DXという言葉が、声高に叫ばれる中、「おかしなこと」が起きているようです。
「データ活用ができていない、デジタル技術の活用が進まない、何とかしなければ」
そんな焦りにも似た雰囲気がただよっています。経営トップからは、DXで成果を出すようにと、はっぱをかけられるが、現場は何をすればいいのか、どうすればいいのかが分かりません。DX推進室やデジタル戦略室なる組織では、どうやって現場にデータ活用をさせればいいのか、デジタル技術を使わせればいいのかと、頭を悩ましています。
いいアイデアには予算を付けるので応募して欲しい、プロジェクトチームを作って何かやってみよう、データ活用の重要性やデジタル技術について研修をやろうなどの「きっかけ作り」に腐心しているところもあるようです。
こういう取り組みを「おかしなこと」と考える理由は、次の3点です。
- DXとは、データやデジタル技術を活用することだと捉えていること
- DX推進室やデジタル戦略室なる組織が、現場にやらせようとしていること
- 「きっかけ作り」に注力しているように見えること
ひとつひとつについて考えてみましょう。
DXとは、データやデジタル技術を活用することだと捉えていること
いまさらながらの話しですが、DXとは、デジタルが前提の世の中に、企業が適応するための取り組みです。
デジタル技術の発展によって、人々の行動様式や価値観が大きく変わってしまいました。ビジネスの時計は、かつてなく高速に時を刻み、変化に俊敏に対応するための圧倒的なビジネス・スピードこそが、事業を継続するための必須の要件となりました。
このような社会の変化に適応するためには、データやデジタル技術の活用は、効果的な手段です。しかし、それだけでは、不十分です。働く人たちの意識や組織の振る舞いを変えなくては、データやデジタルを使いこなすことはできません。
それは、危機感を煽ることや、叱咤激励やはっぱをかけることではできません。組織体制や業績評価基準、働き方や雇用制度をそんな時代にふさわしいやり方に変えてゆかなければなりません。
戦後の復興期や高度経済成長期のように、社会全体が大きな熱に満たされていたい時代ならば、社会の空気が人々を動かすことができたでしょう。もはやそんな時代ではありません。社員の善意や自助努力にたよって、組織を動かすことはできないのです。仕掛けや仕組みを経営の意図や戦略に即して、組み替え、最適化しなくては、組織は動きません。
組織や制度を変えることは、大変なことです。だから、D「X(Transformation)」すなわちデジタル「変革」なのであって、改善ではないのです。
既存を変革することなく、言葉だけで、組織を動かそうとしている経営者がいるとすれば、猛省を促したい気持ちです。
データや新しいデジタル技術の活用は、従来の手段よりも「うまい(=うまくいく)、やすい、はやい」を実現するためには、有効な手段です。しかし、デジダルな社会になればなるほど、人間らしい感性や体験の価値、すなわち人間にしかできない丁寧な応対や気遣い、これまでできなかったことができるようになる感動と言ったUX(User Experience)の価値が、際立ち、注目されることになります。それは、デジタルを使うよりも、もっと多くのことに取り組まなければできないことなのです。
データやデジタル技術を活用することが目的化してしまったDXは、まさに「おかしなこと」の筆頭といってもいいでしょう。
DX推進室やデジタル戦略室なる組織が、現場にやらせようとしていること
サラリーマンであれば、自分の人事査定の向上や出世のために働くのは当然のことです。ところが、それとは無関係に「DXをやれ」と言われるわけですから、「冗談じゃないよ」と思うのは当然のことでしょう。
知的好奇心、あるいは、世の中の理想のために寝食を顧みずに没頭する変人たちが、世の中を大きく変えてきたことは、誰もが知っていることです。それと同じことをサラリーマンに求めるようなものです。
現場のモチベーションは、自分たちの組織の業績が上がることです。そうすれば、人事査定は高く評価され、給料やボーナスも増えるわけですから、業績向上のために頑張るのは当然のことです。ところが、それとは「無関係に」とは言い過ぎかも知れませんが、そこに時間や手間を掛けるよりも、営業に回ってお客様を増やすことや、仕入れの値引き交渉をしてコストを下げることの方が、現実的で即効性が見込めると考えるのは、当然のことでしょう。
データやデジタル技術を使うことに意味がないのではなく、ほんとうに効果が出るのか、見通しが読めないことに貴重な自分の時間を使うことに、モチベーションを上げろと言われても、無理な話です。
これが解決できれば、売上や利益が劇的に向上する、いままでアプローチできなかった新規顧客を獲得できる、もはやこのままではこれ以上の業績向上は見込めないが、これが解決すれば、ブレイクスルーできる何かに、直接的に貢献できないようでは、現場のモチベーションは上がりません。
ところが、DX推進室やデジタル戦略室なる組織の中には、「大変なことだけれども解決できれば業績の向上に大きく貢献できること」よりも、「簡単にできそうなこと」を探して実績を作ることに奔走しているところもあるようです。
そうなってしまうのは、DXについての経営者の理解が曖昧であること、DX推進室やデジタル戦略室なる組織のミッションが、曖昧であり、自助努力で答えを見つけるように求められ迷走していること、とにかく早く何かしろという上からのプレッシャーに動いている姿を見せ続けなければならないという焦りがあることなどが背景にあるのかも知れません。
本来、DXの目的は、会社の業績に貢献することです。それがどこかに置き去りになり、現場に何かをさせようと必死になっている。でも、大切なことは、現場が一番やりたいことは何かを明確にして、それを解決するために「うまい、やすい、はやい」手段であるデジタルを適応させる筋道を作ってあげることではないのでしょうか。
現場の課題に徹底して向きあって「やりたい」を引き出せないままに、なんとか「やらせよう」としているのなら、それは「おかしなこと」です。
「きっかけ作り」に注力しているように見えること
「きっかけが大切」とは、よく世間で言われることですが、本当にそうでしょうか。大切なのはきっかけではなく、結果です。結果とは業績の向上です。それを徹底して突き詰めることをせずに、とにかくきっかけを作ることに奔走してはいないでしょうか。
前節でも申し上げたとおり、現場が求めているのは、自分たちの担当する事業の業績の向上です。それこそが、大切なわけで、そこにつながる物語、すなわち戦略を描くことなく、とにかく「きっかけ」を沢山作れば、何かができる、DXが実現するにちがいないという大いなる幻想、いや妄想に期待しているとすれば、「おかしなこと」です。
なにも、きっかけに意味がない訳ではありません。ただ、きっかけとは、「物事を始めるはずみとなるもの」のであり、始めたい、あるいは始めるべき物事がなければならないはずです。ところが、それがはっきりしないままに、きっかけだけが一人歩きしているとすれば、その先に物事が進むことはありません。
確かに、やってみなければ分からないから、とにかくやってみようという考え方は間違えではありません。ただ、「本丸を落とす」ためにどこから攻めればいいのかを、いろいろとやってみることが大切なのであって、その意図もなく、パフォーマンスを示すためにのみ「きっかけ」を作ることに時間を割いているとすれば、それはただの陽動作戦を延々と続けているようなもので、人材と時間の無駄遣いです。まったく、「おなしなこと」です。
DXということばが、本来の意味や意図からかけ離れ、「おかしなこと」になっているようです。
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「DXがうまくいかない」と感じているのなら、改めて、本質を問うべきです。「おかしなこと」をやり続けていては、いつまで経ってもうまくいかないままで、消耗し続けるだけです。