先週のブログで、日本のITベンダーにアジャイル開発が根付かないのは、「ソフトウェア工学」を学ばせていないからだと申し上げた。この背景には、「工数需要に対応できる人材」を育てることが目的となっていることがある。仕様に従いコードが書ければ、工数需要に対応できる。そうすれば売り上げを伸ばすことができるわけで、そういう人材を育てることに目的が絞られている。十分なビジネス合理性があった。
反面、こういう人たちは、学んだことはしっかりこなせるけれど、新しいことへの応用は利かない。プログラミング言語が多様化している、ローコードやノーコードで開発できるツールが充実した、生成AI支援開発ツールやクラウド・サービスが充実しつつある。これらを使いこなしていくことが求められている。アジャイル開発やDevOpsもまた前提となった。
そんなソフトウェアを取り巻く環境が大きく、急速に変わっているにもかかわらず、「Javaのコードは書けるが、それ以外のことはできない」人材が対処することは容易なことではない。
「ソフトウェア工学」というと大仰に聞こえるが、ソフトウエアが動く動作原理や、有用なソフトウェアが持つ特性・構造、その構築・維持・管理に関わるプロセスについての基礎的知識である。Javaは書けても、ソフトウェアを取り巻く環境の変化に追従できないのは、この基礎知識がないからだ。
もちろん、Javaが書けることはひとつのスキルではあるし、仕事にもなるわけで、その意義を切り捨てているわけではない。しかし、そのスキルを身につけることに留まり、その前提となっている「ソフトウェア工学」を学ぶことは、自助努力に委ねられているいま、この変化に対処することは難しい。
ITベンダーの経営者や人材育成の担当者は、それでいいと考えているのだろう。売上は工数で決まるのだから、工数需要に対処できる人材(=商品)を増やすために、これに特化した育成を行うのは当然というわけだ。
しかし、経営者たちの昨今の発言は、この考えと矛盾している。例えば、ITベンダー各社の社長メッセージを眺めると、「技術力を活かして、お客様の事業変革を支援する」とか、「IT(情報技術)を使って社会全体の変革において大きな役割を果たす」、「私たちの技術力で企業や自治体などのDX化を支える」といった言葉が踊っている。
技術力を前面に押し出して自分たちの価値をアピールしているわけで、決して、「Javaのコードをかける人材を潤沢に提供します」とは書いていない。つまり、工数人材しか育てようとしていないのに、技術力を提供しますと言っているわけで、これはあきらかにおかしな話しである。
技術力とは、基礎や基本なくして培われることはない。すなわち「ソフトウエア工学」や「コンピューター・サイエンス」だ。組織的にこれらを学ばせせる努力もしていないのに、技術力を提供するというのは、無理ではないかと思う。結局は、自助努力でがんばっている人たちに、なんとかしてもらおうと言うことなのかも知れない。しかし、そんな裏付けの稀薄な言葉を経営者が発していいのだろうかと思わずにはいられない。
ただ、この状況は、経営者や人材育成の担当者だけに責任を転嫁すべきではないかも知れない。個人の向上心や自助努力だけに頼るべきではないというのはその通りだが、それがなければ、スキルも知識も身につかない。大切なことは、両者が同じ方向を向くことだ。
1位の「生成AIを使った開発」は初登場ながら過去7年で最多となる63.2%の技術者が「今後利用すべき技術」として挙げた。もっとも実際のSIで使ったと回答した技術者は9.0%にとどまり、SI利用実績の順位は117技術中114位だった。
2位の「生成AI利用技術」は62.1%の技術者が「今後利用すべきだ」と回答した。SIで利用した技術者は15.8%。
これは、日経XTECHで紹介されていたJISAの情報技術マップについての記事の一説だ。
穿った見方かも知れないが、「知ってはいるけど、使ったことはありません」という態度であろう。「新しいことをいち早く学び、それを自分の武器にしよう」という図々しさがないのかも知れない。「会社がやらせてくれない」とか「そういう機会が仕事ではない」という言い訳も聞こえてきそうだ。
しかし、私のよく知るエンジニアたちには、会社とは無関係に個人で使い倒し、遊んでいる連中も多い。そして、これはいいなと思ったら、会社でも使い始めるという。個人の好奇心や向学心が原動力となって、新しいことにチャレンジする。それを仕事にも活かすというサイクルだ。そういう人たちは、総じて、基礎がしっかりできている。基礎を学び直したいと言うことで、大学に入り直したエンジニアの友人もいる。
そんなことは、みんながみんなできるわけではないといいたい人もいるだろう。私もその通りだと思う。ただ、それを会社が求めているという態度を、経営戦略×人事評価×人材育成の一貫したシナリオとして実践している企業は少ない。
技術力を自分たちの売り物だと看板に掲げているのなら、それにふさわしい施策を実践すべきではないか。しかし、「簡単には変えられない」とか「工数要員も足りないので」というような反応が返ってくるのだろう。しかし、工数ビジネスの伸び代がなくなることはもはや避けられない。ならば、先を見越して対処する覚悟と実践が必要だ。「お客様のDX」をどうのこうよりも先に、自分たちの変革に着手すべきではないか。
私は、新入社員研修から、まずは手を付けるべきだと思っている。収益の大半を稼いでいるのは、レガシーであるわけで、そこはこれまでのレガシー人材にしっかり稼いでもらえばいい。生成AIを使えば、少ない人数でも効率を高めることはできる。彼らが既に持っている基本の知識やスキルは、そのままでいい。新しい価値観や常識を強いる必要はないので、取り組みやすいだろう。
一方で、レガシーに染まらない新人たちを次の時代を支える人材に育てていくのがいいだろう。
「寿司職人は下積み10年で一人前の職人になる」といった古い考え方を捨てるべきだ。もうそんな時代ではない。コーディングも生成AIを駆使すれば、最初から80点のコードが書ける時代だ。クラウドを使えば、システムの構築の負担も大幅に減少する。最初の段階での平均点を劇的に押し上げることができる。このような時代なのだから、新人を0からスタートさせる必要はない。まずは、AI等のツールを使い、80点になるためのノウハウを教え、その先を極める筋道を教えてはどうだろう。
もちろん、このようなツールを使いこなすには、プログラミングやシステム開発についての専門的な知識やスキルが必要であることは言うまでもない。例えば、生成AIに対する要求の、あいまいさを排除し、可能な限り具体的な要求を出す必要がある。そのためには、問題の本質を理解し、それを技術的な要件に落とし込むスキルが必要だ。また、生成されたコードを既存システムに統合するには、システム・アーキテクチャやデータ・フローの知識が必要となる。
AIを開発で使えば、コード生成やドキュメンテーション、情報収集などの「知的力仕事」の生産性は大幅に向上する。その分、開発者は、ユーザーとの対話や業務の観察を通じて的確な目的、課題を設定することや、開発や運用のスピードを加速し、同時に安定したシステムを実現できるシステム・アーキテクチャの設計などの高次な知的作業に、より多くの時間を割く必要がある。
そのための能力を新人の頃から育て始めることだ。「ソフトウェア工学」はその土台となる。
経験もない新入社員にそんなことを教えてもついて行けないというかもしれない。しかし、それはベテランたちの思いこみだ。昔ながらのやり方を正しいと信じたいのは理解できるが、前提となるシステム環境が彼らの時代とは違う。その前提に立って、新人の頃から、AIなどのツールを駆使し、ソフトウェア工学をしっかりに学ばせ、変化に俊敏に対処できる基礎を身につけさせることだ。そして、将来にわたって、そういう方向に自助努力を促すようにしてはどうだろう。
ビジネスの土俵が変われば、人材のあり方も変わるのは当然だ。そのための変革こそ、お客様の変革に関わる前に必要なことではないか。
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