「基本的に新しいことに一切の興味がありません。特にこれと言って知りたいことがあるわけでもありません。」
ある大手SI事業者での最新ITトレンドの研修に際し、「今日の講義で知りたいことを掲示板に書き込んで下さい」とお願いしたら、こんなコメントを頂きました。
他の受講者からも「Web3とイーサリアムの関係を知りたい」といった自分で調べれば直ぐに分かる質問や、「ITのいまの常識を知りたい」といった漠然とした質問も多く、書けと言われて、体裁のために書いたというような感じで、なんともやるせない想いになりました。
イノベーションの急速な発展により、決まり切ったルーチンの仕事はなくなり、多くの人たちが仕事を失うことになるのは、もはや避けることのできない現実です。そんな現実に危機感を持っていないのでしょうか。余計なお世話かも知れませんが、心配になってしまいます。
先週のブログでも紹介したように、私たちの常識は根底から揺らいでいます。いままでの当たり前が、通用しない時代になろうとしています。
この現実に気がつき、自ら問いを発し、探求することができなければ、生きづらい世の中になりつつあります。それができる、できないで、社会格差が広がっていくでしょう。DXやイノベーションが、これほどまでに、世間の耳目を集めるのは、そんな時代に対処するための能力を企業が持たなければならないという危機感が背景にあるからです。
この現実に興味がない、あるいは気がつけていないとすれば、ITに関わる仕事に、意義や生きがいを見出すことは難しいかも知れません。
ところで、この会社のホームページには、経営者の言葉として、「お客様のDXに貢献します」や「お客様のイノベーションを支援します」といったメッセージが掲げられています。経営者の想いは、十分には、現場には届いていないようです。
ただ、これを個人の資質の問題と捉えるのは早計です。これまでの企業教育のスタイルは、自分たちの事業に都合のいい人材を、低コストで大量に生産することに主眼が置かれてきました。いまの事業を持続させ、効率化させることが重視されてきました。新しいことは、余計なことであり、そんなことに興味を持たずに、いまの仕事のパフォーマンスを挙げることを求められてきたひとたちにとっては、このような発言は、ごく自然なことなのかも知れません。
そんな教育を受けてきた人たちに、常識を逸脱して変革せよ、イノベーションを生みだせ、新規事業を立ち上げろ、と求めても、無理な話かもしれません。
私が、日々の講義の中で心がけているのは、「自分たちの常識が、社会の常識とどれほどかけ離れているか」に気付いてもらうことです。
例えば、上記研修は、Zoomを使ってのオンライン講義でしたが、VPN経由でVDIを使っているために不安定になるのでカメラはOFF、しかも、セキュリティ対策(?)のためにメッセージは使用できない設定でした。ITを活かして、お客様の事業価値に貢献しようという会社が、ITの価値を毀損しているのです。
講義の中で、クラウドやゼロトラスト・ネットワークの話をしながら、これが、世間の非常識であることを伝えましたが、「会社のやっていることなので仕方がない」といった他人事のような雰囲気でした。
この会社ばかりではありませんが、他にも、一般使われているファイル交換サービスが使えず、PPAP(zip暗号化添付)を未だに使っている。使えるクラウド・サービスが、”極めて”限定されている。個人のPCやスマホを仕事で使えないなどは、よく聞く話しです。
お客様のDXやイノベーションもいいのですが、まずは、世の中で当たり前にできることを、自分たちができるようになることから、取り組む必要があるように思います。そんなことを講義の中で気付いて頂けるように心がけていますが、なかなか自分事として受け止めて頂けないのは残念です。
こういう企業に共通する風土として感じるのは、心理的安全性の欠如です。
「チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」
- 周囲の反応に怯えたり、羞恥心を感じたりすることなく、自分自身が自然な状態でいられる環境があること。
- 組織内で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態があること。
- このチーム内では、メンバーの発言や指摘によって人間関係の悪化を招くことがないという安心感が共有されていること。
組織の全員が、いまの現実に危機感がないわけではありません。現実を何とかしなければと、自助努力を重ねている人もいるはずです。しかし、上記のような心理的安全性がない組織では、「組織の常識」に反するような発言は、なかなかできず、個人の学びが、組織の学びになりません。
結局、暗黙の了解やいつものやり方、体面や組織の調和が優先され、「社会の常識」との乖離を埋めるスピードを遅らせてしまいます。これが累積し、やがては外部からの批判や事故、優秀な人材の流失といった「見えるカタチでの痛み」となって、変革への組織の空気が醸成されます。そうなってやっと経営者が重い腰を上げるとことを繰り返しています。結果として、ますます世間の常識との乖離を拡大しているのです。
このネガティブ・スパイラルをどこかで断ち切らなければなりません。それこそが、経営者の役割なのでしょう。ただ、それを待っていては、時間がかかるかもしれせん。ならば、自分の未来を救うために、自助努力で、これからの時代に対応する知識とスキルを身につけてゆかなければなりません。そして、発信し続けてゆくことが、組織を動かすきっかけを作ります。
ITソリューション塾を始めて、今年で13年になりました。既に、4000名ほどの卒業生がいます。この塾に込めた想いは、自分や組織を動かす自分力を磨くことです。自分の力で、自分の未来を切り拓いてもらいたい、そのための知識と感性を手に入れてもらおうというわけです。
最初の頃は、いまのITの常識をできるだけ分かりやすく伝えることに腐心していましたが、それだけは、使える知識にはならないことが分かってきました。そこで、いまの常識が生まれた過程を、歴史的背景を踏まえて説明し、そこに関わる企業の思惑や戦略を語り、本質を伝えることを心がけました。本質が分かれば、あとは自分事に当てはめて、実践で応用ができると考えたからです。
残念ながら、この思惑も十分ではありませんでした。これができる人は限られていて、大半の人たちにとっては、「新しい知識」を手に入れたに過ぎませんでした。自分たちの意識や行動の変容に繋げられなかったのです。考えてみれば当然のことで、冒頭のような「問いを発すること」を抑圧された企業にあって、意識や行動の変容は、よほどの強い意志が無ければできません。この現実に向きあうことが、新たな課題となりました。
いま、ITソリューション塾では、この課題に3つの方法で、取り組んでいます。
- 事前課題:講義ごとに、「検索しても答えを出せない設問」を作り、自分の言葉で、文章で、自分の正解を作ってもらいます。いわば、何が分からないかに気がついてもらい、自ら問いを発してもらおうという試みです。
- 振り返り:各講義の翌朝に、前日の講義を振り返り、講義しながら気付いたこと、考えたこと、伝えたことの補足などをメールで伝えます。新鮮な刺激を感じているうちに、理解の定着を図るためです。
- 特別補講:全講義の最終回に、ユーザー企業の第一線で、「こだわって追求している人」に話を伺います。現場の切実をいかにしてITで解決しているのかを、ご苦労やノウハウとともに伺います。現場の生々し体験は、最高の教材です。それを実践者の言葉で届けることで、自分には気がつけなかった視点を手に入れ、物事を見る視野を広げて欲しいと思っています。
まだまだですが、これからの時代にふさわしい感性や知識に近づきたいと思って、少しずつですが、試行錯誤を続けています。
私は、これからの時代を「自分力の時代」だと考えています。会社が与えてくれる線路に乗れば、給与も上がり、出世もできる時代ではありません。学びもまた、会社の都合ではなく、自分の人生の都合で、考えてゆくべきだと考えています。会社に評価されるためではなく、社会に評価されるために、自分の学びを自らデザインすることです。それができる人たちが、いまの会社にも必要とされると信じています。
「基本的に新しいことに一切の興味がありません。特にこれと言って知りたいことがあるわけでもありません。」
この発言をしてくれた人は、とても正直だと思います。自分の本音を正直に晒したのです。あなたの中にも、このような意識がないでしょうか。言いにくいことです。でも、もしあるのなら、それを言葉にしてみることも大切かも知れません。そうやって、いまの自分を本音で受け止めて、これからの自分の選択肢を考えてみるのも、ひとつのやり方です。
次期・ITソリューション塾・第41期(2022年10月5日 開講)の募集を始めました。
- DXとはこれまでのデジタル化と何が違うのかと問われて、それを説明できるでしょうか。なぜいまDXが叫ばれているのでしょうか。
- Web3の金融サービス(DeFi)で取引される金額はおよそ10兆円、国家が通貨として発行していないデジタル通貨は500兆円にも達し、日本のGDPと同じくらいの規模にまで膨らんでいることをご存知でしょうか。
言葉の背景や本質、ビジネスとの関係を理解しないままに、言葉だけで議論しようとすると胡散臭く感じてしまったり、分からないからと避けてしまうことは、誰にもあることです。
これに対処するには、単に知識をアップデートするだけではできません。ITにかかわる社会の動き、あるいは考え方、それらとテクノロジーの関係を繋げて理解しなくてはなりません。
ITソリューション塾は、ITのトレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、そんなITとビジネスの関係やテクノロジーの本質をわかりやすく解説し、それにどう向きあえばいいのかを、考えるきっかけを提供します。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
- IT業界以外から、SI事業者/ITベンダー企業に転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
そんな皆さんには、きっとお役に立つはずです。
詳しくはこちらをご覧下さい。
- 日程 :初回2022年10月5日(水)~最終回12月14日(水) 毎週18:30~20:30
- 回数 :全10回+特別補講
- 定員 :120名
- 会場 :オンライン(ライブと録画)
- 料金 :¥90,000- (税込み¥99,000)
- 全期間の参加費と資料・教材を含む