理想を見失ったBPRとERPの末路
BPRという言葉をご存知でしょうか。Business Process Re-engineeringの略語で、業務本来の目的に照らし合わせて、既存の組織や制度を徹底して見直し、業務プロセス、組織や体制、職務、情報システムを、全体最適の視点から、作り変えようという考え方です。1993年にマイケル・ハマーとジェームス・チャンピーの共著として発表された「リエンジニアリング革命」によって注目されました。
当時、BPRで、業務プロセスの全社での全体最適を目指した改革を進め、それを情報システムとして実装する手段として、ERPパッケージが導入されました。
基本的なことですが、「ERP」と「ERPシステム」と「ERPパッケージ」の違いについて、簡単に説明しておきます。
ERP:Enterprise Resource Planningの略。企業経営の基本となる資源要素(ヒト・モノ・カネ・情報)を適切に分配し有効活用する計画を重視する経営手法のこと。
ERPシステム:ERP経営を実現するための情報システムのこと。
ERPパッケージ:ERP経営を支える理想的な業務プロセスをパッケージ化した情報システムのこと。
「ERP」は経営手法で、企業経営を行うには、業務プロセスを全社的視点で最適化しなくてはなりません。従って、「ERPシステム」を導入するには、まずはBPRに取り組み、業務プロセスを変革し、これに基づいてERPシステムを構築する必要があります。しかし、BPRは、全社的な「既存の変革」ですから、現場の抵抗も強く、手間やコストがかかります。また、ビジネス環境の変化もあり、常に見直しをしていかなければなりません。「ERPシステム」も情報システムですから、「業務プロセス」が決まらなければ、実装できません。このことが、「ERPシステム」を構築する上で、大きな障害となりました。
この状況に対処すべく登場したのが、「ERPパッケージ」です。「ERPパッケージ」には、予め「業務プロセスのあるべき姿」である「ひな形」が用意されています。この「ひな型」を「テンプレート」と呼びます。様々な業務プロセスに対応したテンプレートが用意されていて、これに合わせて、「業務を変える/業務プロセスを作り変える」ことで、全体最適を一気に実現しようとするものです。
つまり、「ERPパッケージ」の本来の役割は、次のようになります。
テンプレートに合わせて業務を変革し、全体最適を目指すERP経営の実現を加速する手段
結果として、BPRを加速し、その継続的な取り組みであるBPM(Business Process Management)を支える情報システムの基盤として使われることを目指しています。
しかし、BPRもERPも、ここに述べた本来のストーリーから逸脱してしまいました。本来、BPRは、「全体最適」を目指しています。当然、全体最適は部門の個別最適に優先しなくてはなりません。しかし、既存のやり方に固執する現場の抵抗に遭い、思うように進みません。結果として、現場での改善活動やリストラクチャリング(人員配置の最適化)と称する人員削減施策の口実に留まり、本来の目的を達することができないうちに、ブームが去ってしまいました。
また、ERPパッケージも、本来であれば、BPRを加速させERP経営を実現するはずだったのに、いつの間にか、「業務システムの開発生産性を高める手段」になってしまいました。1から作るよりもからERPパッケージに用意されている機能をうまく組み合わせて、自社に合わせたシステムを作れば、効率よくできるという考え方です。そこで、既存の業務プロセスに合わせて、用意されたテンプレートを修正(カスタマイズ)し、外付けのプログラム(アドオン・プログラム)を作るといったERPパッケージの改造が行われました。
そんな中でも会計業務であれば、法律や制度で予め業務プロセスが決められているので、現場の変革は必要なく、所与の「ひな型」をそのまま使うことができるため、導入が容易です。結果として、「ERPパッケージの導入」は、「会計システムの刷新」と大差のない結果になってしまった企業も少なからずありました。
同じ轍を踏みそうなDX
昨今のDXの喧騒に、BPRやERPと同様の行く末を感じています。DXブームに翻弄され、その本質を議論することなく、手段であるはずのデジタル技術やデジタル・サービスを使うことが目的化しているように見えるからです。そして、その混迷の度合いは、BPRやERPの頃以上かも知れません。
デジタルが前提の社会になり、人々の価値観やライフスタイル、ワークスタイルが大きく変わってしまいました。また、不確実性が高まり、将来を予測することが難しくなりました。そんな時代の変化に適応できなければ、企業は生き残ることがはできません。だから、こんな社会に適応するために「会社を作り変える」必要があります。
過去の成功体験を土台としたビジネス・モデルやビジネス・モデルを変革し、企業の文化や風土を、デジダル前提の社会に適応するために作り変える必要があります。そんな変革がDXです。
BPRに対応するERPパッケージのような、特定のパッケージやサービスを使えば、実現できるわけではありません。そこで働く人たちの思考や行動の様式を変えることが必要です。そのための手段として、デジタル技術を使うことは、必須ですが、使うことが目的ではありません。デジタルを使うこと以外にも、やらなくてはならないことが沢山あります。
しかし、トップダウンの「DX指令」に翻弄された各組織は、このような本質的な議論を深めることなく、しかも、自部門だけでできるさっさとできる「カタチ」を模索します。つまり、本来のDXに取り組むことではなく、「DX的なこと」をやって、「見える成果」を示したいと考え、デジタル・ツールの導入やクラウド・サービスの利用に邁進するわけです。
これが悪いというわけではありません。これによって、業務の効率化が進みや利便性も高まり、結果として、デジタル技術への見識を広めることにもつながります。
「デジタル社会に適応するために会社を作り変える」というDXの本来のあるべき姿が、どこかに置き去りにされてしまっては本末転倒です。「既存の業務をそのままに効率化や利便性の向上」に留まるとすれば、これまで取り組んで来たデジタル化やIT化と何も変わりません。
「DXとデジタル化が区別できない」という方がいらっしゃいますが、そうなってしまうのは、このようなDXの本質を置き去りに、「経営者に見せるためデジタル活用事例づくり」をしているからではないでしょうか。
経営者もまた、この区別が明確ではありませんから、「現場が取り組むデジタル活用」を「DXの実践」と評価しているわけで、本来の意味でのDXが、進むことはありません。
まさに、かつてのBPRとERPの関係のごとく、「かけ声の大声化と手段の目的化」が進み、何年か経ってふり返ると、結局のところ、「業務プロセスのデジタル化が進んだ」程度の成果に終わるのではないかと危惧されます。
DX研修をしても現場任せのままではDXはできない
このようなことにならないように、デジタル・リテラシー研修やDXセミナーなどを開催する企業も増えました。DXの本質やこれを支えるテクノロジーを学び、また、ビジネスの実践への活用を模索する動きも増えています。ただ、これらの多くが、「教養番組」に終わっていることも少なくありません。
DX推進組織は、「DX研修をして、DXやデジタル技術の理解が進めば、現場が動き始める」という、絶対にあり得ないロジックを前提に、このような取り組みに熱心です。しかし、DXは、組織の壁を乗り越えて、全社的な観点から業務プロセスやビジネス・モデル、企業の文化や風土を作り変える取り組みです。そんなことは、現場にまかせてできることではありません。圧倒的なトップダウンとリーダーシップで、現場に変革を迫らなくてはなりません。
このようなことを棚に上げ、ひたすら変革を叫び、研修やセミナーを繰り返しても、DXが実践されることはありません。
変革は「いま」を辞めることからはじめる
DXに限ったことではありませんが変革には、それを成功させるための基本原則があります。
社会心理学の父と言われるクルト・レヴィンは、変革を成功に導くには、従来のやり方や価値観を壊し(解凍)、それらを変化させ(変革)、新たな方法や価値観を構築する(再凍結)という3段階が必要だと述べています。
第1段階:解凍(unfreezing)
解凍とは、いままでのやり方では通用せず、変えていかなければ会社の経営は危機的状況に陥るという現状認識と危機感を共有し、新しい考え方、やり方によって改善していくといった雰囲気を醸成することです。既存の価値観や先入観を捨てて、新たな企業の文化や風土を作っていこうとの考えに従業員が合意し、新しい取り組みにむけた推進力を生みだすことです。
第2段階:変革/移動(moving)
変革の必要性が共有されたあとは、変革です。目指すべき改革の方向性や全体像を共有し、誰が、何を、いつまでに実行するかなどの具体的な実効策を定めます。さらに、変革の実行がどれだけの効果を生み出しているのかを検証し、試行錯誤を重ねながら、変革を進めてゆきます。
第3段階:再凍結(freezing)
変革を起こせても、元に戻ってしまっては意味がありません。そこで、変革の成果を検証できた段階で、それを組織内に定着させ習慣化させます。そうすることで、組織内では変革後の状態が当たり前のものとして定着する、つまり新しい企業の風土や文化が根付きます。
「DX」というお題を与えられて、何か新しいことを始めなければと、多くの企業がもがいています。
ただ、クルト・レビンの「変革の3段階」に従うならば、新しいことを始めるためには、まずは『いま』を終わらせなくてはりません。「価値がなくなる」ものはなにかに真摯に向き合うことを先行させ、それに続いて、新しいことに取り組む必要があるということです。
これができないとどうなるかです。例えば、コロナ禍に直面し、手続きや決済をリモートでも行えるようにとワークフローのデジタル化に取り組んだ企業があります。しかし、従来の紙の書類と捺印によるワークフローは、そのまま残すことにしたそうです。結果として、業務プロセスが複雑化して、現場が混乱してしまいました。また、まずはデジタル・ワークフローで手続きをさせて、後日、従来からの書類も提出するローカル・ルールが作られてしまい、仕事が増えてしまったという話しを聞きました。
「教養番組」で熱心に学んでも、「いまを終わらせる」覚悟を持てず、業務の改革や新規事業といった新しいことを始めることにばかりに囚われていては、変革は進みません。
「教養番組」役割は、いまとなっては「価値がない」ことを知ることです。そして、いまのテクノロジーや社会の常識を基準に照らし合わせて、何を捨て去るべきか、辞めるべきかをはっきりさせることです。そんな取り組みから始めなければ、変革はできせん。
かつてのBPRやERPによる変革の失敗は、「まずは、いまを終わらせる」ことをやっていなかったからではなかったのでしょうか。DXが同じ轍を踏むことにならないようにしなくてはなりません。
皆さんの取り組むDXは、かつてのBPRやERPと同じ轍を踏んではいませんか。DXのお題目で、部門調整に明け暮れてはいないでしょうか。「DX」という言葉に「倦怠感」を感じ始めているのなら、改めてDXの本質に立ち返り、自分たちの取り組みを問い直してはどうでしょう。そうしなければ、かつてのBPRやERPと同様に、たいした成果も残せずに、労力だけを費やして、疲弊して、気がつけば浦島太郎になっているかも知れません。
【募集開始】新入社員のための「1日研修/1万円」・最新ITトレンドとソリューション営業
最新ITトレンド研修
社会人として必要なデジタル・リテラシーを手に入れる
ChatGPTなどの生成AIは、ビジネスのあり方を大きく変えようとしています。クラウドはもはや前提となり、ゼロトラスト・セキュリティやサーバーレスを避けることはできません。アジャイル開発やDevOps、マイクロ・サービスやコンテナは、DXとともに当たり前に語られるようになりました。
そんな、いまの常識を知らないままに、現場に放り出され、会話についていけず、自信を無くし、不安をいだいている新入社員も少なくないようです。
そんな彼らに、いまの常識を、体系的にわかりやすく解説し、これから取り組む自分の仕事に自信とやり甲斐を持ってもらおうと、この研修を企画しました。
【前提知識は不要】
ITについての前提知識は不要です。ITベンダー/SI事業者であるかどうかにかかわらず、ユーザー企業の皆様にもご参加頂けます。
ソリューション営業研修
デジタルが前提の社会に対応できる営業の役割や仕事の進め方を学ぶ
コロナ禍をきっかけに、ビジネス環境が大きく変わってしまいました。営業のやり方は、これまでのままでは、うまくいきません。案件のきっかけをつかむには、そして、クローズに持ち込むには、お客様の課題に的確に切り込み、いまの時代にふさわしい解決策を提示し、最適解を教えられる営業になる必要があります。
お客様からの要望や期待に応えて、迅速に対応するだけではなく、お客様の良き相談相手、あるいは教師となって、お客様の要望や期待を引き出すことが、これからの営業に求められる能力です。そんな営業になるための基本を学びます。
新入社員以外のみなさんへ
新入社員以外の若手にも参加してもらいたいと思い、3年目以降の人たちの参加費も低額に抑えました。改めて、いまの自分とこれからを考える機会にして下さい。また、IT業界以外からIT業界へのキャリア転職された方にとってもいいと思います。
人材育成のご担当者様にとっては、研修のノウハウを学ぶ機会となるはずです。教材は全て差し上げますので、自社のプログラムを開発するための参考にしてください。
書籍案内 【図解】コレ一枚でわかる最新ITトレンド 改装新訂4版
ITのいまの常識がこの1冊で手に入る,ロングセラーの最新版
「クラウドとかAIとかだって説明できないのに,メタバースだとかWeb3.0だとか,もう意味がわからない」
「ITの常識力が必要だ! と言われても,どうやって身につければいいの?」
「DXに取り組めと言われても,これまでだってデジタル化やIT化に取り組んできたのに,何が違うのかわからない」
こんな自分を憂い,何とかしなければと,焦っている方も多いはず。
そんなあなたの不安を解消するために,ITの「時流」と「本質」を1冊にまとめました! 「そもそもデジタル化,DXってどういう意味?」といった基礎の基礎からはじめ,「クラウド」「5G」などもはや知らないでは済まされないトピック,さらには「NFT」「Web3.0」といった最先端の話題までをしっかり解説。また改訂4版では,サイバー攻撃の猛威やリモートワークの拡大に伴い関心が高まる「セキュリティ」について,新たな章を設けわかりやすく解説しています。技術の背景や価値,そのつながりまで,コレ1冊で総づかみ!
【特典2】本書で扱うには少々専門的な,ITインフラやシステム開発に関わるキーワードについての解説も,PDFでダウンロードできます!
2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。