私は、年間100回を越えるITトレンドやビジネス戦略に関わる講義や講演をこなしているが、ここ数年、事業会社からの依頼が増えている。以前であれば、IT企業からのご依頼が多かったのだが、コロナ禍以降は、この傾向が特に顕著だ。その背景にあるのは、デジタルやITの戦略的な重要性が、事業会社にも認識されるようになったからであろう。また、リモートワークの浸透で、デジタルへの関心が、高まったこともあるだろう。
もちろん、これまでも、事業会社が、デジタルやITへの関心を持っていなかったわけではない。しかし、その目的は、効率化や利便性、あるいはコストの削減であって、情報システム部門の仕事であるとの意識が高かったように思う。
しかし、ここ数年、「社員のITリテラシーを高めたい」からという講義や講演のご依頼が増えている。
「うちの社員は、ITについてまったく何も分かっていません。ぜひ、彼らにいまの常識と、これからのトレンドについて、そして、どう向きあえばいいか、なにをすればいいのかについて、話をしてください。」
このような、ご依頼を頂く企業のほとんどは、並行して、システムの内製化にも、熱心であるように見える。その意図は、効率化や利便性、コストの削減ではない。事業の差別化や競争力の強化である。
このような取り組みは、事業の成果に直結するわけで、間接部門である情報システム部門ではなく、事業部門が直接責任を負う。しかも、デジタルを前提に新しいビジネス・モデルを作ることなので、予め正解が用意されてはいない。「既存の業務を基準に、30%コストを削減する」という目標値を設定することはできないし、何をすればいいかを仕様として確定させることはできない。
可能な限り早くリリースとし、お客様や現場のフィードバックをもらい、高速に改善を繰り返して、完成度を上げてゆく以外に、方法はないだろう。そうなれば、業績に責任を持つ事業部門が、ITについての専門的スキルを持つ人材を抱える必要がある。
ただ、このような取り組みは、業務の末端にいる人たちを巻き込まなくては、うまく機能しない。デジタルを前提に、新しいビジネスを作ろうというわけだから、その都度、デジタルやITの常識から話しをはじめなければならなかったり、ITのもたらす可能性を説明しなければ同意を得られなかったりとなれば、ビジネスのスピードを削ぎ、デジタルの価値を十二分に引き出せなくなってしまう。
社員のITリテラシーの欠如は、ITの戦略的な活用を阻害する要因だ。だから、全社員のITリテラシーの底上げと内製化の動きは、同期するのだろう。
SI事業者の中には、この現実を十分に理解していないところもあるようだ。「内製化の拡大」という現象面だけを捉え、ここにどのようなビジネス・チャンスを見出せばいいのかと考えている企業が、少なからずあるように見える。アジャイル開発やクラウドへの関心の高まりに、何とかせねばと考えていることも、同様のことだ。
先週のブログで述べたとおり、情報システム部門が生みだすシステム需要は、縮退することはあっても、拡大の余地はない。これからのITの需要の拡大は、事業部門が担うことになるだろう。つまり、IT需要の構造が大きく替変わってしまうということだ。社員のITリテラシーを向上させたいという意向は、ITに対する企業の考え方や需要構造の根本的な変化を示している。内製化は、そのひとつの現象に過ぎないということだ。
表面的な変化に対処しようというのは、咳が出るから咳止めの薬を飲むことと変わりない。咳が出る原因である病根をなくさなければ、ますます病気は進行し、やがては回復できないまでに悪化してしまうかも知れないのだ。
このような、需要構造の変化に、SI事業者が対処するには、次のような3つのシフトが考えられるだろう。
- 顧客チャネルを、情報システム部門から、事業部門や経営者へ
- 自社の強みを、組織力から、個人力へ
- 技術力を、作る技術から、作らない技術へ
顧客チャネルを、情報システム部門から、事業部門や経営者へ
ITに関わる意志決定は、事業部門や経営者へと重心を移しはじめている。ならば、案件獲得に当たっては、事業部門や経営者に、事業の成果への貢献について語らなくてはならない。どのような技術を使い、どれたけの工数が必要で、それにどの程度の期間が必要かではない。どのような戦略で、どのようなロジックで、自分たちは、お客様の事業にこれだけの貢献ができると伝える必要がある。そこに魅力を感じてもらうことができなければ、案件の獲得は難しい。
自社の強みを、組織力から、個人力へ
お客様の内製チームは、事業部門に所属する社員が主体だ。そんなチームの一員として、自分たちのスキルの不足を補完してくれる、あるいは、自分たちのスキル向上のための圧倒的な技術力を提供してくれる人材を迎え入れたいと考えるだろう。また、チームの一員としての人間性も求められる。同じビジョンを共有し、同じゴールに向かって、信頼し合える仲間として、参加してもらわなくてはならない。そうなれば、企業のブランドではなく、個人の名前で選ぶことになる。
企業ブランドの価値は、保険である。何かを任せたとき、確実に仕事を成し遂げてくれる保証を企業ブランドに期待するわけだ。大手SI事業者の存在意義は、そこにあったと言えるだろう。しかし、内製は、お客様自身が成果に責任を負う。大企業であることの保険は価値がなく、自分たちの事業の成果に資する個人のスキルやノウハウこそが価値となる。
人月80万円の基本レベルのスキルを持つエンジニアを100人集めるより、人月300万円の圧倒的なスキルを持つエンジニアが10人いたほうがいいと考えるわけだ。それが、事業の成果とスピードに直結するわけで、まさに個人力が価値となる。
従来のSI事業は、工数を増やし売上と利益を生みだすことをめざした。しかし、内製化への対処は、できるだけ少ない工数で、高い利益を得ることへと変わる。これは、SI事業者にとっては、根本的なビジネス・モデルの転換を迫られる話しだ。
技術力を、作る技術から、作らない技術へ
ITの需要は、なくなるどころか、ますます増えてゆくだろうし、その加速度も増してゆくはずだ。その需要に応えるには、できるだけ作らずに、いち早くITサービスを提供することしかない。
これまでSI事業者は、作る技術を磨き、そのスキルを持つ人材を増やすための育成に努めてきた。また、実績のある枯れた技術を使うことで、確実にシステムを作ることに取り組んできた。この考え方を大きく転換しなければならない。
最新の技術やサービスを目利きし、高速に試行錯誤を繰り返し、できるだけ作らずに成果をあげようというわけだ。SaaSやPaaS、サーバーレスやコンテナ、アジャイル開発やDevOps、ノーコードやローコードは、そのための手段である。つまり、「作らない技術」が、注目されている。
「作る技術」で工数を増やすことを事業目的としたままで、「作らない技術」の使い方を模索するというのは、そもそも無理がある。「作らない技術」を前提に事業目的を再定義し、ビジネス・モデルを作り直す覚悟なくして、需要の変化に対処することはできないだろう。
内製化にしろ、クラウドやアジャイル開発にしろ、それらは手段に過ぎない。手段に対処するための方法を考える前に、まずは、お客様の需要構造の転換という本質的な変化に目を向けるべきだ。
自動車の運転免許を苦労して取得しても、どこへ行くかが分からなければ、運転できることの価値はない。また、将来、自動運転が普及すれば、運転できることは、何の役にも立たなくなるだろう。それよりも、「移動」のあり方は、これからどうなるのかを考え、これにどう対処するかを考えることが、肝要であろう。
需要の変化の本質を見極め、それにどう対処するかを考えてはどうだろう。これまでのやり方で、収益を上げられるうちに、覚悟を決めて取り組むべきだ。そのためには、表面的な現象に対処するのではなく、その現象を生みだしている本質的な変化に対処することを考えなくてはならない。もはや、IT需要の構造変化に対処することを先延ばしにする理由はないように思う。
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