「AIが人の仕事を奪うのではなく、AIを使いこなせる人が、使いこなせない人の仕事を奪う」
ChatGPTの登場で、気付かされたのは、この現実です。わかりやすく言えば、「新しい領域をカバーする便利な道具」が登場した訳です。
「便利な道具」であるというのは、Excelが「便利な道具」であることと、同じです。どれほどExcelが便利な道具であっても、Excelが勝手に仕事をしてくれることはありません。何をしたいのか、どのようにアウトプットしたいのか、どのような機能があるかを理解し、どう操作するのかは、使う人間に委ねられています。
私たちは日常の業務で当たり前にExcelを使いこなしています。もはや、Excelなしでは、仕事になりません。仕事の現場では、一定水準のスキルでExcelを使えることを前提に、仕事の生産性や品質が期待されています。その期待を著しく下回れば、仕事ができない人間だと評価されてしまいます。つまり、Excelは、仕事をする上での誰もが認めるリテラシーというわけです。WordやPowerPoint、検索エンジン、Zoomなども同様です。
ChatGPTやその他の生成AIツールを使いこなせることが、「リテラシー」の域に達しているとは、まだ言えませんが、これは時間の問題だろうと思います。
生成AIツールは、Excel同様に、「便利な道具」ですから、勝手に仕事をしてくれるわけではありません。一方で、これを使いこなせることができれば、仕事の生産性や品質は、著しく向上します。Excelと違うのは、その適応範囲が、「知的力仕事」つまり、「手間はかかるがパターン化できる知的作業」を広範にカバーしていることです。
私もプレゼンテーション資料の作成や原稿の執筆に多用しています。情報の収集や整理、思考の壁打ちやアイデア出し、資料や文章の下書きなどに、大変役立っています。かつては、検索エンジンや書籍で情報を集め、自分で表や文章にまとめていたのですが、いまはこの辺りの作業を、生成AIツールで行っています。もちろん、丸投げではなく、複数のツールや検索エンジン、書籍を組み合わせて、最終的なアウトプットの品質は、自分で確認をしています。それでも私の仕事でかなりの部分を占めている「知的力仕事」の生産性や品質は、大幅に向上しました。
そんな生成AIの利便性や可能性について、改めてまとめてみると次のようになります。
ひとつは、時間の短縮と生産性向上です。先にも述べたとおりです。「知的力仕事」である、情報の収集や整理、プログラム・コードの生成、報告書の作成、文章の下書きなどは、アウトプットが早くなるので、試行錯誤をこなせる回数が増え、アウトプットの内容を吟味して、品質を上げることができます。あるいは、同じ時間内に、沢山のアウトプットを作ることができます。
もうひとつは、高度専門知識の効率的活用です。専門家や経験者が、そばにいなくても、困っていることとや自分には解決が難しいことを、その場で尋ねることができます。
たとえば、Github Copilotであれば、膨大なソース・コードからコードの書き方を学んでいますし、デザイン・パターンも知っているでしょう。Excel Copilotであれば、Excelの関数を全て知っているはずです。そんなAIの専門家に、「こういうときはどうすればいいのですか」と質問すれば、直ぐに適切な答えを返してくれます。
そうやって得られた時間や新たな知識を使って、人間は新たな問を創り出し、自分の知識を再構築することができるようになります。
ただ、使いこなすためには、以下の3つの能力が必要です。
ひとつは、テーマや課題、問いを設定する能力です。何を知りたいのか、何を解決したいのかは、人間にしかない好奇心や好き嫌い、夢や理想といった価値観に依存しています。これが、知的作業の起点です。
次は、問に応じた適切、かつ過不足ない指示/プロンプトを書く能力です。論理的な思考を駆使して思考を巡らせ、適切な言葉を組みあせて説明できる言語力です。生成AIは、多機能であるが故に、どの機能をどのように使うかを言葉によって絞り込み操作しなくてはなりません。
3つ目は、結果を解釈できる専門的知識や教養です。生成されたアウトプットを見て、誤りを指摘したり、疑問を持って問い返したり、他の手段を使って確認したりができなければ、成果物の品質は担保できません。結果を鵜呑みにしないで、他の知識と比較して妥当性を検証できる能力無くして、使いものにはなりません。
生成AIについては、まだまだ課題も多く「うまく使いこなすための個人的スキル」が不可欠です。やがては、このような課題も解消されていくとは思いますが、まずはいまの段階でどのような対処が必要かをまとめておきましたので、参考にしてください。
まだまだ課題はあるにしても生成AIツールは大変便利な道具です。これをうまく使いこなす能力があれば、仕事の成果に繋げることができます。この現実を深く考察すれば、私たちの知性を高い段階に押し上げることを迫っているのだとも言えるでしょう。
これまで、大きな割合を占めていた「知的力仕事」が、AIによって代替されてしまえば、そこを担っていた人たちの仕事がなくなってしまいます。例えば、コーディング作業が生成AIに置き換われば、コーディングを専門にしてきたエンジニアの仕事はなくなります。特定の専門知識に頼った仕事もAIに尋ねれば、答えを得られるようになるでしょう。
そうなれば、特定の専門知識やスキルに頼ることはできません。より高次なシステム全般にわたる総合的な知識やスキルが求められます。あるいは、プログラミングだけではなく、マーケティングとデザインとの組合せなどの複合的な知識やスキルに長けている人材が重宝されるようになります。
また、10人ほどのチームで行っていたシステム開発の作業を、3人くらいでできるようになれば、意思決定が早くなり、デリバリーの頻度も上がります。それらを自律的に機能させられるビジネス・マインドやリーダーシップが重要になるでしょう。
このことからも分かるように「知的力仕事」に適応していた知識やスキル、知性のステージをより高次の段階へ引き上げなくては、仕事の機会や収入は、制約されることになるでしょう。
登場して間もない技術であり、サービスですから、新しい技術やサービスがどのようなカタチでいつ頃登場するかについて、確定的なことは言えませんが、変化のトレンドは、このような方向に向かうことは、間違えないでしょう。特に人月工数にたよるSIビジネスは、このトレンドを真摯に受け止め、新たなビジネスのシナリオを描き、リスキリングを推し進めるべきです。
このチャートの上流工程の仕事は人間の役割が大きい領域です。ただ、仕事の生産性や品質はAIを使うことで改善できます。その余力で、上流を担ったエンジニアが、点線で囲んだ下流工程をAIに任せるための指示を作ることや、AIの支援を得て自分でやってしまった方が、仕事も早く、コストは安く済みます。何よりも、改善や機能の向上なども、上流が分かっているからこそ、高速に対応できます。
具体的には、自分たちの売り物を「組織力で人月工数を調達して提供する」ことから、「圧倒的な技術力でお客様の内製化を支援する」や「積み上げた業務的な知見を生かした独自のサービスを提供する」といった、お客様が自分の本業にリソースを傾注できるようにするための価値を提供することです。
生成AIはその適用範囲を拡大させるだけではなく、次のステージであるAGI(汎用AI)への進化も急速に進むでしょう。ますます、人間にしかできなかった仕事を圧倒的なコストパフォーマンスで実現できるようになります。
「まだ何とかなる」という甘い期待が、いつまでも続かないことは、覚悟しておかなければなりません。そのための備えは、もうお済みでしょうか?
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2022年10月3日紙版発売
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斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
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