DXとは何かについては、このブログでも度々取り上げているし、様々な人たちが、解説を述べている。また、経済産業省の「DXレポート」やIPAの「DX白書」が、リリースされるなど、その本質についての考察も深まりつつあるようだ。
そんなDXの解釈を改めて整理し直すと、次のようになるだろう。
「デジタル・テクノロジーの進展により産業構造や競争原理が変化し、これに対処できなければ、事業継続や企業存続が難しくなる。これに対処するには、自分たちの競争環境 、ビジネス・モデル、組織や体制を再定義し、企業の文化や体質を変革しなくてはならない。DXとは、そんな、変化に俊敏に対応できる企業/アジャイル企業へと変わるための変革である。」
この点については、以下に詳しく解説しているので、ご覧頂きたい。
もう少し、具体的な取り組みとして、DXを解釈すれば、次のように整理できる。
「デジタルに任せることができることは、徹底してデジタルに任せ、肉体的労働や知的力仕事から人間を解放し、人間にしかできないことに、人間は、徹底して意識や時間を傾けることができるようにすること」
デジタルを駆使して、業務の効率化やスピードアップを図れたとしても、それだけでは、予測できない未来に対処することはできない。だから、イノベーションが必要になる。
現実世界の変化をデータによってリアルタイムに収集し、これから起こりうる不連続な変化を予見し、新しいやり方を創り出す。それを試してフィードバックを得て、高速に改善を繰り返しながら、市場への定着を図る取り組みだ。これは、デジタルに任せることはできず、人間にしかできない。
「圧倒的なスピード」と「イノベーションの創出」が、日常の当たり前として、できる企業に変わることが、 DXの目指すところだ。これを次のような表現に置き換えることもできるだろう。
「デジタルを前提に既存事業を再定義し、新たな事業価値を創出する」
“デジタルを前提”とは、2つの視点がある。まずは、「社会の視点」だ。インターネットが広く普及し、誰もが、当たり前にスマートフォンを使いこなす社会になった。オンライでの買い物、ホテルや交通機関の予約は、誰もがネットを使っている。駅を降りれば地図サービスで自分の居場所と行き先を確認し、あと5分で到着することをLINEで相手に知らせることなどは、もはや日常だ。まさに社会は、“デジタルを前提”に動いている。
もうひとつの視点は、「事業の視点」だ。このような社会に対処するためには、自らの事業もデジタルを駆使することが必要になる。それができなければ、顧客は離れてしまうだろう。むしろ積極的に、デジタルを前提に新しいビジネス・モデルを作り出さなければ、事業の存続も難しくなる。
そのためには、これまで築き上げた既存事業のあり方や、その市場価値を“デジタルを前提”に再定義し、事業を組み立て直す必要がなる。
GAFAなどのデジタル・ネイティブ企業が、一般企業と大きく異なるのは、「既存事業」という概念がないことだろう。つまり、市場や顧客のニーズは常に流動的であり、その変化にダイナミックに対処し、自分たちの事業もまた流動的にアップデートを繰り返している。そんな彼らには、「業界」という、固有の常識の縛りはなく、いま社会が求めているビジネスをどんどんと繰り出してくる。これが既存の業界に、新しい秩序、あるいは、新しい競争原理を持ち込み、旧来の常識に拘る企業や業界を破壊しているわけだ。
彼らには、このチャートに描かれている「既存事業」が存在しない。だから、「既存事業を変革」する必要もない。つまり、彼らにはDXなど不要なわけだ。これこそが、彼らの強さの源泉になっている。
多くの企業は、「既存事業」を抱えている。だから、“デジタルを前提”に変革すること、すなわちDXが必要だ。この「既存事業」の存在こそが、DXの難しさの根源であろう。
この状況から抜け出すための1つの手段は、自分たちの「パーバス/存在意義」を再定義することだろう。
「パーパス=ぶれることのない自分たちの価値」は何かを明確にすることだ。古びたパーパスは捨て去り、いまの“デジタルを前提”とした時代にふさわしい、パーパスに置き換え、顧客や社会から、あるいは社員から、なくてはならい存在として、認めてもらうことだ。
そして、そのパーパスにふさわしい行動をとることが、結果として、企業の収益を向上させる。
例えば、次のような事例を見れば、そのことがよく理解できる。
デンマークの製薬会社ノボノルリスクは、「糖尿病の治療薬インスリンの開発と製造」を事業の目的に据えていたが、2020年に新たなパーパス「Defeat Diabetes(糖尿病に打ち勝つ)」を発表した。これは単に自社製品の販売を最大化するのではなく、医療従事者、病院、自治体等と世界中で連携し、予防も含めて糖尿病という病気に向きあっていくことを意味する。
(PURPOSE パーパス・「意義化」する経済とその先)/岩嵜博論・佐々木康裕著・ニュースピックス・2021/P.73)
この会社は、自社のパーパスを再定義することで、糖尿病に苦しむ人たちのQOLや社会的損失にも目を向け、医薬品だけではなく、様々な手段を駆使して、糖尿病に関わる様々な諸問題を解決することを目的に、自分たちの事業を変えようとしている。
また、トヨタは、2001年、「Drive Your Dreams/新たな発想、無限の未来へ」とのモットーを掲げた。それを、2018年、「Mobility for All/すべての人に移動の自由と楽しさを」と変えた。これは、自らを「自動車メーカー」から「移動をサービスとして提供する会社」へと変わることの宣言である。これもまた、自分たちのパーパスを再定義することで、自分たちの事業もまた再定義し、収益構造やビジネス・モデルの転換を図ろうというわけだ。
そんな取り組みの一環として、2019年、ソフトバンクと合弁で設立した「MONET Technologies」や、2021年に建設に着手した「Woven City」がある。これまでの自動車を製造して販売する企業から、移動サービス企業へと変わるための施策を打ち出している。
そんなパーパスの再定義なくして、事業の再定義は難しい。
DXを「デジタル技術を駆使して、業務を改善することや新規事業を立ち上げること」だと矮小化して捉えるべきではない。確かにそれは、手段ではあるが、DXの目的でも、本質でもない。
まずはパーパスを再定義することから、はじめてはどうだろう。それが結果として、「デジタルを前提に既存事業を再定義し、新たな事業価値を創出する」コト、すなわち、DXとなるのではないか。