DX人材について、語られることが増えている。しかし、その多くが、DX人材=ITエンジニア、例えば、プログラマーやシステムエンジニアと区別ができない。データサイエンティストもDX人材の一翼を担う。中には、PCの設定や運用管理、ExcelやRPAができる「DX人材」を育成し派遣すると謳う企業も現れた。
ITやデータを扱う知識やスキル、あるいはIT業界での経験が少しでもあれば、事業会社で「DX人材」と呼ばれる時代になってしまった。なんとも、残念な話しだ。
事業会社が、そんなDX人材の育成や採用に熱心なのは、「言い訳のため」であるのかもしれない。
「世間のDXブームに遅れるな」と、その本質を突き詰めることなく、経営者が現場に対応を求める。DXに取り組めと上から降ってきた現場は、それを、デジタル技術をもっと積極的に使うことだと受け止める。デジタル技術と不可分なキーワードは「データ」であるが、「データを活かせない企業はクソである」くらいの社会的雰囲気もあり、「データの積極的な活用」という、なんとも曖昧な目的も加わり、DXという言葉のイメージができあがってしまう。
しかし、事業部門や経営にとって、最も大切なことは、事業収益の拡大であろう。それと「デジタル技術とデータの活用」が、どう結びつくかが曖昧なままに、そこにお金や時間を割けと言われても本気に取り組めるわけがない。
そんな中で、ITを知らないDX推進部門や業務を知らないIT部門が、全社のDXの推進を任されることになるので、もはや身動きがとれなくなってしまう。当然、DXが何かの社内の十分なコンセンサスもなく、事業の成果へのコミットもない。しかし、DX推進部門やIT部門としては、DXに取り組んでいることを社内外に示さなくてはならない。その言い訳のために、「DX人材」という実態の曖昧な虚構を築き「言い訳のために」採用や教育に積極的な姿勢を示しているのではないか。
「言いがかりだ」とお叱りを受けるかも知れない。むしろ、そうあって欲しい。「言いがかりだ」といえるほどに、DX人材の育成や採用が、業績の向上に大きく貢献している企業が増えることを願わずにはいられない。
そもそも、「DX人材」とは何かを理解するためには、DXについての理解が必要であろう。その上で、それを実現するために、いかなる知識やスキルが必要かを定義する必要がある。そして、知識やスキルの土台となるマインド・セットについてもはっきりさせておくことだ。
そのあたりを整理してみようと思う。
まず、DXとは何かを考えてみよう。こちらについては、これまでもこのブログで、歴史的な経緯を踏まえながら、解釈を試みてきたが、それらを集約すると、次のようになる。
「DXとは、デジタル技術を前提に、ビジネス・プロセスやビジネス・モデルを変革し、業績を改善すること」
「デジタル技術を前提に」とは、デジタル技術を使って業務を効率化することや、新しい事業を立ち上げることと、同じではない。デジタルが当たり前の世の中になり、ビジネスの仕組みばかりではなく、人々の価値観や社会の仕組みが、大きく変わりつつある現実を前提に、ビジネスを再定義することを意味している。
そのためには、デジタル技術の動向を的確につかみ、最大限に活かすことだ。ただ、それは、技術を使えばいいということではない。
- 人の経験や勘に頼っていた判断をデータに基づく判断に変えなくてはならない。ま
- 何ヶ月もかかる稟議に意志決定の多くを頼っていたが、これを可能な限り現場の最前線に委譲し、変化に俊敏に対応できるようにしなくてはならない。
- 働く場所や家庭の事情に応じた働き方の選択肢を拡げ、従業員の能力を最大限に発揮できる取り組みも必要となる。そのためには、時間や場所、仕事の内容を会社/組織の都合によって決められるのではなく、個人の意志と意欲によって決めることができなければならない。そのためには、雇用形態もメンバーシップ型からジョブ型への転換が必要となるだろう。
これは、個人の働くことへの価値観や会社との関係を大きく変えてしまう。このようにDXは、「技術ではない」ことが相当にあり、こちらも合わせて取り組まなければ、DXの実現は難しい。
そんな、DXを実践する、あるいは、事業の現場の伴走者として、変革を支援、あるいは主導するのが「DX人材」である。そんな、人材にどのような能力が求められるのであろうか。
「DX人材とは、デジタルを前提にビジネスを発想、企画でき、実現に向けてみずから実践するとともに、それに取り組もうという人たちに助言でき、伴走できる人材」
簡単にまとめれば、「デジタルの価値を理解した事業改革の請負人」ということになろうか。
彼らのミッションは、短期的には業績を改善することであり、長期的には、古びてしまった過去の成功モデルを、デジタル時代にふさわしい成功モデルへと企業の文化や風土を変革することだ。デジタル技術やデータを使うことは、その手段であり、目的ではない。
そんな、DX人材は、次のことができなくてはならない。
- デジタル技術の全体像について、体系的かつ網羅的に把握し、デジタル技術に関わるキーワードが、抵抗感なく正しく使える。
- デジタル技術と自分たちの仕事の関係、あるいは、自分たちの仕事にデジタル技術をどのように活かせばいいのかを、自分たちで考え、議論できる。
- 人にも指導できるレベルで、改革実践のノウハウを修得している。
- 自分の事業プランを策定できる。
プログラミングやシステム構築のスキルがあれば、あるに越したことはないが、それ以上に大切なことは、経営や業務についての興味関心であろう。もう少し、厳密に言えば、経営や業務の課題を的確に見抜き、ビジネス・モデルやビジネス・モデルをどのようにすれば、業績を改善できるかを考える能力、あるいは、センスである。
デジタル技術は手段である。しかし、それは、電話やFAXでいいということではない。パソコンが登場してWebや電子メール、Webミーティングができようになるとこで、働き方や生産性が劇的に向上したように、あるいは、AIやクラウドを駆使することで、業務のあり方が、根本的に変わってしまったように、新しい手段を駆使すれば、ビジネスの土台は大きく変わる。
そんな時代の常識に常に高い感度を持ち、どうすれば業績の改善につなげられるかを考える脳内回路を持つことが大切だ。それは、必ずしも、ブログラミングやシステム構築の技術やスキルがあればいいという話しではなく、それがなくてもできるだろう。
マインド・セットについては、単純明快だ。
「お客様と社員の幸せに貢献することで事業の成果をもたらす」
この言葉に尽きる。社内の抵抗勢力や既存業務のしがらみの中、この言葉を貫くために、何をすることが正しいことかを、実に考え、ぶらさない信念を持つことだろう。
DX人材の採用にITの知識やスキルを前提に求めるのは、いかがなものかと思う。むしろ、事業や経営の課題を見抜く能力やセンスを重視すべきだ。ITの技術やスキルは、ここに述べたようなDX人材の要件を踏まえて教育すればいい。むしろ、他の企業や業界の文化や感性を持ち、自分たちにはない視点を提供してくれる人材、それぞれの分野の実務能力に長けた人材、上記のマインドセットを持った人材を採用すべきだろう。
あるいは、社内事業部門で、上記要件を満たす「持って行かれては困る」と部門長が文句を言うほどの人材にITや企画、戦略、データ活用のスキル、ITの常識を磨かせることの方が、現実的かも知れない。
DXなどという言葉で、なんとなく納得し、なんとなくその気になるのは、もう辞めようではないか。むしろ、企業としては、当たり前の「業績の改善」に、もっと真摯に向き合うべきだ。
それは、「DXは、ただのバズワードだ」とか「意味がない、間違っている」といいたいのではない。言葉の定義やコンセンサスを作ることに無駄な時間を費やすよりも、「業績の改善」のために何をすればいいのかの一点にのみ集中すべきだ。定義や解釈というものは、分かっている人が分かっていればいい。言葉を押しつけても意味がない。むしろ、本質を知らず、言葉だけを知って知ったつもりの人が増えてしまうほうが、始末が悪い。結果として、業績が改善し、「なるほど、これがDXか!」と気付いてもらえればいいではないか。
そんな「業績改善の取り組み」を指揮し、あるいは事業部門の取り組みを伴走する人材が「デジタルの常識」を持ち合わせていればいい。それこそが、「DX人材」のあるべき姿ではないかと思う。