「どうすれば、社員に危機感を持たせ、変革に積極的に取り組ませることができるでしょうか?」
ある経営者から、このような愚痴とも、相談とも言えないお話を伺いました。
「まずは、ご自身を変革されてはどうでしょうか。自分の行動を変え、自分が学んだこと、気がついたこと、考えたことを、毎日発信されてはいかがですか。変革の大切さを実践で示し、丁寧に伝える努力をされてはどうですか。リーダーが身をもって変革を実践しているのなら、共感者は増えるでしょう。そういう人たちの共感のエネルギーが、変革に向かわせる原動力になるのではないかと思います。」
「こうすべきだ、こうしなさい」と経営者から言われれば、一応はそれに従う努力をする人は多いのではないかと思います。しかし、それが、自分の「内発的動機付け」、わかりやすく言えば、「言われるまでもなく、進んで行動したいという自発的な気持ち」が、なければ、長続きすることはなく、結果として、変わることはありません。
「上司や経営者に理解してもらうには、どうすればいいでしょうか?」
私の講義を受講された方から、このような質問を頂くことがあります。
「まずは、自分の行動を変え、自分が学んだこと、気がついたこと、考えたことを、毎日発信されてはいかがですか。変わることの大切さを自分のできる範囲、あるいは自分のチームで実践し、成功も失敗も丁寧に伝える努力をされてはどうでしょう。それが理にかなっているのなら、共感者は増えるでしょう。そういう人たちが一定の人数を超えると、上司も経営者も無視できなくなるでしょうし、組織や会社全体が動き始めるのではないかと思います。」
相手が部下であっても、上司であっても、結局は同じことのように思います。
だれかを変えたければ、先ずは自分を変えよ!
「予測符号化理論(Predictive Coding Theory)」というのがあります。この脳科学の理論は、目に入ってきた情報が、一方通行で脳の視覚領域に送られて、そのイメージを作り出すのではなく、予め脳の視覚領域に予測イメージが作られ、それと視覚からの情報との差分のみを検出し、それだけを視覚領域で情報処理するのだというのです。つまり、何を見るのかは、予め脳が用意し、入力との差分だけを脳で処理しているというわけです。
脳は、人間の臓器のなかで最もエネルギーを消費します。つまり、考えることは、とても大きな負担になり、これを少しでも減らすために、このような仕組みが備わっているというわけです。これは視覚だけではなく、外界の情報を処理する基本的な仕組みとなっているそうです。
私たちは、経験と時間のかけ算によって、「これが当たり前」、「こうすることが当然」という認知の枠組みを自然と作り上げています。私たちは、まずはその枠組みで、ものごとを理解しようとします。その方が、脳に負担がかからずに楽だからです。その差異が小さければ、何とかなりますが、大きくなり、負担が増えると次のような3つの行動をとります。
- 情報処理を拒む(=思考停止)
- 思考の負担を減らす(=都合がいいように解釈する)
- 差分を拒否する(=抵抗する)
このような行動は、脳科学的にも理にかなっていると言えるでしょう。
テクノロジーが、これまでのビジネスのあり方を大きく、しかも急速に変えつつあるいま、この変化に抗おうとするのは、とても自然なことのように思います。この現状をまずは受け入れるしかありません。
だからこそ、他人を何らかの力で強引に変えようとするのではなく、変わりたいという内発的な動機付けを引き出し、自発的な行動に変えていくための取り組みが必要です。そのための最も有効な手立ては、「自分を変革」し、相手の共感を引き出すことだと思います。
変革の必要性を感じているのなら、まずは自分で、あるいは、自分のチームで、そんな取り組みを始めてはどうでしょう。例えば、次のようなやり方です。
チームの心理的安全性を向上させる
ある営業チームのリーダーが、自分のチームの心理的安全性を高めたいと考えていました。そこで、メンバー全員で、心理的安全性についての勉強会を開くことにしました。学んだことを実践するために、やりたいこと、あるいは、これまでの行動で改めたいことなどを洗い出し、書き出しました。それをチーム全員が見えるところに張り出し、週1回のミーティングでふり返り、KPTで管理することにしました。
KPTとは下記のようなフレームワークでアクションプランを管理していこうというものです。
- K:keep = これは良かったから、今後も続けよう
- P:problem= これは悪かったから、今後はやめよう
- T:try = これに新しく気がついたので、次に挑戦しよう
徐々に成果も上がり始め、これを発信しようとしたのですが、社内ではその手段がありません。そこで、パブリックなブログを使い、自分たちのやってきたことや失敗談を外部に発信しはじめました。それを見た社員の中に興味を持つ人が現れ、徐々に賛同者が増えていったそうです。そういう賛同者を集め、さらには社外で同様の取り組みをしている人たちを集めて、勉強会や情報交流の機会を作り、仲間を増やしていったそうです。結果として、彼らの取り組みは、経営者にも届き、全社的な取り組みとして、定着したそうです。
新しいツールを使い生産性を向上させる
新卒2年目のエンジニアが、あるツールが便利だと言うことに気がつきました。これは、うちの会社でも使った方がいいと、上司に進言しましたが、うちにはうちのやり方があるので、それは使えないと言われたそうです。そこで彼は、俄然ファイトが湧いて、ならば自分で使ってその有用性を実証することにしようと、こっそりと使い始めました。その結果、彼の仕事は、早くて丁寧だといううわさが広がり、どうしているのかと先輩諸氏からも聞かれるようになり、その理由やツールの使い方を説明し続けました。そのうち仲間が増えていき、上司も無視できなくなり、「これいいねぇ」となって、いまでは、社内の標準ツールとして使われているそうです。
- まずは自分で行動を起こす
- やっていることを発信する
- 共感者を巻き込み仲間を増やす
いずれもそんなステップで、変化を生みだしているわけです。
会社や他人に変革や変化を声高に求める人は沢山います。そういう人たちのどれくらいの人が、自分の変革に取り組んでいるのでしょうか。まわりに、あるいは自分の所属する組織にすがって自分を変革しようなんて、虫が良すぎる気がします。そのために相手や会社の批判を重ね、まずは公的な方針やルールを変えることを求め、それがかなったのならば自分もそれに従いますという態度は、違うように思います。
時間はかかるかも知れません。しかし、先に述べたように、世の中の常識が大きく変わってしまったことを受け入れることは、脳科学の知見からも、なかなか大変なことです。だから、変革を進めたいのなら、そう考える本人がまずは行動し、相手に気付かせ、興味や関心、共感を引き出し、内発的な動機を導いて、自発的な行動に駆り立てるしかないように思います。
例えば、アジャイル開発に取り組むには、これまでの開発の常識を根底から否定しなくてはならないことが多々あります。DXもまた同様に、デジタルが前提の社会に適応するために仕事のやり方や働き方を変えることであり、いままでのやり方を変えなくてはなりません。
いずれも容易なことではありません。ならば、アジャイル開発の重要性に気付いた人が、自分のチームでやってみてはどうでしょうか。DXであれば、その大切さに気付いた経営者が、自分の考えていることや学んだことを丁寧に社員伝え、社員と対話して、理解と共感の輪を拡げるべきです。
だれかを変えたければ、先ずは自分を変えよ!
まずはここから始めてはどうでしょう。
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2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー