「受発注型モデル」から「共創型モデル」へ、さらには「デジタル企業型モデル」へと、事業のポートフォリオを変えてゆくことが、ITベンダーの描くべきシナリオである。
先日の記事で、DXレポート2.1をこのように読み解き、詳しく解説した。
この前提に立って、ITベンダーの「DX戦略」を整理した。現時点で、収益の柱となっている「受発注型モデル」に続く、「共創型モデル」と「デジタル企業型モデル」の具体的なシナリオだ。
まずは、大きく「顧客の事業変革を支援」と「自社のデジタル企業へ変革」に区分できる。
前者は、お客様の事業変革、すなわちDXへの取り組みを支援するシナリオだ。これは、これまでの「受発注型モデル」で培われた信頼を土台に、「共創型モデル」として、お客様との新しい関係を築くことを目指す。
後者は、自分たちが、社会のニーズに応え、自らがデジタル・サービスを提供・運営するシナリオだ。これは、自分たちの経験やノウハウをサービス商品に昇華させ、そのサービスに対する直接の対価を受け取るもので、「デジタル企業型モデル」の実践である。
顧客の事業変革を支援
これは、「内製化支援」だ。
言うまでもないが、お客様が事業を変革するには、自らが当事者でなければうまくいかない。
- パーパスやミッションを変える
- いままでの仕事のやり方を変える
- ビジネス・モデルを変える
などは、企業の文化や風土であって、外部の人間ができることは、「支援」に留まる。
ITに関わる仕事は、従来の効率化から、収益の拡大に重心が移るから、事業に関わる現場感覚と圧倒的なビジネス・スピードを求められる。そのため、事業部門が主管し、内製チームを組織することが、前提となるだろう。
だからと言って、全てを自分たちだけでこなせるわけではない。外部からの採用や社員のスキル・チェンジだけで対応することは、容易なことではないからだ。ここに、「内製化支援」のビジネス・ニーズが生まれる。
つまり、お客様の「内製チーム」の一員として、一緒になってお客様の「事業の成功」のために仕事をすることだ。つまり、お客様の要求に応えて「システムを作るための工数を提供する」のではなく、何をすべきかを一緒に考え、「事業を成功させるために技術力を提供する」ことが求められる「技術力」は、次のようなスキルになるだろう。
- オンプレミスをクラウドへ移行するスキル
- アジャイル開発とDevOpsでデジタル・ビジネスを高速に実装・改善するスキル
- コンテナやマイクロ・サービスを前提としたアーキテクチャを実現するスキル
- ビジネスをデザインするスキル
- 議論をファシリテーションするスキル など
さらに、これら取り組みを主導するリーダシップや、お客様のメンバーにスキルを移転する人材育成のためのスキルも必要となる。
注意すべきは「組織力」ではなく「個人力」であるという点だ。従来のような工数を提供するビジネスでは、組織力が収益拡大の武器となった。しかし、技術力とは、「できるだけ少ないコードで事業目的を実現する」ことだから、圧倒的な技術力を持つ個人力が商品になる。そんな人材を、高い単価で提供し、利益率の高い事業を展開する。
自社のデジタル企業への変革
これには、「プラットフォーマー」と「サービス事業者」という2つのやり方があるだろう。
「プラットフォーマー」とは、ITサービスの実現に必要なサービス機能を提供し、自社のサービスに組み入れてもらうことで、収益を獲得しようというものだ。また、そのプラットフォームのユーザー間を連携し、ビジネス・エコシステムを築き、相互に価値を拡大することで、さらなる事業収益拡大のサイクルを回す。
また、プラットフォーム・サービスは、利用者が拡大することで、データやノウハウが蓄積されるので、これをいち早く取り込んで、圧倒的なスピードで、機能やUXの向上を図り、他社の追従を許さないことが、競争力の源泉となる。
収益は、サブスクリプションや従量課金となるだろう。また、既存の受託開発や内製化支援と組み合わせて、事業価値を拡大することもできる。
ABEJA のINSIGHT FOR RETAILや日立のLumada、シーメンスのMindSphereなど、自社の得意とする事業領域を活かしたプラットフォーム・サービスなどが参考になるだろう。
「サービス事業者」とは、自分たちの業務ノウハウや知識を活かして、直接顧客にサービスを提供するものだ。
こちらも、プラットフォーマー同様、利用者の拡大による、データやノウハウのフィードバックと、これを活かして、圧倒的なスピードで、機能とUXの向上を図り、他社の追従を許さないことが、競争力の源泉となる。
収益は、サブスクリプションや従量課金となるだろう。既存の受託開発や内製化支援の付加価値にはなりうるが、それを目指すのではなく、独立した収益事業を目指すことが大切だ。
日本ユニシスの電気自動車(EV)の充電スタンド事業やブロックチェーンを使った「非化石証書」を発行する事業、日鉄ソリューションズ(NSSOL)の文書管理サービス「Nsxpres Ⅱ」や電子契約サービス「CONTRACTHUB」などが参考になるだろう。
なお、このシナリオを実践するには、いずれに於いても、人材の育成が必要だ。これについては、Gartnerが発表している「デジタル・トランスフォーメーションの推進に必要な5つの役割」(以下、要約抜粋)を参考にするといいだろう。
ビジネス系プロデューサー
DXによるビジネスゴールを定義し、新たなビジネスモデルを考えたり、DXに関する企画を考えたりする役割を担う。経営層や社内外の意思決定者とのビジネス面でのコミュニケーションにも責任を持つ。
テクノロジー系プロデューサー
ビジネスゴールの達成に向けた最適なデジタルテクノロジーの特定やテクノロジーの適用によるシステム面の影響の分析、予測などを担う。経営層や社内外のエコシステムのパートナーに対する技術面のコミュニケーションにも責任を持つ。
テクノロジスト(エンジニア)
現場で実際にテクノロジーを活用する役割を担う。自動化、データサイエンス、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)、AI(人工知能)などの新興領域に注目しがちだが、確実にDXを推進していくためには、通信ネットワーク、IT基盤、セキュリティ、クラウドなどの既存の領域の役割も重要である。テクノロジストもまた、全従業員が対象となる。
デザイナー
ソリューション、サービス、アプリケーションのUX(User Experience:顧客体験)をデザインする。UX面のコミュニケーション、UXとデザインに関する知識の社内普及に向けた教育なども担当する。
チェンジリーダー
デジタルテクノロジーの導入に伴う働き方(業務、意識など)のシフトの主導、変革の目的やゴールの整理、変革のコミュニケーション計画の作成、関係者全員を巻き込んだ意識と行動変容に向けた施策の計画/展開などを担う。
これら取り組みに共通する注意点は、独立して採算が維持できるように、本気で取り組むことだ。これまでも、ITベンダーは、新規事業と称して、同様のことをやってきた。しかし、その多くが、十分な成果をあげられていない。そこには、3つの理由がありそうだ。
1つは、「新規事業」を目的としていること。つまり、「新規事業」を立ち上げることが優先され、顧客や社会の課題については、新規事業に都合がいいように、後付けされるようなケースだ。本来、「新規事業」は手段であり、目的ではない。目的は、顧客や社会の課題の解決であろう。そんな本末転倒の取り組みがうまくいく道理はない。本気で新規事業を成功させたいのであれば、新規事業かどうかは棚上げし、事業のニーズ/課題と徹底して向きあうことだ。それが、結果として、新規事業になる。
2つ目は、「放課後のクラブ活動」になっていること。本業を抱えるメンバーが、「新規事業開発プロジェクト」に招集され、「君たちは優秀である。我が社の未来は君たちにかかっている。」という精神論でモチベーションを高められ、兼任でやらせているケースだ。
メンバーの業績評価は、本業だから、本業が忙しくなれば、そちらを優先するのは当然だ。また、精神論的訓示は、有り難く、嬉しくもあるが、明確なKPIもなく、予算や人材に関するスポンサーシップもない。つまり、経営サイドの本気が見えない。これでは、会社の未来を託せるような「新規事業」は無理だろう。
3つ目は、「受発注型モデル」を拡大することが目的になっていること。つまり、あくまで事業の主軸は、「受発注型モデル」であり、それを受注するための「ドアノック」や「化粧まわし」として、位置付けている場合だ。既存の「受発注型モデル」とのシナジー効果を否定するものではないが、「これで儲けなくてもいい」という前提があるので、自ずと完成度は低く、事業単独での魅力に乏しい。当然、単独での採算は見込めない。このやり方にも、経営の本気度は感じられない。
「受発注型モデル」が直ちになくなることはない。だからこそ、ここで収益を稼げられるうちに、このようなシナリオに沿って、事業の再編を図ることが、ITベンダー/SI事業者のDX戦略となるだろう。