「デジタル技術を駆使したビジネス・モデルで、新規事業を立ち上げること」や「AIやRPAを使って、業務を効率化すること」が、DXであるとの解釈をしている人は少なくないようだ。「リモートワークを実現し、そのためにワークフローをペーパーレス化すること」をDXだと考えている人たちもいる。
確かに、これらはDXを実践するための手段ではあるが、目的ではない。
圧倒的なビジネス・スピードを獲得し、変化に俊敏に対応できる企業に変わること
目的はここにあると私は考えている。
VUCAということばに代表されるように、ビジネスは、「社会環境が複雑性を増し将来の予測が困難な状況」に置かれている。この状況に対処するには、「変化を直ちに捉え、現時点での最適を選択し、改善を高速に回し続けること」が、唯一の対処方法といえるだろう。
だから、先に述べた新規事業や業務の改善は、1回やれば終わりではなく、めまぐるしく変わるビジネス環境に変化に応じて、繰り返し、継続的にできなくてはならない。
そのためには、場所や時間に拘束されず、人間しかできない知的作業に注力できるよう、リモートワークやペーパーレスを実現することで、ワークスタイルの多様性を許容できる必要がある。
これらは、いずれも先の目的を達成するための手段ではあるが、目的そのものではない。
では、なぜその手段を「デジタル」に求める必要があるのだろう。
例えば、アナログな手段だけで業務課題を解決しようとする場合、それぞれの業務を担当する個人の経験やノウハウ、あるいは、そういう個人が所属する組織の機能や権限に頼ることになる。社会の変化が緩やかだった時代であれば、固定化された個人のノウハウやスキル、あるいは組織の機能は、長年の経験の蓄積によって、高度に最適化され、効率よく課題を解決することができた。
しかし、変化のスピードは速く、将来の変化を予測することも難しい時代になると、人や組織に依存した個別最適化された仕組みは、以下の理由から、変化に対応するための柔軟性や即応性を欠く。
- 業務ごとのコミュニケーションに手間がかかる
- 確立された仕組みの変更が難しい
- 変化に対応するための業務内容や手順の新しい組合せを試しにくい
そこで、ビジネス・モデルや業務プロセスをデジタル化することで、この状況を改善しようというわけだ。
ビジネス・プロセスをデジタル化することで、この図右に示すように、ビジネスの仕組みをレイヤー構造化することができる。例えば、一番下のレイヤーは、個別の業務に特化したアプリケーションである。業務ごとに異なる複雑なプロセスに対応しなくてはならない。その上の共通業務基盤レイヤーになれば、個別のアプリケーションに共通のデータ管理や、個人の認証、コミュニケーションなどの機能を担う。さらに上位のデータ活用基盤では、業務で扱うデータを管理し、活用できるようにする。最上位は、統合データベースであり、0と1のビットデータとして、保管される。
このように上位のレイヤーに行くほどに要素分解され抽象化されていき、特定のアプリケーションへの個別依存性はなくなってゆく。表現を変えれば、アナログな現実世界で行われる複雑な業務個別のプロセスを、レイヤーを上げることで、次々に抽象化された要素に分解し、最終的には0と1のコンピューターで扱えるカタチにしてしまい、各要素の自由な組み替えが、迅速柔軟にできるようになる。
例えば、カレー粉は、カレーの香りや味わいしか作れないが、カレー粉の香を作る基本的な3つのスパイス、すなわちクミン、オレガノ、ターメリックというスパイスの単位で持っておけば、まったく違う料理に使うことができる。また、他のスパイスを組み合わせることで、様々な辛さや香りを演出することができる。このように、レイヤを上げて抽象化し、要素分解しておけば、その組合せを変えることや新たな要素を組み入れることで、様々に、そして迅速、柔軟に応用できるというわけだ。
ただ、既存の業務をレイヤ構造化、抽象化することは容易なことではない。だから、その雛形であるERPパッケージを使って、この取り組みを加速しようというわけだ。
このような「レイヤー構造化と抽象化」が、ビジネスのスピードを加速し、予測できない変化への俊敏な対応を可能にする基盤を提供する。
また、ビジネス・プロセスやビジネス・モデルをデジタル化すれば、事実はリアルタイムに「データ」として収集できる。これを使って迅速な対処や改善を行い、現場にフィードバックできれば、常に現場の最適を維持することができるだろう。
また、「自動化」を徹底して進め、機械にできコトを増やせば、人間は肉体的あるいは知的力仕事から解放される。
デジタル化によってもたらされる、「レイヤー構造化と抽象化」、「データ」、「自動化」は、圧倒的なビジネス・スピードを獲得するための土台となるわけだ。
そんな土台の上で、ソフトウエアを駆使して、迅速・柔軟な組合せの変更や新たな要素の組み入れや高速な改善を実現する。そのための手段として、アジャイル開発・DevOps・クラウド、サーバーレス、コンテナなどのテクノロジー、すなわち「作らない技術」が、有効に機能する。
「作らない技術」とは、「ビジネス成果の達成を目的に、既存のITサービスを駆使し、できるだけ作らずに短期間でITサービスを実現する技術」である。ユーザーにとって、大切なことは、システムを納品してもらうことではない。サービスとして、ITを使い、業務に役立てることだ。だから、なるべくコードを書かずに目的を達成することができれば、それだけビジネスへの貢献は大きくなる。そのためには、既存のクラウド・サービスやOSSなどをできるだけ利用し、差別化するための独自性の高いプログラムのみを自分たちで作り組み合わせて、サービスを実現するという考え方が必要となる。
また、人間は、人間にしかできないコト、すなわちイノベーション、クリエーション、ホスピタリティなどに時間や意識を傾けることができるようになり、デジタルと人間のそれぞれの得意分野を最大限に発揮し、ビジネス全体の価値を高めることができるだろう。
このような取り組みを進めれば、自ずと企業の文化や風土は変わるし、そこで働く人たちの意識も変わるだろう。
まずは、「企業の文化や風土を変えよう」とか、「社員の意識を変えよう」と言う人たちもいるが、それはやめておいた方がいい。危機感を煽り、精神論を語り、叱咤激励を飛ばして、変わるならばいいが、そんな話は聞いたことがない。大切なのは、「カタチから入る」ことだ。
ここで紹介したDXのメカニズムを理解して、その手段として、新規事業や業務改善、リモートワークやペーパーレス化を実践すればいい。そして、それを継続し続けることだ。体験し、感じ取り、気付くことだ。
CDOやDX人材とは、監督やプロデューサーとして、そのための機会を提供しつづけることだ。DXのメカニズムを理解し、現場に正しい方向を示し、現場の取り組みを伴走する。そして、その目的である「圧倒的なビジネス・スピードを獲得し、変化に俊敏に対応できる企業に変わる」ように仕向けることだ。それが、結果として、いまの時代にふさわしい、企業の文化や風土を築くことになる。
DXを手段と捉える解釈を否定するつもりはない。しかし、ここに示したような本質的な変革を実現できなければ、いつまで経っても手段だけを追いかけ続けることになる。その結果、変化への対処療法を繰り返すだけで疲弊してしまうだろう。
DXが「企業の文化や風土を変革すること」だと言われるのは、まさにこの点にある。つまり、会社全体、すなわち経営者も管理者も現場も、変化を当たり前と捉え、自律的、自発的に、高速に変わり続けることができるようになることが、VUCAの時代に事業を継続し、生き残るためには、必要になる。
このようなDXのメカニズムを企業に埋め込むことが、DXの実践であろう。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第38期(10月6日〜)
次期・ITソリューション塾・第38期(10月6日 開講)の募集を始めました。
ITソリューション塾は、ITのトレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、そんなITに関わるカルチャーが、いまどのように変わろうとしているのか、そして、ビジネスとの関係が、どう変わるのか、それにどう向きあえばいいのかを、考えるきっかけになるはずです。
また、何よりも大切だと考えているのでは、「本質」です。なぜ、このような変化が起きているのか、なぜ、このような取り組みが必要かの理由についても深く掘り下げます。それが理解できれば、実践は、自律的に進むでしょう。
- IT企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
そんな皆さんには、きっとお役に立つはずです。
特別講師の皆さん:
実務・実践のノウハウを活き活きとお伝えするために、現場の最前線で活躍する方に、講師をお願いしています。
戸田孝一郎氏/お客様のDXの実践の支援やSI事業者のDX実践のプロフェッショナルを育成する戦略スタッフサービスの代表
吉田雄哉氏/日本マイクロソフトで、お客様のDXの実践を支援するテクノロジーセンター長
河野省二氏/日本マイクロソフトで、セキュリティの次世代化をリードするCSO(チーフ・セキュリティ・オフィサー)
最終日の特別補講の講師についても、これからのITあるいはDXの実践者に、お話し頂く予定です。
- 日程 :初回2021年10月6日(水)~最終回12月15日(水) 毎週18:30~20:30
- 回数 :全10回+特別補講
- 定員 :120名
- 会場 :オンライン(ライブと録画)
- 料金 :¥90,000- (税込み¥99,000) 全期間の参加費と資料・教材を含む
詳細なスケジュールは、こちらに掲載しております。