新しいデジタル技術を使い業務の効率を高めることや、新規事業を創出することは、多くの企業にとって取り組むべき課題であることは、言うまでもありません。しかし、これらをDXと同義に扱うことは、正しいとは言えないでしょう。
デジタル技術とDXの関係、その背景にあるビジネス環境の変化について、図解を交えて、解説します。
2つのデジタル化:デジタイゼーションとデジタライゼション
「デジタル化」という日本語に対応する2つの英単語があります。ひとつは、「デジタイゼーション/digitization」です。デジタル技術を利用してビジネス・プロセスを変換し、効率化やコストの削減、あるいは付加価値を向上させる場合に使われます。例えば、アナログ放送をデジタル放送に変換すれば、少ない周波数帯域で、たくさんの放送が送出できるようになります。紙の書籍を電子書籍に変換すれば、いつでも好きなときに書籍を購入でき、かさばらず沢山の書籍を鞄に入れておくことができます。手作業で行っていたWeb画面からExcelへのコピペ作業をRPAに置き換えれば、作業工数の大幅な削減と人手不足の解消に役立ちます。
このように効率化や合理化のためにデジタル技術を使う場合に使われる言葉です。
もうひとつは、「デジタライゼーション/digitalization」です。デジタル技術を利用してビジネス・モデルを変革し、新たな利益や価値を生みだす機会を生みだす場合に使われます。例えば、自動車をインターネットにつなぎ稼働状況を公開すれば、必要な時に空いている自動車をスマートフォンから選び利用できるカーシェアリングになります。それが自動運転のクルマであれば、クルマが自ら迎えに来てくれるので、自動車を所有する必要がなくなります。また、好きな曲を聴くためには、CDを購入する、ネットからダウンロードして購入する必要がありましたが、ストリーミングであれば、いつでも好きなときに、そしてどんな曲でも聞くことができ、月額定額(サブスクリプション)制で聴き放題にすれば、音楽や動画の楽しみ方が、大きく変わってしまいます。
このように、ビジネス・モデルを変革し、これまでとは異なる競争原理を持ち込み、競争優位を実現するためにデジタル技術を使う場合に使われる言葉です。
これら2つのデジタル化を、どちらが優れているかとか、どちらが先進的かなどで、比較すべきではありません。どちらも、必要な「デジタル化」です。目指すべきゴールが違うだけのことです。
問題は、これらを区別することなく、あるいは、両者を曖昧なままに、「デジタル化」に取り組むことです。前者は、既存の改善であり、企業活動の効率を高め、持続的な成長を支えます。一方後者は、既存の破壊であり、新たな顧客価値や破壊的競争力を創出することです。
自ずと取り組み方が違います。例えば、前者であれば、既存の業績を基準に売上や利益を何パーセント改善する、コストを何割削減するなどを目標に、既存の業務に精通した人たちを中心にチームを作り、取り組むことになるでしょう。一方後者は、どれだけ新しいサービスをリリースできたか、これまでにない新しい市場を創出しどれだけ新規顧客を獲得できたかなどを目標に、社内の変革者たちや社外から自分たちの企業文化とは異なる人材を集め、別会社を立ち上げることが必要になるでしょう。
両者共に事業の継続と企業の存続にとって、必要なデジタル化ですが、異なるアプローチが必要です。
2つのデジタル化とDX
この2つのデジタル化を当たり前に繰り返し、継続して実践できる企業の文化や風土へと変革することがDXです。ビジネス環境がめまぐるしく変わる時代にあっては、この両者を繰り返すことができなくては、企業は事業を継続することはできません。
「デジタイゼーション」と「デジタライゼション」は、共に技術に重点を置いた取り組みです。一方で、DXは、これら取り組みを継続して繰り返す企業の文化や風土を作る取り組みと言うことができるでしょう。
新しいデジタル技術を使っていまの業務の効率化を図ることや、新規事業を実現することは、その時々の最適解かも知れません。しかし、社会のニーズや顧客の志向が直ぐに変わってしまう世の中では、この最適解をアップデートし続けなければ、市場から見放されてしまいます。そうならないためには、「改善」や「破壊」、すなわち「デジタイゼーション」と「デジタライゼション」を当たり前に繰り返すことができる企業へと変革しなくてはならないのです。
DXとはそそり立つエッジを乗り越えるための変革
これまでデジタル技術は、既存を改善することに貢献してきました。つまり、人間が働くことを前提に作られたビジネス・プロセスやビジネス・モデルの効率や利便性の向上を支援することに重点が置かれてきたわけです。つまり、価値を生みだすのは、人間の役割であり、その活動を支援することが目的とされてきました。つまり、デジタルは人間の道具、あるいは、人間の能力を高める手段として位置付けられてきたのです。
しかし、デジタル技術の進展により、人々の価値観や人間関係のあり方は大きく変わりました。また、情報の伝達やコミュニケーションは一瞬に行われ、顧客の期待やニーズはめまぐるしく変わります。これに対処し、産業構造や競争原理を変え続けなければ、事業継続や企業存続が難しくなりました。そのためには、デジタルにできることは徹底してデジタルに任せ、人間にしかできないことに人間は意識や時間を集中できるようにし、人間とデジタルが一体となって価値を生みだす必要があります。そんな、デジタルを前提としたビジネスに変革しなければなりません。
デジタル技術の進展は、急速であり劇的です。あっという間に、これまでの常識が置き換わってしまいます。気づかないうちに両者の間には高い頂きが築かれてしまいます。
そのことを当然のこととして受け入れ、これまでとこれからのエッジ/境目を乗り越えることができる企業の文化や風土へと変革することがDXであると言うこともできるでしょう。
デジタルが前提とはどういうことか
デジタル技術の進展によって、私たちは「時間感覚の変化」と「価値観の変化」という2つの変化に向きあわなくてはなりません。
「時間感覚の変化」とは、市場のニーズや、顧客の興味や関心がめまぐるしく変わり、最適な手段もあっという間に入れ替わる社会への変化です。
「価値観の変化」とは、所有することで豊かさを追求する社会から、共有/シェア/共感によって満足を追求する社会への変化です。
この2つの変化が強力かつ急速であることが、乗り越えるべき常識のエッジ/境目を押し上げ続けているのです。
時間感覚の変化
これまでのように時間をかけて市場を見極め、完全な計画を立ててPDCAを確実にまわすといった時間感覚では、市場の変化に追従することも、先取りすることもできません。
情報の伝達やコミュニケーションは一瞬に行われ、顧客の期待やニーズはめまぐるしく変わります。これを直ちに理解し、現場が即応できることや、市場の変化に合わせて戦略をダイナミックに変え続けなければ、事業を継続することが難しい時代になったのです。
不確実性の常態化により「既存の改善」だけでは市場の変化に対処できない状況に、私たちは置かれています。予測できない未来に対処する能力が求められているのです。そのためには、次の取り組みが必要です。
- ビジネス・プロセスの徹底したデジタル化による現場の見える化
- オープンな情報共有と円滑なコミュニケーションによる相互信頼の醸成
- 自立したチームである現場への大胆な権限委譲
これまで、企業は階層的な組織構造を前提に、次のような時間軸で意思決定し、ビジネスを動かしてきました。
- 3年間の中長期計画
- 1年に一度の年度計画
- 半年に一度の設備投資
- 月例の定例役員会
- 週次の部門会議
もはや、このような時間感覚では、とうてい対処できません。計画通り物事が進まない、あるいは、計画の根拠となる変化を見通すことができない。そんな時代にあっては、変化に俊敏に対応しなくてはなりません。そのためには、上記の3つの取り組みを前提に、次のような時間感覚を持たなくてはなりません。
- 戦略を動かし続ける
- 現場に権限委譲する
- 現場での判断を重視
- 結果を迅速に事後報告
- 対話の頻度を増やす
それにともない、ビジネス・モデルやお客様との関係、働き方、これらを支える情報システムの開発や運用もまた、同じ時間感覚に同期させる必要があります。
また、このような時間感覚は、高速に試行錯誤を繰り返すためにも不可欠です。つまり、イノベーションを生みだす前提としても、このような時間感覚をもつことが必要となるのです。
価値観の変化
デジタルが前提の社会にあっては、価値観も大きく変わります。つながること、つながっていることが、当たり前の世の中になれば、それを前提に人々の行動様式が大きく変わるのは当然のことです。人々は、つながることから生まれる共感や共有に満足を見出し、それを追求することを価値と考えるようになります。
つながるとは、ヒトとヒトの関係だけではありません。ヒトとモノ、モノとモノもまたつながる時代になりました。ヒトとモノが相互につながり、お互いの状況を把握、共有できる時代へと変化したのです。
このようなつながることを前提とした社会では、次のような価値観の変化が起こります。
- 環境や再生可能への関心や価値の重心がシフト
- サービスで利用でき範囲が拡大し、所有することの価値が低減
- 常時接続・ソーシャルメディアの普及で共有や共感の価値が増大
ビジネスもまた、この変化に対応できなければなりません。それは、これまでのビジネスの前提が、モノを購入、所有することで満足を満たすことから、サービスを利用することで満足を満たすことへと大きく変わることを意味します。
これは、ソーシャルメディアやECサービス、オンライン研修などのサービス・ビジネスばかりではありません。モノを必要とするビジネスについても同様で、これを「モノのサービス化」と呼びます。モノを購入するのではなく、必要なときにモノをレンタルやサブスクリプションで貸し出すサービスや、メルカリやヤフオクのように、購入、所有しても、満足を満たせなくなれば、それを売却し新しいモノを手に入れるといったこともまた、モノのサービス化のひとつに位置付けることができるでしょう。
モノのビジネスも含めて、様々なビジネスがサービスへと大きくシフトする時代となり、ソフトウェアの役割も大きく変わりつつあります。
オンラインのサービスでは、ソフトウェアの巧拙がビジネスの価値を左右することは当然のことです。モノに於いても、同様の状況になりつつあります。
作ったら変更できないハードウェアに機能や性能を固定的に作り込むのではなく、ハードウェアをできるだけ汎用的かつ柔軟性の高い標準的な部品あるいはモジュールの組合せにして、ソフトウェアで機能や性能を実装し、ネット介してアップデートできるようにしようというわけです。
そうすれば、ハードウェアの調達や製造が容易かつ低コストでできます。また、新しい製品を高速に開発でき、販売した後にも、ネットを介して頻繁に機能や性能を改善できます。加えて、属人性を廃してどこの地域でも作ることができ、複雑性を低減することで、開発や生産、保守のコストを下げることができます。
この考え方を推し進めれば、モノを販売して収益を得るビジネスではなく、モノを貸し出し、従量課金やサブスクリプションで、継続的に収益を得られるビジネスにしたほうが、合理的です。そうすれば、ニーズの変化や技術の進化に応じて、機能や性能を改善し続けるアップデート費用を継続的に確保でき、顧客のロイヤリティを維持し続けることもできるようになります。「モノのサービス化」が、普及する背景は、ここにあります。
「所有」で豊かさを追求する社会において、大量消費と所有の増大が価値の重心であり、価値は、モノの機能・性能・希少性に依存していました。ビジネスは、そんなモノの価値を生みだすことに重心を置いて行われてきたとも言えるでしょう。
そんな価値観が大勢を占める時代にあっては、製造業の企業価値は高く評価されていました。また、デジタルは、彼らが作るモノの付加価値を高める手段として使われてきたのです。
しかし、そんな価値の重心が、大きく変わってしまいました。つながることを前提に、共有/シェアすることに満足を求める時代へと変わったのです。また、つながることで社会問題が共有されるようになり、環境への意識も高まりました。そのことが、再生可能エネルギーや、レンタルやサブスクリプションでのシェアへの関心を高めています。
多くの人たちが、つながりを前提に、共有/シェアと再生可能に価値を求めるようになったことが、ビジネスの主役をモノからサービスへと、大きく転換することに拍車を掛けているのです。
DXとは、このような変化に対処できる企業の文化や風土へと変革することとも言えるでしょう。
新しいデジタル技術を使い業務の効率を高めることや、新規事業を創出することが、間違っているわけではありません。ただ、それをゴールにしてしまってはならないということです。
大切なことは、これらを繰り返すことで、時間感覚と価値観のめまぐるしい変化に対処し続けることができる企業にすることです。DXが目指すのは、これができる文化や風土を作ることなのです。
【募集開始】第36期 ITソリューション塾 2月10日・開講
次期、ITソリューション塾の募集を始めました。次期は、DXの実践にフォーカスし、さらに内容をブラッシュアップします。
2008年に開講したITソリューション塾はですが、3千人を越える卒業生を数えるまでになりました。リピートされる皆さんも増えてきたいま、さらに一歩前に進めるために、実践の当事者たちを講師に招き、そのノウハウを教えて頂こうと思います。
DXの実践で成果をあげる戦略スタッフサービスの戸田孝一郎氏、日本マイクロソフトでお客様のDX実践を支援する吉田雄哉氏、同じく日本マイクロソフトのCSOである河野省二氏、そして、その他のDX実践にユーザーの立場で取り組み成果をあげている方にも、話を伺う予定です。
DXの実践に取り組む事業会社の皆さん、ITベンダーやSI事業者で、お客様のDXの実践に貢献しようとしている皆さんに、教養を越えた実践のノウハウを学ぶ機会にして頂ければと準備しています。
コロナ禍の終息が見込めない状況の中、オンラインのみでの開催となりますが、オンラインならではの工夫もこらしながら、全国からご参加頂けるように、準備しています。
デジタルを使う時代から、デジタルを前提とする時代へと大きく変わりつつあるいま、デジタルの常識をアップデートする機会として、是非ともご参加下さい。
- 日程 :初回2021年2月10日(水)~最終回4月28日(水) 毎週18:30~20:30
- 回数 :全10回+特別補講
- 定員 :120名
- 会場 :オンライン(ライブと録画)
- 料金 :¥90,000- (税込み¥99,000)
- 全期間の参加費と資料・教材を含む
*オンラインによるライブ配信、および録画で受講頂けます。
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