デジタルには「手段」と「前提」という2つの顔がある
手段とは、目的を達成するために使う道具のことです。生産性や利便性の向上、コストの削減や時間の短縮、これまではできなかったビジネス・モデルを作ること、変化に俊敏に対処できる会社に作り変えることなどの目的があってこその手段であるはずです。そんな目的を達成するため手段として、デジタルを使います。
そんなデジタルの適用範囲が拡がれば、ビジネスの仕組みや働き方、人々の期待は、デジタルが前提になります。スマホを常時持ち歩き、だれもがLINEを使い、PayPayで支払うことが、多くの人の日常となれば、ビジネスもまた、そんな人たちの行動習慣を前提に組み立てなくてはなりません。生成AIがWindowsやOfficeに組み込まれ、プログラム・コードの生成にも広く使われるようになれば、仕事の生産性を評価する基準も、これらを使うことが前提になるでしょう。
この「手段」と「前提」が、スパイラルに絡まりながら、社会やビジネス環境の様相が、変わり続けるわけです。
このような変化は、デジタルに限らず、様々なテクノロジーの発展においても同様です。しかし、デジタルは、他のテクノロジーに比べて影響範囲が広く、かつ急速な発展を遂げています。だからこそ、私たちは、この変化に特別な関心を持ち、迅速に対処することが求められているわけです。
このような変化の中で、「DX/デジタル変革」という言葉が登場し、多くの人たちが、これを「まさに!」と共感したからこそ、この言葉が、広く使われるようになったのでしょう。
折しも、コロナ禍によって、リモートワークが強いられるようになり、ワークフローのデジタル化やセキュリティ対策の見直しが必要になりました。また、お客様との関係構築の方法もいままで通りにはいかず、マーケティング方法や営業方法、ビジネス・モデルの再構築が求められるようになりました。DXという言葉は、この状況の中で、さらにもてはやされたわけです。
しかし、DXの本来の目的は、「変革」であったのに、一部では、「デジタルを使うこと」が、目的となってしまっています。それは、抽象的な「変革」よりも、具体的な「ツールの導入」のほうが、分かりやすいからでしよう。いつしか手段の目的化が常態化し、DXの本来の目的である「デジタル前提の社会に対処するために会社を作り変えること」が置き去りにそれてしまっているようにも見えます。
DXの本質を置き去りにしている経営者とDX推進組織の現実
この状況を正し、本来のDXの目的に軌道を向けさせるのが、経営者の役割であり、その責務を託されDX推進組織の仕事です。しかし、DX推進組織は、そんな現場の取り組みを追認し、各部門の取り組みをとりまとめて報告する役割に留まり、経営者も「頑張って取り組んでいるなぁ」と具体的な行為そのものを評価して、本来の目的の達成の度合いを評価しないという、なんともゆがんだDXの実践に陥っているところもあるようです。
「変革」とは、まずは時代遅れになったことを辞めることから始めなくてはなりません。その上で、新しいことを始めることが、正しい順序です。しかし、「いまを辞めること」には、現場の抵抗が伴います。そこで手頃なデジタル・ツールを使って、「DXをやっていること」にしてしまおうとするわけです。
これでは、変革は進みません。だからこそ、DX推進組織は、「リーダー・シップ」を発揮し、タブーや暗黙の了解にも踏み込んで、古き良き時代の栄光や常識を捨てさせる役割を担う必要があります。これは「調整役」では、務まりません。
経営者は、そんな取り組みを積極的に支援しなければならないはずですが、「DX推進組織」に丸投げして、彼らのやっていることを追認する、あるいは、自分たちのDXとは何かを現場に決めさせようとする。任せられた方も、そんな経営者の態度を見て、自分たちに都合のいいように解釈し、変革のリスクを負おうとはしない。こんな構図が、できあがっているように見えるのは、私がへそ曲がりだからでしょうか。
DX研修の2つの柱
「デジタルリテラシー教育」あるいは「DX人材の育成」もまた、こんな構図の上で取り組まれますから、「手段の実践力」に重点が置かれています。例えば、RPAやローコード開発ツール、AIツール、クラウド・サービスなど、道具の使い方を学ばせ、スキルを身につけさせる研修ばかりが、並びます。そういうツールを使って、何を目指すのか、何を変革するのか、なぜ、こういうスキルが必要なのかといった、目的を理解する研修は、ありません。当然、目的がはっきりしないわけですから、それを自分事として捉え、「変革」のために取り組みへと具体的に落とし込むこともありません。結果として、デジタル・ツールの適用範囲を拡がるかも知れませんが、変革は一向に進みません。
デジタル・ツールの適用範囲が拡がったことで、「DXが実践されている」とか、「DXが浸透している」と経営者やDX推進組織は、満足するかも知れませんが、変革は、いつまでたっても実現しないわけです。まあ、「DXとはデジタルツールの導入を促進すること」と解釈しているのであれば、立派な成果かも知れませんが・・・。
もちろん、デジタル・ツールを使うことに価値はあります。しかし、これだけでは「変革」はできないということです。結局のところ、現状をそのままに効率や利便性を高めることには貢献できても、「デジタル前提の社会に適応するために会社を作り変える」といったDXの意図する「変革」には結びつきません。
デジタルリテラシー教育あるいはDX人材の育成は、目的と手段を十分に議論し、これを明確に分けて、実施すべきです。具体的には、次の2つの軸で取り組むべきです。
目的の理解を浸透させるための研修
- デジタル化の急速な発展や、これに伴う社会環境の変化を客観的、体系的に整理して、自分たちの於かれている状況を理解する。
- この状況に対処するために取り組むべき「変革」の本質を理解し、自分たちの現実と照らし合わせて、いまやっていることを問い直し、「辞めること」をはっきりさせる。
- ビジネス環境の変化に対処するために「新しく始めること」を考え、実践の筋道を考える。
何のために、何をしなければならないかを、自分事として捉えることが、この研修の目的です。危機感を醸成し、この状況を脱するための変革の戦略を描き、自分たちの「あるべき姿」を明確にする取り組みです。言わば、「変革」の土台を作ることです。
手段を使いこなすスキルを身につける研修
- 自分たちの状況を客観的に認識し、課題を捉えるためのスキルを習得する。
- 既存の常識に束縛されず、変革テーマを明確にするためのスキルを習得する。
- 有効なデジタル・ツールの使い方を習得する。
目的つまり、変革の土台を作れば、これを実践しなくてはなりません。そのたための知識やスキルを習得するのが、この研修の目的です。
改めて、自分たちのやっていることが、「目的なき手段の導入・変革なきDX」になってはいないかを、問い直してはいかがでしょうか。
まもなく締め切り 次期・ITソリューション塾・第45期
次期、ITソリューション塾では、臨時補講として「生成AIの実践ノウハウ」をこの分野の第一人者にお願いしました。また、特別補講では、「トヨタのデータ&デジタル戦略の最前線」をド真ん中の当事者に語っていただきます。
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- クラウド/DevOps戦略の実践
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