コロナ禍によってデジタル化の重要性が、実感を持って認知されるようになりました。デジタル・トランスフォーメーション(DX)は、そんな文脈の中で、さらに注目されています。しかし、「デジタル化=DX」という、極めて曖昧かつ稚拙な等式でしか、理解できないとすれば、それこそが、DXの実現を阻む最大の課題といえるでしょう。
「DX」とは、その歴史的経緯をたどれば、VUCA(複雑性を増し、将来の予測が困難な状況)に対処すべく「圧倒的なスピードを手に入れるために、ビジネスを変革すること」です。「デジタル化」は、そのための「手段」あるいは「前提」であり、両者は、同じではありません。
クラウドやスマートフォン、IoTやAIなどのデジタル化によって、私たちの日常やビジネスは、大きく変わりました。例えば、買い物をするにも、チケットを購入するにも、出前を頼むにもインターネットを使うことが当たり前になりました。音楽や映像、ゲームなどのエンターテイメントも同様です。Webやモバイルでの広告や宣伝の規模は、新聞や雑誌、テレビなどの旧来メディアを凌いでいます。リモートでの打ち合わせやペーパーレスでの事務処理は、コロナ禍以降、常識となりつつあります。
しかし、デジタル化が、大きな価値をもたらすとしても、それを常識と受け止め、使いこなせる考え方や行動様式がなければ、その価値を引き出せません。また、前章でも述べましたが、旧来の仕事の手順や常識をデジタル前提に、根本的に作り変えなければ、その価値を十分には引き出せませんし、イノベーションを生みだすこともできません。
つまり、「デジタル技術を使うこと」だけではなく、デジタル前提の世の中に適応すべく、事業の目的や経営のあり方を再定義し、あるいは、組織の振る舞いや従業員の考え方や行動様式、つまり企業の文化や風土をも変えなくては、「ビジネスを変革すること」はできないということです。DXとは、そこまで踏み込んだ取り組みなのです。
ところで、そもそも「デジタル化」とは、何をすることなのでしょうか。日本語では、「デジタル化」は、ひとつの単語ですが、英語では、2つの単語で、使い分けられています。
ひとつは、「デジタイゼーション(digitization)」です。デジタル技術を利用してビジネス・プロセスを変換し、効率化やコストの削減、あるいは付加価値を向上させる場合に使われます。
もうひとつは、「デジタライゼーション(digitalization)」です。デジタル技術を利用してビジネス・モデルを変革し、新たな利益や価値を生みだす場合に使われます。
これら2つのデジタル化は、どちらが優れているかとか、どちらが先進的かなどで、比較すべきではありません。どちらも、必要な「デジタル化」です。ただ、両者の違いを区別することなく、あるいは、曖昧なままに、その取り組みを進めるべきではありません。
前者は、「既存の改善」であり、企業活動の効率を高め、持続的な成長を支えるためのデジタル化です。一方後者は、「既存の破壊」であり、新たな顧客価値を創出し、圧倒的な差別化や競争優位を生みだすためのデジタル化です。
前者であれば、既存あるいは現状を基準に、「コストを30パーセント削減する」や「10日間の納期を5日間へ短縮する」といった目標値を設定し、そのための手段を考えます。一方後者は、「やってみなければ分からない」ので、試行錯誤を繰り返し、正解を探さなくてはなりません。
前者は、既存を前提に目標を設定して、取り組むことができますが、後者は、既存を逸脱し、新しいやり方を発見しなくてはなりません。
例えば、前者であれば、売上や利益などの目標を明確に定め、そこに至る課題を洗い出し、解決策を明確にして、計画を立て、その成果を数字で管理しなくてはなりません。後者であれば、自社に留まらない人のつながりを生むために「出島」を作り、好奇心と遊び心で、失敗を許容でき、試行錯誤を繰り返すことができる組織でなくてはなりません。定める目標も、顧客の支持や新たな市場の開拓などとなります。
どちらか一方ではなく、経営状況や経営戦略に応じて、両者のバランスを意識して、取り組まなくてはなりません。
ちなみに、明確な定義があるわけではないのですが、従来から使われていた「IT化」は、「デジタイゼーション(効率化のためのデジタル技術の活用)」であると言えるでしょう。また、「デジタライゼーション(変革のためのデジタル技術の活用)」も、それを実現する、あるいは、使いこなせる文化や風土がなければ、ビジネスの成果に大きく貢献することは、難しいでしょう。
前述の通り、DXは、「圧倒的なスピードを手に入れるために、ビジネスを変革すること」です。そのためには、デジタルを前提に「既存事業」を再定義しなくてはなりません。
「再定義」とは、いまの仕事の手順や雇用形態、お客様との関係をそのままに、デジタルに置き換えることではなく、デジタルがうまく活かせるように根本的に作り替えることです。その対象は、業務プロセスだけではなく、ビジネス・モデルや収益構造、事業目的や働き方、意志決定の仕組みや従業員の行動原理など、企業全体の文化や風土にも及びます。
ベンチャー企業やGAFAに代表されるデジタル・ネイティブ企業には、変革すべき「既存事業」がありません。なぜなら、彼らにとっては、「デジタル」は前提であり、圧倒的なスピードを生みだす仕掛けや仕組みがしっかりと根付いています。つまり彼らには、DXを必要としないのです。だからこそ、その圧倒的なスピードを武器に、既存の業界秩序を破壊し、新しい競争原理を生みだすことができるのです。これこそが、彼らの強さの源泉です。
多くの企業は、「既存事業」を抱えています。だから、“デジタルを前提”に変革すること、すなわちDXが必要です。この「既存事業」の存在こそが、DXの難しさの根源です。自分たちが苦労して積み上げたノウハウや仕事のやり方、常識を変えることに、抵抗感を持つのは当然のことだからです。
しかし、そんな彼らに対抗できなければ、生き残れません。そんな危機的状況に直面していることを自覚すべきです。単発の取り組みとしての「業務の効率化と利便性の向上」と「新規事業で業績に貢献」ではなく、これらを日常の当たり前として、繰り返し、継続できる企業になる必要があります。
この現実を全社で共有し、よほどの覚悟をもって臨まなければ、彼らに潰されてしまいます。だからこそ、DXを経営戦略そのものとして捉え、具体的な業績目標を定めて取り組む必要があるのです。
残念なことですが、現実には、こんな理解と覚悟で取り組んでいる企業は、少なく、「デジタルを使うこと」や「デジタルで仕事のやり方を変えること」、すなわち「デジタル化」をDXだと捉えている企業が、まだまだあります。そんな自分たちの現実を受け入れることが、DXに取り組む、第一歩かも知れません。
ただ、これを素直に受け入れることができない現実があります。それは、DXで成果を挙げることが容易なことではないと言う現実です。
DXとは、先に述べたように、「文化や風土/行動様式の変革」ですから、組織横断的な取り組みであり、部門単独の取り組みでは成果をあげられません。また、予め正解がなく、既存の常識が否定することも求められます。成果を見せるためには、このような困難を克服しなければなりませんし、そのための時間もかかります。
ところが、「我が社もDXに取り組む」とか、「DXの成果を業績評価に反映する」などと、鶴の一声が上から降ってきて、短期的な成果を求められます。現場にとっては、何とか「成果を見せる」必要に迫られます。勢い、分かりやすい成果を見せるために、デジタル化による業務の効率化や新規事業の立ち上げなどに留まってしまうわけです。そうすれば、部門単独の取り組みでできますし、既存の常識の延長線上で取り組むことができます。
「デジタル化=DX」という等式がまかり通るのは、このような背景があるからだと言えるでしょう。
「デジタル化とDXとは、同じではない」ということを全社で共有すべきです。その上で、長期的視野に立って、経営戦略や事業戦略を再定義することです。それができるのは、経営者だけです。
SI事業者やITベンダーは、そういうメッセージをお客様に発信すべきです。このようなことは、短期的利益にはなりません。むしろ、「デジタル化=DX」にとどめ、成果の分かりやすい製品やサービス、システム開発の工数を訴求することの方が、短期的には、ビジネス的合理性があることは言うまでもありません。しかし、それは、そのあくまで「短期」であって、未来を見据えた取り組みにはならないのです。この点については、先週のブログで、詳しく述べましたので、ご興味があればご覧下さい。
SI事業者やITベンダーもまた、長期的視野に立って、お客様のDXに貢献するとはどういうことかを突き詰めるべきでしょう。それこそが、自分たちのDXに取り組む、第一歩かも知れません。
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社会人として必要なデジタル・リテラシーを学ぶ
ビジネスの現場では、当たり前に、デジタルやDXといった言葉が、飛び交っています。クラウドやAIなどは、ビジネスの前提として、使われるようになりました。アジャイル開発やDevOps、ゼロトラストや5Gといった言葉も、語られる機会が増えました。
そんな、当たり前を知らないままに、現場に放り出され、会話についていけず、自信を無くして、不安をいだいている新入社員も少なくないと聞いています。
そんな彼らに、いまのITやデジタルの常識を、体系的にわかりやすく解説し、これから取り組む自分の仕事に自信とやり甲斐を持ってもらおうというものです。
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デジタルが前提の社会に対応できる営業の役割や仕事の進め方を学ぶ
コロナ禍で、ビジネス環境が大きく変わってしまい、営業のやり方は、これまでのままでは、うまくいきません。案件のきっかけをつかむには、そして、クローズに持ち込むには、お客様の課題に的確に切り込み、いまの時代にふさわしい解決策を提示し、最適解を教えることができる営業になることが、これまでにも増して求められています。
お客様からの要望や期待に応えて、迅速に対応するだけではなく、お客様の良き相談相手、あるいは教師となって、お客様の要望や期待を引き出すことが、これからの営業に求められる能力です。そんな営業の基本を学びます。
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