「DXにはアジャイル開発が必要です。私たちはそのための人材を提供できます。」
あるSI事業者の経営幹部が、自社の「DX戦略」を語る中で、このような話しをされていました。私はその話を伺いながら、いろいろとツッコミを入れたくなりましたが、その場では、その言葉を呑み込むことにしました。
ところで、私が呑み込んだのは、次の言葉です。
- 「アジャイル開発」で、何を売るのでしょうか?
- アジャイル開発ができれば、お客様のDXの実践に貢献できるのですか?
- SI事業者である御社のDX戦略とは、具体的に何をすることですか?
DXとは何かについては、このブログでも度々語ってきましたが、あらためて言葉にすれば次のようになります。
「将来が予測できない社会に対処するために、デジタルを前提に、変化に俊敏に対応できる企業に変わること」
何が起こるか分からないし、起こってからの変化も早く、どう対処すればいいかを判断するにも、判断基準や関連する情報が膨大にあり、しかもそれらが高速に入れ替わり錯綜し、容易なことではありません。
ならば、時々刻々の変化を直ちに捉え、現時点での最適を選択し、変化に合わせて改善を高速に繰り返すしかありません。このようなスピードを手に入れることなくして、いまの時代を生き抜くことは、難しいでしょう。DXとは、そのための能力を手に入れるためのビジネス変革です。
DXは、業務プロセスの効率化やスピードアップに留まるものではありません。むしろ、予測できない不連続な変化に対処できる多様性や柔軟性を組織のDNAとして組み込むことです。
変化は予測できず、あっという間です。変化が起きてから、大急ぎで対応しても間に合いません。だから、変化が日常茶飯事であることを前提に、いつでも既存の常識に囚われない判断と迅速な対応ができる企業に、予め変わっておきましょう!というのが、DXの目指す変革です。つまり「変わり続けることができる企業になる」ことです。
こんなお客様のDXに、SI事業者が関わり、そこから収益を得ようとすると、売るものが変わってしまいます。つまり、「工数を売る」ことから「技術力を売る」ことへと変えなくてはなりません。
具体的には、システムを作ることではなく、できるだけ「作らない」で、ビジネスの成果に貢献するITサービスを実現する技術を、お客様の先生となり、あるいは、模範となって、彼らの内製チームにスキル提供することであろうと思います。「共創」とは、そんなお客様の内製化を支援することを通じて、お客様のビジネスの変革を支えることだと、私は考えています。
さて、そんなDXを前提に、私が呑み込んだ言葉について、ひとつひとつ説明をしていきましょう。
「アジャイル開発」で、何を売るのでしょうか?
「アジャイル開発は、新しい開発手法」であり、私たちは、これに果敢に取り組んでいると言わんばかりでした。しかし、「アジャイルソフトウェア開発宣言」が世に出たのは、2001年です。もはや20年以上の歴史があります。
ITが「社内業務の効率を高める手段」として、広く認知されていた当時の日本では、これを受け入れる必然性は、なかったのかも知れません。しかし、ITが「差別化や競争力を生みだす武器」として、理解されるようになっても、SI事業者は重い腰を上げませんでした。その理由として、次のことが考えられます。
「工数を売る」ことが、収益の基盤であったSI事業者にとって、「ほんとうに使う、あるいは、ビジネスの成果に貢献するプログラムだけを作る」といったアジャイル開発の考え方は、受け入れがたいものだったでしょう。これは、「できるだけ作らない」ことを目指すわけですから、「工数を増やす」ことが事業目的になっているSI事業者にとっては、受け入れられるはずがありません。
また、一般的な受託開発では、「仕様書通りにプログラムを完成させ」、QCDを守ってこれを納品することがゴールになります。しかし、アジャイル開発のゴールは、「ビジネスの成果に貢献すること」です。そのためには、「顧客ニーズの変化に柔軟、迅速に対処するために、現場からの変更要求を積極的に受け入れる」ことを前提とします。これもまた、SI事業者してみれば、受け入れがたいことでもあるわけです。
しかし、「アフターデジタル」の世の中になり、顧客/ユーザーや装置/設備などとの接点がデジタルに移行/呑み込まれようとしています。もはや、ITとビジネスは、不可分であるとの理解が拡がるにつれ、システム内製の能力を持たなければ、生き残ることができないという危機感が、ユーザー企業には拡がりつつあります。
一方で、SI事業者にしてみれば、「工数」が売れなくなるので、これは、お客様が競合になることを意味します。また、お客様のニーズに答えるにも、圧倒的な技術力で支援できる能力もありません。そうなると、お客様は、「できる人材」を自ら採用して、内製チームを作るしかないわけです。
当然、これには限界があります。だから、SI事業者に支援を求めたいのですが、それができるSI事業者は限られます。そこで、お客様の社内で人材を育成する企業も増えてきました。ますます、お客様が競合になる構図が、築かれようとしているのです。
SI事業者にしてみれば、さすがにこれは看過できません。そこで、自らも「アジャイル開発」のスキルを持った人材を育て、お客様のニーズに対応しようとなったのでしょう。
しかし、仮に「アジャイル開発」の手法を身につけた人材を提供できたとして、お客様とビジョンを共有し、「ビジネスの成果に貢献する」、「できるだけ作らない」、「変更を積極的に受け入れる」という思想まで踏み込めているのでしょうか。この前提なくして、「アジャイル開発」は機能しません。
ちなみに、アジャイル開発のプラクティスを生みだすきっかけを作った竹内弘高氏と野中郁次郎氏の論文「The New New Product Development Game」が、リリースされたのは、1986年です。さらにその原点とも言える「トヨタ生産方式」については、その主導的な立場にあった大野耐一氏が、1978年に書籍として紹介しています。ただ、その内容は、戦後の復興期にはじまり、70年という歴史を背負っているのです。そこには、「必要な時に必要なものを高品質で無駄なく作る」ものづくりの思想が織り込まれています。アジャイル開発は、そんな思想の系譜を背負っています。
この思想的原点に向きあわないままに、手法としての「アジャシイル開発」に取り組んでも、お客様のビジネスの成果に貢献することは、難しいでしょう。
アジャイル開発に取り組むとは、思想と手法のセットです。それを実際のビジネスに結びつけたいのなら、「思想と手法」を携えた人材を、お客様の内製チームに参加させ、同じビジョンを共有してビジネスの成果に貢献することが、現実的なやり方のような気がします。
冒頭のSI事業者の経営幹部の「DX戦略」からは、「アジャイル開発のニーズがあるから、その手法を身につけた人材を提供し、工数で稼ごう」ということのようでした。これでは、お客様のニーズに応えることは、難しいように思います。
アジャイル開発ができれば、お客様のDXの実践に貢献できるのですか?
DXがビジネス変革であるとすれば、「アイデア」から始まる一連のプロセス全てに渡ってカバーしなければなりません。アジャイル開発とは、この一連のプロセスの「設計」と「開発」に対応しているに過ぎません。「サービス提供」まで含めれば、DevOpsとなります。それでも、この両者は、システムに関わる一部をカバーしているに過ぎません。
DXとは、これらを含むより広範なプロセスに関わる取り組みです。つまり「行動習慣や既存常識の再定義」や「組織や意志決定のあり方を再定義」といった企業の文化や風土の変革なくして、実現できません。
これは、お客様自身が主導することであり、外部のSI事業者にはできないという立場を、明確に持つべきだと思います。
「DXの実践には、アジャイル開発が必要である」は、必要条件であっても十分条件ではありません。また、「我が社は、お客様のDXの実践を支援します」という喧伝を聞くこともありますが、お客様の企業の文化や風土の変革にまで踏み込んで、お客様を支援する覚悟があるのでしょうか。
そんなDXの本質をお客様と議論し、共有することなく、アジャイル開発ができれば、「DXできます」というのは、いささか無理があるように感じます。
SI事業者である御社のDX戦略とは、具体的に何をすることですか?
このチャートは、及川卓也さんの著書「ソフトウェア・ファースト」p.196を参考に作成したものです。
日本語では、「デジタル化」は、ひとつの単語ですが、英語では、2つの単語で、使い分けられています。ひとつは、「デジタイゼーション(digitization)」です。デジタル技術を利用してビジネス・プロセスを変換し、効率化やコストの削減、あるいは付加価値を向上させる場合に使われます。もうひとつは、「デジタライゼーション(digitalization)」です。デジタル技術を利用してビジネス・モデルを変革し、新たな利益や価値を生みだす場合に使われます。
このチャートで示されているように、デジタイゼーションもできていないのに、一足飛びにDXに取り組むことはできません。また、デジタライゼーションの取り組みも不十分なままで、DXに取り組むことはかなり困難を伴うとも指摘されています。
具体的に、それぞれで何を行うのかを、私なりに整理したのが次のチャートですが、これをご覧になれば、この意味をご理解頂けるのではないかと思います。
コロナ禍をきっかけに、リモートワークを強いられたり、非接触での顧客対応が求められるようになったりと、これまでアナログなビジネスのやり方を見直さなくてはならなくなりました。そのためのネットワーク環境の強化、業務プロセスのペーパーレス化、クラウド利用の拡大など、デジタイゼーション(効率化のためのデジタルの活用)需要が、一気に拡大しました。また、それに伴い、ビジネス・モデルを変革しようとの気運も高まり、デジタライゼーション(変革を伴うデジタルの活用)への関心も高まったといえるでしょう。内製化の拡大は、このような背景に支えられています。
DXとは、このような取り組みの先にあります。しかし、前節で述べたように、DXが、ビジネス全般のプロセスに関わる取り組みであるとすれば、SI事業者がDXに直接的に関与することなどできるはずはありません。なぜなら、それは、ユーザーである顧客自身が行う変革だからです。
だからと言って、SI事業者は必要ないと言うのではありません。DXに取り組む前提として、お客様のデジタイゼーションやデジタライゼーションで貢献できるところは少なくありません。しかし、DXを実践するのは、お客様自身であり、SI事業者ができることではないのです。
まだまだ、デジタイゼーションもままならない企業が沢山あります。そんな企業に、DXを大上段に振りかざし、それができなければ大変なことになると脅すのではなく、お客様に寄り添い、それぞれにいま必要なことを提供することが、SI事業者の役割であろうと思います。
SI事業者としては、お客様の未来を見据えて、お客様自身がDXの実践に取り組める土台をしっかりと作ることに貢献してゆくべきでしょう。
さて、ここまで読まれて、本プログのタイトルとはかけ離れているのではないかと思われるかも知れませんが、その話しは、ここからです。
「DXにはアジャイル開発が必要です。私たちはそのための人材を提供できます。」
この冒頭の話しから、いろいろと妄想してきたわけですが、これは、「アジャイル開発」について、話をしたかったからではありません。お客様のITへの期待が変わりつつある中で、SI事業者の「ビジネス・モデル」あるいは、ITビジネスの「あるべき姿」が、変わっていないのではないかということです。「アジャイル開発」は、その象徴的な事例として取り上げたに過ぎません。
確かに、アジャイル開発やDevOps、クラウドやサーバーレス、コンテナやマイクロサービスなどの言葉を掲げ、時代を先取りしているかのようなメッセージを発している企業も少なくありませんが、その先を見据えた動線を描いているのでしょうか。また、DXについても都合良く解釈して、既存のビジネス・モデルに落とし込もうとしているようにも感じます。たぶんこのままでは、SI事業者の未来は、とても厳しいでしょう。
ならば、これを変革してゆくしかありません。つまり、SI事業者自身が、アフターデジタルの時代に対応すべく、DXに取り組まなくてはならないのです。
これは、相当な覚悟が必要です。古き良き時代の暗黙の了解や既得権を守ろうとする人たちとの戦いになるからです。本来なら、このような改革は、トップダウンで進めるべきが、筋(すじ)なのかも知れません。しかし、経営幹部が冒頭のような話をしている企業の場合は、なかなかそれも難しいように思います。
ならば、気がついた人が、自分たちでできることから始めるしかありません。それが時代の利にかなっていれば、必ず成果は上がります。仲間も増えてゆきます。しかし、そうなるまでは、評価されず、時には批判にもさらされるでしょう。だから覚悟が必要なのです。
ただ、1つ言えることは、このような取り組みを通じて鍛えられた人は、多くの企業が必要としています。いまの会社での好待遇や出世は期待できないかもしれませんが、いまの会社ではなく、社会での評価が高まります。この経験を通じて、知識やスキル、実戦経験を積むことができれば、引く手あまたなはずです。ならば、すすんで変革に取り組むことで、「いつでも会社を辞められる」人材になることを目指してはどうでしょうか。
「この会社はヤバそうだから早く転職しよう」もいいのですが、自分に「ヤバイ」を克服できる能力や経験がなければ、転職先は限られてしまうでしょう。ならば、「会社を辞める覚悟」で、新しいこと、あるいは、変革に取り組み、「どこにでも行ける人材」になるための能力を磨くのもいいのではないかと思うのです。
会社を批判することは簡単です。だったら、「オレがやる!」と言えるでしょうか。それがないままに、転職してもまた同じことを繰り返すことになります。
まあ、そうやって取り組んでも変わらない会社なら辞めてしまった方がいいと思います。でも、「いつでも会社を辞められる」自信を持つことが、先かも知れません。
経営者であれば、そういう人材の足を引っ張らずに、彼らに機会を与えることです。きっとそういう人材は育つでしょうし、類は友を呼んで、会社の変革を進めてくれるはずです。時代はいまそんな変革を求めているように思います。
次期・ITソリューション塾・第41期(2022年10月5日 開講)の募集を始めました。
DX疲れにうんざりしている。Web3の胡散臭さが鼻につく。
このような方も多いかも知れません。では、DXとはこれまでのデジタル化と何が違うのかと問われて、それを説明できるでしょうか。なぜいまDXが叫ばれているのでしょうか。
Web3の金融サービス(DeFi)で取引される金額はおよそ10兆円、国家が通貨として発行していないデジタル通貨は500兆円にも達し、日本のGDPと同じくらいの規模にまで膨らんでいることをご存知でしょうか。
言葉の背景や本質、ビジネスとの関係を理解しないままに、言葉だけで議論しようとするから、うんざりしたり、胡散臭く感じたりするのではないでしょうか。
これに対処するには、単に知識をアップデートするだけでは困難です。ITにかかわる社会の動き、あるいは考え方、それらとテクノロジーの関係を繋げて理解しなくてはなりません。
ITソリューション塾は、ITのトレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、そんなITとビジネスの関係やテクノロジーの本質をわかりやすく解説し、それにどう向きあえばいいのかを、考えるきっかけを提供します。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
- IT業界以外から、SI事業者/ITベンダー企業に転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
そんな皆さんには、きっとお役に立つはずです。
詳しくはこちらをご覧下さい。
- 日程 :初回2022年10月5日(水)~最終回12月14日(水) 毎週18:30~20:30
- 回数 :全10回+特別補講
- 定員 :120名
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- 料金 :¥90,000- (税込み¥99,000)
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【今年度最終回】9月7日・新入社員のための「1日研修/一万円」
今年度最終回・9月7日(水)募集中
社会人として必要なデジタル・リテラシーを学ぶ
ビジネスの現場では、当たり前に、デジタルやDXといった言葉が、飛び交っています。クラウドやAIなどは、ビジネスの前提として、使われるようになりました。アジャイル開発やDevOps、ゼロトラストや5Gといった言葉も、語られる機会が増えました。
そんな、当たり前を知らないままに、現場に放り出され、会話についていけず、自信を無くして、不安をいだいている新入社員も少なくないと聞いています。
そんな彼らに、いまのITやデジタルの常識を、体系的にわかりやすく解説し、これから取り組む自分の仕事に自信とやり甲斐を持ってもらおうというものです。
【前提知識は不要】
ITについての前提知識は不要です。ITベンダー/SI事業者であるかどうかにかかわらず、ユーザー企業の皆様にもご参加頂けます。