「デジタル・ボルテックス」は市場に起きる破壊現象であり、「デジタル化できるものはすべてデジタル化される」という一点に向かって、企業を否応なしに引き寄せる性質を持っている。
『DX実行戦略・マイケル・ウェイド著(日本経済新聞出版社)/16ページ』に、こんな一節があります。スイス・ローザンヌに本拠があるビジネススクール”IMD”のマイケル・ウェイド(Michael Wade)は、以前からは、「ボルテックス(Vortex)」すなわち、何もかもを吸い込んでしまう「渦巻き」として、デジタル化のトレンドを説明しています。まさに言い得て妙であり、デジタル化の強引さを見事に表現しています。
ジェレミー・リフキン(Jeremy Rifkin)は、彼の著書『限界費用ゼロ社会』の中で、デジタル化の進展、具体的には、IoTによって、コミュニケーション、エネルギー、輸送の“インテリジェント・インフラ”が形成され、効率性や生産性が極限まで高まり、それによりモノやサービスを1つ追加することで生じるコスト(限界費用)は限りなくゼロに近づくこと。そして、将来モノやサービスは無料になり、企業の利益は消失して、資本主義は衰退を免れないと述べています。
デジタル化とは、そういう社会や経済の大規模なパラダイム転換であり、もはやそれは、ボルテックスのごとき強引さで、世界を引きずり込んでしまうのだというわけです。
マイケル・ウェイドらは、こんな社会の変化に適応するための事業や経営の変革の必要性を説き、これを「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」と呼びました。私たちが、ビジネス用語として使っている「デジタル・トランスフォーメーション/DX」とは、これを指します。
この解釈は、2004年のストルターマンが提唱した「デジタル・トランスフォーメーション」すなわち、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」とは異なります。ストルターマンは社会現象として「社会がデジタル化されればどうなるか」を、今後の研究方針を示す前提として述べているに過ぎません。
ビジネスの現場で使われているDXは、ストルターマンの解釈ではなく、「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」のことです。デジタル化がもたらす社会の変化に適応できなければ、企業の存続や事業の成長はなく、だから自らもこの変化に適応するためにビジネスを変革せよと説いているわけです。私たちが、ビジネスの現場で使う「DX」は、この意味であることを理解しておかなければなりません。
そんな「デジタル・ボルテックス」に適応することを前提に、これからのビジネスを考えるならば、「デジタル化領域を拡大するビジネス」と「体験/共感価値を提供するビジネス」の2つの方向性が考えられそうです。
デジタル化領域を拡大するためのビジネス
自動化は、あらゆる業種や業務に及び、オンライン化も広範な業務や日常生活に拡がっています。故障の予測や診断、意志決定も、機械学習を駆使することで人間を介在させることなくできることも増えてきました。オンライン会議やペーパーレスは、コロナ禍によって、一気に拡大しました。
このようなデジタル化領域の拡大を支援すること、すなわちそのためのツールやプラットフォームの提供、専門的スキルやノウハウの提供などは、大きな需要を生みだします。
「デジタル化できるものはすべてデジタル化される」世の中にあって、これに対応できなければ、事業の成長も企業の存続もないとすれば、それは経営者や事業部門が、主導権を持つことになります。
事実、従来型のIT部門はコモディティな業務やIT環境の整備を担当し、ITの戦略的な活用については事業部門が自ら内製するという役割分担が明確になりつつあります。「ITはIT部門が担う」という、従来の常識はもはや通用しません。
多くのSI事業者にとって、重要な収益源となっているインフラは、クラウドに移行され、運用管理も自動化させます。インフラの構築や運用管理に関わる工数需要は減少し、クラウド化や自動化に関わるビジネスの需要は高まります。
一方、アプリケーションにリソースをシフトする勢いが増してゆきます。アプリケーションは、クラウドが前提となります。そこで提供される機能やサービスを組み合わせて、「できるだけコードを書かずに、ビジネスの成果を手に入れる」ことが、従来の「アプリケーション開発」に置き換わります。さらに、クラウドが前提となれば、ゼロトラスト・ネットワークもまた前提となります。
アプリケーションに関わるところでは、クラウド・ネイティブ、すなわちコンテナやコンテナ・オーケストレーション、サーバーレス/FaaS、マイクロサービス・アーキテクチャ、プラットフォーム、アジャイル開発やDevOpsが前提となります。そして、それを事業部門主導で内製しますから、そのためのスキルを、模範を通じて提供する「内製化支援」ビジネスの需要が高まるでしょう。
体験/共感価値を提供するビジネス
「デジタル化できるもの」がデジタル化される一方で、「デジタル化できないもの」の価値が高まってゆきます。
アートやクリエイティブの領域は、その代表と言えます。音楽や絵画、文学、デザイン、アニメーション、ゲームなどは、それを表現する手段がデジタルであっても、その源泉は人間同士の体験や共感から生みだされます。また、介護や看護、キャバクラやガールズバー、寄席やライブ・パフォーマンス、競馬やパチンコなど、ホスピタリティやエンターテインメント、ギャンブルもまた体験や共感がもたらす価値であり、これらがなくなることはありません。むしろ、その存在がこれまでにも増して、際立ってくるはずです。
Spotifyで音楽を聞いても、好きなアーティストの音楽は、ライブで楽しみたいと思う人は多いはずです。Google Arts & Cultureで世界中の美術館のアートを鑑賞できるようになれば、ルーブル美術館に行って、本物をこの目で見たいと思う人もいるでしょう。デジタル化は、結果として、体験や共感の価値を際立たせ、その特別な行為や存在に新たな価値を付与することになります。
ITベンダーやSI事業者が、この領域でビジネス機会を見出したいのであれば、顧客の創造的取り組み、例えば、デザイン思考やリーンスタート・アップなどのノウハウを武器に、顧客の事業開発や事業の改革に関わることが必要です。
もちろんそのような取り組みをコンサルティングとして提供し、そこから収益を得ることも考えられますが、営業ツールとして、「デジタル化案件を創出する」ための手段としても有効です。
この需要は、ますます高まると考えています。その理由は、今後、顧客は、「何とかしなければいけないが、何をすればいいのか分からない」状況に陥るからです。つまり課題やニーズ、テーマが決められないわけですから、顧客に「何か課題があれば、ソリューションを提供します」というトンチンカンな営業アプローチが通用するはずはありません。ならば、顧客との体験や共感を生みだす営業アプローチを駆使して、顧客と一緒に考え、一緒になって課題やニーズ、テーマを見つけ出すやり方は、案件創出の機会となるはずです。
デザイン思考を駆使して案件を創出する、あるいは、顧客の業務分析を徹底しておこない、「あるべき姿」を提言することで、顧客との対話のきっかけをつかむ「提言営業」は、有効な営業手段となるはずです。営業は、このような能力を駆使できるかどうかによって、得られる案件規模が大きく左右されることになるでしょう。
「デジタル化領域を拡大するビジネス」と「体験/共感価値を提供するビジネス」の両者は、相互補完的です。デジタル化領域を拡大しようとすれば、体験/共感を通じてテーマを見つけなくてはなりません。そして、テーマが決まれば、デジタル化の需要が生まれます。デジタル化の範囲が拡がれば、それをさらに拡大すべく、さらなるテーマを求めなくてはなりません。
そんな両者を融合させるものとして注目されているのが、メタバースやNFTと言うことなのかもしれません。デジタルとリアルの境目を曖昧にするこの試みは、これまでの価値観とは異なるものです。ならば、そういう世界をも視野に入れた「デジタル・ボルテックス」のもたらすビジネス環境の変化にも適応できる、ビジネスを模索しなくてはなりません。
まさに、「ボルテックス」に顧客も自分たちも巻き込まれてゆく、いや積極的に渦の中に飛び込んでゆくことで、ビジネスを創出することが、これからの事業拡大の原動力となるのです。
「共創(co-creation)」とは、そんな取り組みを言うのだと思います。つまり、顧客と一緒に、「凄い!」や「面白い!」を体験・共感し、そこから新たな案件を生みだすことができるかどうかが、営業の成果に直結するわけです。
「デジタル・ボルテックス」のトレンドは、なにもいま始まったわけではありません。これまでも、多くのひとたちの日常や企業のビジネスを変えてきました。しかし、コロナ禍で、渦の底が抜けてしまいました。渦の勢いが、ますます強まり、その強引さが、強まってしまいました。
そんな、「デジタル・ボルテックス」の本質を理解し、それを実践できる知識とスキルが必要となるはずです。
次期・ITソリューション塾・第40期(2022年5月18日 開講)の募集を始めました。
コロナ禍は、デジタルへの世間の関心を高め、ITへの投資気運も高まっています。しかし、その一方で、ITに求められる技術は、「作る技術」から「作らない技術」へと、急速にシフトしはじめています。
この変化に対処するには、単に知識やスキルをアップデートするだけでは困難です。ITに取り組む働き方、あるいは考え方といったカルチャーを変革しなくてはなりません。DXとは、そんなカルチャーの変革なしでは進みません。
ITソリューション塾は、ITのトレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、そんなITに関わるカルチャーが、いまどのように変わろうとしているのか、そして、ビジネスとの関係が、どう変わるのか、それにどう向きあえばいいのかを、考えるきっかけになるはずです。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
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そんな皆さんには、きっとお役に立つはずです。
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- 料金 :¥90,000- (税込み¥99,000)
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【募集開始】新入社員のための「1日研修/一万円」
社会人として必要なデジタル・リテラシーを学ぶ
ビジネスの現場では、当たり前に、デジタルやDXといった言葉が、飛び交っています。クラウドやAIなどは、ビジネスの前提として、使われるようになりました。アジャイル開発やDevOps、ゼロトラストや5Gといった言葉も、語られる機会が増えました。
そんな、当たり前を知らないままに、現場に放り出され、会話についていけず、自信を無くして、不安をいだいている新入社員も少なくないと聞いています。
そんな彼らに、いまのITやデジタルの常識を、体系的にわかりやすく解説し、これから取り組む自分の仕事に自信とやり甲斐を持ってもらおうというものです。
【前提知識は不要】
ITについての前提知識は不要です。ITベンダー/SI事業者であるかどうかにかかわらず、ユーザー企業の皆様にもご参加頂けます。
デジタルが前提の社会に対応できる営業の役割や仕事の進め方を学ぶ
コロナ禍で、ビジネス環境が大きく変わってしまい、営業のやり方は、これまでのままでは、うまくいきません。案件のきっかけをつかむには、そして、クローズに持ち込むには、お客様の課題に的確に切り込み、いまの時代にふさわしい解決策を提示し、最適解を教えることができる営業になることが、これまでにも増して求められています。
お客様からの要望や期待に応えて、迅速に対応するだけではなく、お客様の良き相談相手、あるいは教師となって、お客様の要望や期待を引き出すことが、これからの営業に求められる能力です。そんな営業の基本を学びます。
未来を担う若い人たちに道を示す
新入社員以外の若手にも参加してもらいたいと思い、3年目以降の人たちの参加費も低額に抑えました。改めて、いまの自分とこれからを考える機会にして下さい。また、人材育成のご担当者様にとっては、研修のノウハウを学ぶ機会となるはずです。教材は全て差し上げますので、自社のプログラムを開発するための参考にしてください。