IT企業とデジタル企業の違い
IT企業とデジタル企業について、私は次のように区分している。
- IT企業とは、ITリソースを提供する企業
- デジタル企業とは、ITを前提に事業の成果に貢献する企業
それぞれについて特徴を整理すると次のようになるだろう。
IT企業:
存在意義:ITに関わるスキルや人材を顧客の要望に応えて提供できること
事業内容:ITを使ったシステムの構築、システムを止めないための運用管理、改善のための保守や改修など
事業目的:ITに関わる製品やサービス、ITスキルを持つ人材を、顧客の要望に応えて確実に提供することで、顧客の満足を見たし、売上や利益を最大化すること
事業課題:コスト削減、品質維持、納期減収、失敗回避、顧客要望への完全な対応など
デジタル企業:
存在意義:デジタル(ITおよび、それに伴うビジネスや社会の変化)を前提に既存事業の変革や新しい事業を実現すること
事業内容: デジタルを前提とした、事業の再定義や新規事業の実践。あるいは、そのスキルやノウハウの顧客への提供など
事業目的:デジタルを前提とした事業の再定義や新規事業の実践し、事業の定着と拡大を図るとともに、新たに市場を創出して、売上や利益を維持、拡大すること
事業課題:経営や事業とITを結びつけて感が得られる人材の採用や育成、プロダクト・マネージメント能力の向上・維持、提言力やアウトプット能力の向上、人的ネットワークの拡大など
デジタル企業の勢いが止まらない
このように見ていくと、一般的なITベンダーやSI事業者の多くは、「IT企業」の範疇であろう。一方で、「デジタル企業」は、必ずしも、ITベンダーやSI事業者であるとは限らない。
例えば、建設機械メーカーのコマツ(株式会社 小松製作所)が、SMART CONSTRUCTIONというサービスを提供している。建設機械に組み込んだセンサーやドローンを駆使して、建設現場をデータで「見える化」し、建設作業の効率化や安全の確保、さらには土木工事の自動化を見据えたサービスを提供している。
また、トラスコ中山は、建設現場や工場に必要な工具などのプロツールを専門に扱う商社だ。彼らは、現場からの注文が入れば直ぐに届けるために、物流のスピード・アップを図ってきた。しかし、天候の急変や想定外の計画変更が日常茶飯事の現場では、これまでのやり方のままでは、顧客の期待に応えられないことに気がついた。そこで、必要と見込まれるプロツールを予め現場に揃えて置いておく「MROストッカー」というサービスを始めた。使った分だけ後で請求するという「富山の薬売り」サービスをプロツールに適用した。このようなサービスを実現するために、リアルタイムでの需給状況の把握、天候や工事の進捗に応じた的確な需要予測など、高度なITを駆使している。
他にも、クレディセゾンは、矢継ぎ早に新しいサービスをリリースし、顧客の拡大と利用金額の増加に大きく貢献している。例えば、利用金額に応じて” 現金1万円が当たる応募券が当たる”「お月玉」サービスやゲーム愛好者に魅力的な「ゲーミングカード」などだ。カード・システムの本体は、レガシーなシステムながら、APIをマイクロサービス化して、クラウド・サービス上で実装することで、開発スピードと保守や機能拡張の俊敏性を高めている。そのために、それができる人材を採用し、さらには、システムの開発や運用の未経験者を社内で公募し育成して、デジタルを前提に事業の成果に大きく貢献している。
また、SI事業者として世間的には見られている企業の中にも、デジタル企業への転換に向けて取り組む企業が登場している。例えば、日本ユニシスは、2009年から、電気自動車(EV)の充電スタンド事業を展開している。さらにブロックチェーンを使って「間違いなく非化石に由来するエネルギー」であることを証明する「非化石証書」を発行し、二酸化炭素排出ゼロに取り組む企業に貢献している。
日本ユニシスのように、自分たちの事業として、デジタル・サービスを提供している企業は少ないが、これまでに積み上げたITの知見を生かして、デジタル企業へと転身を図ろうというIT企業の取り組みは、注目に値する。
また、日立製作所 LUMADA、独SIEMENS MindSpere、米GE Predixなどの製造業の事業会社が提供するプラットフォーム・サービスは、これまでのIT企業の事業領域ともオーバーラップするところが少なくない。このようなサービスが、今後普及してくるであろうことは、想像に難くない。
失われつつある「IT企業」の存在意義
かつて、企業には、「タイピスト」という仕事があった。その仕事は、ワープロソフトに置き換わり、いまでは誰もが自分たちで文書作成をしている。それは、文書作成のための簡便なツールが登場したことで、ビジネスの最前線と文書作成とのタイムラグを無くし、ビジネス・スピードに同期させることができるようになったからだ。現場を一番よく知る当事者が文章を作成する、あるいは修正することで、ビジネス・スピードを上げられる。ネットの情報を使い、あるいは、アーカイブされている社内文書を流用することで、文書作成の効率と変更への俊敏性を手に入れることができる。
同様に情報システムは、「情報システム部」に任されていたが、クラウド・サービスやローコード開発ツールの普及により、業務の現場でも、かなりのことができるようになった。ワープロの普及と同様に、ビジネス・スピードを上げることに効果を上げ始めている。
こうなるとIT企業の事業内容である「ITを使ったシステムの構築、システムを止めないための運用管理、改善のための保守や改修など」は、クラウド・サービスやローコード開発ツールに置き換えられることとなり、IT企業の存在意義を低下させてしまうだろう。
DXをお客様に叫ぶこともいいが、まずは、自分たちの存在意義/パーバスを再定義すべきだ。そして、「IT企業」から「デジタル企業」への転換に取り組むことを、始めてはどうだろう。
「IT企業」から「デジタル企業」へ変わるための筋道
「IT企業」の社会的なニーズがなくなるとか、仕事がなくなるとか、申し上げているわけではない。「IT企業」のままでは、未来が描けないと申し上げているだけだ。確かに、「IT企業」としての仕事の需要は、当面なくなることはないし、いまも確実に収益を上げているだろう。しかし、この領域の仕事は、クラウドや自動化との競合になっている。また、これからの最強の競合は、台頭しつつあるのは、お客様による「内製化」であろう。上記に紹介した「デジタル企業」は、自らが開発や運用の部隊を持って内製化している。それは、変化の激しい時代に生き残るための「圧倒的なビジネス・スピード」を手に入れるためだ。そうなれば、IT企業の事業目的である「ITに関わる製品やサービス、ITスキルを持つ人材を、顧客の要望に応えて確実に提供することで、顧客の満足を見たし、売上や利益を最大化すること」は、お客様との利益相反関係になる。
「IT企業」として、この状況に対応するには、「受発注型取引」中心の仕事のやり方から、「共創型取引」への対応を拡大し、お客様の内製化需要に対応することだろう。詳細については、こちらをご覧頂きたい。
この取り組みをきっかけとして、「IT企業」から「デジタル企業」への転換を模索するのは、現実的なアプローチかも知れない。
テクノロジーが進化すれば、人の考え方や行動様式、価値観が変わり、ビジネスのカタチも変わるのは当然だ。例えば、スマホの登場により私たちの日常は、この10年ほどでまるで変わってしまったのは、多くの人が実感しているだろう。当然、ITに関わる顧客の期待や、開発と運用のやり方も、大きく変わってしまった。それにもかかわらず、これまでと同様のビジネス・モデルが、通用する(してほしい)と考えることは、時代錯誤も甚だしい。
「ウォーターフォール開発、運用管理の受託・派遣業務、オンプレミス」が、「アジャイル開発やDevOps、クラウド・コンピューティング」へと変わっているのに、いままでのスキルやビジネス・モデル、契約形態などをそのままに、あるいは少し手直しして、適用しようなどと考えているならば、もはやそれはオワコンである。
「IT企業」から「デジタル企業」への転換は、経営者の良識と覚悟が必要だ。それを支えるために、現場は声を上げるべきだ。そして、まずは自分たちにできることで、現場を変えてゆくことだ。
自分たちの未来にとって「正しいこと」をすれば、必ず共感者が集まる。そういう人たちが、一定数を超えたとき、大きな変化が生まれるのは、企業改革の王道であろう。抵抗勢力の圧力もあるだろう、まわりの無理解もあるだろうが、それを乗り越える「正しいこと」への確信と執着こそが、変革の原動力だ。
それでも変わらない、あるいは、経営者自身が変わろうとしないのなら、そんな会社は辞めてしまえ。「正しいこと」を貫いた信念と積み上げられたスキルや知識、そして感性があれば、どこへ行くにも困らない。ただ、そういうことをしないままに、聞きかじりのま知識で、批判だけしてケツをまくっても、また転職した会社で同じことを繰り返すだけだから、それは辞めた方がいい。
「IT人材」から「デジタル人材」へ変わるのは子どもたちのためだ
「IT企業」から「デジタル企業」への転換は、企業だけのことではない。「IT人材」から「デジタル人材」へと変わらなければ、「デジタル企業」にもなれないし、そういう企業で役割を果たすこともできない。
IT、すなわち「デジタル技術を使いこなす」からデジタル、すなわち「ITを前提にビジネスの価値を創出する」ことを、いま社会が求めている。そんな社会のニーズに応えられる企業や人材になることだ。それは、会社のためや自分のためだけではない、日本や世界のためだ。ITの価値を、これまでにも増して世のため人のために使うには、ITからデジタルへ、企業も人も、自らの役割を変えなくてはならない。そして、なによりも自分の子どもたちの世代のために、取り組むべきことであろう。
【参考】先週のブログ”「ぼっち仕事」の時代がやって来た”