業務の実践を通じて、体験的に育成することを目的としたOJT(On the Job Training)。しかし、OJTとは名ばかりに、ただ先輩の雑務をやらせているだけや、「根性を付けさせる」ためにベテランでも難しい新規顧客開拓をやらせているといった話しを聞くことがあります。
具体的な方法や達成基準も曖昧に、OJTを任された先輩や上司の経験知と新人の自助努力に頼ってしまっているとすれば、苦労して優秀な人材を採用しても、育つか育たないは「運まかせ」あるいは、「本人まかせ」となってしまいます。
入社して早々の「研修」は、社会人としての基礎教養を身につけさせ、それに続く「育成」の土台を作ります。実践に役立つ能力の「育成」は、配属された現場でなければできません。ならば、その最初の機会となるOJTは、それを任された人の力量や熱心さ、あるいは本人の自助努力にゆだねるなどというリスクは犯すべきではありません。
育成を任された先輩や上司に明確な方法論や達成基準を与え、仕事として、育成を担う自覚とスキルを与えなくてはなりません。しかし、現実は、そんな理想とはかけ離れています。
OJTの3つのやり方
ではどうすればいいのでしょうか。営業人材の育成を例に、フォワード・チェイニング、ランダム・チェイニング、バックワード・チェイニングという3つのやり方をご紹介します。OJTを有効な育成の手段にするための糸口が見えてくるかもしれません。
フォワード・チェイニング
「失敗を乗り越えて成功を強いる」アプローチです。顧客開拓、案件獲得といったベテランでも難しい営業活動の初期段階から、入金確認といった簡単な仕事へと最初から一貫してやらせる方法です。この方法は、次のような状況を生みだします。
- 実践経験がないので、アポ取りに苦労する。
- 仮にアポが取れても商品や会社についての知識がなく、自信を持って話ができない。
- 高いハードルの前に、失敗を繰り返し、成功体験をなかなか得られず、長期間にわたり挫折感を味わい続ける。
このような「苦労」を強いることで、いつかは、ゴールに到達したいという希望を持たせつつ、何度も失敗を体験させ、これを克服させる手法です。
「根性を鍛える」には有効な手段ですが、それに耐えられない新人たちもいるでしょう。それに耐えられた新人だけが残ればいいと割り切るならば、これも選択肢となりますが、かなりハイリスク・ハイリターンなやり方です。
ランダム・チェイニング
「先輩の雑用係。成長は本人の自助努力に任せる」アプローチです。計画性を持たず、先輩営業の仕事に合わせ、先輩の仕事の一部を任す形で、ランダムにいろいろな仕事を体験させる方法です。この方法は、次のような状況を生みだします。
- 広く浅く全体を見渡すことができる。
- ひとつのプロセスを徹底してやり遂げることがなく、営業プロセスに習熟することは難しい。達成感を得にくい。
- 一貫した仕事の流れを経験していないにもかかわらず、OJTが終わるとフォワード・チェイニングを求められ、新人営業にとっては、大きな負担となる。
このやり方は、実質的に「放置放任」と変わらず、成長は、本人任せ、運任せとなります。本人に強い目的意識があれば、そこから学ぶこともりますが、このようなOJTの場合は、先輩や上司は、出来の悪い部下、あるいは「お荷物」程度にしか扱っていない場合もあります。そうなると、メンタルな面での気遣いや本人の将来を考えるなどといった配慮もなく、実質的に成長するかどうかは本人の自助努力でしかありません。「勝手に育ってくれ。まあ、相談にはのる」ということかもしれませんが、これではトレーニングとは名ばかりです。
バックワード・チェイニング
「成功を積み重ね、成長を実感させる」アプローチです。まずは、ハードルの低い検収や入金などを任せ、成功を体験させます。それから徐々にハードルの高い前半へと仕事の範囲を広げてゆく方法です。この方法は、次のような状況を生みだします。
- 検収や入金は、成功の結果。その仕事を任せることで、成功の喜びを共有することができる。
- 徐々に難しい仕事を経験させ、成功体験を蓄積しつつ、一貫した仕事の流れを経験できる。
- 常にひとつひとつのプロセスを完結させ「やり抜いた」という充実感を持たせ続けることができる。
このやり方は、目的を達成できたという成功体験を重ね、成長を実感させながら能力を高めることができます。高いモチベーションを維持できることから、学ぶことへの意欲や謙虚さを醸成できるでしょう。時間はかかりますが育成担当の上司や先輩と本人とが成長の実感を共有できるので、お互いの信頼関係も醸成できます。
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ベテランの人たちの中には、自分はフォワード・チェイニングで育てられたので、それがOJTの「常識」と考える人もいるかもしれませんが、それがいまの新人達にそのまま通用するかどうかは、慎重に考えた方がいいでしょう。
確かに、フォワード・チェイニングのほうが短期間に成長を促すには有効かもしれません。しかし、自己肯定感が低く、挫折の経験を積まずに社会人となった人たちも増えているいま、このやり方は、かなりのリスクを伴うことを覚悟すべきでしょう。フォワード・チェイニングを使うとしても、徹底したコミュニケーションを怠らず、本人のいまの課題に共に向きあい、メンタルにも配慮する必要があります。
人によっては、前半は、バックワード・チェイニングを適用し、ある程度自信をつけてきたらフォワード・チェイニングでやってみるのもひとつの方法かも知れません。
いずれにしても、配属先の育成担当者には、OJTは育成の一環であることを十分に意識させ、十分なコーチングのスキルを持たせておくべきです。
営業活動プロセスの大切さ
バックワード・チェイニングであっても、フォワード・チェイニングであっても、その前提として、標準的な営業活動プロセスを定義しておく必要があります。参考までに、普段私が新入社員研修で使っている標準的な営業活動プロセスのチェックリストをダウンロードできるようにしておきましたので、よろしければご活用ください。
案件評価チェックシート
このチェックリストは、「確度評価」と「進度評価」の2つの評価軸で構成されています。「確度評価」とは、案件獲得の確実性を評価する基準です。例えば、これまでの仕事の実績が高く評価され、担当の役員から、「本件も是非御社にお願いしたい」と言われていれば、受注の可能性/確度は、極めて高いと言えます。
しかし、確度は高くても、現場の方と要件をまとめ、見積金額を確定し、契約を締結するといった一連の手順を進めなければ、受注には至りません。そんな、受注に至るまでのやるべきことを、手順に従って整理したのが「進度評価」で、案件受注までの進捗状況を評価する基準です。
評価基準は、「実施した」かどうかです。つまり、推測や期待を交えずに、リストに示された行動を実行したら「完了」とし、「完了」を確実に増やしてゆくことで、進捗をすすめていきます。また、次に何をすべきかも、このリストを見れば一目瞭然です。つまり、実施していない項目が、次にやるべきことになります。
この2つの評価軸で、案件の状態を評価し、「完了」を増やしてゆくことが、営業活動を進めることになるわけです。新入社員にとっては、どのような手順を踏んで、営業活動をおこなえば良いのかを理解する助けとなります。漠然と、あるいは、先輩の曖昧な指示で、体験的に学ぶのではなく、何をすればいいのかを理解して、行動すればいいことになり、営業の仕事を学ぶには、いい教材になります。
もちろん、体験から得られるノウハウをこれで学ぶことはできません。やはり、現場で成功も失敗も重ねながら、身体で覚えてゆくことが不可欠です。ただ、初めての旅行先にガイドブックも持たずに放り出されることに比べ、迷ったときに参考にできるガイドブックを持たせて旅に出すようなもので、本人も安心して出かけることができるでしょう。
OJTで厳に慎むべきこと
OJTを実施する上で、厳に慎むべきは、指導の責任を負う人たちが、過去の自分の成功体験を前提にしないことです。
過去に於いては、「オレの言うとおりにやればうまくいく」が通用しました。変化が緩やかで、過去の経験から学んだ知識や教訓が、時間が経っても劣化しないという前提があったからです。だから経験の蓄積が、良き指導者の前提でもあったし、その経験に裏打ちされた指示や指導は、部下の育成にも有効でした。
しかし、テクノロジー、価値観、ビジネス、社会構造、生活様式などの常識が、どんどんと変化し、多様化する時代になったいま、過去の基準や価値観で部下を指導するのは、彼らを誤った方向に導くリスクをはらんでいます。
何よりも大きく変わってしまったのは、テクノロジーの常識です。アジャイル開発、クラウド・ネイティブ、生成AIを使ったコーディングが常識となり、これまでの、ウオーターフォール開発、オンプレミス、人手によるコーディングは、需要を失いつつあります。「オレの言うとおりやればうまくいく」は、もはやなりたちません。
そんなトレンドの変化を積極的に活かし、ユーザーは、内製化へと大きく舵を切り始めました。組織力を動員して、労働力を集め、工数需要で収益を上げるビジネスは、もはや先がありません。最新のテクノロジーを武器に、お客様の内製化を支援する教師となる、あるいは、内製化のパートナーとなることが、求められています。これまでのスキルの延長線上だけでは、ビジネスのチャンスを狭めてしまいます。
では、どうすればいいのでしょうか。「指示して、何かをやらせる」ことではなく、「自分たちで何をやるかを見つけさせ、自ら立てた目標を、責任を持って完遂させる」というやり方に変えてみてはどうでしょうか。これはアジャイル開発のフレームワークであるスクラムの精神でもあります。そんないまの時代の感性を育成に織り込むことは、とても大切なことだと思います。
彼らの感性を信じ、かれらに新しいことをどんどんとさせ、上司や指導者はその障害を取り除くことで、彼らの自発的な成長促すことが、これからの「育成」には必要なことです。また、ITトレンドを正しく読み解き、これからの時代に即した方向を示してあげることも大切です。そういう人材を育成の担当者にあてがうことも大切ですが、そのような人材をまずは育てる戦略とシナリオを描き実践することが大切です。
経営者は、自社の成長戦略と新人たちの育成を一連のこととして捉える必要があります。そして、育成を任されている方は、いまの時代に即した戦略を持つべきです。育成もまた戦略があってこそ、成果を確実なものにできるのだと思います。
【募集開始】新入社員のための「1日研修/1万円」・最新ITトレンドとソリューション営業
最新ITトレンド研修
社会人として必要なデジタル・リテラシーを手に入れる
ChatGPTなどの生成AIは、ビジネスのあり方を大きく変えようとしています。クラウドはもはや前提となり、ゼロトラスト・セキュリティやサーバーレスを避けることはできません。アジャイル開発やDevOps、マイクロ・サービスやコンテナは、DXとともに当たり前に語られるようになりました。
そんな、いまの常識を知らないままに、現場に放り出され、会話についていけず、自信を無くし、不安をいだいている新入社員も少なくないようです。
そんな彼らに、いまの常識を、体系的にわかりやすく解説し、これから取り組む自分の仕事に自信とやり甲斐を持ってもらおうと、この研修を企画しました。
【前提知識は不要】
ITについての前提知識は不要です。ITベンダー/SI事業者であるかどうかにかかわらず、ユーザー企業の皆様にもご参加頂けます。
ソリューション営業研修
デジタルが前提の社会に対応できる営業の役割や仕事の進め方を学ぶ
コロナ禍をきっかけに、ビジネス環境が大きく変わってしまいました。営業のやり方は、これまでのままでは、うまくいきません。案件のきっかけをつかむには、そして、クローズに持ち込むには、お客様の課題に的確に切り込み、いまの時代にふさわしい解決策を提示し、最適解を教えられる営業になる必要があります。
お客様からの要望や期待に応えて、迅速に対応するだけではなく、お客様の良き相談相手、あるいは教師となって、お客様の要望や期待を引き出すことが、これからの営業に求められる能力です。そんな営業になるための基本を学びます。
新入社員以外のみなさんへ
新入社員以外の若手にも参加してもらいたいと思い、3年目以降の人たちの参加費も低額に抑えました。改めて、いまの自分とこれからを考える機会にして下さい。また、IT業界以外からIT業界へのキャリア転職された方にとってもいいと思います。
人材育成のご担当者様にとっては、研修のノウハウを学ぶ機会となるはずです。教材は全て差し上げますので、自社のプログラムを開発するための参考にしてください。
書籍案内 【図解】コレ一枚でわかる最新ITトレンド 改装新訂4版
ITのいまの常識がこの1冊で手に入る,ロングセラーの最新版
「クラウドとかAIとかだって説明できないのに,メタバースだとかWeb3.0だとか,もう意味がわからない」
「ITの常識力が必要だ! と言われても,どうやって身につければいいの?」
「DXに取り組めと言われても,これまでだってデジタル化やIT化に取り組んできたのに,何が違うのかわからない」
こんな自分を憂い,何とかしなければと,焦っている方も多いはず。
そんなあなたの不安を解消するために,ITの「時流」と「本質」を1冊にまとめました! 「そもそもデジタル化,DXってどういう意味?」といった基礎の基礎からはじめ,「クラウド」「5G」などもはや知らないでは済まされないトピック,さらには「NFT」「Web3.0」といった最先端の話題までをしっかり解説。また改訂4版では,サイバー攻撃の猛威やリモートワークの拡大に伴い関心が高まる「セキュリティ」について,新たな章を設けわかりやすく解説しています。技術の背景や価値,そのつながりまで,コレ1冊で総づかみ!
【特典1】掲載の図版はすべてPowerPointデータでダウンロード,ロイヤリティフリーで利用できます。社内の企画書やお客様への提案書,研修教材などにご活用ください!
【特典2】本書で扱うには少々専門的な,ITインフラやシステム開発に関わるキーワードについての解説も,PDFでダウンロードできます!
2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
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