「お客様が内製化に熱心であることは承知しています。しかし、案件規模は小さく、どうしても優先順位が下がってしまいます。外部から工数を調達し、これをとりまとめることが、私たちの仕事ですから、規模が大きくできない案件では、雇用を維持できません。」
ある大手SI事業者の経営幹部から、このような話を伺った。まさに「イノベーションのジレンマ」で語られている「破壊的イノベーション」の典型事例が、SI業界では進んでいるようだ。
「イノベーションのジレンマ」とは、1997年にクレイトン・クリステンセンが提唱した経営理論の一つである。例えば、アナログカメラがスマートフォンに駆逐されてしまったのは、その典型的な事例であろう。
フィルムを装填して使うアナログカメラは、デジカメラやガラケーが登場しても、その光学性能の高さから使われ続け、高画質を求める顧客をつなぎ止めてきた。
一方で、携帯電話のカメラは、登場の当初は画質が悪く、まったく競争の相手ではなかった。むしろ、写真そのものを楽しむのではなく、「写メ(写真メール)」を楽しむという、これまでカメラを持つことのなかった人たちの新たな市場を生みだすことになった。
その後、スマホが登場し、搭載されるカメラの性能は格段に向上した。その結果、アナログカメラの性能を凌駕してしまった。カメラメーカーは差別化を図るために高度な光学性能を追求したデジタル一眼レフカメラを市場に投入したが、時既に遅く、カメラ市場は急速に縮小して、撤退を余儀なくされたメーカーもあった。
スマートフォンの登場と爆発的な普及は、写真の画質を向上させ、これに気軽に画像を共有できるSNSサービスが普及したことで、写真を撮ることだけではない新しい楽しみ方も定着していった。
カメラメーカーは、既存顧客のニーズを満たすために自社の製品やサービスの進歩に注力した結果、顧客が抱く別の需要に気付けず、異質の技術革新によって登場した新興企業に敗北することになってしまったのだ。
既存の市場で成功している企業にとっては、求められる技術水準が低く、許容される支払金額も小さい新しい市場には魅力がない。そのため、その市場への対応は先送りされてしまう。その間に、技術革新は、新しい市場を生みだすだけではなく、成功企業の顧客が求めていた機能や性能を満たし、その市場をも取り込んで成長拡大してゆく。その結果、後れを取ったかつての成功企業が敗退してしまう。これが、「イノベーションのジレンマ」である。
冒頭の大手SI事業者の言葉には、まさに「イノベーションのジレンマ」によって敗退を余儀なくされる「成功している企業」の現実が透けて見える。
このチャートは、顧客が求めているITに関わる技術力が、この10年でどのように変わってしまったかを説明している。
10年前は、大手SI事業者でなければ、顧客の求める技術力と人材を提供することができなかった。大手SI事業者は、まさに「成功した企業」であった。しかし、クラウド・サービスの充実と普及は、新たなITの需要を生みだし、10年前であれば、大手SI事業者に任せることが最善の選択肢であったことを、小規模の企業や内製でもできるようにしてしまった。
また、お客様によるシステムの内製は、SI事業者が担っていた仕事を、お客様が自分たちでやろうというわけだから、SI事業者にとっては、競合である。しかも、意志決定権限がお客様にある以上、これは圧倒的な競争優位であり、この競合に勝つことはできない。
「市場競争のルールが根底から破壊され、既存企業のシェアが奪われるほどの革新的なイノベーション」
クリステンセンは、これを「破壊的イノベーション」と呼んでいるのだが、まさに内製化の拡大は、SI市場における「破壊的イノベーション」と言うことができるだろう。
この破壊的イノベーションに対峙する概念として示されているのが、「持続的イノベーション」だ。この用語は、既存顧客のニーズに合わせ、自社製品やサービスの価値を向上させるために継続して生み出されるイノベーションを意味する。
多くのSI事業者の取り組みを見ていると、「持続的イノベーション」の手段として、クラウドやアジャイル開発を取り込み、既存のビジネスモデルを維持しようとしているように見える。これは、あきらかに誤った対処方法だ。
内製化への対処は、「持続的イノベーション」の延長線上ではできない。つまり、「中長期的に絶対的な品質と安定を実現できるシステムを作る」ことから、「短期間での立ち上げと変更への俊敏性を持ち、いち早くITサービスを提供する」ことへと需要が変わりつつあるわけで、既存のビジネス・モデルでは、新しい需要を満たすことができない。
もちろん、「中長期的に絶対的な品質と安定を実現できるシステム」が不要になるわけではない。しかし、従来であれば、自前でシステムを作ることしか選択肢はなかったが、クラウド・サービスがこれを代替できるようになった。その結果、この需要が相対的に減少することと、大手SI事業者以外にもできる小規模な事業者が増えてきたことで、競争の原理が大きく変わり、この領域での売上や利益を拡大することが難しくなってしまった。
一方、ITが効率化やコスト削減のための手段から、競争力や差別化を生みだすための手段であるとの認識が高まり、ITをコアコンピタンスとして育ててゆこうという意欲が高まっている。そのためにはシステムの構築や運用を自分たちでまかなうことが必要であり、システムの開発や運用についての専門的なスキルを持つ人材を採用したり育成したりするうごきが拡大している。
加えて、インフラやプラットフォームのようにビジネスに付加価値を生みださない機能の実装と運用の負担を回避し、差別化を生みだすためのアプリケーションの開発に注力したいと考える。内製の拡大に伴い、サーバーレスやPaaSの需要が高まり、アジャイル開発やDevOpsに関心が集まるのには、こんな背景があるからだ。
「作る技術を駆使してQCDを守ってシステムを構築するために、組織力で多くの人員を提供する」ことから、「できるだけ作らずにいち早くITサービスを立ち上げ、変更にも俊敏に対処できる技術力と人間力を持つ個人を提供する」ことへと、SIビジネスの軸足をシフトしなければならなくなったのだ。
ちなみに「人間力」をここに付け加えたのには意味がある。つまり、お客様の内製チームにメンバーとして関わってゆくには、仲間としての強い信頼関係で結ばれていなくてはならないからだ。それは組織や会社ではなく、個人に依拠することであって、「どこの会社に依頼する」のではなく「誰に依頼する」かが重要になる。もはや会社の看板ではなく、個人の看板、すなわち評価や実績、そして人間としての信頼感が求められるようになる。
お客様が、大きな会社だから安心だ考えるのは、仕事を丸投げする場合の保険のためだ。お客様が自ら責任を持つ内製化であれば、そんな保険に価値はなく、技術力があり信頼できる人材こそ、価値がある。その意味で、人間力はとても重要になる。当然に、人材育成のあり方も、変えてゆかなければならない。
このようなビジネス環境の変化は、沢山の社員を抱える大手SI事業者にとっては、雇用を維持できなくなる可能性があるからこそ、「破壊的イノベーション」となるわけだ。しかし、もはやどうしようもない。
この状況に対処するには、イノベーションのジレンマに陥っていることをまずはしっかりと自覚することだ。その上で、クリステンセンが述べているように、自らも「破壊的イノベーション」に取り組むことだ。そのための有効な手段として、彼は以下の戦略を提唱している。著書「イノベーションのジレンマ」には、、次のように書かれている。
- 破壊的技術を「正しい」顧客とともに育て上げること。この「正しい」顧客は必ずしも既存の顧客グループから見つける必要はない。
- 破壊的技術のインキュベーションは、小さな成功と少ない顧客獲得でも報いられる仕組みを持つ自律した組織の中で行うこと。
- 早く失敗し、正しい破壊的技術を見つけること。
- 破壊的イノベーションをミッションに持った組織に既存事業が有するリソースを全て使えるようにすること、その一方で当組織のプロセスや価値観は既存事業から切り離されるよう気をつけること。
ここに述べているようなことは、私に限らず多くの人たちが既に語っていることだから、何も目新しい話しではないだろう。残るは、やるかどうかであろう。難しい事情はいくらでもあるだろうが、破壊的イノベーションが進みつつある現実を、なかったことにはできない。それだけは、はっきりしている。
詳しくは、上記バナーをクリックしてください。
今年は、例年開催していました「最新ITトレンド・1日研修」に加え、「ソリューション営業の基本と実践・1日研修」を追加しました。
また、新入社員以外の方についても、参加費用を大幅に引き下げ(41,800円->20,000円・共に税込み)、参加しやすくしました。
どうぞ、ご検討ください。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー
【4月度のコンテンツを更新しました】
======
・「AIとロボット」を「AIとデータ」に変更し、データについてのプレゼンテーションを充実させました。
・戦略編をDXとそれ以外の内容に分割しました。
・開発と運用に、新しいコンテンツを追加しました
・テクノロジー・トピックスのRPA/ローコード開発、量子コンピュータ、ブロックチェーンを刷新しました。
======
研修パッケージ
・総集編 2021年4月版・最新の資料を反映
・DX基礎編 改訂
======
ビジネス戦略編・DX
- 【新規】データとUXとサービス p.17
- 【新規】デジタル×データ×AI が支える存続と成長のプロセス p.68
- 【新規】DXとは圧倒的なスピードを手に入れること p.72
- 【新規】IT企業とデジタル企業 p.155
サービス&アプリケーション・先進技術編/AIとデータ
- 【新規】データの価値 p.129
- 【新規】情報とビジネスインテリジェンス・プロセス p.130
- 【新規】アナリティクス・プロセス p.131
- 【新規】データ尺度の統計学的分類 p.135
- 【新規】機械学習とデータサイエンス p.136
- 【新規】アナリティクスとビジネス・インテリジェンス p.137
- 【新規】ビジネス・インテリジェンスの適用とツール p.138
- 【新規】アナリティクスのプロセス p.139
- 【新規】ETL p.140
- 【新規】データウェアハウス DWH Data Warehouse p.141
- 【新規】データウェアハウス(DWH)とデータマート(DM) p.142
*「AIとロボット」から「AIとデータ」に変更しました。
開発と運用編
- 【新規】クラウドの普及による責任区分の変化 p.25
- 【新規】開発と運用 現状 p.26
- 【新規】開発と運用 これから p.27
- 【新規】DevOpsの全体像 p.28
- 【新規】気付きからプロダクトに至る全体プロセス p.29
- 【新規】アジャイル開発のプロセス p.37
- 【新規】アジャイル開発の進め方 p.39
*ローコード開発については、RPAの資料と合わせてひとつにまとめました。
テクノロジー・トピックス編
- 【改訂】ブロックチェーン、量子コンピュータの資料を刷新しました。
- 【改訂】RPAとローコード開発を組合せた新たな資料を作りました。
下記につきましては、変更はありません。
- ITインフラとプラットフォーム編
- クラウド・コンピューティング編
- ITの歴史と最新のトレンド編
- サービス&アプリケーション・基本編
- サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT