2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災から、来年で10年になろうとしている。私は、仙台を拠点にするボランティア団体に参加し、一時期は毎週のように被災地に通っていた。また、ITに関わる人たちのボランティア・コミュニティや災害時のIT支援を行う団体の発足にも関わった。
何年か経ち、あの被災直後の破壊され尽くした荒涼たる景色の中に、道路や建物などが新しく作られ、復興がカタチとなり始め、その光景に感動したことを覚えている。そんな折に、地元の人たちと、話すことがあった。そして思わぬ話しを聞くこととなった。
「確かに、新しい道路や建物はできたが、街の人々が戻ってきたわけではない。」
被災した地域は、元々が過疎化の進んでいた地域だ。都会へ出ていた若者の中には、震災を機に地元に戻った人たちもいるが、むしろ、震災によって人口の流失が増えて、過疎化が加速したというのだ。
復興のための取り組みは、道路や街を新しくしたが、過疎化という「本質的な変化の底流」を換えることはできなかった。多くの人たちは、復興の先に人口の増加や地域のより一層の活性化を期待したが、そのようにはならなかったのが、被災地の現実であろう。
私には、いまのコロナ禍が、そんな東日本大震災と被って見える。ITのトレンドや事業戦略に関わる仕事を長くやっているが、コロナ禍で「本質的な変化の底流」が、変わったわけではない。変化のスピードが加速したということに過ぎないように思う。3年〜5年はかかるところが、半年とか1年という時間に短縮されたということだ。
例えば、私が主宰するITソリューション塾は、数年前からzoomを使ったオンラインでの講義をやっていたし、近い将来、それが当たり前の時代になるだろうと思っていた。いまやオンラインでの講義が前提の世の中になってしまった。だから、コロナ禍になっても何も困ることはなかった。
何年も前からリモートワークに取り組んでいる企業はあったが、少数派だった。ところが、コロナ禍で多くの企業が一気に同様の取り組みを始めている。結果として、ペーパーレス化を前提としたビジネス・プロセスのデジタル化や、ゼロ・トラスト・ネットワークへの移行が急速に進みつつある。クラウド・シフトを加速する動きも始まっている。早くからこの当たり前に気づき、実践していた企業は、何も困ってはいないし、むしろこの体験的ノウハウを、できていなかった企業に提供することで、ビジネスの機会を拡大している。
テクノロジーの発展は、時代を先取りする。来たるべき「あるべき姿」を想定している。働き方の多様化を実現するリモートワーク、これを支えるペーパーレス化やゼロトラスト・ネットワークなどは、ここ何年も語られていたキーワードだ。「ITとビジネスの一体化」や「ITによる事業の差別化」などという言葉も言い古された言葉であろう。それに関わる言葉として、事業部門主導での内製化やクラウド・ネイティブ、アジャイル開発、DevOpsなどというキーワードもまた、以前から巷を賑わしていた。
「本質的な変化の底流」は何も変わらないままに、コロナ禍は、このようなキーワードを一気に浮かび上がらせた。多くの企業が、この動きを加速しようと動き始めている。しかし、SI事業者の中には、この動きの足かせとなっているところもあるように見える。
できる人がいないのだ。そして、お客様に「あるべき姿」を教えることができないのだ。
お客様に、次のような質問を投げかけられて、あなたは、これにどう答えるだろうか。
「このままではマズイ。何とかしなければならないと考えています。どうすればいいのでしょうか。」
もし、こんな回答しかできないとすれば、お客様は困ってしまうだろう。
「まずは、何が課題なのか、何をしたいのか教えてください。そうすれば、解決策を提案させて頂きます。」
お客様は、解決策を教えて欲しいわけではない。課題や何をすべきかを教えて欲しいのだ。未知のテクノロジーを知りたいわけではなく、いまの時代の常識、あるは、直近の常識を知りたいだけなのだ。それを教えることができず、お客様のスピードを減退させてしまうとしたら、まさに「足かせ」であろう
コロナ禍は、こんな時代の変化を加速する。この「変化の底流」には、「スピード」「アジリティ」「スケーラビリティ」の3つのキーワードが、あるように思う。
コロナ禍で私たちが直面している事態は「不確実性の増大」であろう。いや、そんなことは昔から言い続けられてきた。むしろ、「不確実性の常態化」が、ふさわしいように思う。コロナ禍は今後数ヶ月で収束することではないだろうし、同様の事態がまたあることは、誰もが考えるであろう。不確実が当たり前の世の中であれば、将来を見越して、長期計画的にPDCAを回し、長期計画的にものごとをすすめてゆくことは難しい。変化に俊敏に対応できる圧倒的なビジネス・スピードが必要となる。現場への大幅な権限委譲と、OODAループによる意志決定が必要なるだろう。ITもまたこの圧倒的なビジネス・スピードに対処する必要がある。「スピード」「アジリティ」「スケーラビリティ」は、そんなこれからの時代の前提となるだろう。
「本質的な変化の底流」を顧みることなく、RPA、リモートワーク、AIやIoTなどのキーワードを並べ、その導入を促すことをDXだと言ってはばからないとすれば、まさに「足かせ」である。お客様の「どうすればいいのかを教えて欲しい」の回答ではない。
東日本大震災からの復興の施策として、地盤が嵩上げされ、新しい道路や建物が作られた。だからといって、「過疎化」という「本質的な変化の底流」が変わることはなかった。
コロナ禍への対処として、DXを推進しようと、RPA、リモートワーク、AIやIoTなどの導入を進めたところで、既存の「本質的な変化の底流」は何も変わらない。不確実性の常態化に対処すべく、「本質的な変化の底流」を変えることが、いま求められている。それは、デジタル技術を使うことではない。お客様との関係や働き方、従業員の考えかたや、組織のあり方を変えることであり、事業目的や経営のあり方をも変えて行かなくてはならない。
そんなことは、SI事業者やITベンダーの仕事ではないという割り切りもあるだろうし、それもまた1つの戦略であろう。しかし、もうそうであれば、「共創」などと言う言葉を軽々しく使うべきではない。「共創」とは、「本質的な変化の底流」を新しい時代に即して変えてゆくためのお客様との共同作業だからだ。
テクノロジーのトレンドに、謙虚に真摯に向き合うべきだ。頭で考えて、時間をかけて準備するなど辞めた方がいい。クラウド・ネイティブやローコード開発のツールを駆使して、アジャイル開発やDevOpsを直ぐにでもやってみるべきだ。既存のSIの敵をどうすれば味方に付けられるかを体験的に学ぶべきだろう。
「本質的な変化の底流」を変えようとしない上っ面だけのDXや共創なんて、恥ずかしいと思うべきだ。そんな言葉など使わなくても、テクノロジーのトレンドに向き合い、デジタルを前提に新しい底流を生みだすことに関わってゆけば、それは自ずとDXや共創となる。
「このままではマズイ。何とかしなければならないと考えています。どうすればいいのでしょうか。」
というお客様からの問いかけに、次のように応えられるようになろうではないか。
「御社の”あるべき姿”はこうです。御社には、こういう課題があります。」
それが百点満点である必要はない。しかし、70点以上でなくては相手にしてもらえない。そのためには、テクノロジーのトレンドを自ら体験して学び、不確実性の常態化に対処するための処方箋を予め用意し、それに照らしてお客様に最適化された答えを直ぐにでも出せるようにしておくことだ。
それをきっかけにお客様との対話を始め、お客様に最適化された物語を描き、一緒になってその実現を目指すために、自らの体験で得たノウハウを提供する。共創とは、そんな取り組みのことを言う。
従来のSI事業もまた「本質的な変化の底流」を変えてゆくことが求められている。