DXとは、事業収益を拡大するためのIT活用であり、SoE(System of Engagement)へのシフトであるという言説を聞きますが、それでは、十分に説明ではないように思います。
確かに、多くの企業にとって、ITは長らく、効率化やコスト削減の手段、すなわちSoR(System of Record)でしかありませんでした。それを担う情報システム部門もまた、そのためのスキルやノウハウを積み上げてきました。しかし、Web、モバイル、IoTの時代となり、ITを前提としたビジネス・モデルを実現し、収益を向上させることが、重要な事業課題と見做されるようになりました。
DXとは、そんなSoRへ偏りすぎたIT活用のモメンタムを、SoEに向けさせようとする号令であり、かけ声として、叫ばれているようになったのかもしれません。
しかし、DXの本来の意味を、歴史的な経緯から読み解けば、「圧倒的なビジネス・スピードを手に入れること」と言えるでしょう。
業界に突如として現れる破壊者たち、予測不可能な市場環境、めまぐるしく変わる顧客ニーズなど、ビジネス環境は、これまでになく不確実性が高まっています。ビジネス・チャンスは長居することはなく、激しく変化する時代にあってチャンスを掴むにはタイミングを逃さないスピードが必要です。スピードが企業の価値を左右します。競合もまた入れ代わり立ち代わりやって来ます。決断と行動が遅れると致命的な結果を招きかねません。だから、変化に即応するための「圧倒的なビジネス・スピード」が、必要となったのです。
SoEは、そんなビジネス環境の急速な変化に、迅速かつ柔軟に対処するための直接的手段となることから、DX=SoEといった解釈がなされたのかもしれません。しかし、「圧倒的なビジネス・スピード」は、SoEだけで達成できるわけではありません。SoRもまた、同じスピードで同期できなければ、会社全体で、「圧倒的なビジネス・スピード」を手に入れることはできません。
SIビジネスが、これまで、SoRに偏っていたことは、否めない事実ですが、それはまた、お客様である事業会社の需要も、そこに偏っていたからです。しかし、お客様は、このSoR偏重のITをSoEへとシフトさせ、両者の最適なバランスを実現しようと取り組んでいます。それが、昨今の動きであり、事業部門が主導する内製化が拡大する背景にあります。
ただ、SoRとSoEでは、業務の対象が異なるだけではなく、システム開発に求められる要求基準が大きく異なり、開発の手法や、そこに関わるヒトたちの文化もまた異なることから、SoR的なやり方をそのまま適応することができません。そのことが、内製化を拡大、加速させる原因であることは、先週のブログで詳しく取り上げた通りです。
しかし、SoEとSoRは、企業にとっては共に重要であること、また、そのスピードを同期させることが必要です。ここにこそ、これまでSoRに関わってきたSI事業者の強みがあるのだと、私は考えています。
モード1とモード2
ガートナーは、SoRに相当する情報システムのあり方を「モード1」、SoEに相当するものを「モード2」と呼んでいます。そして、それぞれには次のような特徴があると述べています。
モード1:変化が少なく、確実性、安定性を重視する領域のシステム
モード1のシステムは、効率化によるコスト削減を目指す場合が多く、人事や会計、生産管理などの社内ユーザーを前提とした業務が中心となります。そして、次の要件を満たすことが求められます。
- 高品質・安定稼働
- 着実・正確
- 高いコスト/価格
- 手厚いサポート
- 高い満足(安全・安心)
モード2:開発・改善のスピードや「使いやすさ」などを重視するシステム
モード2は、差別化による競争力強化と収益の拡大を目指す場合が多く、ITと一体化したデジタル・ビジネスや顧客とのコミュニケーションが必要なサービスが中心となります。そして、次の要件を満たすことが求められます。
- そこそこ(Good Enough)
- 速い・俊敏
- 低いコスト/価格
- 便利で迅速なサポート
- 高い満足(わかりやすい、できる、楽しい)
2つのモードの違いを理解して取り組むことの必要性
この両者は併存し、お互いに連携することになりますから、どちらか一方だけに対応すればいいと言うことにはなりません。その際に注意すべきは、従来のモード1やり方が、モード2ではそのまま通用しないことです。
モード1では「現場の要求は中長期的に変わらない」ことを前提に要求仕様を固めますから、仕様を凍結した後はビジネスの現場と開発を一旦切り離して作業を進めても、時間の経過にともなう要求仕様の変化が比較的少ないという特性があります。そのため、業務要件を確実に固め、要求仕様通りシステムを開発するというやり方でも対応できます。一方、モード2では、移ろいやすい顧客の志向やビジネス環境の不確実性にともなう変化に対応できなくてはなりません。そのため、事前に要件を完全に固めることはできず、開発の過程でも現場のフィードバックをうけながら、ニーズの変化に臨機応変に対応して、新たな開発や仕様の変更を受け入れなくてはなりません。
バイモーダルSIへの進化が求められている
SoE/モード2で顧客にリーチし購買に結びつけ、SoR/モード1で購買手続きを迅速、正確に処理しデータを記憶するといった連係が重要になってきます。もはや、企業の情報システムはSoR/モード1だけでは成り立たず、SoE/モード2への取り組みを合わせて進めなくてはなりません。
ただ、両者は、その特性の違いから、開発や運用の思想が違い、手法やツールも違います。この違いを理解して、両者を組み合わせて使いこなす必要があります。
ガートナーはこの組合せを「バイモーダルIT」と呼んでいます。しかし、両者は、往々にしてそこに関わる人たちの思想や文化の違いを生みだし、対立が起きやすいこともまた現実です。だからこそ双方に敬意を払いつつ、お互いの取り組みを尊重し、それぞれの違いを受け入れて、協調・連係する努力が必要です。
SIビジネスもまた両者を組み合わせて提供する「バイモーダルSI」へと、自らの役割を進化させる必要があるでしょう。
これこそが、SoR/モード1を主体に実績を重ねてきた企業の強みです。つまり、SoE/モード2への取り組みを磨けば、「バイモーダルSI」へと進化できるのです。一方で、ベンチャー企業の多くは、企業規模やリソースの制約から、需要が大きく伸びているSoE/モード2へと傾注せざるを得ません。彼らが体力を必要とするSoR/モード1に手を伸ばすことは容易なことではなく、「バイモーダルSI」を目指すこともまた容易なことではありません。
この強みを活かすことです。そのためには、SoE/モード2のスキルを磨き、体制を整えることです。そして、新しい取り組みや技術に取り組むベンチャー企業とも対等につき合って、お互いの価値を融合させ、「バイモーダルSI」を自らの強みに育ててゆくことです。
SoR/モード1を主体に実績を蓄積して企業にとっては、新たなチャンスの到来と受けとめるべきではないでしょうか。
「バイモーダルSI」の前提はERPにある
「圧倒的なビジネス・スピード」を手に入れるには、企業活動をリアルタイムに「見える化」することが不可欠です。そのためには、SoEのスピードと同期できるSoR基盤が必要になります。それが、ERPパッケージです。SAPのパッケージがS/4HANAへバージョンアップしたのは、これを容易にするためです。ところが、我が国では、その価値が、十分に活かされない事態になっています。
S/4HANAへのバージョンアップに際して、既存のカスタマイズやアドオンをそのままに、データを移行するやり方を”Brownfield”と呼びます。一方、新しいソフトウェア・パッケージに合わせて、業務プロセスを刷新し、データを移行するやり方を”Greenfield”と呼びます。このやり方でなければ、S/4HANAが目指すリアルタイム経営の基盤を実現することは、難しいと言えるでしょう。
DXを標榜するならば、これを機会に”Greenfield”を選択すべきは言うまでもありません。しかし、現実には、既に作り込んだ膨大なカスタマイズやアドオンを廃棄し、新たに作り替えるには、膨大なコストがかかります。それを乗り越えることは、容易なことではありません。しかし、ここを乗り越えなくてはなりません。経営者には、その覚悟と胆力を求められています。
SoRの進化なくしてDXの実現はおぼつかない
SI事業者が、「バイモーダルSI」を武器に、お客様のDXに貢献しようというのであれば、ここが、SoRの本丸です。これを訴求することなく、従前同様に工数が稼げるからと、お客様から求められたことを、そのままやってしまおうとするSI事業者に、DXを語る資格はないと思います。
なにも”Brownfield”が悪いことだと言いたいわけではなく、”Greenfield”も合わせて徹底して議論して、落とし所を見出すことを主導するのが、SI事業者の役割であろうと思うのです。ところが、S/4HANAの製品思想も十分に理解しないままに、安易な方策と工数需要の拡大に目が向き、お客様の未来の価値を議論していないとすれば、役割を果たしていないと言われても仕方がありません。
「バイモーダルSI」をDXと結びつけて考えるのであれば、ERPの次世代化は必須でしょう。DXの目指す「圧倒的なビジネス・スピード」を手に入れるには、SoRもまた「圧倒的なビジネス・スピード」で対処できなくてはなりません。漫然とこれまでのやり方を踏襲すれば、「バイモーダルSI」ができるわけではないのです。ERPの次世代化は、そのための有効な手段です。
ウォーターフォール開発であるか、アジャイル開発であるかを手法としてとらえるのであれば、適材適所で使い分ければいいでしょう。オンプレを使うのか、クラウドを使うのかもまた、アプリケーションの求める要件によります。どちらが絶対の正解であるかを決めることなど意味がありません。むしろ、そういう判断を、ダイナミックに、迅速かつ柔軟にできることこそが、「圧倒的なビジネス・スピード」の実現に有効です。
だから、「バイモーダルSI」に取り組むのであれば、モード1とモード2についての正しい理解と、お互いに対する敬意と信頼がなくてはなりません。そして、その相互関係の中で、両者を進化させてゆくことが大切なのだと思います。
例えば、モード2でアジャイル開発を極めれば、紙の仕様書は不要です。なぜなら、コードが徹底してリファクタリングされていれば、コードそのものが完璧な仕様書になるからです。同様のやり方は、モード1のウォーターフォール開発にも取り入れることができるはずです。そうなれば、コードと仕様が完全に一致します。両者を一致させるための手間もなければ、ミスや手抜きによるコードと仕様のズレも生じません。
あるいは、COBOLで書かれたSoRのAPIを、マイクロサービスにしておけば、SoEがら容易に利用でき、SoRとの連係も容易にできるはずです。最新のERPパッケージならば、この辺りの仕組みが予め用意されているので、両者の連携やスピードの同期は、もっと容易に実現できます。
SoRも進化させなくては、DXの実現はおぼつきません。「バイモーダルSI」のためには、SoEに取り組むだけではなく、SoRを進化させることにも合わせて向きあわなければなりません。
モード1に留まり、工数需要を求める限りに於いては、SI事業の未来はありません。だからこそ、モード1の経験を強みにSoRを進化させ、モード2にも対処できる「バイモーダルSI」へと、自分たちを進化させるべきなのです。
DXの看板を掲げるのであれば、「バイモーダルSI」であることを目指すべきです。お客様もまた、それを必要としています。それができるSI事業者は、圧倒的な強みを手中に収めることになるはずです。
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ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー
【4月度のコンテンツを更新しました】
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・開発と運用に、新しいコンテンツを追加しました
・テクノロジー・トピックスのRPA/ローコード開発、量子コンピュータ、ブロックチェーンを刷新しました。
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研修パッケージ
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ビジネス戦略編・DX
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- 【新規】DXとは圧倒的なスピードを手に入れること p.72
- 【新規】IT企業とデジタル企業 p.155
サービス&アプリケーション・先進技術編/AIとデータ
- 【新規】データの価値 p.129
- 【新規】情報とビジネスインテリジェンス・プロセス p.130
- 【新規】アナリティクス・プロセス p.131
- 【新規】データ尺度の統計学的分類 p.135
- 【新規】機械学習とデータサイエンス p.136
- 【新規】アナリティクスとビジネス・インテリジェンス p.137
- 【新規】ビジネス・インテリジェンスの適用とツール p.138
- 【新規】アナリティクスのプロセス p.139
- 【新規】ETL p.140
- 【新規】データウェアハウス DWH Data Warehouse p.141
- 【新規】データウェアハウス(DWH)とデータマート(DM) p.142
*「AIとロボット」から「AIとデータ」に変更しました。
開発と運用編
- 【新規】クラウドの普及による責任区分の変化 p.25
- 【新規】開発と運用 現状 p.26
- 【新規】開発と運用 これから p.27
- 【新規】DevOpsの全体像 p.28
- 【新規】気付きからプロダクトに至る全体プロセス p.29
- 【新規】アジャイル開発のプロセス p.37
- 【新規】アジャイル開発の進め方 p.39
*ローコード開発については、RPAの資料と合わせてひとつにまとめました。
テクノロジー・トピックス編
- 【改訂】ブロックチェーン、量子コンピュータの資料を刷新しました。
- 【改訂】RPAとローコード開発を組合せた新たな資料を作りました。
下記につきましては、変更はありません。
- ITインフラとプラットフォーム編
- クラウド・コンピューティング編
- ITの歴史と最新のトレンド編
- サービス&アプリケーション・基本編
- サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT