相も変わらずDXが喧しい。そして、その多くが、本質からずれている。その原因は、とてもシンプルで、「芋虫の目で、蝶の世界を語ろうとする」人たちが多いからだろう。
先週のブログで次のようにその意味を表現した。
【参考】楽をしようとするな、他人に頼るな、自分で考えて実践しろ
「芋虫が見る世界と蝶が見る世界はまるで違うはずです。蝶が芋虫に自分の見ていること、感じていることを説明してもきっと伝わりません。蝶になって、はじめて、蝶の語る真実が、体験を通じて、実感として分かります。」
ブログばかりではなく、講義や講演でDXについて話をするとき、実践者たちの事例を紹介するようにしている。例えば、コマツ、トラスコ中山、三菱ケミカルHD、平安保険(中国)などを引き合いにだし、そんな彼らの取り組みを、私なりに考察し、その戦略的な意図や、彼らの苦労について目を向けるようにしている。それは、私自身が実践者ではないからだ。まさに芋虫だからだ。しかし、芋虫なりに蝶の世界を自分に引き寄せようと、心がけている。そして、そういう実践者を私の講義に招き、彼らに話をして頂くとともに、自分の「感じられない」ことについて質問をして、生の声を聞こうと努力している。
そうやって芋虫なりに、DXについて、文章やチャートを作ることで、その本質や精神を伝えようとしている。これは、後世の画家たちがキリストの受難を絵に描くようなことなのかも知れない。もちろん、そんな画家たちと比べるなどおこがましい限りだが、キリストの精神や意義を、その時代の人たちに伝えようとする想いだけは、似ているのかも知れない。
相変わらず、DXについて、次のような解釈がまかり通っている。
- デジタル技術を使って、業務の効率化や利便性を向上させること
- 新しいデジタル技術を使って、新規事業で業績に貢献すること
この両者に取り組むことに意味がないと言いたいわけではない。しかし、これらは、DXの成果である。DXとは、このような成果を当たり前に繰り返すことができる企業の文化や風土を企業に根付かせるための取り組みである。
変化のスピードが速く予測できない事態に遭遇する機会が増している世の中で、「効率化や利便性を向上させること」や「新規事業で業績に貢献すること」は、継続的に繰り返し行い、高速に改善し続けなければならない。業務プロセスの1つを効率化したとか、ひとつの新規事業を実現してしまえば、「DX完了」ではないはずだ。ならば、変化に俊敏に対応できる圧倒的なビジネス・スピードを獲得し、このようなことを繰り返し行えるできる企業へと変革することが必要である。DXとは、そのための手段である。
先に挙げた企業は、この点に於いて共通している。また、ガートナーやIDC、あるいはIMDの語るDXについての定義もまた、表現は異なるにせよ、この点に於いては、共通している。しかし、このような本質をどこか置き去りにして、結果あるいは成果である「効率化や利便性を向上させること」や「新規事業で業績に貢献すること」をDX戦略の目的に掲げた事業会社や、これを支援することをDX事業だとするSI事業者が、まだまだ多いように思う。
これは、キリスト像やマリア像を拝めば、御利益が得られると考えるようなものだろう。キリストの教えに従って、日常の生活を実践し、ものごとを考えることができなければ、御利益あるいは、心の満ち足りた生き方ができないのと同じようなものだ。DXを叫べば、業績が改善するわけではない。
私は、DXの本質をどのように伝えればいいかを模索し続けている。そのひとつとして、「DXの構造」というチャートをまとめてみた。DXの本質を理解するための助けになればと願っている。
先ず企業が問うべきは、自分自身のパーパス/存在意義である。その企業が、社会に必要とされる価値ということもできる。それがなければ、社会はその企業を必要としないわけだから、企業を存続させることはできないはずだ。それは、世間によくある経営理念と同じではない。具体的で分かりやすく、社会の共感を得られる表現であるべきだろう。抽象性に満ちた、自己満足の表現であってはいけない。
私たちは、イノベーションによって
社会に信頼をもたらし、
世界をより持続可能にしていきます。
これは、富士通グループのパーパスだが、このままではいけないとの強い危機感から、時田社長が旗振り役となって、改革を進めている。その旗印とも言えるのが、このパーパスだ。とてもわかりやすく、共感に満ちた表現となっている。
彼らの改革が途上であることは、彼ら自らも語るところではあるが、このパーパスを貫くことを社内外に示し、強引なまでに流れを作ろうとしていることは確かなようだ。このパーパスが、社員やお客様から共感を得る必要がある。もし、それがかなうのであれば、それがその企業の存在する価値であろう。ならば、その企業は、事業を成長させ、企業を存続させることが、社会にとっての価値になる。つまり、企業は、パーパスを貫くために、事業活動を展開することが、その企業の事業活動の目的となる。
ただ、このパーパスを貫くことは、容易なことではない。特に多くの企業が、直面する目下の課題は、「不確実性の高まる世の中で、不測の事態が起き続けていること」だろう。
この課題に対処する唯一の解決策は、「圧倒的スピードを獲得し、変化に俊敏に対応して、常に市場との最適な関係を維持し続けること」である。長期計画的にものごとを決めて、その通りに事業を展開すれば、企業は継続的に成長できる時代ではない。市場の変化に合わせて、戦略を動かし続けるしかないのだ。
そのための手段が、「デジタル」である。デジタルは、アナログな人や書類に頼ることよりも、「うまい、はやい、やすい」やり方である。つまり、デジタルは目的ではなく、企業がパーパスを貫くという目的を達成するために必要な、「圧倒的スピードを獲得する」ための有効な手段であるということだ。
【参考】デジタルとは何か
ただ、それはデジダル技術を駆使すればいいと言うことではない。デジタル技術を使いこなし、価値を引き出せるように事業を考え、組織の振る舞いや人の考えを変えていくことができなくてはならない。
例えば、半ば強制的に行われたリモートワークも、紙の書類にハンコを押すために、出社しなければならないとか、VPN経由では回線帯域が圧迫されるので、オンライン会議はビデオをオフにしなければならないといったように、旧態依然とした制度や仕組みに拘束され、デジタルの真価を発揮できないといったケースを経験した人たちは多いだろう。
こんなケースもある。高齢者のためのコロナ・ワクチン大規模接種がオンライン予約だけとなった。インターネットへの接続ができない、あるいはスマートフォンを持っていない/使えない人たちが多く、できる人たちに頼ったり、そもそも、諦めざるを得なかったりといった、人たちが数多くいた。せっかくのデジタルな仕組みがうまく機能せず、使えず、その価値が発揮できなかったわけだ。
デジタルを手段として、十分な価値を引き出すには、デジタル技術を駆使することと同時に、それを使いこなすことができる、企業の文化や風土を作らなくてはいけない。この両者をまとめるのなら、「デジタルを前提とした企業へと変革すること」であろう。
デジタル技術を駆使し、同時にそれを使いこなすことができる企業へと変革できれば、その結果として、次のような成果がもたらされる。
- ビジネス・プロセスの改善サイクルを加速し最適を維持
- 継続的なイノベーション創出
- 迅速かつ連続的な新規事業の立ち上げ
- UXの高速改善でサービスの魅力維持
- 顧客の期待を先取りするサービスの提供 など
このような成果は、お客様からの信頼を勝ち取ることにつながる。自ずと、その企業へのエンゲージメントが高まる。そうすれば、その企業の事業は成長し、企業は存続できる。つまり、パーバスを貫けるのだ。
DXとは、この構造を実現し、維持し続けることができる、企業に変わることだ。私は、DXの本質は、ここにあるのだろうと考えている。
SI事業者が、DXを新たなビジネスのきっかけにしようとすることは、何も悪いことではない。顧客の需要に応えることがビジネスの鉄則であれば、それは当然だ。しかし、DXの本質を自分たちができることにあわせて、都合良く解釈し、結果として、これまで同様に工数やライセンスを提供することに結びつけようとするのなら、それは、お客さまの価値を毀損する行為だ。このようなことは、厳に慎むべきだろう。ならば、どうすればいいか。
まずはこの本質に向きあい、自らがDXに取り組むことだ。つまり、芋虫の目から、蝶の目に変わる努力をすることだ。大変なことであろうし、リスクも背負う。その苦労こそが、お客様が是非とも手に入れたいノウハウである。
また、このようなDXの本質をお客様に教え、お客様とリスクを共有しながら、共に苦労することだ。これが「共創」だ。そのノウハウもまた、DXに取り組もうというお客様にとっては、手に入れたいはずである。
【参考】「内製化」と「脱自前主義」に向きあうための3つのシナリオ
かなり昔の話しである。中国の深圳にある半導体製造装置の工場を訪ねたとき、その工場に「工場内での飲食禁止!」と大きく標語が掲げられていた。工場長に、なぜこんな標語を掲げているのかと聞いたら、「誰も守らないからだ」と答えてくれた。
DXも同じである。DXなど叫ばなくても、この構造が当たり前にできるようになれば、DXなどと騒ぐ必要はない。まさに自分たちにできないからこそ、DXという言葉を掲げているのだろう。どうしても、DXのいまの喧騒に、あの工場を訪れたときの「なるほど」感が被ってしまうのは、私がへそ曲がりであるからに違いない。
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ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー
【4月度のコンテンツを更新しました】
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・戦略編をDXとそれ以外の内容に分割しました。
・開発と運用に、新しいコンテンツを追加しました
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研修パッケージ
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ビジネス戦略編・DX
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- 【新規】DXとは圧倒的なスピードを手に入れること p.72
- 【新規】IT企業とデジタル企業 p.155
サービス&アプリケーション・先進技術編/AIとデータ
- 【新規】データの価値 p.129
- 【新規】情報とビジネスインテリジェンス・プロセス p.130
- 【新規】アナリティクス・プロセス p.131
- 【新規】データ尺度の統計学的分類 p.135
- 【新規】機械学習とデータサイエンス p.136
- 【新規】アナリティクスとビジネス・インテリジェンス p.137
- 【新規】ビジネス・インテリジェンスの適用とツール p.138
- 【新規】アナリティクスのプロセス p.139
- 【新規】ETL p.140
- 【新規】データウェアハウス DWH Data Warehouse p.141
- 【新規】データウェアハウス(DWH)とデータマート(DM) p.142
*「AIとロボット」から「AIとデータ」に変更しました。
開発と運用編
- 【新規】クラウドの普及による責任区分の変化 p.25
- 【新規】開発と運用 現状 p.26
- 【新規】開発と運用 これから p.27
- 【新規】DevOpsの全体像 p.28
- 【新規】気付きからプロダクトに至る全体プロセス p.29
- 【新規】アジャイル開発のプロセス p.37
- 【新規】アジャイル開発の進め方 p.39
*ローコード開発については、RPAの資料と合わせてひとつにまとめました。
テクノロジー・トピックス編
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下記につきましては、変更はありません。
- ITインフラとプラットフォーム編
- クラウド・コンピューティング編
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- サービス&アプリケーション・基本編
- サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT