2023年11月に発表されたGitHub Copilot Workspaceは、開発者が、解決すべき問題をIssueとして記述すると、それに基づいてコード仕上げ、リポジトリーへの取り込みを依頼する「プルリクエスト」まで行ってくれるサービスです。
GitHub Copilot Workspace は、Issueに従いソフトウエアの仕様を生成し、次にソフトウエアを実装するための計画を作ります。開発者は計画を修正し、計画のステップに手を加えることもできます。この一連の作業が終われば、Implementというボタンを押すだけでコードが生成されます。生成されたコードは自動でテストが行われ、動作が検証されます。生成されたコードを開発者が修正することもできます。途中で誤ってエラーが発生した場合には、AIがエラーを見つけ、自動で修正してくれます。そして、プルリクエストも自動で行います。
このようなツールの登場が、SI事業者に直ちに影響を与えることはないと思います。なぜなら、GitHubを使うような業務がほとんどないからです。与えられた要件に従って、コードを生成する業務であったり、有史以前(担当者が関わるはるか以前)から使われているシステムの改変であったりと、GitHubを使うことに意味があるような開発プロセスではない業務が大半を占めているからです。
もちろん、GitHub以外にもChatGPTやBardにコード生成を生成させることはできますが、現実問題として、利用が制限されているケースも多く、そのようなツールの恩恵を受けることも難しい状況ではないでしょうか。
そもそも、GitHub Copilotのようなコード生成を支援してくれるツールは、コードを書けない人が使えるものではありません。コードを書いた経験がなければ、まともなシステム設計はできません。また、生成されたコードが正しいかどうかの判断もできません。コードを書けないSEが大半を占めるSI事業者が、これらを使いこなすには、エンジニアに求められるスキルを再定義し、育成のあり方も変える必要があります。これは、なかなかハードルの高いことです。
当然、顧客であるユーザー企業の情報システム部門も、従来の発注方法を直ちに変えることはできませんから、これまでの外注先との関係を直ちにはかえないでしよう。ただ、これは当面の話しであり、長期的に見れば、生成AIのSI事業者への影響は、極めて重大であり、致命的であるとさえ言えるでしょう。
業務の高度化や生産性の向上にとって、ITは、これまでも、これからも重要な役割を担います。しかし、ITの難しさ故に、IT利用やシステム開発は、SI業者やITベンダーに頼らざるを得ない状況でした。しかし、クラウド・サービスの充実やAIツールの登場は、「ITの難しさ」を大幅に緩和することは確実な状況です。また、ITを前提に新しいビジネス・モデルを生み出し、競争力を高めることは、企業の存続を左右するとの認識が定着しつつあります。そうなれば、圧倒的なスピードが必要となり、アジャイル開発が前提となることはもはや必然です。
ITの難易度が下がり、圧倒的なスピードが必要となれば、アジャイル開発やクラウドを前提とする内製化もまた必然です。そうなれば、内製チームは、システム開発にGitHub Copilot WorkplaceのようなAIツールを使うのは、自然の成り行きです。
「人手に頼るSI事業者のシステム開発」と「AIを駆使した内製チームによるシステム開発」のコストとスピードには、圧倒的な違いがあります。開発における自由度や柔軟性にも大きな違いがあります。しかも需要元であるユーザーが自ら内製するわけですから、競争の余地はありません。
システム開発や運用は、これまでは人間に頼るしかなく、コストパフォーマンスの評価もこの前提の上で、成り立っていました。しかし、近い将来、クラウドやAIツールを前提とした評価に置き換えられるでしょう。そうなれば、外注に頼る必要性はなくなり、内製拡大のムーブメントと相まって、SI事業者やITベンダーの工数需要が減少することは、火を見るより明らかです。
工数を提供することから技術力を提供することで収益を上げる事業へと変えていかなければなりません。
「あと何年くらいで、そうなるでしょうか?」
このようなご質問を頂くことがあります。もちろん、私にそれを言い当てられる知見などありません。ただ、上記のような理由から、SI事業者やITベンダーの工数需要が減少することは、間違えはありません。
ただ、何年後かを正確に知り得たとしても、やるべきことは変わりません。ならば、いますぐにも取り組んで、いち早くこの変化に対応し、むしろ自らがこの変化を加速させて、有利なポジションを築くべきではないでしょうか。
AIツールの性能や機能は、短期間のうちに向上することは、間違いありません。さらにアジャイル開発、コンテナ、マイクロサービスへの移行が進めば、そこそこできるエンジニアの存在意義は失われ、相当優秀なエンジニアしか生き残れなくなります。
一方、コード生成が主たる業務のSESは、旧来からのシステム需要が、直ぐになくなることはありませんから、仕事は維持できるでしょうが、コスト・プレッシャーは、ますます高まり、利益の確保やエンジニアの給与を上げることは、これまでにも増して難しくなるはずです。優秀な人材の確保は、ますます難しくなります。
このような状況を考えるならば、次のような事業へのシフトを模索すべきです。
- ITを前提とした事業変革支援する
- AI前提のアジャイル開発を駆使した顧客の内製化を支援する
- 自らがデジタル・サービス事業者として収益を上げる など
生成AIの登場と加速度的な進化は、システム開発に留まらず、ビジネス全般に大きな影響を与えることは間違えありません。ただ、システム開発は、その中でも最も短期間に決定的な影響をうける業務分野です。だからこそ、この状況にいち早く対処できれば、そのノウハウを上記のようなIT事業の変革に活かせるばかりか、他の事業分野においても、そのノウハウを活かせるはずです。
ITの人手不足は、旧来のシステム開発のやり方に依存している企業が多いことと、アジャイル開発前提の内製需要の拡大との間での綱引きが起こしているのではないかと、私は考えています。
前者は、先に述べたとおりAIの恩恵を受けにくく、AIによる生産性の向上は限定的で、IT需要の高まりとともに人手不足が続いています。一方で、後者の需要は旺盛で、これに対応できる人材は、これまでのSI事業者には少なく、転職できる人も限られます。そんな両者の綱引きの結果として、いまのIT人材の不足が生じているのではないでしょうか。
この状況に対処するには、SI事業者にしろ、ユーザー企業にしろ、人材の育成を事業投資と位置付け、取り組む必要があります。定常の研修予算の範疇で捉えるのではなく、事業転換のための投資として、人材の育成に取り組まなくてはなりません。
リスキリングとは、このような事業転換を前提に必要な人材を確保するための取り組みです。一般教養として、新しいことを学ばせることではありません。まさに、真の意味でのリスキリングに取り組む必要があるのです。
「何年先か」を予測できなくても、このような変化の到来は確実です。ならば、大きく舵を切るのは、「いま」しかないと思います。