「100年前、大流行したスペイン風邪で亡くなったマックス・ウェーバーは著書「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で、勤勉に働くのを是とする倫理的な環境が西欧資本主義の原動力になったと説いた。
現代、同じ時間帯に満員電車で通勤し、オフィスに集まり、会議を重ね、遅くまで残業する。そんな「当たり前」が突然「不要不急」とみなされ、労働時間は勤勉さの指標ではなくなった。」日本経済新聞・パクスなき世界(9月10日)
では、新しい時代の勤勉さの指標とは何だろう。
仕方なく、あるいは半ば強引にテレワークを実施した企業は少なくないだろう。しかし、そのことで、出社しなければ仕事ができない、直接対面しなければ商談はすすまないとの常識が、ただの思いこみであったことに、気付かされた人たちも多いはずだ。
一方で、テレワークの足かせとなるシステム環境や制度などの課題が浮き彫りとなった。これを克服して、テレワークを常態化するのか、あるいは、元の状態に戻すのかによって、今後の企業の評価が、大きな影響を受けることも確かだろう。特に採用においては、無視できない影響があるだろう。
例えば、新卒者はリモートワークができるかどうかが応募の選択肢の1つになるだろう。テレワークができれば、地方の優秀な人材を採用できる機会が生まれる。人材の流動化も加速する。特に「どこででも通用する」優秀な人材にとっては、リモートワークは、働き方の自由度を高めることであり、自分の成長ややり甲斐を与えてくれる。そんな彼らが、「できない会社」から「できる会社」へ転職しようと考えるのは、当然のことだろう。
そう考えれば、テレワークに対応できるかどうかが、結果として企業の業績や成長力に影響を与える大きな要因になる。ひいては企業の淘汰や産業構造の転換につながってゆくと考えるのは、突飛な発想ではないように思う。
リモートワークを単に表向きの現象、つまり働き方の形態や方法として捉えるべきではない。企業の社会的適応力の問題だ。すなわち社会の変化に対しての感度であり、それは、やがては、製品やサービスへと反映されることになる。結果として、時代の感性に取り残された企業が、社会の変化に適応できず、顧客や従業員に見放され、淘汰されてゆくことになるのは、しかたがないことだ。
「労働時間の管理」は、「モノが主役」の社会だった時代の考え方だ。たくさんのモノを作り、それを売りさばくことで、企業は収益を上げていた。個々人の個別最適ではなく、汎用的な標準品を効率よく作り、広く市場に売りさばくためには、労働力が最も大切な経営資源であり、その効率や規模を維持することが、経営者には求められていた。そのために、従業員は、働く時間を管理され、長時間働くことが美徳されていた。
「24時間、戦えますか?」
1988年に健康ドリンクのCMに使われたこの言葉は、流行語大賞にも選ばれるほどに、世の中の共感を得たのを記憶されている方も多いはずだ。まさに働くとは、労働力の提供であり、できる限り多くの時間を仕事に費やすことが、求められてきた。そうやって働けば、個々人の才覚にかかわらず役職が上がり給与も上がるという「年功序列」も従業員の時間を管理することと同根の思想が前提にある。定時での出社や退社を管理するという考え方は、そんな時代の行き過ぎを、何とかしようとの施策である。
もはや「モノが主役」の時代は終焉を迎え「サービスが主役」の時代を迎えた。時間ではなく、個々人の知恵や工夫であり、それを実現するソフトウェアが、価値を産み出す時代になった。労働生産性ではなく、知的生産性が、求められる時代になった。
そんな時代にもかかわらず、「モノが主役」の時代の思想を引きずっていては、この事態にふさわしい優秀な人材は集まらないし、そのことに気付いた人材は去ってしまうだろう。例えば、リモートワークで使っている社員のPCに「監視ソフトを入れる」や「始業時と終業時に上司にメールを送る」といったことは、時代の価値観とは、もはや相容れない。
そこには、「放置しておけば、仕事をさぼる従業員」なので、しっかり監視、管理しなければならいと考える会社と、「仕事を与えてくれるのが会社。給料分はしっかり働くが、それ以外はプライベート」と考える従業員との間の、前時代的な暗黙の了解が存在する。
そんな関係を当然のこととして割り切りうまくやっていこうとする社員しか、その会社には、残らないだろう。そんな会社から、イノベーションが生まれることはないだろうし、知的生産性が高まるはずもない。
こんな時代の変化に気づき、会社を変えてゆこうと決意し、取り組む経営者も増えている。ならば、そういう企業と出逢うにふさわしい感性との能力を磨いてゆくことが、ひとり一人には、求められるのだろうと思う。
「まずは、会社がかわるべきだ!」なんて、考え方も前時代的であろう。100年人生が当然の時代となり、もはや会社や組織に頼って、自分の人生を全うすることなどできるはずがない。そのためには、自分の社会的価値を高め、どこに行っても選ばれる存在となり、人生の選択肢を増やすしかない。
自分が、その会社を選んでも、受け入れてもらえないでは、そこに行くことができない。そうならないためには、自分の「個人的資産」と「社会的資産」を積み上げる努力を怠らないことだ。
「個人的資産」とは、自分が労働市場で高く評価されるためのスキルや知識を言う。ITに関わる仕事であれば、いまのテクノロジーの常識や業務を理解し整理できる能力、提案できる能力、システムのアーキテクチャーを設計できる能力、コードを駆使できる能力などだ。もちろん、語学力も個人的資産として不可欠なものだろう。
「社会的資産」とは、「人脈」のことだ。ただ、「人脈」とは、多くの人を知っていることではない。多くの人に「知られる」ことだ。このことなら、あの人に聞けばいい、これならあの人が適任だと、バイネームで世間に知られる存在になることが、「人脈を拡げる」ことである。
そんな、バイネームで知られる人たちに共通するのは、社外に沢山の人のつながりを持っていること、アウトプットの頻度が高くその量も多いこと、直接の仕事以外についても幅広く勉強していること、などであろうか。
そんなことは、簡単なことじゃないというひともいるだろう。だからこそ、それができる人が、バイネームで呼ばれる存在になるということでもある。
ガートナー ジャパンが、2019年4月2日に発表した「日本におけるテクノロジ人材の将来に関する2019年の展望」に次のような記述がある。
2022年までに、デジタルやモード2の推進に関して有効な対策を取れないシステム・インテグレーターの80%において、20~30代の優秀な若手エンジニアの離職が深刻な問題となる
日本のベンダーやシステム・インテグレーター (SI) は、バイモーダルのモード1およびモード2の両方で大きな課題を抱えています。モード1の課題には、クラウドによる将来のSIビジネスの破壊があります。一方、モード2の課題には、ユーザー企業が内製化、すなわち「自分で運転」するようになることで収益増が期待できなくなることや、アジャイルが前提であるため、現場が回らなくなったり、どのような契約を結ぶべきかが非常に難しくなったりすることがあります。
こうした課題は、今後SIはどうやって生き残るかという論点を含む、根の深いものです。「本物のクラウド」が本格的に浸透し始めたことや、ユーザー企業が「自分で運転」を開始していることから、既存のSIビジネスは10年以内に破壊される可能性が高いと、ガートナーは予測しています。これらの課題を解決する取り組みが一向に見られない企業では、優秀な人材ほど早く自社に見切りを付け、離職していくでしょう。
コロナ禍をきっかけに、多くの企業はいま、これから迎える深刻な不況を見越して、事業計画の見直しを迫られている。ITもまた、これを機会に新しい常識、すなわち「ニューノーマル」へと一気に舵を切るだろう。例えば、アジャイル開発やDevOps、コンテナやサーバーレス、ゼロトラストやサイバーレジリエンス、ローコード開発や内製化が、ITビジネスの前提として求められる。AIやIoT、DXなどもこんな前提の上で展開されてゆくことになる。
そんな時代にふさわしい「個人的資産」と「社会的資産」を積み上げているだろうか。冒頭で申し上げた、「新しい時代の勤勉さの指標」とは、まさにこの資産の大きさであり、それを積み上げる加速度なのだと思う。
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