ競争力の源泉であり、極めて重要です。ただ、そのことと「変革/Transformation」は異なることを受け入れなくてはなりません。
「変革/Transformation=現状とは違う新しい形に作り変える」ことであり、簡単なことではありません。既存のやり方に慣れ親しんだ人たちからは、反発もあるでしょうし、従来のやり方で成果をあげ、評価されてきた人たちとの対立も生まれるでしょう。それらを乗り越えなければ、Transformationは実現できません。
このことを自覚した上で、先に示した4つの段階を進めていくことは、現実的だと思います。ただ、0〜2の段階に留まるのではなく、3の段階に至ることがDXであるという、大局観を持ってDXの実践に取り組むことが大切なのだと思います。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第47期(2024年10月9日 開講)
次期・ITソリューション塾・第47期(2024年10月9日[水]開講)の募集を始めました。
次のような皆さんには、きっとお役に立つはずです。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
- IT業界以外から、SI事業者/ITベンダー企業に転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
ITソリューション塾について:
いま、「生成AI」と「クラウド」が、ITとの係わり方を大きく変えつつあります。
「生成AI」について言えば、プログラム・コードの生成や仕様の作成、ドキュメンテーションといった領域で著しい生産性の向上が実現しています。昨今は、Devinなどのような「システム開発を専門とするAIエージェント」が、人間のエンジニアに代わって仕事をするようになりました。もはや「プログラマー支援ツール」の域を超えています。
「クラウド」については、そのサービスの範囲の拡大と機能の充実、APIの実装が進んでいます。要件に合わせプログラム・コードを書くことから、クラウド・サービスを目利きして、これらをうまく組み合わせてサービスを実現することへと需要の重心は移りつつあります。
このように「生成AI」や「クラウド」の普及と充実は、ユーザーの外注依存を減らし、内製化の範囲を拡大するでしょう。つまり、「生成AI」や「クラウド」が工数需要を呑み込むという構図が、確実に、そして急速に進むことになります。
ITベンダー/SI事業者の皆さんにとっては、これまでのビジネスの前提が失われてしまい、既存の延長線上で事業を継続することを難しくします。また、ユーザー企業の皆さんにとっては、ITを武器にして事業変革を加速させるチャンスが到来したとも言えます。
ITに関わる仕事をしている人たちは、この変化の背景にあるテクノロジーを正しく理解し、自分たちのビジネスに、あるいは、お客様への提案に、活かす方法を見つけなくてはなりません。
ITソリューション塾は、そんなITの最新トレンドを体系的に分かりやすくお伝えするとともに、ビジネスとの関係やこれからの戦略を解説し、どのように実践につなげればいいのかを考えます。
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※神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO(やまと)会員の皆さんは、参加費が無料となります。申し込みに際しましては、その旨、通信欄にご記入ください。
- 期間:2024年10月9日(水)〜最終回12月18日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週(水曜日*原則*) 18:30〜20:30 の2時間
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み 99,000円)
- 内容:
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- IT利用のあり方を変えるクラウド・コンピューティング
- これからのビジネス基盤となるIoTと5G
- 人間との新たな役割分担を模索するAI
- おさえておきたい注目のテクノロジー
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- アジャイルの実践とアジャイルワーク
- クラウド/DevOps戦略の実践
- 経営のためのセキュリティの基礎と本質
- 総括・これからのITビジネス戦略
- 特別補講 *講師選任中*
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。
6月22日・販売開始!【図解】これ1枚でわかる最新ITトレンド・改訂第5版
生成AIを使えば、業務の効率爆上がり?
このソフトウェアを導入すれば、DXができる?
・・・そんな都合のいい「魔法の杖」はありません。
これからは、「ITリテラシーが必要だ!」と言われても、どうやって身につければいいのでしょうか。
「DXに取り組め!」と言われても、これまでだってデジタル化やIT化に取り組んできたのに、何が違うのかわからなければ、取り組みようがありません。
「生成AIで業務の効率化を進めよう!」と言われても、”生成AI”で何ですか、なにができるのかもよく分かりません。
こんな自分の憂いを何とかしなければと、焦っている方も多いはずです。