上から見れば激流が渦巻く川も、川底の水は蕩々と流れている。デジタルのトレンドもまた、表層だけを見れば、激流である。しかし、その深層の流れは蕩々としており、そこから、なぜ表層の激流が起こっているかが分かるし、表層と深層を行ったり来たりすることで、トレンドの未来を予見できる。
「予見」できる能力は、物事をうまくすすめる上で、大変に重宝する。例えば、お客様への提案にこの能力を発揮すれば、お客様の成功に大きく貢献できる。新規の事業開発でも、成功を引き寄せる原動力だ。事業改革に使えば、来るべき未来に備えた組織や体制、制度を準備でき、時代の変化にいち早く対処できる。また、自分のキャリア形成に使えば、社会的な成功の可能性が高まる。
デジタルのトレンドを予見する上でのいくつかの表層と深層の流れについて、見てゆくことにしよう。
まずは、文章から画像を生成してくれるAIの話しだが、これは表層の流れと言えるだろ。DALL-E2、Midjourney、Stability Diffusionなどが、よく知られているが、入力された言葉から生成された画像を見ると、「まさに!」と思わせるような絵を描いてくれる。芸術的でもある。2022年をふり返れば、これらは、たった半年ほどの間に、次々に登場した。
また、優れた対話品質でやり取りができると話題のChatGTPは、つい先日、リリースされたばかりだが、まるで2001年宇宙の旅に登場したHALを彷彿とさせるし、鉄腕アトムやドラえもんのような自然な対話が実現している。滑稽な回答や間違っていることも、シラッと真面目に答えてくれるお茶目なところもあるが、機械と人間とのインターフェイスのあり方を、一変させてしまう可能性を予感させる。
このようなアプリケーションは、大規模言語モデルと、その延長にある基盤モデル(Foundation Model)と呼ばれる新しい機械学習のテクノロジーが、使われている。
基盤モデルでは、まず様々なデータ形式の数千億個のパラメーターを学習させることで、応用範囲の広い「モデル」を作る。これには膨大な計算リソースと時間をかけている。そこに、やらせたいタスクに応じたデータで追学習させることで、様々なタスクに適応させることができる。これまでであれば、タスクごとに膨大なデータを使ってモデルを作らなければならなかったが、予め用意された「基盤モデル」を使って追学習させれば、そのデータ量はわずかで済む。
例えて言えば、まったく自動車に乗れないところから、普通自動車の運転免許を取得するのは、なかなか大変で時間もかかる。しかし、一旦、普通自動車が運転できるようになれば、若干の追学習で、大型のバスやトラックを運転できるようになるだろう。まったく自動車が乗れないところから始めるよりも、遥かに短時間で乗りこなすことができるはずだ。基盤モデルとは、そんな機械学習のアプローチである。
基盤モデルは、自律型ロボットや自律運転車(一般には自動運転車と呼ばれることも多い)の性能の向上、極めて自然な対話での機械操作やサービスの利用、創薬候補物質の発見、未知の物理法則の解明など、いろいろな応用が期待されている。また、汎用AI(AGI)実現の可能性に筋道を示すかも知れない。
そんな、アプリケーションや基盤モデルを生みだす深層にある流れは、データの価値が、これまでになく高まっていることだ。ウエッブやモバイル、IoTの普及、拡大によって、現実世界のものごとやできごとは、ことごとくデジタル・データとして捉えられる時代になった。これが、デジタルツインである。デジタルツインは、言わば現実世界のデジタル・コピーだ。それを使えば、現実世界にどのような規則や法則、特徴があるかを見付けることができる。そのための計算が機械学習である。あるいは、現実世界ではできないリスクのある実験を繰り返し行うシミュレーションもデジタルツインを使えば、リスク無く何度も条件を変えて実行できる。これを使って、顧客のニーズを理解し、変化の予兆を読みとり、あるいは未来を予測して、最適解を見つけ出すことで、他社に先んじてビジネスを最適化するための改善や魅力的な新規事業を立ち上げる。
膨大なデータであるデジタルツインは、重要な経営資源となった。これをうまく使いこなせるかどうかが、企業の存続や成長を左右する時代になった。GAFAMなどのビッグ・テック企業が、そこに膨大な投資をするのは、そのためだ。それが、基盤モデルを生みだした背景にあり、様々なアプリケーションを登場させている。
表層の流れだけみれば、そのカタチは様々で、色とりどりであり、ひとつひとつを追いかけるのはなかなか至難であろう。しかし、その背景にある深層の流れは、比較的シンプルであり、それを理解できれば、これからどうなるのかが容易に想像できるだろう。
表現を変えれば、「抽象たる深層の流れ」から「具象たる表層の流れ」を予見し、両者の間を行ったり来たりすることで、テクノロジーのトレンドは見えてくる。このような視点というか、思考回路を持つことが、トレンドを予見するためには必要だ。
他の事例についても考えてみよう。昨今のWeb3という言葉が巷を騒がせている。表層の流れでは、仮想通貨やNFT、DAOやDeFiといった言葉が飛び交っている。そこに、投機的な動きも重なり、なんとも胡散臭ささをただよわせている。
一方で、このムーブメントを支える深層の流れは、プラットフォーマーからの独占・寡占から解放されたいという人々の情熱であり、ブロックチェーンやそれを基盤としたスマート・コントラクトの普及がある。この深層の流れは、表面的な胡散臭さとは裏腹に、至極真っ当な理想を希求している。
表層だけを見て、仮想通貨は投機目的でしかなく社会悪であるとか、その対局として、いまの公定通貨が仮想通貨に置き換わってしまうというような極論が語られている。また、株式会社がなくなってDAOになってしまうなんてことを言う人もいる。しかし、深層の流れを見れば、そういうことにはならないことが分かる。むしろ投機的な動きは徐々に落ち着き、健全な社会やビジネスの基盤、あるいは選択肢として、認知され普及することになるだろう。
このような深層の流れに促されて、CBDC(中央銀行デジタル通貨)への取り組みが加速しているし、会社法や出資法の見直しもすすめられていている。きっと、新しい社会や経済の基盤として、Web3は一定の役割を果たすようになるだろう。
深層の流れが、表層の流れに影響を与え、その流れに変化をもたらすことは、Web3に限らず、様々なところで起こりうる話しだ。そんなトレンドは、表層の流れだけでは読み解くことはできず、深層の流れと行ったり来たりしながら、全体の関係や構造を眺めて、はじめて見えてくる。
コロナ禍がもたらしたIT需要の拡大も、表層と深層の流れから読み解くことができるだろう。
「コロナはサルベージ作業の爆薬のような効果を及ぼした」
『世界史の構造的理解・現代の「見えない皇帝」と日本の武器 – 2022/6/21 長沼 伸一郎・著』にこのようなことが書かれている。
「一般に沈没船を引き上げるサルベージ作業では、海底の沈没船に空気を吹き込むなどして船を浮上させるのだが、船底が海底の泥にがっちりつかまっていると、たとえ浮力が十分になっても浮いてこられないことがある。そういった場合には、水中で爆薬を爆発させて船体を揺すってやると船は泥から引きはがされていっきょに海面に浮いてくるのである。
何が言いたいかと言うと、 コロナ等の衝撃は、今まで潜在的に社会の底にくすぶっていた問題を一気に表面化させる力を持っており、それこそがしばしば災害そのものの直接的な影響より重大な問題になると言うことである。」
コロナ禍をきっかけとして、リモートワークが定着し、アナログに頼っていた様々な業務や手続きをデジタル化する動きが加速している。クラウド利用も増えている。
しかし、その背景には、コロナ禍以前からの深層の流れがあった。働き方改革やワークスタイルの多様化といった社会的圧力、人手不足の中でビジネス・プロセスをデジタル化しなければならないという課題意識、クラウド・サービスの充実などの流れである。コロナ禍という爆発によって川底が揺さぶられて、深層の流れが表層に浮かび上がり、その流れが加速したことが、IT需要を拡大させた背景にある。
そんな表層の流れは、いずれも目新しいものではない。それはこれまでも深層の流れによって、ゆっくりと確実にもたらされてきた変化である。しかし、本来ならばもっと時間がかかったはずだったが、コロナ禍という爆薬が、時間を加速し、その期間を縮めたのである。
アジャイル開発やDevOps、コンテナやマイクロサービスなどの表層の流れは、圧倒的なスピードを手に入れなければ、企業が生き残ることはできないとの危機感が、その深層の流れにある。
私たちはいま、VUCA(変化が速く、将来の予測が困難な状況)の時代に生きている。半年先の未来さえ正確には予測できない時代だ。ならば、いまの変化を直ちに捉え、いまの最適は何かの仮説を立てて、それを実践で試して、直ちにフィードバックを得る。その結果から議論して、高速に改善を重ねながら、変化に適応していくといった「圧倒的なスピード」が、企業が存続する条件となっている。そんな「アジャイル(変化に俊敏に対応できる)企業」になることが、存続の条件となった。
ここでITは重要な役割を果たすわけだが、ITもまた「圧倒的なスピード」が必要だ。このような深層の流れが、上記のようなメソドロジーやテクノロジーとして、表層の流れを生みだしている。深層の流れのスピードが、益々加速しているわけだから、表層の流れもまた、スピードを上げて充実するだろうし、普及していくことになるだろう。
DXについても、触れておきたい。DXとは何かということについて、腑に落ちていない、胡散臭いと感じる人は、少なからずいるように思う。その背景にあるのは、DXを表層の流れだけで捉えているからではないか。DXは、深層の流れと一緒にして捉えるべきだろう。
かつてデジタルは、リアルを支援する便利な道具だった。しかし、もはや、私たちの社会や日常は、デジタルを前提とするものに変わってしまった。例えば、旅行へ行こうとすれば、まずはネットで旅行先を探し、ホテルを予約する。その上で、リアルな旅行という体験を楽しんでいる。つまり、リアルとの接点、あるいは入口がデジタルとなり、リアルはデジタルに包括される時代となった。
当然企業は、そんな世の中の変化に適応しなければ、生き残ることはできない。だから、デジタルがリアルを包括する社会に適応するために会社を作り変えなくてはならない。それは、単にデジタル・テクノロジーを使えばいいと言うことではない。ビジネス・モデルや業務プロセス、働き方、企業の文化や風土を作り変える必要がある。そのための変革の取り組みが、DXである。
つまり、DXとは、デジタル前提の社会に、適応しなければならないという企業の危機感であり、それに対処しようというモチベーションとして、深層の流れを生みだしている。その奔流がデジタルの積極的な活用という表層の流れになっている。
ところが、その表層の流れだけを捉え、それをDXと解釈している人たちが少なくない。結果として、デジタルを使うことが目的化してしまい、深層の流れとは無関係に「デジタルを使うこと=DXの実践」が行われる。これは、カタチだけの「DXごっこ」であり、労力とお金を浪費する行為だ。
DXは、腑に落ちないとか、胡散臭いと感じるのは、深層の流れを理解せずに、表層の「デジタルを使うこと」に終始し、結果として、成果をあげられないからではないか。
「デジタルのトレンドもまた、表層だけを見れば、激流である。しかし、その深層の流れは蕩々としており、そこから、なぜ表層の激流が起こっているかが分かるし、表層と深層を行ったり来たりすることで、トレンドの未来を予見できる。」
冒頭で申し上げた、この言葉の意味をご理解頂けたであろうか。
表層の流れだけを追いかけるのではなく、深層の流れとともにその大きな構造を理解する。トレンドを予見するには、そんな態度が必要となるだろう。
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2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。