クレディセゾンは、大規模な基幹業務システムと連携する新しいサービス「お月玉」を、企画開始からリリースまで、わずか3カ月で実現した。このサービスは、大きな評判となり、カードの利用金額を大幅に増やし、新規顧客の獲得に貢献した。開発は、社員である6名のエンジニアが担当した。トラブルへの対応や改善なども、現場からのフィードバックに直ちに対応し、10分程度で対処したこともあるという。社内だけで取り組んだからこそ、このスピードが実現できたのであろう。
フジテレビジョンは、数万人が同時に視聴できる配信環境を 3 週間ほどで構築した。超低遅延配信や大規模配信を実現するために、AWSのマネージドサービスを利用した。その結果、配信規模に応じたスケーリング、障害発生時の切り替え対応などの煩雑な運用業務から解放され、少人数の社員で短期間にシステムを構築、運用することができたという。
デジタル技術を駆使して事業を差別化し、競争力を生みだすためには、このような圧倒的なスピードが必要だ。それは、単にITを駆使したサービスを短期間に開発できたということではない。こういうことが日常的に行える能力や風土を持つことができたからだ。多様化する顧客のニーズや不確実性が高まる社会の変化に対応するための企業の基礎的な体質や体力である。
デジタル化やDXが喧伝されるのは、デジタルに多くの人が関心を持つきっかけとなるという点に於いて、大いにけっこうなことである。しかし、それは、AIやIoTを使って何か新しいビジネスを始めることでもなければ、RPAで業務の効率化を実現することに留まるものではない。
デジタルが前提の社会になり、日常や社会の行動様式や人々の価値観は変化した。この変化に対応するためには、デジタル技術の常識を理解し、それを活かせる思考回路と圧倒的なビジネス・スピードを手に入れることが必要だ。
クレディセゾンやフジテレビジョンの事例は、そんな取り組みを進める企業の「外に見えるカタチ」に過ぎない。こういうことをやることが目的ではなく、こういうことができる企業になることが目的であろう。そんな本質をどこかに置き去りにして事例をかき集め、うちもこんなことをやろうというのでは、うまくいくことはないだろう。
一方で、そんな本質に気付いた企業は、デジタルと事業の一体化を進めるために、内製化の範囲を拡大している。だからといって、それができる人材を集めることは容易なことではない。だからこそ、SI事業者には、内製化への支援が求められるし、その需要は今後拡大する。
ただ、これまでの受託請負、あるいは準委任といった受発注型とは異なる取引になることを考えておかなくてはならない。それにふさわしい、取引ルールや業績評価基準、組織体制やプラクティスが求められる。
この違いを整理したのが次のチャートだ。ここでは、従来型のやり方を「受発注型取引」とし、お客様の内製化を支援するやり方を「共創型取引」とした。
どちらのやり方が優れているとか、「受発注型取引」は、時代遅れなのでやめてしまえ、などと言いたいわけではない。どちらにも需要があり、それぞれにビジネスの機会がある。ただ、「受発注型取引」は、効率化やコストの削減が求められる場合が多い。だとすれば、ローコード開発ツールやクラウドの普及、自動化適用領域の拡大は、当然の顧客のニーズであり、工数需要は低減し、利益率の低下は避けられないだろう。
一方で、「共創型取引」は、事業の成果、すなわち売上や利益の拡大を目指す場合が多い。しかも、事業部が主導して内製化を前提にすすめようとするだろう。だとすれば、投資対効果で、その必要性が評価されることから、成果が上がれば上がるほど、需要は拡大し、利益率の拡大も期待される。
SI事業者の方からは、内製化を支援すると自分たちの仕事がなくなってしまうのではないかと懸念する声も聞かれる。なんとも残念な話しだ。お客様のニーズがそちらへシフトするのであれば、自分たちもそのニーズに応えなくては、ビジネスにはならないではないか。それで自分たちの仕事がなくなってしまうのであれば、それは仕方がないことだ。お客様の期待に応えることができなかったに過ぎないわけで、自業自得であろう。お客様に請われるほどの圧倒的技術力、一緒に新しい業務をつく上げていこうという気概、信頼を感じさせる人格で、お客様を惚れさせることこそが、求められるコンピテンシーであって、それがあれば仕事がなくなることなどない。
従来型の「受発注型取引」だけでは、これからの売上や利益の拡大が期待できない以上、「共創型取引」の取引拡大に向けて、スキルもマインド変えてゆくべきであり、既存の「自分たちの仕事がなくなってしまう」ことを受け入れるのは、当然のことだろう。
ちなみに「共創型取引」に舵を切り、果敢にそちらに適応したSI事業者は、ひっきりなしの需要と人手不足に困っているという。
お客様から、そんな相談をうけることがない。だから、そんな需要はまだそれほどないのではないかと言う人もいるが、ならばなぜ、彼らはこれほどまでに忙しいのだろうか。「共創型取引」に求められるスキルや感性がないと見透かされ、相談されないだけであることに早く気付いてほしい。
DX案件を増やそうとか、DX事業を拡大しようだとか、多くのSI事業者は、躍起になっているように見える。中には、「お客様のDXの実現に貢献します」と、堂々と謳っている企業もある。もし、本気でお客様のDXの実現に貢献する気があるのなら、「共創型取引」に取り組むことができるチームを増やしてゆくことだろう。そのためには、自らもDXを実践し、そこで得られたスキルやノウハウを、模範を通じて、お客様に提供できるようになることだ。そんな自分たちの取り組みなくしては、難しい。
コロナ禍は、社会の変化を加速している。あと3年から5年はかかるであろうと考えていたことが、半年から1年で変わってしまう。クラウド化やゼロトラスト・ネットワーク、ローコード開発やサーバーレスが、一気に注目されるようになったのは、その証拠だ。それを技術だけのことと、捉えるべきではない。そんな技術を必要とするビジネス現場のニーズの変化として、捉えるべきだ。「受発注型取引」から「共創型取引」への需要の変化も、同じ文脈にある。
SI事業者は、そのための備えを事業戦略として明確にし、その実践を現場に促すべきだろう。そんな取り組みが、結果として、DX案件やDX事業を生みだしてゆく。