もはやステージは変わった
GitHub Copilotは、コメントやコードを自動補完することで開発者の作業を円滑に進め、リリースから2年足らずで、既に100万人以上の開発者が利用しています。コードの46%を記述し、開発者のコーディングを最大で55%高速化しているそうです。その最新版として先日リリースされたCopilot Xは、大幅に機能強化されました。例えば、次のようなことができるようになりました。
- 開発者は自然言語を使って指示を出すことができる。
- インラインコードの提案やテストの推奨など、プルリクエストの説明に自動生成されたタグを追加できる、開発者はこの提案を確認/変更できる。
- 開発者がプルリクエストに対して十分なテストを行っていないと警告が出る
- ドキュメントに対する質問を入力すると、AIが回答を作成してくれる
- テスト・プログラムを自動生成してくれる など
このようなツールを使いこなせるかどうかで、プログラミングの生産性やできあがったコードの品質はまるで違います。
ローコード開発ツールであるPower Platform のCopilot機能を使えば、自然言語を使って実現したい機能の説明を入力するとコードを生成してくれます。また、ChatGPTでER図を描かせたり、UMLを書かせて、そこからクラス図を描かせたりといった使い方をしている人もいるようです。
これまでも自動化や効率化のためのツールは数多くありましたが、次のステージへと一気に引き上げてしまったような状況です。このような生成AI(Generative AI)の進化とアプリケーションへの適用の動きは、まさにお祭り騒ぎです。開発者やユーザーが、このお祭りを多いに楽しみ、さらに加速度を高めているようにも見えます。
私もまた文書作成や資料作成に、ChatGPTやBingを使って、重宝しています。例えば、資料に載せる図表を作ろうと、次のような説明文をBingへ入力して、ドラフトを書かせています。
量子コンピューターの応用例について、説明して欲しい。ただし、以下の3つの要件を満たすこと。
- 概要と特徴、古典コンピュータに対する優位性を区分して説明すること。
- 次の6つのカテゴリーで分類すること。製造業、医療や創薬、化学、宇宙、農業、物流や流通業。
- 表にして提示すること。
様々な情報ソースを素材に、指定したとおりの表にまとめてくれます。ただ、あやしいところもありますので、それをGoogleで検索、確認した後、必要に応じて訂正を加え、体裁を整えます。既にある情報を集めて、体裁を整えた資料にまとめたい程度の知的力仕事は、大幅に効率化できます。
いまはまだ、ChatGPTやBingなどのツールで図表を作り、Power Pointに貼り付けていますが、まもなくリリースされるOffice365 Copilotを使えば、Power PointやWordからこの機能を直接使い、レイアウトまで面倒見てくれるようになりそうです。
様々な仕事の現場で、AIが急速に身近なものになり、もはや単なる「便利な道具」の域を超えて、「賢いパートナー」になりました。仕事のやり方が変わるのは必然であり、この変化をうまく味方にしてしまおうと考えるのもまた必然です。私も、新しい使い方を発見しようと、楽しみながら試行錯誤を繰り返しています。
一方で、このような現実に、「仕事が奪われる」とか、「まだ、課題も多いので使いものにならない」とか、使ってもいないのに抵抗する人がいます。しかし、このようなテクノロジーの進化は、留まることはありません。抵抗しても仕事は奪われますし、課題もやがては解決されます。ならば、積極的に使い、使えるところからうまく使って、自身のパフォーマンス向上に務めることが得策ではないでしょうか。
あえて言葉をあげて喚起しなければならない現実
昨今、このような時代の変化に対処すべく、「リスキリング」という言葉が、世間を賑わしていますが、「いまさら感」を拭えません。仕事のパフォーマンス向上は、個人としての成長の証しです。ならば、「リスキリング」は、日常であり、あえてこの言葉を持ち出すまでもありません。常に自分のやっていることを見直して、このやり方のままでいいのか、もっといいやり方はないのかと問い続け、新たな手段が登場すれば、それを積極的に試してみるのは、社会人としての基本動作です。効率化だけではありません。自分の仕事の存在意義も失われるかも知れません。ならばどうすればいいかを考え、キャリアを変えることも必要であり、「リスキリング」は、当然と考えるべきでしょう。
しかし、あえて「リスキリング」を叫ばなければならないのは、「リスキリングの日常化」が、組織の文化や個人の思考・行動様式として根付いていないからではないでしょうか。
DXもまた同じです。デジタルが前提の社会に適応できなければ、企業の存続はありません。だから、自らもデジタルを前提に、ビジネス・プロセスやビジネス・モデルを作り変えなくてはなりません。そのための変革が、DXという言葉で語られているわけです。そんな変化に対処することを日常化できていないからこそ、DXなどという言葉を使って、喚起しなければならないわけです。
しかし、ビジネス環境の変化は、いまに始まったことではありません。変化のなかった時代は、これまでになく、これからもまた変化は起こり続けます。これは日常なのだと言うことを受け入れなくてはなりません。
それができないのは、変化に対処するためには、「新しいことを始めなくては」と考えてしまうからではないでしょうか。これが負担となって、新しいことを遠ざけたり、抵抗したりすることになってしまうのです。
- 何をすればいいのだろう
- そのための知識やスキルはあるか
- どうすればできるようになるだろう
このようなことを考えるのは、なかなかしんどい話しです。
ならば、この発想を捨てて、まずは、冷静に「もはや役に立たたない、通用しない、受け入れられない」といった「価値がない」ことはなにかを、冷静に問い直すことから始めてはどうでしょうか。「価値がない」を受け入れるのも難しいことですが、まずは、そんな現実に目を向けて、しっかりとした動機付けの土台を固めることが最初かも知れません。そうすれば、自ずと危機感が生まれ、どうすればいいかも見えてきます。
クルト・レビンの変革の3段階
社会心理学の父と言われるクルト・レヴィンは、変革を成功に導くには、従来のやり方や価値観を壊し(解凍)、それらを変化させ(変革)、新たな方法や価値観を構築する(再凍結)という3段階が必要だと述べています。
第1段階:解凍(unfreezing)
解凍とは、いままでのやり方では通用せず、変えていかなければ会社の経営は危機的状況に陥るという現状認識と危機感を共有し、新しい考え方、やり方によって改善していくといった雰囲気を醸成することです。既存の価値観や先入観を捨てて、新たな企業の文化や風土を作っていこうとの考えに従業員が合意し、新しい取り組みにむけた推進力を生みだすことです。
第2段階:変革/移動(moving)
変革の必要性が共有されたあとは、変革です。目指すべき改革の方向性や全体像を共有し、誰が、何を、いつまでに実行するかなどの具体的な実効策を定めます。さらに、変革の実行がどれだけの効果を生み出しているのかを検証し、試行錯誤を重ねながら、変革を進めてゆきます。
第3段階:再凍結(freezing)
変革を起こせても、元に戻ってしまっては意味がありません。そこで、変革の成果を検証できた段階で、それを組織内に定着させ習慣化させます。そうすることで、組織内では変革後の状態が当たり前のものとして定着する、つまり新しい企業の風土や文化が根付きます。
「DX」というお題を与えられて、何か新しいことを始めなければと、多くの企業がもがいています。「リスキリング」で新しいスキルを身につけなければと、プレッシャーがかかります。
ただ、クルト・レビンの「変革の3段階」に従うならば、新しいことを始めるためには、まずは『いま』を終わらせなくてはりません。「価値がなくなる」ものはなにかに真摯に向き合うことを先行させ、それに続いて、新しいことに取り組む必要があるということです。
これができないとどうなるかです。例えば、コロナ禍に直面し、手続きや決済をリモートでも行えるようにとワークフローのデジタル化に取り組んだ企業があります。しかし、従来の紙の書類と捺印によるワークフローは、そのまま残すことにしたそうです。結果として、業務プロセスが複雑化して、現場が混乱してしまいました。また、まずはデジタル・ワークフローで手続きをさせて、後日、従来からの書類も提出するローカル・ルールが作られてしまい、仕事が増えてしまったという話しを聞きました。
「リスキリング」もその前提として、「アンラーニング」に取り組まなくてはなりません。アンラーニング(unlearning)は学習棄却ともよばれ、持てる知識・スキルのレパートリーのうち有効でなくなったものを捨てることを指します。それが何かをはっきりさせて、これに変わる新しいことを「リスキリング」すべきでしょう。
古いやり方を捨てることができず、過去の成功体験が残ったままでは、いまの常識が、非常識に写ってしまいます。自ずと自分を正当化するようになり、新しいことへの壁を立ててしまいます。時には、過去の常識を前提に、いまの価値観を持つ人たちを批判し、自分の考えを押しつけてしまいます。当然、新しいことを学ぶことにも消極的になります。そうならないためにも、まずは「アンラーニング」を徹底し、自分の中に凝り固まったバイアスを外さなくてはなりません。
DXがうまく進まないのも、リスキリングがうまくいかないのも、新しいことを始めることにばかりに囚われているからではないでしょうか。まずは、いまとなっては「価値がない」ことを棚卸しし、その上で、何を捨て去るべきか、辞めるべきかをはっきりさせ、その上で、新しいことに取り組むべきでしょう。
そうはいっても、いままでのやり方で何とかなっているのに、新しいやり方に変えることに消極的になるのは、仕方のないことです。だからこそ、「変えよう、変わろう」と積極的に行動する人たちは、成長を加速させ、そうでない人たちとの差を広げてしまいます。
どちらの立場をとるかは、人それぞれです。しかし、せめて「消極的な人」は、「積極的な人」の邪魔をすることや、足を引っ張ることだけは、やめてほしいものです。
書籍案内 【図解】コレ一枚でわかる最新ITトレンド 改装新訂4版
ITのいまの常識がこの1冊で手に入る,ロングセラーの最新版
「クラウドとかAIとかだって説明できないのに,メタバースだとかWeb3.0だとか,もう意味がわからない」
「ITの常識力が必要だ! と言われても,どうやって身につければいいの?」
「DXに取り組めと言われても,これまでだってデジタル化やIT化に取り組んできたのに,何が違うのかわからない」
こんな自分を憂い,何とかしなければと,焦っている方も多いはず。
そんなあなたの不安を解消するために,ITの「時流」と「本質」を1冊にまとめました! 「そもそもデジタル化,DXってどういう意味?」といった基礎の基礎からはじめ,「クラウド」「5G」などもはや知らないでは済まされないトピック,さらには「NFT」「Web3.0」といった最先端の話題までをしっかり解説。また改訂4版では,サイバー攻撃の猛威やリモートワークの拡大に伴い関心が高まる「セキュリティ」について,新たな章を設けわかりやすく解説しています。技術の背景や価値,そのつながりまで,コレ1冊で総づかみ!
【特典2】本書で扱うには少々専門的な,ITインフラやシステム開発に関わるキーワードについての解説も,PDFでダウンロードできます!
2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。