2023年は、生成AIで大騒ぎの1年でした。2022年11月のOpenAIが開発したChatGPTのリリースが、その震源地です。
ChatGPTが、これほどまでに、使われ、大騒ぎになったのは、チャットという誰もが使えるシンプルなUIと自然言語での流暢な対話能力、そして汎用性の高さです。人間に語りかけるように相談すれば、とても博学な相手が、どんなことにも答えてくれます。さらに、こちらが指示したイラストまで描いてくれます。
結果として、「生成AI」あるいは、「AI」が、とても身近な存在として、日常に入り込んできました。これは、1990年代に登場したインターネット、2000年代のソーシャル・メディア、2010年代のスマートフォンに匹敵する出来事です。「ITの日常化」のステージが、一段階進む出来事であり、AIもまた日常の一部に組み入れられたと言えるでしょう。
もうひとつ、注目すべきは、AIが「作るAI」から「使うAI」へと変わりつつあることです。これまで、AIを使うには、何をさせたいか(タスク)に合わせて、大量の学習データを集め、莫大な計算量を必要とする行列演算をこなし、タスクをこなすためのルールや処理の雛形であるモデルを作っていました。これには、膨大な手間や時間がかかること(当然、お金もかかります)に加え、AIやデータ解析についての高度な専門知識が必要でした。
このように、AIを使うためには、自分たちのやりたいことに応じて個別に作る必要があり、AIを使える=作れる企業は、限られていました。しかし、生成AIは、この常識を変えようとしています。
AIを使うために大量の学習データ、膨大な計算量、高度な専門知識が必要なことは変わりません。これを資金力と技術力のある企業が担い、さらにその規模を何百、何千倍に拡大して、どのようなタスクにも対応できる汎用性の高いモデルが作られました。これは、様々なタスクをこなすための基盤となることから「基盤モデル(Foundation Model)」と呼ばれています。この基盤モデルに、わずかな指示や命令を与えるだけで、様々なタスクをこなせるようになりました。これをコンテンツ生成につかえるようにしたのが、生成AIです。この生成AIをチャット・アプリケーションとして実装したのが、ChatGPTやBardなどです。
これまでのように目的のタスクをこなすためのAIを個別に作らなくても、基盤モデルを使えば、指示や命令を与えるわずかな手間と時間で、自分たちのやりたいタスクをこなせるAIが、使えるようになったのです。まさに、「作るAI」から「使うAI」とAI利用のパラダイムが、大きく変わることを意味しています。いまはまだ、指示や命令を出すためのプロンプトを使いこなす技術「プロンプト・エンジニアリング」の巧拙が、結果を大きく左右しますが、アプリケーションに組み込まれ、さらには、曖昧な指示や命令でも、それをこれまでの行動履歴や関連情報、対話での確認などを駆使して、最適な指示や命令に仕立てて、答えを返してくれるAIエージェントも登場し始めています。
また、いまは、言語を学習データとした基盤モデルである大規模言語モデル(LLM/Large Language Model)が主流ですが、GoogleのGeminiのような画像や音声などの多様な形式のデータも含めて学習データとするマルチモーダル基盤モデルが登場しています。これらにより、その適用範囲や性能が、飛躍的に向上するとされています。
「作る」から「使う」へのパラダイムの転換は、過去にもありました。それは、「クラウド・コンピューティング」です。かつて、コンピューティング(データの保管、演算処理、通信等のコンピューターを使った処理のこと)は、自分たちの必要に合わせて、自前で機器や設備を所有し、自前でプログラムを開発、あるいは、市販のプログラムを手直し、自前の施設に設置、導入して管理するのが一般的でした。「クラウド・コンピューティング」は、この常識を変えてしまいました。
ユーザーが求めているのは、システムの機器や設備を「所有する」ことやプログラムを「作る」ことではなく、「使う」ことです。しかし、「使う」ためには、所有し、作る必要がありました。この「所有する」と「作る」を「クラウド・コンピューティング」事業者に委ね、ユーザーが、すぐに「使う」ことができるようにしたのが、「クラウド・コンピューティング」です。
その結果、コンピューティングの適応範囲は広がり、テクノロジーの進化も加速され、いまの「デジタル前提の社会」を育んできました。これと同様のことが、いまAIでも起きつつあるのです。
ユーザーがAIに期待するのは、AIを「作る」ことではなく、「使う」ことです。しかし、「使う」ためには、「作る」ことが必要だったわけですが、その制約がなくなったのです。「クラウド・コンピューティング」が、そうであったように、基盤モデルの登場によりAIの適応範囲は広がり、テクノロジーの進化も加速していきます。そして、「AIの日常化」が進み、「AI前提の社会」へと変わっていくことになるでしょう。Microsoftが、PCのキーボードに「AIキー」を付けたことなどは、そんなAIの日常化を象徴する出来事です。
この変化は、確実に人間の仕事を奪います。いままで、人間にしかできないとされてきた仕事をAIが代わりにやってくれます。その方が、早く、安く、正確だからです。この流れに、抗うことはできません。ならば、この流れに乗ることです。
かつて、人間がシャベルを持ち、穴を掘っていたのが、パワーショベルに置き換わったように、工場の生産ラインに大勢の作業員が並んでいたのを、組み立てロボットに置き換えられたように、テクノロジーは、人間の仕事を機械に置き換えるべく進化してきました。AIもまた、そんな正常な進化のひとつです。
パワーショベルの登場により、大規模な土木工事を短期間かつ安価でこなせるようになり、その余力は技術を進化させ、高機能で大規模な土木建築も容易にこなせるようになりました。生産ラインの自動化で、高品質の製品を安価に使えるようになりました。つまり、これまで以上に生産性や品質を高め、力仕事の余力を新たな技術の開発に振り向けられるようになったのです。
これまでの仕事をテクノロジーに奪われることで、人間はこれまでにない新たな価値を生みだすことに役割をシフトさせました。そして、それらを管理、監督することで、価値を増大させてきました。
AIの進化も同様です。AIは、これまで人間が担ってきたパターン化された知的作業である「知的力仕事」を奪い、人間は、新しい価値を生みだす「知的創造」や、それらを管理監督することで価値を増大させる「知的増幅」に、意識と時間を傾けることができるようになります。労働生産性の劇的な向上も実現し、より豊かな社会の実現に貢献できるようになります。
2023年の生成AIの大騒ぎは、AI前提の社会が到来することの幕開けとなるかもしれません。ならば、これからの社会がどうなるかではなく、これからの社会を自分たちは、どうしていくかを考えなくてはなりません。私たちもまたこれからの時代を作る当事者のひとりだからです。
SI事業者やITベンダーの方々の心配事は、AIの普及やクラウド利用の拡大と、これに伴う内製化の広がりが、工数需要の減少させることではないでしょうか。このトレンドはいまに始まったわけではありません。ただ、生成AIの進化と普及は、この流れを加速させることになるはずです。そうなれば、これまでも言われてきたことですが、高次の企画や戦略、あるいは、生成AIを含む新しいテクノロジーや内製化の前提となるクラウドやアジャイル開発の利用を普及定着させること、つまり「工数」という「労働力」ではなく、最新のテクノロジーやメソドロジーを使いこなすための「知識」や「技術力」を売るビジネスへのシフトを加速させなくてはなりません。
いまだ、DXだの、アジャイル開発やDevOpsをどうしよう、AIをどのように扱おうなど、周回遅れのことを考えている余裕などありません。考える暇があったら、使ってみて、目の前にあることに最善を尽くして行動することです。行動した結果から判断して、改善を繰り返す。このようなアジャイルな行動のサイクルを回していくことです。そうやって、新しい自分たちの売り物を創り、育ててゆくことです。従来の延長線上に答えはありません。
2024年がどうなるかに思い悩む必要はありません。2024年をどうするかを考え、行動することです。そのためには、ここで説明したAIのパラダイムばかりでなく、ITに関わる様々なパラダイムが、いま大きな変化を遂げていることを知っておくべきです。そして、それらにどう向きあうかを決めなくてはなりません。
他社の成功事例を集めていても意味はありません。変化の速い時代にあっては、それらは既に過去のことです。せっかく集めたのだから参考にしたいというのなら、「やってはいけない事例」として、参考にすべきでしょう。
誰かの正解、他人の成功といった三人称に頼るのではなく、自分で正解を創り、新しい成功事例を生みだすといった一人称の取り組みに、向きあうことが大切です。私たちは、いまそんな時代に生きていることを自覚し、今年やこれからを作っていくことしかないのです。
募集開始 次期・ITソリューション塾・第45期 を2024年2月14日[水]よりの開講いたします。ご参加をご検討頂ければ幸いです。
ChatGPTをはじめとした生成AIの登場から、わずか1年で、IT界隈の常識が一気に変わってしまいました。インターネットやスマートフォンの登場により、私たちの日常が大きく変わってしまったことに匹敵する、大きな変化です。いま社会は大きな転換点を迎えています。
ITベンダー/SI事業者の皆さんにとっては、これまでのビジネスの前提が失われ、既存の延長線上で事業を継続することは、難しくなるでしょう。
ITに関わる仕事をしている人たちは、この変化の背景にあるテクノロジーの進化を正しく理解し、自分たちのビジネスに、あるいは、お客様への提案に、活かす方法を見つけなくてはなりません。
ITソリューション塾は、そんなITの最新トレンドを体系的に分かりやすくお伝えするとともに、ビジネスとの関係やこれからの戦略を解説し、どのように実践につなげればいいのかを考えます。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
- IT業界以外から、SI事業者/ITベンダー企業に転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
そんな皆さんには、きっとお役に立つはずです。
詳しくはこちらをご覧下さい。前期・第44期の講義のダイジェスト動画も掲載していますので、よろしければご覧下さい。
- 期間:2024年2月14日(水)〜最終回4月24日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週(水曜日*原則*) 18:30〜20:30 の2時間
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み 99,000円)
- 内容:
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- IT利用のあり方を変えるクラウド・コンピューティング
- これからのビジネス基盤となるIoTと5G
- 人間との新たな役割分担を模索するAI
- おさえておきたい注目のテクノロジー
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- アジャイルの実践とアジャイルワーク
- クラウド/DevOps戦略の実践
- 経営のためのセキュリティの基礎と本質
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
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2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー