「ビジネスの当たり前を、デジタル前提に作り変える」
DXを実践するのは、容易なことではありません。既に成果をあげ、定着している仕事のやり方やお客様との関係、働き方や雇用制度を、デジタル前提の社会に最適化すべく、作り変えようというわけですから、現場の不安や反発は覚悟しなくてはなりませんし、相応の投資が必要です。
DX推進組織の役割はトップダウンとボトムダウンの同期化
そんなDX実践の起点は、トップダウンです。経営者が、DXの本質を正しく理解し、確固たる信念でリーダーシップを発揮しなければできません。そのためには、危機感を煽るだけではなく、新しい時代を自ら作っていくことへのやり甲斐や使命感、自分たちの働き方や待遇が向上することを示し、期待や高揚感を変革の原動力としていくことも、忘れるべきではありません。
一方で、そんなトップダウンの取り組みに、ボトムダウンで同期しなければ、何も変わらず、成果もあがりません。ビジネスの最前線にいる人たちこそ、課題を肌で感じ、その解決を望んでいます。また、現場だからこその気付きが沢山あるはずです。そんな気付き得た人が、自分で正しいことを始めれば、共感者が増え、仲間が集まり、組織や会社を動かす力になります。
そんなトップダウンとボトムダウンを同期させることが、DX推進組織の最も重要な役割です。経営者に、自社の状況を示し、どのような戦略を採るべきかの選択肢を提示すること、現場の自発的な取り組みを促し、支援する環境を整え、両者を同じ方向に向かわせることで、変革を加速します。
例えば、次のようなことは、DX推進組織の役割ではないはずです。
- 他社の事例を集めて紹介すること
- 「デジタル・ツールを使うこと」を事業部門に促すこと
- 部門の利害関係を調整すること など
もっと高い次元で、自分たちのビジネス環境の変化やこれからの「あるべき姿」を提示し、組織の壁を乗り越えた取り組みを促すリーダーシップを発揮ししなくてはなりません。
テクノロジーの感度を高めることが競争力の源泉
DXの実践でもうひとつ欠かせないのは、デジタル・テクノロジーへの積極的な対応です。例えば、ChatGPTなどの生成AIは、日常業務の生産性を劇的に向上させるだけではなく、接客応対の品質向上やイノベーションの加速など、ビジネス全般にわたり、大きな影響を与えます。このような新しいテクノロジーをいち早く取り入れ、業務を革新する企業と、そうでない企業の格差は、広がっていくでしょう。ビジネスにおけるデジタルの役割は、ますます大きくなっていることを、理解しておかなくてはなりません。
注意すべきは、「ChatGPT」を導入して「DXをやったこと」にしないことです。ChatGPTに限ったことではありませんが、様々なデジタル・ツールを入れることで、まるでDXを実践しているかのごとき、達成感や満足感を得て、ニコニコにならないことです。
このようなツールは、目的があってのツールです。ツールを導入するというのは、その目的に向かうための手段、あるいは、その目的を社員に気付かせる手段でしかありません。
例えば、Azure OpenAI Serviceを契約して、社内ユーザーに特化したクローズドなChatGPTが使えるようになったとしましょう。ユーザーは、安心してChatGPTを使えるようになったところで、それだけならば、「好奇心旺盛な限られた一部の人たち」のオモチャで終わりです。
それがダメだと言うことではありません。そういう人たちがやっていることを積極的に紹介し、自分もやってみようという気運を高め、オモチャとして遊び始める人たちを増やすことができれば、それでいいように思います。こんなことがでこきる、これは面白い、仕事に使えそうだというような、空気を作ることに、大きく役立つはずです。
仕事の生産性を高めるには、その次のステージに進めなくてはならないでしょう。例えば、検索拡張生成/RAG(Retrieval Augmented Generation)に取り組むことです。RAGとは、汎用的なChatGPTに回答をさせるときに、社内データを参照させて、自社固有の回答を生成させることです。そのような仕組みを作ってこそ、業務と一体化したサービスになります。
RAGだけではなく、自社の業務の生産性や品質を高めるために独自のMy GPTsを開発することもひとつの手段です。My GPTsとは、ChatGPTのカスタマイズ機能で、オリジナルのGPTを誰でもプログラミング言語やコードを使わずに簡単に作ることができる機能です。
つまり、ChatGPTを”素”で使わせることで終わらせるのではなく、仕事の仕方を変える手段として、将来を見越したシナリオ、つまり戦略の元に、「まずは使わせて、意識の醸成を図る」というような、考え方が必要だと言うことです。
ツールを使わせることで「DXをやっていることにしない」ことが大切です。
このようなシナリオは、テクノロジーの感度を高めておかなければ、描けるものではありません。
人材の育成は研修だけではできない
そんなデジタルを業績の改善に結びつけるには、頑張ってデジタルを使うことから、デジタルありきで物事を考え、使いこなせる人材を育てていかなければなりません。人材育成は、これまでにも増して重要になります。
そのための研修は必要ですが、同時に取り組むべきことがあります。例えば、世間で当たり前に使っているクラウド・サービスをコンプライアンスやセキュリティを盾に制約を課し、「デジタルを使うのは大変だ」という空気を醸成したり、システム開発を外注に依存したりといった、時代遅れの慣習を辞めることです。デジタル・リテラシーとは、そんな企業風土があればこそ、育まれます。
デジタル・ツールの自発的な活用や工夫を促すことや、システムの内製化の範囲を拡大することで、デジタル前提で考え行動する「当たり前」を定着させることなくして、デジタル前提の文化や風土は育ちません。
また、研修についても、その目的やあるべき姿をはっきりとさせて、取り組む必要があります。ローコード開発ツールやクラウド・サービスなどの使い方を教えても、現場にそれを使うニーズや機会、あるいは使おうという意欲がなければ、時間のムダです。また、生成AIを使える環境を整えても、それをどのように使うかを、現場の実情に即してガイドしなければ、十分に活かすことはできないでしょう。何のために=目的、どのような成果を出したいのか=あるべき姿をあきらかにして、研修を丁寧にデザインしていくことが必要です。
DXの実践を対処療法の積み重ねにさせてはいけない
前回の記事で述べたとおり、「変化が速く、将来が予測できない」社会に適応するためには、「変化に俊敏に対処できる圧倒的なスピード」こそが、事業を継続させ、企業を存続せる前提となります。そのためには、「変化が緩やかで、将来が予測できる」時代の常識や価値観と決別し、そんな時代に創られたやり方を根本から作り変えるしかありません。
デジタルツールを使う、働き方を改革する、昇進制度を変えるなど、会社を作り変えるための手段を駆使することは必要なことです。ただ、それがいかなるあるべき姿を目指しての取り組みなのでしょうか。それぞれの取り組みのベクトルの行き着く先について議論を積み重ねながら、手段をうまく使っていくことが大切です。
DXとはそんな変革であり、容易には実現できないことを自覚することです。くれぐれも、デジタル・ツールを使うことで、「DXをやってることにする」ことがないようにしなくてはなりません。
デジタル前提で考え行動する「当たり前」を定着させること
DXの実践とは、そんなあるべき姿を実現する取り組みではないかと思います。
募集開始 次期・ITソリューション塾・第45期 を2024年2月14日[水]よりの開講いたします。
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ご参加をご検討頂ければ幸いです。
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詳しくはこちらをご覧下さい。前期・第44期の講義のダイジェスト動画も掲載していますので、よろしければご覧下さい。
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- 時間:毎週(水曜日*原則*) 18:30〜20:30 の2時間
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み 99,000円)
- 内容:
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- IT利用のあり方を変えるクラウド・コンピューティング
- これからのビジネス基盤となるIoTと5G
- 人間との新たな役割分担を模索するAI
- おさえておきたい注目のテクノロジー
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- アジャイルの実践とアジャイルワーク
- クラウド/DevOps戦略の実践
- 経営のためのセキュリティの基礎と本質