世の中の風潮に煽られ、ユーザー企業は、「DX本部」や「DX推進室」といったDX推進組織を立ち上げ、DXの実践に躍起になっています。
彼らは、事業部門に声をかけ、「DXできそうなことはないでしょうか?」、「もしテーマがあれば、お手伝いします、予算もつけます」と協力を促します。
事業部門も会社の方針として、DXに取り組まなくては示しがつきません。ただ、本業をかき回されたくはありません。そこで、本業そのものではなく、附帯的な業務で、「DXをやってます」と示すためのカタチを作ろうということも多いようです。
しかし、その多くは、「なんとしてでも解決したい課題の解決」ではありませんから、業者任せとなり、「DXやりました」という成果を残して、うやむやになることも多いようです。それを世間では、PoC(事業コンセプトの検証)と呼び、「まあ、PoC=検証できたからいいじゃないか。それがうまくいかなかったとしても、それが分かっただけでもよかった」とみんなが納得しているなんて、話しも聞こえてきます。
このブログでも度々紹介してきたことですが、DXとは、「デジダルが当たり前の社会に適応するためのビジネス・モデルやビジネス・プロセスの変革」です。デジタル技術を使うことは手段ではあっても、目的ではありません。しかし、現実には、「デジタルを使うこと」を目的としたDXが、あちらこちらから聞こえてきます。
その理由は、至極明快で「はやくわかりやすい成果」を見せたいからでしょう。
会社の方針として、あるいは、トップダウンの業務命令として、DXの実践が求められています。しかし、「自分たちにとってのDXとは何か」が、共有されないままに、現場に丸投げです。
つまり、「自分たちが目指すべきビジョンやパーパス(存在意義)」、その実現を脅かす「自分たちが直面する課題や危機感」、これに対処するための「自分たちの戦略や方針、そして達成基準」は、現場で考えて欲しいと言っているようなものです。
当然、現場としては、売上や利益などの事業目標を達成することが第一ですから、そんなことをじっくりと考えている余裕はありません。一方で、会社の方針として、DXが下命されているわけですから、成果を示さなくてはなりません。何をすることがDXかは示されてはいませんから、デジタルを使って何かカタチを作ろうとします。だからと言って、あまり手間をかけたくはありません。そこで、部門単独でできること、単年度で成果が見えること、いまの常識の範囲でできることになります。こうやって、「はやくわかりやすい成果」を見せて、DXをやったことにしたいのだと思います。
会社としての「DXとは何か」がありませんから、これではダメだとは言えません。いや、いいも悪いも評価する基準がありません。結果として、「DXに取り組んでいる」ということで、みんないい気持ちになるわけです。これは、DXの本質からは、著しく逸脱しています。
いま、私たちが生きる「デジタルが当たり前」の社会とは、「社会環境が複雑になり、将来の予測が困難」な社会であり、「変化が早く、既存常識があっという間に陳分化する」社会です。3年後を正確に予測して計画をたて、粛々と実行すればいいという時代ではなくなりました。圧倒的なスピードで、変化に即応できる能力を持たなければなりません。
そのためには、デジタルを使うことだけではなく、意志決定の仕方、組織の機能、従業員の行動や思考の様式、つまり、企業の文化や風土の変革も必要です。
そんな、DXの本質を棚上げして、「DXやってます」を示すために、デジタルを使うことを目的とした取り組みをDXと称することには、強い違和感を禁じ得ません。
本来、DX推進組織の役割は、このような「事業部門を個別に巻き込む」ことでDXというカタチを作ることではないはずです。デジタル前提の社会に適応し、生き残るために、会社を作り変えましょうということであり、その参謀として、あるいは、伴走者として、経営者や事業部門を支えることなのだろうと思います。
前回のブログでも紹介したとおり、DXに取り組むならば、新しいことを始めることではなく、時代にそぐわなくなった「いま」を終わらせることが、先決です。DX推進組織は、それを仕掛けなくてはなりません。
新たな常識を会社全体に浸透させ、このままではマズイ、大変なことになるという意識を醸成する。その上で、既存の「事業部門の垣根を壊す」ことを促し、自発的な変革のための行動を支援することが、DX推進部門の役割であると自覚すべきだと思います。
DX実践の一環として、デジタルの基本や最新トレンドを教えるデジタル・リテラシー研修を実施したいというご相談を、DX推進組織から頂く機会が増えています。もちろん、そういう知識を持つことは大切なことです。ただ、その前提として、DXの本質を理解し、納得することから始めるべきだと、私は考えています。
デジタルは、あくまで手段です。何のために、その手段を使うのかを理解しないままに、手段の知識を積み上げても、その価値が分かりませんし、使い方も思い浮かばないでしょう。
DX推進部門は、自分たちにとってのDXの目的をはっきりとさせ、経営戦略に落とし込み、事業戦略に落とし込む筋道を示すことに責任を持つべきでしょう。
DX戦略とは、経営戦略であり、事業戦略です。その理解なくして、DXの実践は、成果に結びつくことはないように思います。
書籍案内 【図解】コレ一枚でわかる最新ITトレンド 改装新訂4版
ITのいまの常識がこの1冊で手に入る,ロングセラーの最新版
「クラウドとかAIとかだって説明できないのに,メタバースだとかWeb3.0だとか,もう意味がわからない」
「ITの常識力が必要だ! と言われても,どうやって身につければいいの?」
「DXに取り組めと言われても,これまでだってデジタル化やIT化に取り組んできたのに,何が違うのかわからない」
こんな自分を憂い,何とかしなければと,焦っている方も多いはず。
そんなあなたの不安を解消するために,ITの「時流」と「本質」を1冊にまとめました! 「そもそもデジタル化,DXってどういう意味?」といった基礎の基礎からはじめ,「クラウド」「5G」などもはや知らないでは済まされないトピック,さらには「NFT」「Web3.0」といった最先端の話題までをしっかり解説。また改訂4版では,サイバー攻撃の猛威やリモートワークの拡大に伴い関心が高まる「セキュリティ」について,新たな章を設けわかりやすく解説しています。技術の背景や価値,そのつながりまで,コレ1冊で総づかみ!
【特典2】本書で扱うには少々専門的な,ITインフラやシステム開発に関わるキーワードについての解説も,PDFでダウンロードできます!
2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー