「業績の改善や向上」のためには「圧倒的なビジネス・スピード」が必要
「DXとは何か」についての解釈は様々ですが、「DXの目的」が、「業績の改善や向上」であることに疑問を持つ人はないでしょう。では、どうすればできるかです。それは、「圧倒的なビジネス・スピードを手に入れる」ことです。
米コロンビア大学ビジネス・スクール教授、リタ・マグレイスは、自著「The End of Competitive Advantage(邦訳:競争優位の終焉)」中で、ビジネスにおける2つの基本的な想定が、大きく変わってしまったと論じています。
ひとつは「業界という枠組みが存在する」ということです。かつて業界は変化の少ない競争要因に支配されており、その動向を見極め、適切な戦略を構築できれば、長期安定的なビジネス・モデルを描けるという考え方が常識でした。業界が囲い込む市場はある程度予測可能であり、それに基づき5年計画を立案すれば、修正はあるにしても、計画を遂行できると考えられてきたのです。
もうひとつは、「一旦確立された競争優位は継続する」というものです。ある業界で確固たる地位を築けば、業績は維持されます。その競争優位性を中心に据えて従業員を育て、組織に配置すれば良かったのです。ひとつの優位性が持続する世界では当然ながらその枠組みの中で仕事の効率を上げ、コストを削る一方で、既存の優位性を維持できる人材が昇進します。このような観点から人材を振り向ける事業構造は好業績をもたらしました。この優位性を中心に置いて、組織や業務プロセスを常に最適化すれば事業の成長と持続は保証されていたのです。
この2つの基本想定がもはや成り立たなくなってしまったというのです。
「市場の変化に合わせて、戦略を動かし続ける」
そうしなければ、企業のもつ競争優位性が、あっという間に消えてしまうこのような市場の特性を「ハイパーコンペティション」として紹介しています。いまビジネスは、このような状況に置かれています。
業界に突如として現れる破壊者たち、予測不可能な市場環境、めまぐるしく変わる顧客ニーズなど、ビジネス環境は、これまでになく不確実性が高まっています。そんな時代に、「長期計画的にPDCAサイクルを回す」といった従来のやり方では、成長はおろか、生き残ることさえできなくなりました。ビジネス・チャンスは長居することはなく、激しく変化する時代にあってチャンスを掴むにはタイミングを逃さないスピードが必要です。スピードが企業の価値を左右します。競合もまた入れ代わり立ち代わりやって来ます。決断と行動が遅れると致命的な結果を招きかねません。
新規事業に取り組まなければならないのは、このような状況に対処するためです。しかし、テクノロジーの進展は急速であり、競合の登場も突然ですから、その変化を直ちにデータ捉え、高速で試行錯誤を繰り返し、市場のフィードバックから、高速に改善を繰り返すことができなくてはなりません。この前提がなければ、新規事業もうまくいきません。
そんな時代ですから、変化に即応するための「圧倒的なビジネス・スピード」が、事業を存続させる前提条件になるわけです。DXとは、そのための能力を獲得するための取り組みと言えるでしょう。
デジタルは前提だがそれだけでは難しい
「圧倒的なビジネス・スピード」を手に入れるためには、デジタルが前提であることは、言うまでもありません。
例えば、多くの外資系企業は、2020年4月の緊急事態宣言が出される前に、リモートワークに移行しました。日本マイクロソフトのあるマネージメントに聞いたところでは、出社率は当初より1%以下であり、彼もほぼ1年以上、会社に行っていないとのことでした。それでも、会社の仕事は回っているし、売上や利益を伸ばしています。また、ある国内のIT企業も同様に、この事態に直ちに対応し、システムの構築や開発を問題なくこなし、売上や利益を増やしています。
彼らの業務プロセスに紙の書類はありません。年度末の決済を全てリモートで実現した企業もあります。打ち合わせも最小限で、ほとんどのコミュニケーションはチャットで済ませています。顔を出してのオンライン会議は、朝会や振り返りであり、親交や人間関係を深めるために、やるところも多いようです。
コロナ禍以前から業務のデジタル化が徹底していたからこそ、このような対応が直ちにできたわけです。
だからと言って、デジタル技術を使えば、誰でも同じことができるわけではありません。意志決定の仕方や雇用制度、組織・体制や業績評価基準など、デジタルを前提に業務の仕組みを最適化していたからこそ、このようなスピード感で、変化に対応できたわけです。
リモートワークに即応できたことだけをとりあげて、ビジネス・スピードが速いと言っているわけではありません。このような状況でも、システム開発などのこれまでの業務を支障なくこなし、さらには、コロナ禍に対応した既存サービスの機能拡張や新規サービスの立ち上げまでやっているのです。つまり、ビジネス環境が激変しても、これに即応し、支障なくビジネスを機能させ、成長させる能力を持っているわけです。
もちろん、このような仕組みを作ることができるのは、デジタル技術に精通した一握りのエンジニアたちです。しかし、彼らには何ができるかを正しく理解し、経営や事業の視点から、彼らの価値を引き出せるビジネス・プロフェッショナルがいなくては、うまくはいかないでしょう。また、事業の現場の当事者が、彼らがやろうとしていることを理解できなければ、ビジネスは動きません。デジタルに何ができるのか、なぜそんなことをやる必要があるのか、なぜそんなにもお金を掛けなくてはならないのかを説明することから始めなくてはならないとすれば、圧倒的なビジネス・スピードを得られるわけがありません。
ある証券会社で、新しいサービスを立ち上げようとしたとき、根回しや稟議に6ヶ月がかかったそうです。システムはアジャイル開発、クラウドのサーバーレス・サービスを使い、スタートから3週間でサービスがローンチしたそうです。
「デジタルは当然、なるほど、それなら大丈夫」
そんな判断と合意を直ちに得られる、常識が全社員に共通にあって、初めてデジタルはスピードを生みだすのです。社員全員が、デジルタル・リテラシーを持つ必要があるのは、このような理由からです。
デジタル・リテラシーの3つのレベル
デジタル・リテラシーには、3つのレベルがあります。
レベル1:基礎は、デジタルの役割や価値を理解しテイルレベルです。それらをどう使えば、業務を改善できるのか、業績に貢献できるのかを理解できる程度の知識を持つことです。自分でデジタルを使った仕組みを作れなくても、作れる人たちと会話でき、その価値やリスク、自分たちは何をしなければならないのかを理解できるレベルです。もちろん、スマホやパソコン、zoomやTeams、Slackなどのオンライン・サービスを使えることは前提になるでしょう。
次のレベル2:実践は、自分でシステムを作れる程度のスキルを持っているレベルです。もちろん、高度なプログラム言語を駆使して、システムを開発する必要はありません。クラウド・サービスをうまく組み合わせれば、自分の業務に関わる仕組みくらいなら、作ることはできます。最近は、ローコード開発ツールが充実してきましたから、かなり高度なことまで、業務の最前線の人たちが、自分で作ることもできるようになりました。
業務の現場の当事者こそが、どうすればいいのかを一番よく知っています。その人が、他人に説明して作ってもらうことなく、自分で作れば、あるいは日々の改善ができれば、ビジネス・スピードは、当然早くなります。
最後のレベル3:専門は、プログラム言語やシステム・コマンドを使いこなし、システムの設計や開発、運用などができるなどの専門的なスキルを持っているレベルです。エンジニアと言われるITの専門職の人たちです。但し、ITといっても「昔ながらのIT」しか使えないエンジニアでは、DXに取り組むのは、難しいでしょう。アジャイル開発、DevOps、クラウド、サーバーレス、コンテナ、マイクロサービスなどの「モダンIT」に精通していることが前提になります。
もちろん、「昔ながらのIT」に意味がないとか、価値がないとか言いたいわけではありません。むしろ、業務の根幹は、そんなITに支えてられているわけですし、それがなくなることもありません。しかし、テクノロジーの進化は、日進月歩です。当然、「モダンIT」を前提にしなければ、できることもできませんし、コスパも悪くなります。また、「昔ながらのIT」と「モダンIT」では、前提となる文化や感性が違いますから、その違いを正しく理解しなければ、うまく使いこなすことはできません。
両方を使いこなせるならば、それが一番です。ただ、なかなかそれは容易なことではありません。お互いが理解しあい、敬意を持って協力して使いこなしてゆくことが大切だと思います。
そういう意味で、私は「昔ながらのIT」のことを、敬意を込めて「レガシーIT」と呼ぶことにしています。
どのレベルのリテラシーを持つべきかは、立場や役割によって違うでしょう。どのレベルの人を「DX人材」というのか、言わないのかも、議論はあるでしょうが、こういう3つのレベルで捉えれば、育成や採用の戦略も立てやすいのではないかと思います。ただし、少なくとも全社員をレベル1にすることは、最優先で取り組むべきではないかと思います。
ついでながら、デジタル・リテラシーを持っているから、それがDX人材であるという解釈に、私は賛同できません。そもそも、企業文化やビジネス・モデルの変革を目指すことで、業績を改善することが、DXなわけです。ここで述べたとおり、デジタルは前提ですが、それは手段であり、ビジネスの仕組みの前提にすぎません。それを事業や経営に結びつけるとなると、経営や事業についての知識や能力、ファシリテーションや組織運営の能力も必要です。
ただ、レベル1のリテラシーもなければ、古き良き時代の方法論や発想でしか考えられませんから、DX人材にはなりません。つまり、デジタル・リテラシーは、DX人材の必要条件ではあっても、十分条件ではないと言うことです。
このような話をすると、「私は昔の人間だから、こういうことはよく分からなくて」とか、「あまりにも変化が早いのでついていけない」などと言い訳をする人がいます。しかし、それは、新幹線があるのに、東海道本線の鈍行で大阪に行きますと言っているのと同じです。趣味で楽しむならいいのですが、このようなことを平気で言うというのは、「私はビジネスに興味がない」と言っているようなものですから、やめておいた方が良いと思います。
全員が、新幹線を作れるレベル3になる必要はありません。せめて新幹線の経路や速さを知り、その乗り方や到着時間を知っている程度のレベル1になっておかなければ、仕事にならないとの自覚は、持ってほしいものです。
「DXに取り組む」とか、「DXを実践する」は、大いにけっこうですが、この前提なくして、すすまないことだけは、確かだと思います。
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今年は、例年開催していました「最新ITトレンド・1日研修」に加え、「ソリューション営業の基本と実践・1日研修」を追加しました。
また、新入社員以外の方についても、参加費用を大幅に引き下げ(41,800円->20,000円・共に税込み)、参加しやすくしました。
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ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー
【4月度のコンテンツを更新しました】
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- 「AIとロボット」を「AIとデータ」に変更し、データについてのプレゼンテーションを充実させました。
- 戦略編をDXとそれ以外の内容に分割しました。
- 開発と運用に、新しいコンテンツを追加しました
- テクノロジー・トピックスのRPA/ローコード開発、量子コンピュータ、ブロックチェーンを刷新しました。
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研修パッケージ
- 総集編 2021年4月版・最新の資料を反映
- DX基礎編 改訂
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ビジネス戦略編・DX
- 【新規】データとUXとサービス p.17
- 【新規】デジタル×データ×AI が支える存続と成長のプロセス p.68
- 【新規】DXとは圧倒的なスピードを手に入れること p.72
- 【新規】IT企業とデジタル企業 p.155
サービス&アプリケーション・先進技術編/AIとデータ
- 【新規】データの価値 p.129
- 【新規】情報とビジネスインテリジェンス・プロセス p.130
- 【新規】アナリティクス・プロセス p.131
- 【新規】データ尺度の統計学的分類 p.135
- 【新規】機械学習とデータサイエンス p.136
- 【新規】アナリティクスとビジネス・インテリジェンス p.137
- 【新規】ビジネス・インテリジェンスの適用とツール p.138
- 【新規】アナリティクスのプロセス p.139
- 【新規】ETL p.140
- 【新規】データウェアハウス DWH Data Warehouse p.141
- 【新規】データウェアハウス(DWH)とデータマート(DM) p.142
- *「AIとロボット」から「AIとデータ」に変更しました。
開発と運用編
- 【新規】クラウドの普及による責任区分の変化 p.25
- 【新規】開発と運用 現状 p.26
- 【新規】開発と運用 これから p.27
- 【新規】DevOpsの全体像 p.28
- 【新規】気付きからプロダクトに至る全体プロセス p.29
- 【新規】アジャイル開発のプロセス p.37
- 【新規】アジャイル開発の進め方 p.39
- *ローコード開発については、RPAの資料と合わせてひとつにまとめました。
テクノロジー・トピックス編
- 【改訂】ブロックチェーン、量子コンピュータの資料を刷新しました。
- 【改訂】RPAとローコード開発を組合せた新たな資料を作りました。
下記につきましては、変更はありません。
- ITインフラとプラットフォーム編
- クラウド・コンピューティング編
- ITの歴史と最新のトレンド編
- サービス&アプリケーション・基本編
- サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT