「AIが、人間の仕事を奪う」というのは本当だろうか?
ChatGPTの登場により、ビジネスの常識が大きく塗り替えられました。しかし、そんなChatGPTの旬も終わり、AIは、次のステージへと向かい始めています。当然、私たちの仕事やキャリアについても、新たな見通しを持たなくてはなりません。
ChatGPTが普及したことで、「AIが、人間の仕事を奪う」という話しが、現実感を持って語られるようになりました。しかし、昨今のAIの動向から見えてくることは、「AIを使いこなせる人が、AIを使いこなせない人の仕事を奪う」という表現が、ぴったりくるように思います。
例えば、生成AIを使ったコード生成支援ツールであるGitHub Copilotでは、コードを書き始めると、次に続くコードの候補をどんどん提示してくれます。入力する文字列を増やすほどに候補が絞られ、選択するとそれが直ちに続きに書き込まれます。これは、コード生成の生産性を上げることに大いに役立ちそうです。実際に仕事で使っている人に話を聞くと、作業時間は、半分かそれ以上短縮できるとのことでした。ただ、あくまで、「コード生成」に限っての話しです。
また、こんな話しも聞こえてきました。
「プログラミングに精通している人ほど、生産性向上の効果が高い」
日本語入力の予測変換機能もそうですが、予測・提示された言葉が、正しいかどうかを瞬時に見分け、これを選択できなければ生産性は上がりません。何を書きたいかを分かっていて、文章の構成を予め描き、沢山の語彙や表現方法を駆使できる文章力がなければ、この機能を存分に活かすことができません。いくら優れた予測変換機能があっても、何をどう書くかに迷っていたら生産性など上がりません。Wordを使いこなすことに長けていても、素晴らしい文章をどんどんと書けるとは限らないのと同じです。
プログラミングでも同じ話です。結局のところ、優秀なプログラマーほど、こういうツールを使ってパフォーマンスを上げられるわけです。そう考えれば、システム開発の現場で、「AIが人間の仕事を奪う」のではなく、「AIを使いこなせる人間が、AIを使いこなせない人間の仕事を奪う」可能性が、大いに高まりそうです。
AIが工数需要を消滅させる理屈はこうだ
上流工程での人間の役割はAIに取って代われることは少ないでしょう。ただ、AIの支援を得て、生産性や品質を向上させることはできます。一方、下流工程では、かなりAIに任せることができます。
これまでであれば、上流工程をやる人たちと下流工程をやる人たちが別れていていました。上流工程の仕事の成果を下流工程に引き継ぐことで、下流工程における「工数ビジネス」の需要を生みだしていたわけです。しかし、上流工程の仕事の生産性が向上し、その余力を活かして、その人達が、下流工程の仕事を自分でAIに任せられるようになれば、ここでの「工数ビジネス」は失われます。
これは、いまの社会のニーズともマッチしています。変化の速い世の中で、俊敏に対処できる能力が企業に求められるいま、下流工程を他者に任せることは、ビジネス・スピードを削ぐ大きな要因です。だから、上流から下流を全て内製化しようとの動きが拡がっているわけです。しかし、現実には、下流工程まで全て自分たちで賄えるほどの人材には乏しく、SI事業者やITベンダーに任せている企業も少なくありません。
しかし、ユーザー企業が、下流工程の作業をAIに任せられる環境を整え、これを使いこなすスキルを持てば、この問題は解消され、コスト面でもスピード面でも大幅な改善が図れます。かくして、「AIを使いこなせる”上流工程の”人間が、AIを使いこなせない”下流工程の”人間の仕事を奪う」構図が生まれてくるわけです。
もちろん、これは、AIだけのことではありません。クラウド事業者が、プラットフォームやAPIを充実させ、サーバーレスの適応範囲を拡げつつある中、AIの発展と相まって、下流工程での工数需要は、加速度的に消滅していくことになるでしょう。
「ITのいまの常識を使いこなせる人が、これを使いこなせない人の仕事を奪う」
そんな潮流が生まれつつあります。自分はどちらの側に立つのかをはっきりとさせることです。その上で、必要な知識やスキルを磨き続けなくてはなりません。
いまの常識を使いこなせる人になるための「思考の三原則」
AIがますます発展し、普及する時代になれば、AIツールを使いこなせることは、ExcelやWordを使えると同じレベルで、基本的なリテラシーとなるでしょう。ここでの差別化の余地は、なくなってしまいます。一方で、AIやその他のITのいまの常識を持ち、その可能性と限界といった本質を正しく理解し、これを活かす方法を工夫できる能力は、これまでにも増して、人間に求められます。これがあるからこそ、「何を解決したいのか、何を実現したいのか」といった、人間にしかできない「問を生みだす」ことができるわけです。この点に於いて、人間への期待は、ますます高まります。
「マシンは答えに特化し、人間はよりよい質問を長期的に生みだすことに力を傾けるべきだ。」
“これからインターネットに起こる『不可避な12の出来事』”の中で、ケビン・ケリーが述べた言葉です。
例えば、銀行の窓口で応対していた行員がATMに置き換わったように、駅の改札で切符を切っていた駅員がICカードのタッチに変わってしまったように、やり方が決まっている仕事は機械に置き換わってゆくのは歴史の必然です。それがテクノロジーの発展によって、より複雑な業務プロセスにも拡がりつつあります。
一方で、「何に答えを出すべきか」を問うことは、これからも人間の役割です。コード生成やテスト、運用管理などは機械に任せ、「どんなシステムを作ればビジネスの成果に貢献できるのか」、「どのようなビジネス・モデル、ビジネス・プロセスにすれば成功するのか」、「現場の要請にジャスト・イン・タイムでサービスを提供するにはどうすればいいのか」といった問いを発し続けることが人間の役割となります。
ITに関わる仕事をしているのなら、「ITのいまの常識」を、表面的な言葉の意味だけではなく、その本質たる思想や技術基盤、その適用と合わせて捉えることができなくてはなりません。また、自分の仕事や会社の事業、さらには自分のキャリアと結びつけて考える思考回路が必要になります。
「終戦の詔勅」の草案作成に関わり、「平成」の元号の考案者でもある東洋思想の研究者・安岡正篤は、「思考の三原則」を表しています。
第一に、目先に捉われないで、出来るだけ長い目でみる。
第二に、物事の一面だけでなく多面的にみる。
第三に、何事も枝葉末節ではなく根本的にみる。
ITに関わる仕事をしていると、どうしても目先の製品やサービスが目につきます。しかし、それらがどのような課題を解決するのか、その課題は、企業や社会にとって、どれほど本質的なのか、あるいは、その製品の背景にある思想や基盤となっている技術はいかなるものか、結果として、自分たちのビジネスにどのような影響を与え、自分たちは、これをどう扱えばいいのかなど、いろいろと考えを巡らせることが、「思考の三原則」にかなう向き合い方です。
「思考の三原則」をChatGPTを例に考えれば、次のような思考回路を巡らせることになるでしょう。
ChatGPTの基盤となる技術は、GPT(Generative Pre-trained Transformer)であり、これをチャットのアプリケーションとして仕立て上げたものです。GPTは、チャット以外にも様々な応用が可能です。例えば、プログラム・コードの生成、電子メールへの返信、コールセンターにおける応答など、様々なアプリケーションへの適用が拡大しています。
そんなGPTの元になったのは、Transformerと呼ばれる自然言語解析アルゴリズムです。この技術は、膨大なデータを事前に学習させておき、様々なタスクに適応できるように作られた「基盤モデル」のひとつで、言語に特化した「大規模言語モデル」と呼ばれています。
この「基盤モデル」は、自然言語に留まらず、画像や動画、音声などの非定型データだけではなく、財務や会計のデータといった定型データをも取り込み、より広範な用途での利用が期待される「マルチモーダル基盤モデル」として、その応用の可能性は、さらに拡がっています。
この技術の根幹をなしているのが、深層学習です。深層学習は・・・
このような深さや広がりを持って、ものごとを捉えることが、「思考の三原則」にかなう思考回路です。
「理解するとは、個々バラバラな事象がお互いに一定の関係を持つものとして見えてくる、あるいは見えるようにすること。」
政治学者であり、東京大学総長を務めた佐々木毅は、著書「学ぶとはどういうことか」の中で、このように述べています。「思考の三原則」に通じる考え方ではないかと思います。
ITを生業にしている私たちにとって、日々湧き起こる様々な言葉に翻弄されがちです。そうならないためには、「思考の三原則」に即して、言葉の背後にある本質を理解しようとする心がけが、欠かせません。相手の言葉を深く読み解き、適切な知恵や提案を示す上で、とても大切なことです。
AIがどれほど発達しても人間は学び続けなくてはならない
「AIがプログラムを書くようになれば、プログラミングの勉強なんかしても、意味が無いのではありませんか。」
あるIT企業の新入社員研修でこんな質問をもらいました。冒頭でも述べたとおり、AIの時代だからこそ、プログラミングも含めて、人間としての知識やスキルは磨き続けなければなりません。この前提があるからこそ、こういう道具を使いこなすことができ、仕事のパフォーマンスをあげることができるのです。
ますます、人間が、本質や根本を学ぶことは大切になっていくのでしょう。これがあるからこそ、人間は、問いを発することができるのです。
激しく渦を巻きながら勢いよく流れる川を上から眺めるだけでは何が起こっているかを知ることはできません。一方、その底の流れは、下流に向かって蕩々と流れています。この底流を見る、すなわち本質や根本を読み解くことができれば、テクノロジーやビジネスは、どちらに向かってくのかを見通すことができます。このような思考回路を持つことが、事業の成長や自分のキャリアを磨く上で、大いに役立つことは、言うまでもありません。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第44期
次期・ITソリューション塾・第44期(2023年10月4日[水]開講)の募集を始めました。
ChatGPTをはじめとした生成AIの登場により、1年も経たずにで、IT界隈の常識が一気に塗り替えられました。インターネットやスマートフォンの登場により、私たちの日常が大きく変わってしまったことに匹敵する、大きな変化の波が押し寄せています。ブロックチェーンやWeb3、メタバースといったテクノロジーと相まって、いま社会は大きな転換点を迎えています。
ITに関わる仕事をしているならば、このような変化の本質を正しく理解し、自分たちのビジネスに、あるいは、お客様の事業活動に、どのように使っていけばいいのかを語れなくてはなりません。
ITソリューション塾は、そんなITの最新トレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、その背景や本質、ビジネスとの関係をわかりやすく解説し、どのように実践につなげればいいのかを考えます。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
- IT業界以外から、SI事業者/ITベンダー企業に転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
以上のような皆さんには、きっとお役に立つはずです。
詳しくはこちらをご覧下さい。
- 期間:2023年10月4日(水)〜最終回12月13日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週(水曜日)18:30-20:30 の2時間
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み99,000円)
- 内容:
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- IT利用のあり方を変えるクラウド・コンピューティング
- これからのビジネス基盤となるIoTと5G
- 人間との新たな役割分担を模索するAI
- おさえておきたい注目のテクノロジー
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- アジャイルの実践とアジャイルワーク
- クラウド/DevOps戦略の実践
- 経営のためのセキュリティの基礎と本質
- 総括・これからのITビジネス戦略
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【特典2】本書で扱うには少々専門的な,ITインフラやシステム開発に関わるキーワードについての解説も,PDFでダウンロードできます!
2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。