ITベンダーのホームページを見ると、「お客様のDXの実践を支援します」や「お客様のDXパートナーになる」との看板を見かける。ならば、自分たちは、DXにどのように取り組んでいるのだろうか。
ITベンダーには、2つの役割がある。1つは、お客様の要望に応えて、システムの開発や運用などのITに関わる仕事をすることだ。もうひとつは、ITのもたらす価値を世の中に広め、お客様を主導し、その価値を最大限に活かして、お客様の事業の成長や経営の変革を支援することだ。
需要があるから仕事になる。だから、「お客様の要望に応えて、ITの仕事をすること」は、ビジネスとしての当然の選択であって、それが収益の柱となっているわけだから、そこに経営資源を投資することは、当然のことだろう。しかし、いつまでもそのやり方だけにたよって、事業を成長させ続けることは難しい。ならば、新たなITの需要を喚起し、収益の源泉を創り出さなくてはならい。ITベンダー各社が、DXを喧伝するのは、そんな理由があるのだろう。
確かに、DXもまた、前者の「お客様の要望に応えて」の仕事である。お客様もまた、DXの実践を経営トップから求められ、ITに関わる仕事なので、ITベンダーに相談を持ちかける。しかし、いままで同じようにはいかない。
確かに、ITは必要不可欠ではあるが、それは手段のひとつであって、DXの本質ではないからだ。ここを理解しないままに、「AIを導入して、業務の効率化を図りましょう」や「リモートワークに対応して、ゼロトラスト・ネットワークを構築しましょう」といった手段の話しに留まっていては、お客様の「DXの実践」に貢献したことにはならない。
DXの本質は、「デジタルを前提に変革に俊敏に対応できる企業すなわちアジャイル企業へと変革すること」だ。AIを使うことも、ゼロトラスト・ネットワークを構築することも、必要なことではあるが、それは、目的である「アジャイル企業への変革」を実現する手段である。
DXは、手段を駆使することだけでは、できない取り組みだ。そこで働く人たちのマインド・セットを変革し、行動習慣や規範、働き方や業績評価基準など、事業や経営のあり方を変えること、すなわち、企業の文化や風土を変えることなくして、できない取り組みであろう。
ならば、ITベンダーは、冒頭に掲げた、もうひとつの役割である「ITのもたらす価値を最大限に活かして、お客様の事業の成長や経営の変革を支援すること」を実践しなくてはならない。
そんな理解と覚悟なくして、「お客様のDXの実践を支援します」や「お客様のDXパートナーになる」ことはできないだろう。これまでと仕事の中身が大きく変わってしまう。
ならば、自らもDXの実践に取り組まなければ、その役割は果たせない。自らが実践し会得したノウハウや、そこで磨かれた感性なくして、信頼を得ることなどできないからだ。
では、ITベンダーの「DXの実践」とは、何をすることなのか。
「デジタルを前提に変革に俊敏に対応できる企業すなわちアジャイル企業へと変革すること」
私は、DXの本質をこのように解釈したが、まずは、「デジタルを前提に」という言葉について、補足しておきたい。これには、2つの視点がある。
社会の視点:誰もが、当たり前にスマートフォンを使いこなす。買い物、ホテルや交通機関の予約は、ネットを使う。駅を降りれば地図サービスで自分の居場所と行き先を確認し、到着時刻をLINEで相手に知らせる。まさに社会は、”デジタル前提”に動いている。そんな社会の常識に対応できなくては、事業の存続も成長も難しい。
事業の視点:”デジタル前提”の社会に対処するには、自らの事業もデジタルを駆使し、社会の常識に対応できなくてはならない。そうしなければ、顧客は離れ、収益の機会を狭めてしまう。積極的に、デジタルを前提に新しいビジネス・モデルを作り出さなければ、事業の存続も成長も難しい。
こんな2つの視点で、「デジタル」を捉え、次のような取り組みを行うことが、ITベンダーにとっての「DXの実践」だ。
体感なき言葉に説得力はない。実践なき方法論に信憑性はない。そんなITベンダーの語るDXを、お客様は信頼することなど、できない。
DXの実践は、とても覚悟のいる取り組みだ。だからこそ、「お客様の要望に応えて、ITの仕事をすること」で稼げるうちに、自らが覚悟を決めてDXを実践し、「ITのもたらす価値を最大限に活かして、お客様の事業の成長や経営の変革を支援する」企業へと事業の重心を移すべきだ。
「お客様のDXの実践を支援します」や「お客様のDXパートナーになる」といった看板に偽りありと指弾される前に、取り組むべきではないか。