「イノベーションを生みだせ」と言われて、あなたは、それができるでしょうか。
イノベーションとは「新結合」による「創造的破壊」である
「イノベーション」は、「新技術を発明すること=技術革新」とは、異なる概念です。本来の意味は次のようになります。
新しい技術、新しいアイデアが活かされ、製品やサービス、仕組みとして市場に投入され、消費者にも受け入れられて企業は利益を得、社会は新しい価値を享受できるようになるという概念
技術革新だけならイノベーション(innovation)ではなく発明(invention)です。また、イノベーションのことを、「技術革新」と技術に限定して使われたのは1958年の『経済白書』においてでした。その当時の日本経済は、まだ発展途上にあり、技術を革新すること、あるいは改良することがきわめて重要視されていた時代であったことを考えれば、経済発展は技術によってもたらされると考えるのが普通であったのかもしれません。しかし、成熟した今日の日本経済においては、技術に限定しすぎた受け止め方が、新たなイノベーションの妨げになっているといえるかもしれません。
innovationの語源を調べると15世紀のラテン語innovatioに行き着きます。inは「中へ」、novaは「新しい」、これらを組み合わせて、自らの内側に新しいものを取り込むという意味になるのだそうです。
ただ、これに上記のような意味を与えられたのは、20世紀前半に活躍した経済学者シュンペーターです。彼は1912年に著した『経済発展の理論』の中で、イノベーションを「新結合(neue Kombination/new Combination)」と呼び、以下の5類型に分類しています。
- 新しい財貨の生産 プロダクト・イノベーション
- 新しい生産方法の導入 プロセス・イノベーション
- 新しい販売先の開拓 マーケティング・イノベーション
- 新しい仕入先の獲得 サプライチェーン・イノベーション
- 新しい組織の実現 組織のイノベーション
イノベーションとは、以上の5つに分類される変革を実現するための新しい「結合」であり、それは新しい価値の創造、社会での活用・普及につながり、社会的な新しい価値を生み出すプロセスだと説明しています。
少々おこがましいのですが、いまの時代を考えれば、新しい体験の創造による 「感性のイノベーション」も付け加えるべきかもしれません。例えば、iPadやiPhoneのようにユーザー・インターフェイス(UI)やユーザー・エクスペリエンス(UX)が、新たな経済的価値を生み出し、世の中の変革を促す時代になりました。それは、技術や機能だけではなく、デザインや利用シーン、それを含む体験の創造が購買行動に大きな影響を与え、新しいライフスタイルを生み出す現象です。そう考えると感性もまたイノベーションのひとつの類型に入れてもいいように思います。
シュンペーターは、「イノベーションは創造的破壊をもたらす」とも語っています。その典型として、イギリスの産業革命期における「鉄道」によるイノベーションを取り上げています。彼はこんなたとえでそれを紹介しています。
「馬車を何台つなげても汽車にはならない」。つまり、「鉄道」がもたらしたイノベーションとは、馬車の馬力をより強力な蒸気機関に置き換え多数の貨車や客車をつなぐという「新結合」がもたらしたものだという解釈です。
これによって、古い駅馬車による交通網は破壊され新しい鉄道網に置き換わってゆきました。それが結果として、産業革命という新しい社会価値の変革を支えるものになったというのです。
ここで使われた技術要素は、ひとつひとつを見てゆけば必ずしも新しいものばかりではありませんでした。例えば、貨車や客車は馬車から受け継がれたものです。また、蒸気機関も鉄道が生まれる40年前には発明されていました。つまり、イノベーションとは新しい要素ではなく、これまでになかった新しい「新結合」がもたらしたものだというのです。
そんなイノベーションを生みだす役割を担うのが「アントレプレナー(Entrepreneur)」です。「アントレプレナー」とは、一般的には起業家と訳されますが、より広い意味で「市場に変化と成長を起こす人として、新しい発想の創出、普及、適用を促す人、チャンスを積極的に探って、それに向かって冒険的にリスクを取る人」という意味で使われています。
つまり、アントレプレナーが、これまでにない新しい発想で既存の組織や事業などの経営資源を組み替え、新しい組み合わせを実現する取り組みがイノベーションということになります。
また、イノベーションの結果としてもたらされるのが「創造的破壊」です。シュンペーターは「創造的破壊」について、次のように述べています。
経済発展というのは新たな効率的な方法が生み出されれば、それと同時に古い非効率的な方法は駆逐されていくという、その一連の新陳代謝を指す。創造的破壊は資本主義における経済発展そのものであり、これが起こる背景は基本的には外部環境の変化ではなく、企業内部のイノベーションであるとした。そして持続的な経済発展のためには絶えず新たなイノベーションで創造的破壊を行うことが重要であるとシュンペーターは説いた。(Wikipedia参照)
つまりイノベーションを起こすとは、アントレブレナーの存在が前提であり、組織を大幅に刷新し、仕事のやり方を大胆に変え「創造的破壊」を生みだすことでなくてはなりません。しかし、我が国に於いては、イノベーションと称し、既存の組織や伝統的な仕事の仕方には手をつけず、「創造的破壊」を避けて「イノベーションのまねごと」で終わらせている企業が多いのが現実ではないでしょう。
あなたが、「イノベーションを生みだせ」と言われ、ここに説明したようなイノベーションの創出に関わる覚悟が、あるでしょうか?それは、既存の仕事のやり方や価値観を大切に考える抵抗勢力との壮絶な戦いに臨む覚悟だということです。
「デザイン思考」だけではイノベーションは起こせない
「デザイン思考」という言葉を、最近はよく聞くようになりました。それが目指すところや方法論には、なるほどと感心させられます。自分たちの既成概念を断ち切り、「あるがまま」を受け入れることから物事を捉え直すという思考方法は、新たな気付きを生みだす有効な手段となるはずです。しかし、これらを使えばイノベーションが生み出せるのでしょうか。
イノベーションを生み出すための原点は、「何としてでも解決したい」、「どうしても実現したい」何かを持っているかどうかです。そのことへの飽くなき好奇心であり、こだわりであると思います。端的に言えば、「好きか嫌いか」であり、このテーマに取り組むことが、「大好きでたまらない」という感情があるかないかです。
そんな感情を持たずに、方法論として、「デザイン思考」を使ったところで、イノベーションは生まれません。
「大好きでたまらない」という思いこみがあるからこそ、「デザイン思考」と言う方法論が、新しい気付きを与え、どう行動すればいいのかの筋道を示してくれます。また、既成概念でガチガチな人たちの常識を覆し、抵抗勢力を打ち崩す原動力でもあります。そんな取り組みの成果が、世のため人のためになったときに、人はそれを「イノベーション」と呼ぶのでしょう。
新規事業を目的とする取り組みは失敗する
「新規事業」も、その根っ子は同じところにあります。「新規事業を生みだせ」と言われ、カタチばかりの新規事業を生みだすことはできるでしょう。しかし、事業の成果への貢献、すなわち、売上や利益の増大、新規顧客の増加などに貢献できる新規事業は、容易には生まれません。
それは当然のことです。「新規事業」は、目的ではなく手段だからです。目的は、直面する「課題」の解決や「あるべき姿」の実現です。「新規事業」は、その目的を達成するための手段ひとつに過ぎません。
「新規事業」を生みだすことより、既存の業務プロセスを改善した方が、売上や利益に貢献できるかも知れません。収益の上がらない事業を辞めてしまうほうが、利益には貢献するでしょう。既存の製品の品質を高め、コストパフォーマンスを改善することが、顧客を増やすには効果的かも知れません。それよりも、有効な手段が「新規事業」であるならば、それに取り組むべきでしょう。
「課題」や「あるべき姿」を愚直に見つめ、それを解決あるいは実現することへの徹底したこだわり、すなわち、そこにかかわることが「大好き」であり、「何としてでもやりたい」という思いなくして、業績に貢献できる新規事業は生まれないでしょう。
「新規事業」を作ることが目的とした組織を作り、とにかくカタチだけでも新規事業を実現することに取り組むことに、どれほどの意味があるのでしょうか。例え、カタチばかりの「新規事業」を実現できたとしても、本来の目的に対しては、失敗であることは明白です。
DXの本質はイノベーションや新規事業を生みだすことではない
「DXでイノベーションを生みだそう」や「DXで新規事業を実現する」とのかけ声が聞かれますが、その意味を取り違えている人たちもいるように思います。
DXとは、本来、デジタルが前提となった世の中に、企業が適応するための企業の文化や風土の変革であり、そのためのビジネス・モデルやビジネス・プロセスの再定義です。デジタル技術を使うこととは異なる概念です。
もし、「DXでイノベーションを生みだそう」や「DXで新規事業を実現する」を、「デジタル技術を使って、イノベーションや新規事業を創出する」ことだと理解しているとすれば、大きな誤解です。
確かに、デジタル技術を使えば、人手に頼るよりも「うまい、はやい、やすい」を実現できます。しかし、それだけのことです。DXとは、もっと本質的なことで、デジタルを前提に企業で働く人たちの意識と行動を変革することです。
デジタルを前提にビジネス・モデルやビジネス・プロセスを変化させ続けることができる企業であれば、イノベーションや新規事業を生みだす感性も磨かれ、障害も取り除かれるに違いありません。「DXでイノベーションを生みだそう」や「DXで新規事業を実現する」を、そんな意味であると解釈するのであれば、つじつまが合うように思います。
ただ、DXであろうがなかろうが、イノベーションや新規事業の前提となるのは、「何としてでも解決したい」、「どうしても実現したい」であり、「大好きでたまらない」という感情があるかないかです。まずは、それをしっかりと問うことではないかと思います。
パーパスを貫くためには雇用形態を変革せよ
企業活動の原点は、「世のため、人のため」です。自分たちは、「世のため、人のため」にこのような役割を果たすという宣言が、企業の「パーパス/Purpose=存在意義」です。
「何としてでも解決したい」、「どうしても実現したい」は、そんなパーパスを貫くためであり、そのことが、社員としての自分のパーパスであると自覚し、「大好きでたまらない」と思えるほどの思いを貫けてこそ、イノベーションや新規事業を生みだすことにつながります。
ただ、このようなことを当然として受け入れ、実践できる企業の文化や風土を、いまの多くの日本企業が持つことは、難しいと思っています。それは、日本の多くの企業が採用している「メンバーシップ型雇用」にあります。
メンバーシップ型雇用には、仕事内容や勤務地、勤務時間に関する明確な規定がなく、状況によって会社が社員に対して、部署の異動や転勤、残業を命じることができる雇用形態です。本人が、その仕事への課題意識があるかないか、それに取り組むことへの「大好き」があるかないかに関係なく、 その仕事を任されます。つまりは、自分のパーパスは仕事に応じて、その都度再定義せよと求められる訳です。
一方で、昨今話題になることが多い、ジョブ型雇用は、仕事に対して人が割り当てられる」雇用形態です。職務や勤務地、ポジション、勤務時間が、あらかじめジョブ・ディスクリプション(職務記述書)により定められ、仕事の内容は限定的で、専門性が必要とされます。 つまり、まずは自分のパーパスを問われるわけです。
自分はこんな仕事が得意であるとか、それに向いているとか、自分の会社における、あるいは、社会における存在意義/パーパスを問われる雇用形態であるということです。
もちろん考えていたとおりにはできないことや、新たな気付きを得て自分のパーパスを再定義することは、当然あり得るでしょう。ならば、ジョブ・ディスクリプションを変えればいいのです。あるいは、転職すればいいのです。そんな経験を繰り返しながら、自分の根っ子にあるパーパスは磨かれ、確信が持てるようになるのです。
そういうことが許容できる企業でなければ、新規事業やイノベーションを生みだすことは容易なことではありません。
「昔はそんなことしなくても、イノベーションや新規事業を作ることができた」
社会の常識がめまぐるしく変わる時代の時間感覚は、かつてとは大きく異なります。イノベーションも新規事業も、高速に繰り返すことができなくてはなりません。ジョブ型雇用は、そのための前提のひとつではないかと、考えています。
「大好き」に徹底してこだわることができる会社こそが、結果として、イノベーションや新規事業を事業の成果に結びつけることができます。
DXとはパーパスを貫くこと
DXという言葉が、全ての不安や困難を解決してくれるわけではありません。DXを「イノベーションや新規事業を生みだす取り組み」と同義に扱うべきではなりません。
私たちは、いま「コロナ禍」に向き合い、これまで常識だと考えていた「うまくできるやり方」が、そうではないことを思い知らされました。だからこそ、改めて、自分たちのパーパス/存在意義を問い、それを貫くために、HowやWhat、すなわち自分たちがうまくできるはずと信じていたビジネス・プロセスやビジネス・モデルを見直すことが必要なのです。
purpose beyond profit (企業の存在意義は利益を超える)
IIRC(International Integrated Reporting Council/国際統合報告評議会)の2018年の報告書のタイトルです。
IIRCは、企業などの価値を長期的に高め、持続的投資を可能にする新たな会計(情報開示)基準の確立に取り組む非営利国際団体で、業績などの財務情報だけでなく、社会貢献や環境対策などの非財務情報をも一つにまとめた統合報告(integrated reporting)という情報開示のルールづくりやその普及に取り組んでいます。
利益は企業が自らの存在意義を追求した結果としてもたらされる
このように読み替えてみてはどうでしょう。
企業が利益を求めることは、当然のことです。しかし、いまの時代にあっては、これまでうまくいっていたからと同じやり方で、利益を求めても、直ぐに通用しなくなってしまいます。だからこそ、企業は自らのパーパスを問い、それを社会に提供する方法を時代に合わせて変化させつづけるしかありません。利益とは、パーパスを貫らぬきつつも、やり方をダイナミックに変化させ続けることで、結果としてもたらされるものだと、考えるべきなのでしょう。イノベーションや新規事業は、そんなパーパスを貫く手段でもあるのです。
あなたのパーパス=存在意義は何ですか?
あなたがいま会社や社会で必要とされている理由です。あなたが、何としてでもやりたいこと、つまり、「大好き」こそが、パーパスの原点ではないでしょうか。イノベーションも、新規事業も、DXも、企業のパーパスを貫くための取り組みです。それに関わり、貢献できる自分のパーパスはなんでしょうか。
コロナ禍のいまだからこそ、それを問う好機かも知れません。