事業変革を進めるため当社では積極的にDXを推進します。
当社は、DXを通じて「既存事業の徹底的な最適化」や「新ビジネス・新顧客基盤の積極創出」に取り組み、収益の向上に取り組みます。
このような経営方針を掲げている企業をよくみかけます。外向きには、時代の趨勢を捉えたメッセージとして受け取られるでしょう。しかし、事業の現場は、無益な議論に時間を費やし、余計な仕事を増やしているところも多いようです。
「事業方針として、DXにとりくまなくてはなりません。だから、私たちも”DX人材”の育成に取り組もうと考えています。」
人事部の方が、ため息交じりにこのような話しをされていました。
「DX推進本部(仮名)が作られたのですが、彼らは、各部門に対して、それぞれのDX施策と達成目標を出すように求めています。しかし、そもそもDXとは何か、何をすることなのかを何も示してくれません。そちらが先ではないかと話をすると、各組織からの意見を聞いてから、それをとりまとめて決めるから、まずは各部門のDX施策を出して欲しいということでした。つまり、各部門からの施策を並べて、上に報告したいのだと思いますよ。そんなことで、DXになるのでしょうか?」
DXを「デジタルを使って何かすること」程度に捉えているのでしょうか。事業変革は、各部門個別の課題であり、自分たちは、調整役に徹しようとしているのでしょうか。
「何をすればいいのでしょうか。人事部としては、人材育成のための研修プログラムの実施と、キャリア採用の方針を決める必要があるのでしょう。しかし、DXとは何かがあいまいなままでは、研修をするにも新たに採用するにも、どうすればいいかを決めることができません。」
そんなわけで、DX推進組織が音頭をとって、各部門から人を集めてDXとは何か、どんな人材が必要かを議論することになったそうです。しかし、ネットに書かれていることや他社のDX成功(?)事例を、それぞれが持ち寄って、それを発表するに留まり、ますます混迷の度を深めているようです。
DXとは、「デジタルが前提の社会に企業が適応するために会社を作り変えること」だとされています。つまり、デジタルがあたりまえの世の中になり、社会の仕組みや人々の思考や行動の様式が大きく変わりました。そんな社会で生き残っていくためには、これまでのアナログで昭和なやり方では、仕事の効率が悪く、新たな事業価値も創出できません。また、変化が速く、将来の予測が困難な世の中に迅速、俊敏に対処できなければ、成長以前の問題として、生き残ることさえ難しくなります。
そこで、ビジネス・モデルやビジネス・プロセス、働き方や雇用制度、意志決定の方法や組織運営のあり方などを根本的に作り変えようというわけです。
デジタルを使うことは手段であり、目的ではありません。ならば、各部門に「デジタルを使って何かすること」を求めても、DXにはならないはずです。ますば、いま自分たちの於かれている状況を冷静に捉え、「デジタルが前提の社会」に照らし合わせて、なにが時代にそぐわないのか、何を辞めるべきかをはっきりとさせ、自分たちが目指す「あるべき姿」を示すことが、DX推進組織の役割ではないでしょうか。
彼らに求められるのは「調整役」ではなく、「リーダー・シップ」です。自分たちのタブーや暗黙の了解にも踏み込んで、古き良き時代の栄光を捨てて、新しい時代に即した会社に作り変える先導者としての役割を担うべきだと思います。
ただ、このような組織を作った当事者である経営者が、そこまで期待しているのかどうかとなると、これまたあやしいように思います。
自分たちの「あるべき姿」は何か、自分たちの克服すべき課題は何かを示すべきは経営者の役割です。それを「DX推進組織」に丸投げして、DXとは何をすることなのかを彼らに決めさせようというのです。任せられた方も、はっきりしない経営者の態度を見て、リスクを負おうとはしないでしょう。
何をDXとするかの明確な基準も示されていないわけですから、「DX推進組織」としても、それらしいことをやれば、やったことになりますから、こういうことになってしまうのではないでしょうか。
結局、事業の現場は、無益な議論に時間を費やし、余計な仕事を増やしてしまいます。時代にそぐわない、悪習や慣例を脱し、デジタル前提に仕事のやり方を作り変えることが、DXであるとすれば、なんとも皮肉なDXの実践と言わざるを得ません。
私は、DXという言葉に囚われすぎてはいけないと思っています。言葉の定義を気にする必要などありません。そんなことよりも、いま自分たちが直面している課題、つまり、「このままでは、大変なことになる。事業の成長も、会社の存続も難しくなる。」だから辞めなくちゃいけないこと、作り変えなくてはいけないこと、新たに作らなくてはならないことは何かを考えるべきなのです。それがDXかどうかなんて気にする必要はありません。
デジタルは、かつての「リアルを支援する便利な道具」から、「リアルを包括する仕組み」へと役割を移しました。いまの私たちのリアルな日常やビジネスは、デジタルを入口に、あるいは、デジタル化されたプロセスを介して機能しています。当然、人々の行動様式も思考様式も変わってしまいましたから、アナログで昭和なやり方では、効率も悪く、そんな時代の思考回路からは、いま求められている新たな事業価値も生まれません。そんな現実を考えれば、アナログで昭和なやり方のままでは、うまくいくはずはありません。そんな課題を解決しようとすれば、自ずとDXになるはずです。
しかし、なぜかこの順番が逆転しています。DXとは何か、何をすればDXになるのか、といった議論が先行しています。こんなやりかたが、現場を混乱させ、疲弊させてしまうのではないでしょうか。
経営者の責任は、従業員に、はっきりと分かりやすく道を示すことです。そうすれば、現場は、これをどのように実践するかを考えられるはずです。
しかし、従来の「デジタル化」とDXの違いや、なにができればDXなのかを自分の言葉で説明できないままに、世間に迎合して流行の言葉を現場に丸投げするのでは、混乱を招くのは当然のことです。外向きには、そういう「宣伝」もいいかもしれませんが、従業員に同じことをやるべきではないでしょう。
ならば、DXなどという言葉を使わずに、自分たちが普段使う言葉で、分かりやすく、変革の筋道を示してはどうでしょう。それが、DXであるかどうかは、どうでもいいことです。うまくいったら「DXの成功事例」として、外向きには高らかに宣伝すればいいのだと思います。
DXを実践することが大切なのではなく、事業の課題を解決することが大切なはずです。DXが流行の世の中で、この優先順位が入れ替わってしまっていないかを、改めて問い直してみてはどうでしょう。
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2022年10月3日紙版発売
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斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。