「お客様のデジタル・トランスフォーメーション(DX)の実現に貢献します。」
SI各社は、このような言葉を掲げ、ビジネスのチャンスを窺っている。各社の解釈は様々であり、会社によっては、「DX事業を拡大すること」を事業目標に掲げ、その解釈や実践については、現場に委ねている場合もあるようだ。
そんなDXについて、世の中がどのように語っているかを眺めてみると、概ね、次の3つの解釈に整理できそうだ。
いずれの解釈も間違っているわけではない。ただ、3番目の解釈、すなわち「企業の文化や風土の変革」とすることは、極めて理にかなっている。それは、不確実性が常態化したいま、「業務の改革や改善、新規事業の立ち上げ」は、継続的かつ高速に繰り返さなくてはならないからだ。そうしなければ、事業の継続も企業の存続も難しくなるだろう。つまり、「業務の改革や改善、新規事業の立ち上げ」は目的ではなく、「事業を継続させ、企業を存続させる」という目的のための手段であるということになる。
継続的かつ高速に「業務の改革や改善、新規事業の立ち上げ」を繰り返すためには、圧倒的なビジネス・スピードを手に入れるしかない。そのためには、即決・即断・即実行が当たり前にできる企業の文化や風土へと変革しなければならない。DXとは、そんな変革を意味する言葉と解釈すべきだろう。以下に詳細を記したので、よろしければご覧頂きたい。
そんなお客様のDXに貢献するためには、SI事業者は、次の3つに取り組まなくてはならない。
最低限の常識を維持する
テクノロジーは進化し続けている。かつては最先端であり、あるいは常識であったことが、直ぐに陳腐化してしまう。だから、テクノロジーやビジネスのトレンドを見極め、その時々の常識に対応することが、最低限の前提となる。例えば、PPAP(暗号化+zip添付とパスワード)の廃止、クラウド・サービス利用の制約を撤廃、VDIをやめ高性能なPCを使わせる、ゼロトラスト・ネットワークへの移行などがそれに当たる。
PPAPがセキュリティ・リスクを高める行為であることは、もはや周知であり、いまさら申し上げるまでもない。また、クラウドやVDIについての常識も数年前とは大きく変わっている。VPNやファイヤーウォールが、セキュリティ上の脆弱性を生みだすことも、もはや常識となった。ゼロトラスト・ネットワークは、そんな状況に対処するための有効な考え方となっている。
このような、最低限の常識さえできていないままに、お客様にDXを語ろうというのは、おこがましい。
DX実践の土台を築く
DXを実践するには、徹底した現場の見える化とオープンな情報共有が欠かせない。また、心理的安全性に支えられた組織の風土を醸成し、企業と個人、個人と個人の相互信頼を前提に、自律した現場チームに、権限を大幅に委譲することで、圧倒的なビジネス・スピードを手に入れる必要がある。例えば、業務プロセスのデジタル化を徹底、リアルタイム・データによる進捗把握や評価、オープンな情報共有とコミュニケーション環境の整備、働く場所を問わないデジタル・ワークプレイスの実現などだ。
このような企業の文化や風土を自ら醸成し、社員ひとり一人が、これからの当たり前を実感できなければ、お客様に説得力のある説明や提案などできないだろう。
DXを実践する
DXとは既存のビジネス・プロセスやビジネス・モデルの破壊、変革、創造を伴う。そのためには、既存事業と戦略事業の定義と目標設定、現場への大幅な権限委譲と業績評価基準・KPIの設定、人事・雇用制度の整備などといった、経営の根幹の変革にも向きあわなくてはならない。そんな取り組みを自ら実践し、その体験によって培われた感性やノウハウを、模範を通して提供することができて、始めてお客様のDXに貢献することはできる。
おわかり頂けたと思うが、DXとはデジタルを使うこと以外に、やるべきことが多い。デジタルを使うことが、ゴールではないのだ。
こうやって培ったDX実践のノウハウをメソドロジー化することができれば、お客様のDXに貢献に大いに役立つ違いない。
ただ、常識は常に変化し続けることを忘れてはいけない。感度を落とすことなく変化を捉え、自分たちの実践を改善し続けなくてはならない。DXとは、そんな終わりのない旅である。
また、そもそもの話しであるが、このような取り組みの前提として、常に問い続けなくてはならないのが、存在意義/Purposeであろう。社会がどれほど大きく変化しようが、ぶれることのない自社の社会における価値や役割を常に認識し、存在意義を貫くことができなくてはならない。また、そんな会社に勤める個人も、その会社での自分の存在意義を自覚し、それを確かめ、役割を果たすために、自らの能力を磨いてゆくことも、忘れてはいけない。誰かにおんぶに抱っこでは、生きられないことを覚悟すべきだ。
理想論であり、きれい事だと思う方もいらっしゃるだろう。その通りだと思う。だからこそ、目指すべき価値がある。
ただ、改めて、現実に立ち返れば、上記の実践は、戦略的でなくてはならない。思いつきや勢いだけで、できることはない。そこで、次の3つに分けて、取り組んではどうだろう。
まず、既存事業については、収益の柱であり、直ちにこれがなくなることはない。ただ、5〜10年程度の期間で見れば、売上は徐々に減少に転ずる。そこで、売上が減少に転じても高い利益を確保するための施策が必要だ。具体的には、以下の通り。
- 標準化・効率化のためのプロセス・リ・デザイン
- モダナイゼーション・クラウド化・自動化
- データ・ドリブン・マネージメント など
一方で、戦略事業として、新たな成長の基盤を生みだす必要がある。既存事業で収益があげられるうちに、こちらを育ててゆかなくてはならない。具体的には、以下の通り。
- 試行錯誤・非連続な探索
- 投資・M&A
- 既存事業からの分離(組織・評価・場所など)など
既存事業における高収益化も、戦略事業における成長基盤の確立も、共に従業員の自律と自発を促し、高いパフォーマンスを発揮できる環境を整えなくてはならない。具体的には、以下の通り。
- HRT(Humility/謙虚、Respect/尊敬、Trust/信頼)の実践と心理的安全性の醸成
- ジョブ型雇用への転換
- 現場への権限委譲 など
SI事業者にとってのDXとは、このような取り組みの積み重ねにより達成する、企業の「あるべき姿」であろう。
お客様のDXの実現に貢献することは、お客様も望んでいる。ならば、自らがそれを実践し、積み上げたスキルやノウハウを模範を通してお客様に提供することが、唯一のやり方である。言葉を弄しても、そんなものは直ぐに見透かされてしまう。DXを実践するとは、そんな覚悟が前提となる。