私たちはいま、正解のない時代に生きている。しかし、正解がなければ、私たちは何を頼りに判断し、行動を起こせばいいのだろう。
昨今、巷では、DXが声高に叫ばれている。IT企業は、これを千載一遇のチャンスと捉え、「お客様のDXに貢献します」や「お客様のDXパートナーとして、お役に立ちます」と喧伝し、「DX案件」の獲得に躍起になっている。では、具体的に何をすることが、「DX案件」なのだろうか。
「うちもDXに取り組まなければならない。このままではまずい、何とかしなければならない、でも何をすればいいのか分からない。」
お客様は、いまこのような状況に置かれているのではないか。そんなお客様を相手に、IT企業は、何を売ろうというのだろう。
「課題を教えてください。何をすればいいのかを教えください。そうすれば、最適なソリューションを提案します。」
お客様は、それが分からないから困っている。そんなお客様の想いをスルーして、こんなことを平気で言っているとすれば、お客様も困ってしまうだろう。いや、頭にくるだろう。
「なるほど、確かに大変ですね。ならば、まずはRPAの導入からはじめてはどうでしょう。業務の効率化、省力化ができますから、そこで実績を上げて、次のステップへ進みましょう。」
発熱して頭も痛く、咳も止まらない相手に、まずは「かゆみ止め」で、虫に刺されたところの痒みを取りましょうといっているようなものだ。
売る側からすれば、痒み止めの薬が売れるので、いいではないかというかもしれない。お客様にしても、上からの命令で、成果を見せなきゃと切羽詰まった担当者は、この話に乗ってくれるかも知れない。しかし、こんな問題のすり替えは、すぐに見抜かれてしまい、やがては信頼を失うだろう。
あるIT企業は、DX実現のためのコンサルをするという。何をすべきかを洗い出し、そこにシステムの構築や製品提供のビジネスのチャンスを見出すのだという。
ちょっとまってくれ!貴方たちは、DXを実践し、体験しているのか?例えそれができてないとしても、お客様のDX実践に関わる経験をどれだけ積んでいるのか。
自動車を運転したことのない自動車ディーラーの営業が、お客様に「この自動車は本当に素晴らしいですよ」と売りに行くようなものではないのか。
本来コンサルでお金をもらうためには、次のプロセスを踏む。
- 体験を経験に昇華させる:自分たちが積み上げた体験を抽象化し、お客様の事業の成果につながる原理原則、あるいは、法則を見つけ出し、一般化された経験として整理する。
- 経験から方法論を組み立てる:その経験を、モデル化し、誰もが使えるように、方法論として組み立て直す。属人化されたスキルに留めず、誰もが使える形式に整えることで、コンサルを誰もが使える商材とするわけだ。
- 方法論を検証・改善し実効性を高める:方法論は、成功の方程式だ。これを実践し、自分たちの作った方程式の妥当性を検証して、改善を繰り返しながら、実効性を高めてゆき、適応範囲と効果予測の精度を上げてゆく。
自らの成功体験に基づいた方法論を持たず、DXのなんたるかがわからない客様を相手にして、「DX実現のためのコンサル」などというのは、いかがなものか。
ましてや、コンサルではお金はもらわないというIT企業もあるようだ。自分たちは、システムの構築や製品提供で儲ければいいから、コンサルは営業ツールだというわけだ。
考えてみて欲しい、「DXはシステムの構築や製品によって実現する」という前提になるのだから、そうならない結論は、排除されるだろう。例えば、何らかの課題を解決したい、あるいは、こんな「あるべき姿」を実現したいとなり、そのための最善の策が、業務の手順を変えること、あるいは、そもそも事業価値に結びついていない事業を辞めることだとの結論に至っても、それは、システムの構築や製品提供とは無関係だから、コンサルの報告としては、排除されるだろう。あるいは、自分たちには関係がないので、その具体的な詳細は、お客様にお任せしますとなるのではないか。それは、ほんとうにお客様のためなのだろうか。
前提となる実践がないから有効な方法論は作れない。結論ありきでは、最適解は見いだせない。そんな、「コンサル」なる営業ツールにつき合わされるお客様にしてみれば、いい迷惑であろう。
そんなことはない。お客様だって、真剣につき合ってくれているという人もいるだろう。ならば、そこには、お客様の経営トップや幹部は、参加しているのだろうか。
「何とかしなさい」と、上から降ってきた指示や命令に、担当者が、追い詰められ、何をすればいいのかわからないままに、あるいは、何とかしたいがないままに、「カタチ」を作るために、付き合っているだけではないのか。
少々、ひねくれたいいかただとは分かっているが、冷静に、そして客観的に現状を捉えて欲しい。本当に、そのコンサルは、案件につながるのだろうか。手間を掛けて、優秀な人材を割いて、コストを掛けて、お愛想程度の売上にしかならないとすれば、営業ツールとしても、効率が悪い。そんなことにはなっていないだろうか。
じゃあ、どうすればいいのかと、イライラしている人もいるだろう。そういう方には、大変申し訳ないのだが、「こうすればいい!」という正解はない。お客様にも正解はなく、こちらにも正解がない。DXとは、まさにそんな現実に向きあうことからはじめるべきなのだと、私は思っている。
でも、正解がないからと言って何もできないわけではない。まずは、DXやデジタル化などという看板を外すことからはじめるべきだ。そんな言葉は、しょせん弱虫が、「うちのクラスには、この学校で一番強い番長がいるんだぞ。おれは、そいつと仲良しなんだぞ!」と息巻いているようなものだ。自分にはできないから、DXやデジタル化などと耳障りのいい流行言葉で飾り立て、自分もその方面には強いのだとうそぶいているだけだ。
まずは、私心なく、お客様と対話することから初めてはどうだろう。自分たちに何ができるか、つまり、自分たちのスキルや体制、扱っている商材などは、一旦神棚に預けておこう。「これを売るために」という前提を忘れることだ。
対話とは、相手への敬意と共感から始まる。これまでの彼らの歴史を否定するのではなく、その苦労に思いを馳せ、いまの状況や悩みを聞き、それに頭を垂れる。次に、自分の中に浮かんだ疑問をぶつけ、それについて、整理し、また問いかける。そして、最後に、ならばこうしてはどうか、こんな取り組みがうまくいくのではないかと、自分の正解(の仮説)を相手に投げかけ、議論を深めてゆく。もちろん、その正解は、「お客様にとっての最適解」であり、自分たちのビジネスにとっての最適解になるかどうかは、無視することだ。
「過去」に共感し、「現在」を冷静に見つめ、「未来」を提言する。それが対話だ。
DXやデジタル化ありきではない。自分たちの商材ありきではない。業務手順や組織体制、業績評価制度や雇用制度、現行システムや自分たちへの不満や期待など、お客様の幸せのために、一緒になって、最適解を探すために対話する。DXやデジタル化、自分たちの商材は、その後の話である。
そんな対話から得られた最適解のほとんどは、案件に結びつくことはないだろう。それでも、お客様を一番に考えて向きあえば、まずは、仲間に入れてもらえる。お客様と一緒のチームになれる。たぶん、「共創」とは、そんなお客様との関係が土台になるのだと思う。
ビジョンや目的、自分たちにできることやできないこと、自分たちが知り得た知識や課題など、ありとあらゆるものをオープンに共有し、信頼関係を築き、お客様の仲間として、お客様と合意した「あるべき姿」の実現に向けて、ワン・チームで取り組むことだ。
予め用意された正解はない。だから、お客様と一緒になって、自分たちで正解を作る。
正解のない時代に、お客様が求めているのは、こういうパートナーだと思う。DXやデジタル化の看板など、どうでもいい。こういうことができる人間力こそが、最強の看板になる。
そんな人間力の本質は、誠実さだけではない。知識と見識、そして胆識が必要だ。
知識とは理解と記憶力の問題で、本を読んだり、お話を聞いたりすれば知ることのできる大脳皮質の作用によるものです。
知識は、その人の人格や体験あるいは直観を通じて見識となります。
見識は現実の複雑な事態に直面した場合、いかに判断するかという判断力の問題だと思います。
胆識は肝っ玉を伴った実践的判断力とでも言うべきものです。
困難な現実の事態にぶつかった場合、あらゆる抵抗を排除して、断乎として自分の所信を実践に移していく力が胆識ではないかと思います。
リーダーシップを発揮し、お客様の教師として、毅然と向き合える人材こそが、お客様が求めるパートナーになれる。
クラウドが当たり前の時代になり、製品やサービス、あるいは工数を売ることは、難しくなってゆく。ここで稼げるうちに、稼いでおくことは何も間違ってはいない。一方で、お客様は、正解のない時代に、正解を探している。結果として、何がビジネスになるのかは、依然、残るテーマではあるが、お客様にとってのかけがえのないパートナーになることが、これからの営業が目指すべき「あるべき姿」ではないだろうか。
最初に相談される相手
こう表現することもできるだろう。そうなれば、もはや競合は存在しない。自分たちができることとできないことを自分で仕訳すればいい。必要とあれば、お客様の取り組みを差配すればいい。
もちろん、たとえ案件にはならなくても、次の機会には、また「最初に相談される相手」になる。そんなお客様を沢山持てば、案件が、枯渇することはない。
流行言葉で自分を着飾ることはやめよう。DXなんてどうでもいい。そんなことより、プロフェッショナルとしての知識、見識、胆識を示し、「最初に相談される相手」になろう。
正解のない時代の営業は、「最初に相談される相手」になることだ。そして、お客様と一緒になって、正解を作ることに全力を尽くそう。それが、結果としてうまくいったら、「DX案件の事例」であるとか、「デジタル化の先進事例」という看板をつければいい。
正解のない空っぽの箱に、立派な看板をかかげて、「これ、ほしくありませんか?」とお客様を引っかけようというのは、姑息な手段だ。それよりも、「自分たちにも正解はないけど、一緒に正解を作りましょう!」と伝えるべきだ。そうやって、誠実にお客様に寄り添い、向きあい、空っぽの箱を自分たちで作った正解で埋め尽くそう。その実績を積み上げ、方法論にすれば、立派なコンサル商材にできる。その上で、「お客様のDXに貢献します」や「お客様のDXパートナーとして、お役に立ちます」というほうが、よほど説得力がある。
正解がなければ、正解を作るしかない。営業は、お客様の先生となり、正解を作る取り組みのリーダーにならなくちゃいけない。そんな営業が、これからは必要になるのだと思う。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第38期(10月6日〜)
次期・ITソリューション塾・第38期(10月6日 開講)の募集を始めました。
ITソリューション塾は、ITのトレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、そんなITに関わるカルチャーが、いまどのように変わろうとしているのか、そして、ビジネスとの関係が、どう変わるのか、それにどう向きあえばいいのかを、考えるきっかけになるはずです。
また、何よりも大切だと考えているのでは、「本質」です。なぜ、このような変化が起きているのか、なぜ、このような取り組みが必要かの理由についても深く掘り下げます。それが理解できれば、実践は、自律的に進むでしょう。
- IT企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
そんな皆さんには、きっとお役に立つはずです。
特別講師の皆さん:
実務・実践のノウハウを活き活きとお伝えするために、現場の最前線で活躍する方に、講師をお願いしています。
戸田孝一郎氏/お客様のDXの実践の支援やSI事業者のDX実践のプロフェッショナルを育成する戦略スタッフサービスの代表
吉田雄哉氏/日本マイクロソフトで、お客様のDXの実践を支援するテクノロジーセンター長
河野省二氏/日本マイクロソフトで、セキュリティの次世代化をリードするCSO(チーフ・セキュリティ・オフィサー)
最終日の特別補講の講師についても、これからのITあるいはDXの実践者に、お話し頂く予定です。
- 日程 :初回2021年10月6日(水)~最終回12月15日(水) 毎週18:30~20:30
- 回数 :全10回+特別補講
- 定員 :120名
- 会場 :オンライン(ライブと録画)
- 料金 :¥90,000- (税込み¥99,000) 全期間の参加費と資料・教材を含む
詳細なスケジュールは、こちらに掲載しております。