当たり前のように続いたオンライン研修も、そろそろ使い分けが必要だと感じています。演習を伴わない研修であれば、オンラインでも、期待する成果をあげることはできます。もちろん、オンラインならではの工夫は必要です。例えば、次のようなことです。
- 声の抑揚を強調する
- 質問やコミュニケーションができるツール(私はSlidoを使っています)を用意する
- 名指しで声を掛ける
情報量が著しく制約されるオンライン・ツールですから、このような工夫をしても、リアル研修と同様の場の雰囲気を共有することはできません。それでも、講師側からの情報提供が、大きな割合を占める研修であれば、十分に目的を達することができます。しかも、「会場に行く」というハードルがなくなるので、受講者も参加しやすく、志が高ければ、むしろオンラインのほうが、効果的です。
しかし、受講者が共同作業で、その場での成果物を求められる研修をオンラインでおこなうことは、容易なことではありません。実際にコロナ禍の最中に、グループ・ディスカッションを実施し、その成果を整理してまとめ、発表して共有するという演習を研修に取り入れたことがあります。Miro、Google Drive、Zoomのホワイトボードなど、使えそうなツールは、いろいろと試してはみたものの、いまひとつ盛り上がりに欠けました。
「盛り上がりに欠ける」とは、「双方向でのリアルタイムな議論の掛け合いができない」ということが大きいような気がします。つまり、ある人が喋っているとき、それに被さって相槌を打ち、途切れることなく、流れるように、脈打つように双方が、掛け合うように会話が続くという状況です。このような場が、思わぬ言葉や他人の考えに遭遇させ、自分の気がついていなかったことに気付かされ、新たな知識の創発を促します。これがオンラインでは難しいのです。
これらは、知的創造力を発揮する上では、欠くことのできない要件です。講師が知識を提供し、受講者がこれを受け取る一方通行型の研修であれば、このような状況は不可欠な要素ではありませんが、創造的成果物を生みだすための研修であれば、これができないことは、致命的とも言えるでしょう。
また、グルーブ内や他グループのメンバーとのさりげない会話が、知的刺激となり、活発な議論を引き出すことも多いのですが、オンラインでは、これができません。
さらに、椅子に座りっぱなしでなく、立ったり座ったり、あるいは、別グループに移動したり、柔軟体操をしてみたりすることで、論理を司る左脳がリラックスでき、直感を司る右脳も刺激されることで、柔軟な発想が促されます。休み時間にも、議論や作業の余韻が残っていますから、そこからまた新たな視点が供給されることもあります。
また、議論させ、それを模造紙やホワイトボードに書き、まとめのドラフトはノートに手書きしてもらうようにしています。これは、ツールのお作法や使える機能に制約されることなく、思考プロセスとアウトプット・プロセスのギャップを減らし、思考とアウトプットのタイムラグをなくすことができます。また、ツールを使いこなすストレスからも解放されるので、自由で創造的な成果を生みだすには効果的だからです。
そんな、リアル会場での演習のメリットをまとめるならば、次のようになるでしょう。
- 議論の広がりや深まりが促される
- 創造的作業の生産性が高い
- 暗黙知が共有される
3つめは、特に重要だと考えています。ご存知の方も多いとは思いますが、企業活動における「暗黙知」の重要性は、経営学者である野中郁次郎氏によって提唱されました。この暗黙知を経営に活かすための方法論として「SECIモデル」が提唱され、多くの企業で活かされています。
文章や図解、数値などによって、誰が見ても理解できるような形式で表現された客観的な知識である「形式知」は、それよりも遥かに大きな「暗黙知」の一部にすぎません。そんな「暗黙知」は、他人に伝えることが難しい知識であり、相手の感情や行動、態度などの形式化しにくい情報を介して、相手のそばで感じることで知ることができます。オンラインでは、これが難しいわけです。
演習を伴う研修は、まさにこの「暗黙知」を相互理解して、自分の知識体系に同化させ、組織活動への適応を目指しているわけです。つまり、SECIモデルで言うところの4つのプロセスのうち、共同化、表出化、結合化の3つに焦点を当てています。
共同化:暗黙知を暗黙知として伝え、相互理解を深める段階。必ずしも言語で伝える必要はなく、身体や五感を使いながら、勘や感覚などを表現して他者と共有。
表出化:暗黙知から形式知へと変化させる段階。暗黙知を言葉や図などを形式知へ変換。
結合化:形式知と形式知を結びつける段階。これにより新しい知識が形成され、これが個人単位ではなく、組織財産として活用できるようになる。
内面化:形式知から個人の暗黙知へとまた変化させる段階。結合化によって新たに創られた形式知を、各個人で習得するために反復練習等を行うことでまた自分のものとする。
コロナ禍を経て、リアルに人が集まることがプレミアムな時代になりました。だからこそ、そのプレミアムを活かせる研修とオンラインで何とかなる研修をうまく使い分ける必要に気付かされました。
世間では、リアル回帰の動きが勢いを増しているように思います。何事も大きく左へ振れれば、その勢いで、右へと大きく振り戻ってしまいます。これは、仕方のないことではありますが、この現実に引きずられるべきではありません。
改めて、研修について考えれば、知識取得の効率を重視するならオンライン、知識創造を重視するならリアルといった、冷静な使い分けを考えるべきです。
デジタル人材の育成やDX研修の目的は、業績の改善や事業の変革です。そのために必要な知識取得を目的とする研修であれば、オンラインでも可能です。一方で、自分たちの抱える課題を議論し、解決策を考え、戦略を策定することは、極めてアナログな行動と思考の所産です。これを目的とする研修は、リアルでなければ難しいでしょう。デジタルは、その成果をアウトプットし、共有する手段として使うことが、効果的です。
デジタル人材やDX人材の使命は、デジタルが前提となった社会に適応するために、自らもデジタルな手段を駆使してビジネスの仕組みや経営のあり方を作り直すことだと考えています。そのために必要なことは、デジタルについての知識やこれを使いこなすスキルだけではありません。場を共有し、感情や行動、態度などの形式化しにくい情報を感じ取るアナログなプロセスを駆使でなくてはなりません。そんな人材を育てる上で、リアル演習を伴うアナログな研修は、大変効果的だと考えています。
参考 > デジタル人材育成の3つのシナリオとリスキリングについて
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2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
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