先週のブログ「DXの定義」で、DXは「業績の改善や向上のために、デジタル技術を使うこと」ではなく、「デジタルが前提の社会に適応して生き残るために、会社を作り変えること」だと述べました。前者が「デジタル化」ということになりますが、後者のDXとは、何が違うのかについて、掘り下げてみようと思います。
変革の対象が「道具」か「人間」かの違い
デジタル化には2つのタイプがあります。ひとつは、デジタル技術を使って、既存業務のやり方、あるいは、業務プロセスを改善し、効率化やコストの削減を目指す「デジタイゼーション」です。もうひとつは、デジタル技術を駆使して新しいビジネス・モデルを考え、新規事業を開発する「デジタライゼーション」です。
いずれも、企業が存続し、成長してゆく上では、欠かせない取り組みです。しかし、いずれの「デジタル化」も、デジタル技術を道具として使って、業績の改善や向上に役立てることを目指します。これは、「戦術の変革」であり、従来のアナログな道具をいまの時代にふさわしいデジタルな道具に置き換えることと言えるでしょう。
一方、DXは、圧倒的なスピードで従来の常識を破壊し、様々な業界の既存プレイヤーに置き換わろうとしているビッグテック企業やデジタルネイティブ企業に対抗して、互角に戦える会社に作り変えようという取り組みです。
これは、デジタル技術を駆使して「戦術を変革」するだけでは、できません。そこで働く人たちの働き方や組織、価値観や行動様式といった、企業の文化や風土を変革しなければなりません。つまり、ビッグテック企業やデジタルネイティブ企業が大きな力を持つデジタル社会に適応できるように、会社に作り変えることです。つまり、事業や経営の根幹をなす「戦略の変革」です。これは、アナログなビジネスのあり方を当たり前と考えている人間、すなわち経営者や従業員を、デジタル前提の思考や行動がとれる人間に変えることを意味しています。つまり、企業の文化や風土を変革することになります。
ただ、「デジタル化も十分にできていないのに、DXはできない」ことは、心得ておくべきです。デジタル化に徹底して取り組むことで、デジタルな価値観や行動様式は、体験的に培われてゆきます。つまり、頑張って、意識して、デジタルを使かおうとしなくても、それが当たり前であり、ごく自然にデジタル前提の思考や行動がとれるようになります。
このような前提無くして、DXを大上段に構え、一気にDXの実践を目指しても無理な話です。まずは、デジタル化に徹底して取り組み、実践による体験を積み重ね、「デジタルが当たり前の身体になる」ことでしょう。その結果がDXであるというのが、現実的なシナリオではないかと思います。
DXの実践事例
このチャートは、かつてはどこにでもあったレンタル「ビデオテープ/DVD」ショップのビジネス・モデルが、NetflixやDisney+などのサブスクリプション型動画配信のビジネス・モデルに置き換わってしまった事例です。
デジタル活用以前は、レンタル会社(ショップ)が在庫を抱え、顧客が店舗に来て、観たい映画のテープ/DVDを選び、その都度現金決済していました。
在庫を持たなくてはならず、固定費は高く料金は高止まりしていました。また、店舗に行く必要があり利便性にも難がありました。また、観たい映画が貸し出し中で直ぐには見られないこともありました。
このようなレンタル・ショップもインターネットの普及とともに、オンラインで注文し、その場で個別決済し、欲しいテープ/DVDを宅配してもらうことができるようになり、利便性が向上しました。その結果、レンタル・ショップは廃れていきます。しかし、「テープ/DVDをレンタルして、自宅で再生して観賞する」というビジネス・モデルに変化はありません。この段階がデジタイゼーションです。
その後、PCやスマホなどのデバイスが高画質になり、ネットワーク回線も高速になり、オンライン・ストリーミングで動画を観ることができるようになりました。このような環境の変化を背景に、サブスクリプション型動画配信ビジネスが登場します。これによって、新しい収益機会が生みだされます。その結果、宅配型のレンタル・サービスは競争力を失いました。この段階が、デジタライゼーションです。
デジタライゼーションにより、ビジネス・モデルは変わり、顧客との関係も変わりましたが、初期の段階では、そこから得られるデータを十分に活かしていたとは言えません。その後、顧客の利用データ、例えば、観ているジャンル、観ることを中断するタイミング、観ている時間帯や頻度、観る組合せなどのデータをきめ細かく取得するようになりました。
そのデータを分析することで、ユーザーに個別最適化された映像配信を行ったり、多くの顧客を惹き付けるコンテンツを自ら制作したりするなど、ユーザー体験を向上させるためのきめ細かな改善や新しいサービスの追加を高速かつ継続的に行うようになりました。これにより、顧客の映像体験は大きく変わり、もはや後戻りできない状態になり、顧客を囲い込むことに成功したのです。この段階が、DXです。
このチャートは、タクシーからライドシェア・サービスへ置き換わった事例です。日本では、いまでもタクシーは広く使われていますが、米国や中国、東南アジア、欧州では、個人の自家用車を使って顧客を運ぶライドシェア・サービスが広く普及しており、多くのタクシー会社が倒産する事態となっています。
ライドシェア・サービスとは、自動車の所有者・運転者と、移動手段として自動車に乗りたいユーザーを結びつけるサービスです。米国では、UberやLyftが有名です。また、中国では、滴滴出行(ディディチューシン)、東南アジアではGrab、ヨーロッパでは、BoltやTalixoなどが事業を広げています。
現在の日本の法律では、このような個人所有の自家用車を使うことは、「白タク」行為にあたり違法だとされているため、一部の地方特区で使われているに過ぎません。
海外で、このような変化が起きているのは、料金が不透明でぼったくりの被害が横行していること、タクシーに乗りたくても直ぐに拾うことができないこと、車両が汚くて不衛生であることなどへの不満を多くの利用者が抱えていたことが背景にあるようです。日本のタクシーは清潔かつ親切、正直で、都市部では比較的直ぐにつかまえることができ、電話で呼び出せば確実に来てくれるという利便性があり、海外と同様なことにはなっていません。ただ、人口減少やドライバーの高齢化などの事情もあり、何らかの変化が起こることにはなるでしょう。
事実、アプリでタクシーを呼び出す2つのサービス「JapanTaxi」と「MOV」が、2020年9月、「GO」に統合され、サービスの充実を図りつつあります。
タクシーは、デジタル活用以前は、電話呼び出しか手を挙げて拾って乗車し、行き先を口頭で説明し、現金かカードでの支払いが一般的でした。行き先や自分の居場所を口頭で説明するというのは、なかなか難しく、ベテランのドライバーでも間違えることは多く、利用者のストレスにもなっていました。
その後、交通系ICカードやQR決済が使えるようになり、またカーナビを搭載したことで、口頭の説明でも、住所を言うだけで確実に目的地へ向かうことができるようになって、利用者の利便性を高めることができました。しかし、タクシー会社がタクシーを資産として所有し、「電話呼び出しか手を挙げて拾って乗車」というビジネス・モデルはそのままです。この段階が、デジタイゼーションです。
その後、タクシーを呼び出すアプリが登場し、口頭で場所を伝える必要は無く、GPSの位置情報をアプリが送ってくれるようになりました。また、支払いや領収書の送付もアプリで完結できるようになり、利便性が大幅に向上し、収益機会を拡大することができました。
このようにビジネス・プロセスが大きく変わり、ビジネス・モデルも一部が変わりましたが、タクシー会社がタクシーを資産として所有することには変わりありません。この段階が、デジタライゼーションです。
日本が次の段階に進むかどうかは分かりませんが、諸外国では、既に個人所有の自家用車を使ったライドシェア・サービスが広く普及しています。このようなライドシェア・サービスは、顧客の利用データ、すなわち、利用時間や乗降場所、その時の天候や曜日、日時などをきめ細かく分析し、需要をきめ細かく予測し、それに応じて収益効率がいいようにダイナミックに料金を変更したり、利用者の好む車種や料金を提案したりしています。また、Uberは、同じ方面の顧客をマッチングして相乗りさせ、極めて安い料金で乗車できるUber Poolと呼ばれるサービスを提供しています。また、日本でも広く普及しているUber Eatsは、元々は、自動車の配車サービスで培われた自家用車と利用者の最適マッチングを実現するテクノロジーやノウハウを利用して、食事の注文・配達サービスを提供しています。
このように、データを利用して、高速に改善を繰り返し、新しいサービスも次々に投入して、顧客の体験価値を高めることで、継続的な収益機会の拡大を図っています。この段階が、DXです。
これら2つの事例を参考に、「デジタル活用以前」、「デジタル化」、「DX」の各段階の特長を整理したのがこのチャートです。
大きな変化は、ビジネスの主役が「モノ」から「サービス」へと大きく重心を変え、それに伴い、追求する顧客価値も「コストと品質」から「体験価値とスピード」へと変わりつつあることです。また、ITの役割も「便利な道具」から、「ビジネスの前提」となり、人間とITがそれぞれに得意とする役割を最大限に発揮して、両者がシームレスに連携することで、ビジネスの価値を高めてゆくことへと変わってゆきます。
この点については、前回の記事で詳しく述べましたが、「デジタルにできることは徹底してデジタルに任せ、人間にしかできないことは徹底して人間に任せる」ことで、結果として、人間力を活性化しようということが、DXの目指していることだと言えるでしょう。
デジタル化とDXの違いをご理解いただけたでしょうか。改めて両者の違いをまとめと次のようになります。
ただ、DXは、徹底したデジタル化への取り組みが前提であり、その結果としてもたらされる「あるべき姿」であるということを理解しておくべきでしょう。DXとは何か、何をすべきかで、頭を悩まされている方も多いと思うのですが、まずは、自分たちの足下をしっかりと見据え、デジタル化を着実に進めてゆくことです。その土台無くして、DXの実践は、難しいと言えるでしょう。
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斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
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