Hotmailは、世界初となるウェブメールであり、1996年にサービスが開始された。これは、SaaSのさきがけと言ってもいいだろう。そう考えると、クラウドは、四半世紀の歴史があることになる。AWSはS3、SQS、EC2をリリースしたのは、2006年なので、IaaSの歴史も既に20年近くになる。2006年というとNTTドコモが、FOMAを売っていた年だ。いまでいうガラケー全盛の時代だ。世界最初のスマホであるiPhoneが、発表されたのが2007年、日本で発売されたのは2008年だ。かなりの大昔である。
そんな歴史を積み上げてきたクラウドだが、残念なことに、SI事業者の中には、まだまだ、どこかよそ者扱いしている感がある。つまり、スマホ全盛の時代にガラケーを主力製品として扱っているのと、同じような話しではないか。
ついでながら、「アジャイルソフトウェア宣言」が発表されたのは、2001年だから、アジャイル開発の歴史も20年を超えている。しかし、SI事業者の中には、まだまだ新鮮なキーワードとして受け止めているところも多い。
もちろん、ガラケーにもいいところはある。しかし、社会の潮流は完全にスマホであり、限られたユーザー層のみが、ガラケーを使っているわけだが、SI事業者は、未だガラケーがメインとなっているということだ。
四半世紀、あるいは、20年という時間があったにもかかわらず、社会の変化に背を向けてきたのは、決して、SI事業者の問題ではない。私は、SI事業者のお客様、すなわち、情シスに、大きな原因があると考えている
当たり前の話しではあるが、お客様が必要としないものを売ることはできない。結局は、彼らのニーズに合わせてきたことが、このようなSI事業者の劣化を招いたと言うことだろう。
全ての企業の情シスが、同じだなんて一般化するつもりは毛頭ない。しかし、情シスの人たちと長年関わってきた経験から、彼らには、次のような傾向が見受けられる。
極端に失敗を恐れる:正常に機能して当たり前のIT、一度トラブルを起こしたら減点評価される。正常を維持することが、どれほど大変なことなのかは、言うまでもないが、それを加点評価されることはない。そうなると、「失敗を恐れずに新しいことにチャレンジする」というメンタリティーは、組織風土としては、馴染まない。
できるだけ、現状を変えず、あるいは、枯れた技術を使うことで、「できるだけ失敗しない」ということになる。そんな組織文化だから、クラウドをはじめとして、新しいことに挑戦することをためらってしまう。
社内での発言力が弱い:何年か前の話だが、新任の情シスの責任者が、新しいシステムの企画を、それを使う部門の担当役員に説明したところ、「君たちは余計なことをしなくていい。こちらが頼んだことだけやってくれればいい。」と突き返されたという話しを聞いた。
ここまで極端ではないにしても、総じて情報システム部門の発言力は弱いようだ。結果として、内向き志向のメンタリティが定着してしまうので、新しいことへの興味も失われてしまう。
とても忙しい:先にも書いたが、システムを正常に維持、運用することはなかなか大変な仕事だ。加えて、ユーザー部門からの相談や依頼、その対応も多い。しかし、情シスはコスト部門であって、常に経費削減を求められている。「IT経費を〇〇%削減する」と年度の事業計画に書いてあるのを見て、驚いたことがあるのだが、そんな中で彼らは仕事をしているので、実に忙しい。新しことを学ぶ時間的と言うよりも、心の余裕がないというべきかも知れない。また、忙しいので、外部との交流も極めて乏しい。外部とは、自社内の他部門も含むが、ITに関わる社外のコミュニティに関わっている情シスの人たちは、かなり奇特な人だと言えるだろう。
「蛸壷(たこつぼ)」という言葉がふさわしいかも知れない。沢山の仕事を抱えてはいるが、外との出入口は極端に狭くなっている。これでは、自分たちの世界に閉じこもってしまい、世の中がどうなっているかを知ることができないままに、日々の仕事を粛々とこなしているわけだ。
SI事業者が時代の変化から取り残されてしまうのは、そんな情シスを直接の顧客にしているからだろう。彼らのニーズに対応しようとすれば、自ずとその範囲の仕事になり、時代の変化から取り残されてしまうのは、仕方のない。
しかし、これは、収益を維持するには、極めて手堅い戦略でもある。SI事業者が、収益を確保できたのは、まさに彼らのおかげでもあった。彼らのニーズにきめ細かく応えることで、事業を維持できてきたとも言え、そんな両者の共栄共存関係が、いまの状況を生みだしている。
また、クラウドについて言えば、システムの構築や運用に関わる工数需要を減らすことになる。SI事業者は工数需要を引き受けるとともに、責任も背負わされているので、工数は減らされ、責任はいままで通りというのでは、割に合わない。結果として、クラウドには、“積極的に”消極的になってしまう。
まあ、それでも何とかなってきたのだから、いいではないかと言う割り切りもできよう。しかし、風向きが変わり始めているようだ。
世間のDX大合唱の中で、多くの企業が事業部門主導で、ITの活用を模索し始めている。しかし、ITの専門家がいるわけではないから、SI事業者にも相談はされたようだ。しかし、どうも話しがかみ合わない。
事業部門が求めているのは、「事業の成果」である。ITを使って新しいビジネス・モデルやビジネス・プロセスを作ろうというわけだから、仕様など決まってはいないわけだし、高速に試行錯誤を繰り返して、成功の方程式を見つけようというわけだ。しかし、SI事業者にすれば、「仕様」と「工数」が決まらない仕事をうけるスキームがない。加えて、このようなやり方となる、クラウド、アジャイル開発、DevOpsが前提になろうが、その知識もスキルもない。事業部門は、仕方がないので、そういうことが分かる人材を採用し、システム内製チームを作り、できるベンチャーに協力を仰ぐやり方で、対応することになる。
「お願いできることがありましたら、相談しますね。」
SI事業者の営業が、事業部門の内製チームの責任者から、笑顔でこんなことを言われたと言っていた。「これは、チャンスだ」と、彼はポジティブに捉えていたが、それは大きな勘違いだ。ストレートに表現すれば、「御社にお願いできることは何もありませんので、お引き取り下さい。」である。
「2匹のカエルを用意し、一方は熱湯に入れ、もう一方は緩やかに昇温する冷水に入れる。すると、前者は直ちに飛び跳ね脱出・生存するのに対し、後者は水温の上昇を知覚できずに死亡する」
この「茹でカエル」の喩えをご存知の方も多いのではないかと思うが、まさに、情シスにのみ頼ってきたSI事業者は、気がつけば、死んだカエルになっていたということであろう。
では、この状況からどのようにすれば抜け出すことができるのか。私は、次の3つのステップを踏むべきだろうと思っている。
まずは、自分たちを変えることだ。「お客様のDXに貢献します」なんて、軽々しく言う前に、クラウドやアジャイル開発、DevOps、コンテナ、サーバーレス、マイクロサービスなどなど、世間の常識を自分たちで使ってはどうだろう。Slack、Github、Trelloなど、開発や運用の最前線で広く使われているツールやサービスを自分たちも採用し、世間常識に近づくことだ。いや、その前にPPAPを辞めることかも知れない(笑)。
ある国立大学の情報系の教授で、採用の担当されている方が嘆いていた。
「新卒者を紹介して欲しいという依頼をPPAPで送ってくるSI事業者が結構あります。そういう会社には、紹介したくないですね。」
まさに、「蛸壷」である。世間の常識が見えていない。まずは、ここからかもしれない。
次は、もっと事業部門にアプローチすることだ。こんなことを書くと、「そんなことは分かっている。しかしそれができないから困っている。」と言われそうだ。だからこそ、積極的に事業部門と関わる努力をすべきだと言いたい。
鶏が先か、卵が先かと言う議論だが、事業部門と話すためには、事業のこと、経営のこと、上記に書いたようなITのいまの常識を知っていることが、前提となる。だからこそ、事業部門とアポイントメントを取る努力をして、自分たちを追い込むと同時、それにふさわしい知識やスキルを整える努力をすることだ。最初は恥をかいても、続ければそんなことはなくなるはずだ。そういうことをしないから、世間の常識から遠のいてしまうのだ。
情シスに応えようと努力してきたように、事業部門との関係を築くためにも、そういう状況をつくることを活動目標や業績評価の基準にしてはどうだろう。
最後は、「工数を売る」ことを辞めることだ。少々過激な発言ながら、これは工数で収益を上げるなということではない。お客様への売り込みのテーマを、「業績の改善」として、どうすれば、それができるかを、お客様と徹底して議論し、そのやり方を提案することだ。
そんな話しを聞いてくれるのは、情シスではなく、経営者や事業部門である。彼らは、ITに関わる予算の意志決定について、これまでになく大きな影響力を持っている。そんな彼らのニーズに応えるためには、「業績の改善を売り込む」ことであり、「工数を売り込む」ことではない。そのポジションを明確に持って、提案を行うべきであろう。
こういう話をすると、「それはコンサルの仕事ではないのか」というひとがいるが、時代遅れも甚だしい。
クラウドやアジャイル開発、DevOpsというのは、「作らない技術」である。組織力を動員して「作る技術」で工数を稼ぐ時代ではない。ましてや、経営者や事業部門にとっては、「できるだけ作らないで事業の成果や業績の改善に貢献する」ことこそ、ニーズであろう。ならば、営業であれ、SEであれ、「作らない技術」を前提にコンサルができなくては仕事にはならないと心得るべきだ。営業、SE、コンサルという、区別そのものがもはや時代遅れであって、それを見直すべきかも知れない。
ITに関わる仕事をしているのに、システムを作ったことがない、ITのいまの常識を知らない、経営や事業に興味がないでは、仕事にならない。そんな常識を受け入れなくちゃいけない。
改めて整理してみよう。SI事業の劣化に歯止めをかけ、新たな成長の筋道を掴むにためには、次のステップを踏むことだ。
- 自分たちが世間の常識に近づく
- 事業部門や経営者と関わる(カタチから入る)、
- 事業の成果を売る
大変なことだとか、簡単には難しいと考える人たちもいるだろう。それはそれでいいように思う。レガシーな価値観はそう簡単にはなくならないし、当面の需要は見込めるからだ。ならば、それに徹底して特化して、ニッチを極めるというのも1つの戦略であろう。ただ、市場としての伸び代はないので、そこを極めてシェアを高めることは、大変なことだろう。また、優秀な人材は、「いまの常識」を求める傾向にあり、そんな人材の採用も難しくなることを覚悟しておいたほうがいいだろう。
いまのやり方に留まるか、この3つのステップを踏むのか。少々両極端な比較かも知れないけれど、いまの自分たちを捉え直す視点にはなるだろう。
次期・ITソリューション塾・第40期(2022年5月18日 開講)の募集を始めました。
コロナ禍は、デジタルへの世間の関心を高め、ITへの投資気運も高まっています。しかし、その一方で、ITに求められる技術は、「作る技術」から「作らない技術」へと、急速にシフトしはじめています。
この変化に対処するには、単に知識やスキルをアップデートするだけでは困難です。ITに取り組む働き方、あるいは考え方といったカルチャーを変革しなくてはなりません。DXとは、そんなカルチャーの変革なしでは進みません。
ITソリューション塾は、ITのトレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、そんなITに関わるカルチャーが、いまどのように変わろうとしているのか、そして、ビジネスとの関係が、どう変わるのか、それにどう向きあえばいいのかを、考えるきっかけになるはずです。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
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そんな皆さんには、きっとお役に立つはずです。
詳しくはこちらをご覧下さい。
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- 回数 :全10回+特別補講
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- 会場 :オンライン(ライブと録画)
- 料金 :¥90,000- (税込み¥99,000)
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【募集開始】新入社員のための「1日研修/一万円」
社会人として必要なデジタル・リテラシーを学ぶ
ビジネスの現場では、当たり前に、デジタルやDXといった言葉が、飛び交っています。クラウドやAIなどは、ビジネスの前提として、使われるようになりました。アジャイル開発やDevOps、ゼロトラストや5Gといった言葉も、語られる機会が増えました。
そんな、当たり前を知らないままに、現場に放り出され、会話についていけず、自信を無くして、不安をいだいている新入社員も少なくないと聞いています。
そんな彼らに、いまのITやデジタルの常識を、体系的にわかりやすく解説し、これから取り組む自分の仕事に自信とやり甲斐を持ってもらおうというものです。
【前提知識は不要】
ITについての前提知識は不要です。ITベンダー/SI事業者であるかどうかにかかわらず、ユーザー企業の皆様にもご参加頂けます。
デジタルが前提の社会に対応できる営業の役割や仕事の進め方を学ぶ
コロナ禍で、ビジネス環境が大きく変わってしまい、営業のやり方は、これまでのままでは、うまくいきません。案件のきっかけをつかむには、そして、クローズに持ち込むには、お客様の課題に的確に切り込み、いまの時代にふさわしい解決策を提示し、最適解を教えることができる営業になることが、これまでにも増して求められています。
お客様からの要望や期待に応えて、迅速に対応するだけではなく、お客様の良き相談相手、あるいは教師となって、お客様の要望や期待を引き出すことが、これからの営業に求められる能力です。そんな営業の基本を学びます。
未来を担う若い人たちに道を示す
新入社員以外の若手にも参加してもらいたいと思い、3年目以降の人たちの参加費も低額に抑えました。改めて、いまの自分とこれからを考える機会にして下さい。また、人材育成のご担当者様にとっては、研修のノウハウを学ぶ機会となるはずです。教材は全て差し上げますので、自社のプログラムを開発するための参考にしてください。