「では、これでいきましょう。」
中期事業計画で、「DXで新たな事業/案件を作り、3年間で売上目標の3割を達成する」との方針が示されました。各事業部門は、これに従って、自分たちのDX戦略を立案することになり、議論の末、それがやっとまとまり、ほっとしたところでした。
「では、軽く打ち上げでも」ということになり、近くの居酒屋に繰り出し、いつものように、たわいのないことで楽しく盛り上がっていました。そんなタイミングで、若手の営業が、水を指すようなことを言い出しました。
「ところで、DXって何ですかねぇ。売るモノは変わらないわけだし、自分は、何をどう変えればいいのですか?」
楽しい空気は一瞬にして静かになりました。そして、あるベテランが、次のように、彼に諭しました。
「余計なこと言うんじゃないよ。みんなが、これがDXだと言えば、それでいいんだ。社長だって、ちゃんと分かっちゃいないんだからさ。おまえ、もうちょっと空気読めよな。」
DXという空気に支配された会議。そんな空気が緩んだ居酒屋での本音の会話。私たちは、当たり前にこのような日常を過ごしているのではないでしょうか。
第2次世界大戦の最中、戦争の事実を語ることは、許されない雰囲気があったと聞きます。批判などしようものなら、非国民として糾弾され、特高警察に捕まってしまうこともあったそうです。時の東條英機総理大臣は、次のように述べています。
「この戦争は、アメリカやイギリスなどによって搾取され、文化の発展も阻害されたアジアを解放し、日本を中心にした道義に基づく、共存共栄の秩序を確立することが目的だ」
つまり、「大東亜共栄圏の建設」という大義を成し遂げるための戦争なのだというわけです。国民もまたそれを当然のこととして、受け入れていました。これを批判できるような空気はなく、その空気に従うしかありませんでした。むしろ先頭に立ってこの空気を助長することが、国民としてのあるべき姿だったのです。
「DX」もまた、この「大東亜共栄圏」のような空気に支配されているように思えてなりません。大義とは裏腹に、軍部の本音は、石油や鉱物などの資源獲得が本音でした。DXもまた、先細りが心配される工数や物販のビジネスを、新たな大義によって社員を鼓舞し、新しい収益の道筋を作りたいのが本音でしょう。
しかし、「大東亜共栄圏」が、日本の独りよがりの施策であり、現地の人たちからは疎んじられ、敗戦を迎えたことは、ご存知の通りです。また、自分たちの現状を踏まえて論理的に考えれば絶対に勝ち目のない戦でも、それを拒むことが許されない空気の中で、玉砕や特攻という悲惨が繰り返されたことも、史実があきらかにしています。DXも、同様の空気に支配されているように思えるのは、考えすぎでしょうか。
「DXは、アナログで非効率な仕事のやり方からお客様を解放し、自分たちの提供するサービスや商品でお客様の健全な事業運営を確立することが目的だ」
そんな大義をかざし、その旗印として、人事DX、経理DX、生産DXなどを掲げて、自社の商材を売ろうというのは、大東亜共栄圏の空気と同じ匂いがただよいます。そもそも、「DXとは何か」を議論しないままに、DXというご神体に触れることも、考えることも許されない空気の中で、DXに取り組みなさいと言われているわけで、もはや宗教に近いものを感じます。
DXを胡散臭いと感じている人が多いと思います。その根源は、DXという言葉を突き詰めて考えず、言葉だけを知って知ったつもりになって、語りあって、DX戦略だとか、DX事業だとか、いっているからです。
お客様もまた同様で、DXという社会の空気に支配され、その空気に逆らえません。そこに「なんちゃらDX」を掲げるITベンダーやSI事業者がやってきます。それを受け入れれば、自分たちもDXに取り組んでいることになります。多少胡散臭い話しでも、「DXをやっている」ことを経営層にアピールできます。このような利害の一致があるから、空気的あるいは宗教的DXでも、ビジネスが成り立つのだと思います。
一方で、分かっていない同士が、語り合っているから、DXは、胡散臭くなり、一部には腐臭さえはなち始めています。「DXなんてことを言うヤツらは、信用できない」、と逆ギレをされるお客様が時々いますが、それは、そんな腐臭の典型でしょう。そんな逆ギレする人もまた、DXの本質を突き詰めないままに、胡散臭い空気に押し流されることへの抵抗を示しているだけなのかも知れません。
「DX」という言葉には、歴史的裏付けがあり、「デジタル化」や「コンピュータ化」、「IT化」とは異なる解釈です。これについては、別の記事で紹介していますので、そちらを参考にしてください。
参考 > DXの定義 〜その歴史的経緯といま私たちが使っている解釈〜
DXの歴史的背景を踏まえ、私なりに行き着いた解釈は、つぎのようなことばです。
「デジタルがリアルを包括する社会に適応するために会社を作り変えること」
デジタル前提の社会適応するために、ビジネスモデルや仕事のやり方、企業の文化や風土を変革しようということです。デジタル技術は、そのための手段であって、それを使うことが目的ではありません。この点を曖昧なままに、あるいは、手段を目的化したDXが、至る所で見受けられます。例えば、次のような表現は、この現実を如実に表しています。
- DX化する
- DXを導入する
- DXを採用する
DXの本質を理解していれば、このような表現は気持ち悪くて使えないはずです。何も自分の解釈を持つことがダメだと言っているわけではありません。ただ、言葉だけから、自分の知識の範囲で、あるいは、自分に都合がいいように自分勝手な解釈を与え、知ったかぶりで語りあうから、胡散臭くなるのです。
また、独りよがりのDX、すなわち人事DX、経理DX、生産DXなどというのもいかがなものでしょうか。それぞれの業務をデジタル前提にしてリデザイン、再定義して、新しいやり方に作り変えるというのであれば、「なんちゃらDX」にも説得力があるように思いますが、既存のやり方をそのままに、アナログな紙の作業からデジタルなクラウドに置き換えても、DXとは言えないでしょう。
アナログをデジタルに置き換えることは、何も悪いことではなく、経済的合理性があります。しかし、それならば、いままでのようにIT化やコンピュータ化、デジタル化でいいわけです。あえてDXという言葉を使うのは、中身が何も変わっていないのに華美な装飾を施して、見た目よりもよく見せようという下心が見え見えです。これもまた、胡散臭さに拍車をかけている理由です。
お客様の幸せにできなければ、ビジネスにはなりません。つまり、CX:Customer Experience(顧客体験)を高めることができなくては、業績の向上にはつながりません。そのためには、従業員の仕事へのやり甲斐を引き出し、自発的に工夫することを喜びと感じられるような、働く環境を提供することです。つまり、CXの向上は、EX: Employee Experience(従業員体験)の向上と不可分な関係にあります。DXは、そんなCXとEXの向上を目指す取り組みでなくてはならないのです。
「ところで、DXって何なんですかねぇ。売るモノは変わらないわけだし、自分は、何をどう変えればいいのですか?」
空気を読めない若者が、水を差したわけです。「水」には、正常な論理に引き戻そうという力があります。しかし、相対的な力のバランスで、「水」は、直ぐに蒸発させられ、「空気」に取り込まれで、何もなかったようになるのが常です。
そうしないためには、空気に支配されないように、冷静になって、正常な議論を心がけなくてはなりません。そのためには、DXに限った話しではありませんが、テクノロジーのことやビジネスを取り巻く環境の変化について、知識を積み上げ、アップデートを心がけておくべきです。
大東亜共栄圏が、作戦の失敗や玉砕、敗戦に至った理由は様々です。ただ、理屈では分かっていても本音を言えず、その場の空気に支配された状況の中で、雰囲気と精神論で様々な決定を下してきたことが原因として大きかったことは、多くの研究者達が指摘しています。
DXをそんな空気にしてはいけません。DXを神格化されたご神体に祭り上げないことです。正常な感覚と論理で、自分たちの「DX」を問い直してみてください。
あなたは、「DXという空気」に翻弄されてはいないでしょうか。神格化されたDXを無批判に受け入れ、玉砕に向かって行軍してはいないでしょうか。
自分の支配されている空気に気付き、自分で水を差すことは、必要だと思います。
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2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー