DXの基本についての振り返り
これまで2回にわたって、DXの基本を整理してきました。前々回の「DXの定義」では、「DXとは、デジタルが前提の社会に適応して生き残るために、会社を作り変えること」だと述べました。
インターネットにより世界がつながり、情報は瞬く間に拡散します。結果として、社会の複雑性は増して、将来を予測することが困難な社会になりました。
そんな社会に適応するには、変化に俊敏に対応できる能力、すなわち「圧倒的なスピード」を獲得しなければなりません。デジタルは、その能力を獲得するための手段です。これと同時に、デジタルにできることや、その結果として、生みだされた社会システムを前提に考え、行動ができるようにならなくてはなりません。それができるからこそ、デジタルをうまく使いこなして、企業の価値に結びつけることことができるのです。つまり、デジタルは、思考や行動の前提でもあるのです。
このことからも分かるように、DXとは、デジタルを使うことが目的ではありません。それを当たり前に使いこなせる企業の文化や風土へと変革することが目的です。デジタルはそのための手段であり前提だということです。
また、「デジタルにできることは徹底してデジタルに任せ、人間にしかできないことに、人間は時間や意識を徹底してシフトさせる」ことで、デジタルの価値と人間の価値を最大限に高めることができます。結果として、その両者のかけ算で、ビジネスや社会の価値が高まります。
GAFAMなどのビッグテックやデジタル・ネイティブは、既にデジタル前提の社会に適応し、このようなことを当たり前にやっています。そんな彼らと対抗できる企業に変わらなくては、市場から追い出され、置き換えられてしまいます。つまり、成長する以前に生き残らなければならないという危機的状況に直面しているのです。DXとは、このような状況に対処するための変革なのです。
続く「デジタル化とDXの違い」では、「デジタル化とは、戦術/道具の変革であり、DXは、戦略/人間の変革である」と述べました。また、デジタル化は、「便利な道具としてのIT/デジタルを駆使して利便性の向上や収益機会の拡大を目指すこと」、一方、DXは、「ビジネスの前提、あるいは、思考や行動の前提であり、デジタル社会への適応による企業の存続を目指すこと」であるとも述べました。
しかし、「デジタル化も十分にできていないのに、DXはできない」ことも忘れるわけにはいきません。頑張って、意識して、デジタルを使かおうとしなくても、それが当たり前であり、ごく自然にデジタル前提の思考や行動がとれるようになることが必要です。
この前提無くして、DXを大上段に構え、一気にDXの実践を目指しても無理な話です。まずは、デジタル化に徹底して取り組み、実践による体験を積み重ね、「デジタルが当たり前の身体になる」ことです。その結果としてDXが実現するというのが、現実的なシナリオではないでしょうか。
DXの構造
これら2つの考察を踏まえ、整理したのが、このチャートです。DXを実践する仕組みと、目指すべきこと、その構造などを描いてみました。
まずは、VUCA/将来の予測が困難な社会に私たちは置かれていることを認識しなくてはなりません。私たちは、そんな現実世界と関わるために、様々なデジタルな接点、すなわち、デジタル化した業務プロセス、Web、IoT、モバイルなどの手段を駆使して、その関わりをリアルタイムにデータで捉えようとしています。これによって、現実世界のデジタル・コピー、すなわちデジタル・ツインが作られ、リアルタイムに事実を把握できるようになります。
デジタルの役割は、この事実に基づき、直ちにシミュレーションを実行して最適解を見つけ、人間が介在することなく、ビジネス・プロセスを実行します。つまり、データから導かれた最適解を使って、統計的に予測できる連続的な変化に対し、迅速に対応することで、ビジネスの最適状態を維持するように機能します。
一方、デジタルに任せられることは徹底してデジタルに任せることができますから、人間は、人間にしかできないことに、時間や意識を傾けることができます。つまり、デジタルに任せられる領域が増えるほどに、人間力が活性化されます。
人間もまた、データから事実や状況を正しく理解し、それらから洞察や気付きを得ることができます。それらを組織で共有し、徹底して対話し、共感を生みだすことで、自分たちの「あるべき姿」を見出すことができるのです。
ここで重要なのは、過度な分析に陥らないことです。分析によって理解は深まりますが、それは決められた分析の枠組みの中での理解に過ぎません。大切なことは、そこから洞察や示唆をえて、その背景にある大きな変化、他との関係を考え、自分の目指す理想や価値観と掛け合わせ、これまでとは違う、未来を描くことです。つまり、既存の常識から逸脱して、別の視点で、世界や自分たちを捉え直すことです。
これを個人に委ねるには限界があります。そこで、組織やチームのメンバーとの自由闊達な徹底した議論によって、多様性を高めることが必要です。お互いが利他をめざし、共感し合って、「もう、これしかないよね」という境地に至って初めて、進むべき方向が共有されます。イノベーションは、このような前提無くして生まれません。
企業は、連続的な変化だけに対処すればいいわけではなく、自らが不連続な変化を生みだして、顧客や社会との関係を変革してこそ、自らの存在感を維持することができます。イノベーションは、そのための手段となるわけです。これは、人間以外にはできません。だから、デジタルにできることはデジタルに任せ、人間にしかできないことに人間は意識や時間をシフトさせられる会社や組織を作らなくてはならないのです。
これを実現するには、デジタルを徹底して駆使することは当然のことですが、人間そのものに目を向けることが大切です。例えば、リスクを気にすることなく議論できる組織風土である「心理的安全性」の醸成であり、変化の現場を最も身近に感じることができる「現場への大幅な権限委譲」によって、即決、即断、即実行が現場でできなくてはなりません。デザイン思考やリーンスタートアップ、アジャイル開発やDevOpsといった言葉が、DXの文脈で語られますが、このような基盤がなければ、実効性の乏しいものになってしまいます。
改めて、DXにおけるデジタルと人間の役割を整理すれば、前者は、「情報処理」となり、後者は、「知識創造」ということになります。
組織における「知識創造」のメカニズムを「SECI(セキ)モデル」として理論化した野中郁次郎氏によれば、「知識」は人間が環境の中で生存するための、あるいは環境を変革していくための、総合的・体系的な概念の集合体であると述べています。一方、情報は人間が何かを伝達する時の内容であり、何らかの意図・要求に沿ったデータのまとまりであるとしています。
例えば、材木や金具などの「建築材料のひとつひとつ(=情報)」は、これを使って家を建てる大工がどのような家を建てたいのかといった「思いやイメージ(=知識)」によって組み合わされ、全体としての意味を持つことになります。つまり、知識とは「意味のある情報」を指しているわけです。
その「意味」を読み取るのは人間の主観であり、その主観が人により異なるから、対話を通じて相互作用して、多様な知識に接し、そこから共感を生みだして、新しい「知識」が創造されるということになります。
また、「イノベーションの源泉は、最初に理論ありきというより、何をやりたい、という思いありきなのだと」とも述べ、思いやゴールのイメージがあってやり続けているうちに、概念や理論が徐々にできていくのだというのだということも述べています。これらは、彼の著書『知識創造企業』で、詳しく述べられています。
DXとは、そんな人間にしかできないこと、すなわち「知識創造」のための環境を作る取り組みでもあるわけです。これは、デジタルが得意とする「情報処理」とは、異なるプロセスです。
こうやって、デジタルが得意とする「情報処理」と人間が得意とする「知識創造」を、それぞれに最大限に発揮して、両者のかけ算、すなわち、「デジタル/情報処理×人間/知識創造」によって社会やビジネスの価値を最大化することを目指すのが、DXということになります。
これによって、圧倒的なスピードとイノベーションを生みだし続けるビッグテックやデジタルネイティブと対等に戦える企業になることができます。
彼らは、既存の常識を大きく逸脱することをものともせず、既存企業にとっては当たり前の制約をデジタルによって解消して、圧倒的なスピードで、新しいサービスを提供し、改善を繰り返し、既存の企業や産業を置き換えることで、急速な成長を遂げています。
そんな彼らは、はじめからデジタルが前提で企業活動を行っているので、変革する必要はありません。つまり、彼らにDXは不要なのです。
そんな、彼らと対等に闘わなければ、成長する以前の問題として、置き換えられてしまいます。だから、自分たちの業務プロセスやビジネス・モデル、組織の文化や風土をデジタル前提で再定義し、作り変え、自分たちもまた「変化に俊敏に対応できる圧倒的スピードを獲得」しなくてはなりません。DXとは、そんな変革の取り組みです。
デジタルの普及や進化によって人間の仕事が奪われるとの懸念は後を絶ちません。確かに、既存の業務をデジタルという道具で置き換えるだけであれば、その懸念はもっともだと思います。しかし、デジタルにできることはデジタルに任せ、人間にしかできないことに人間の役割をシフトさせることが、DXの目指すあるべき姿です。そう考えれば、DXは、「人間力を活性化して、イノベーションを創発し、社会や企業のありかたを根底から変革する取り組み」だと言えるでしょう。これこそが、DXの本質です。
いまだ、多くの企業が、「デジタルを使うこと」をDXと考え、それさえも仕事が奪われるからとか、これまでのやり方が変わってしまうからと懸念し、遅々として進まないとすれば、それは、それはとりもなおさず、自分たちの存在への脅威を、ますます高めているのです。
ここに紹介した「DXの構造」は、この現実に気付き、自分たちのDXの取り組みを改めて見直すためのたたき台になればと願っています。ここに述べたDXの本質と自分たちの取り組みの乖離を少しでも埋めて、自分たちの存続と成長の足場を固めることに、役立てて頂ければと願っています。
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斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
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- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
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- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
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