SI事業者やITベンダーは、そろそろ、自分たちが語るDXの本質に真剣に向きあうべきではないかと思っている。
SI事業者やITベンダーが掲げるDXは、AIやIoTなどの先進テクノロジーを活用することであったり、それを使いやすくするためのプラットフォーム・サービスを提供することであったりと、手段を提供することに重きが置かれているように見える。あるいは、もう少し踏み込んで、ビジネス・プロセスのデジタル化やそこから生まれるデータ活用の仕組み作りに言及するものもあるが、これもまた手段の域を出ない。
「ITの浸透により、人々の生活が根底から変化し、よりよくなっていく」
2004年、スエーデン・ウメオ大学教授のエリック・ストルターマンらは、これを「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」と定義した。デジタル・テクノロジーの発展によって社会や経営の仕組み、人々の価値観やライフ・スタイルが大きく変化し、社会システムの改善や生活の質の向上がすすむという説明をしている。つまり、テクノロジーの進化によってもたらされる「社会現象」として、DXを解釈している。
「デジタル・テクノロジーの進展により産業構造や競争原理が変化し、これに対処できなければ、事業継続や企業存続が難しくなる」
2010年以降、ガートナーやIMD教授であるマイケル・ウエィドらは、「経営や事業の視点」でDXを捉えている。ストルターマンらの解釈はどちらかというと受身な解釈だが、マイケル・ウェイドらの解釈は、デジタル・テクノロジーに主体的かつ積極的に取り組むことの必要性を訴えるもので、これに対処できない事業の継続は難しいとの警鈴を含んでいる。つまり、テクノロジーの進展を前提に、競争環境 、ビジネス・モデル、組織や体制の再定義を行い、企業の文化や体質を変革する必要があると促している。これをストルターマンらの定義と区別するために、「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」と呼ぶことを提唱している。
なお、後者に含まれる解釈として、「経済産業省・DXレポートの視点/変革の足かせとなる課題の克服(通称「2025年の崖」)」がある。本レポートでは、IDC Japanの次のDXの定義を採用している。
「企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」
この解釈は、概ねガートナーやウェイドらが提唱する「経営や事業の視点/企業文化や体質の変革」と共通している。しかし、本レポート全体を見れば、「老朽化したレガシー・システムや硬直化した組織、経営意識といった「変革の足かせとなる課題を克服する活動」に焦点が当てられている。そして、この課題を払拭しなければ、「企業文化や体質の変革」は難しいという問題提起となっている。
確かに、「レガシーの克服」は、必要だが、DXの本質は、それだけではなく、IDCの定義にある「価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」すなわち、デジタルを駆使して、新たな事業の創出やビジネス・モデルを再定義するといった側面もある。これは、必ずしも「レガシー克服」の延長線上にはない。既存のビジネスのあり方を破壊し、新たな価値基準や競争原理を見出し、まったく新しいアプローチを求められることもあるはずだ。
では、なぜ、このレポートが「レガシー克服」に焦点を当てられたかだが、それは、レポートの作成に関わったひとたちの顔ぶれを見ると、おおよその想像がつく。つまり、作成メンバーには、大手SI事業者やITベンダー、大手企業のIT部門の関係者が多く、「レガシー・システムの再構築」を促すことで、「既存の延命」を図ろうとの思惑もあったのではないかと思われる。間違ったことを言っているわけではないが、もう一段高い視野で、DXを解釈することが、必要ではないだろうか。
いずれにしろ、DXは、“デジタルを使うこと”ではなく “ビジネスや社会を変革すること” が目的だ。
ところで、「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」については、この考えを提唱したマイケル・ウェイドらが、その著書「DX実行戦略/デジタルで稼ぐ組織を作る・トランスフォーメーション(日経新聞出版社)/2019年8月」で、さらに踏み込んだ定義をしている。
「デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを用いて組織を変化させ、業績を改善すること」
この中で、特に心に留めておくべきは、次の言葉だと思う。
「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーションにはテクノロジーよりもはるかに多くのものが関与している。」
どんなに優れた、あるいは、最先端のテクノロジーを駆使したとしても、人間の思考プロセスやリテラシー、組織の振る舞いを、デジタルを使いこなすにふさわしい姿に変革しなければ、「業績を改善すること」はできない。あくまで、デジタルは手段であって、それを使うことが目的ではないからだ。
改め、DXの定義をふり返ると、その実現には、次の3つの要件が必要になることが分かる。
- DXの目的は、業績を改善すること。
- 手段として、デジタル・テクノロジーを駆使すること。
- そのためには、人間の思考プロセスやリテラシー、組織の振る舞いを、デジタルを使いこなすにふさわしい姿に変革すること。
まず、「業績の改善」についてだが、必ずしもビジネス・プロセスを効率化することを意味するものではない。価格破壊、圧倒的スピード、市場規模の拡大などの差別化や競争優位の確保などをデジタル・テクノロジーを駆使することで実現し、既存の競争原理を破壊することも含まれている。新規市場の創出という側面もあるが、既存のビジネスモデルの創造的破壊という視点が大切になるだろう。
次に、「手段としてのデジタル・テクノロジー」であるが、あくまで手段であることを見失ってはいけない。目的は、既に述べたように「業績の改善」であるが、そのためには、これまでにはない、魅力的な顧客価値、すなわちCustomer Experience(CX)を向上させることが前提である。これまでのように人手に頼っていたやり方ではできないことをデジタル・テクノロジーを駆使して実現すことで、顧客のロイヤリティを高めることや新たな顧客を創出できなくてはならない。また、そのための課題を見出し、テーマを設定するのは、そこで働く従業員の役割である。そのためには、機械にできることは徹底して機械に任せ、課題を理解し、テーマを設定し、その実現に最もふさわしいデジタル・テクノロジーの組合せを見出すための時間を作り出すことが必要になる。
- 場所にとらわれずに働ける環境やコミュニケーションの手段を提供する。
- 徹底したペーパーレスと手続きの自動化を進める。
- ビジネス・プロセスを徹底してデジタル化し、データの見える化を実現して、的確・迅速な意思決定を可能にする。
などの働き方改革、すなわちEmployee Experience(EX)を向上させることが前提となる。
CXとEXを向上させるために、デジタル・テクノロジーを最大限に活用し、業績を改善させる
DXの実現とは、このような取り組みであろう。
ただ、「人や組織の考え方や振る舞い」が変わらなければ、それも難しい。
米国の法学者であり、クリエイティブ・コモンズの創設者であるハーバード大学法学教授のローレンス・レッシグは、彼の著書『CODE VERSION 2.0』にて、われわれの社会において、人のふるまいに影響を及ぼすものには、「法、規範、市場、アーキテクチャ」という4種類があると指摘している。
- 法律:著作権法、名誉毀損法、わいせつ物規制法などは、違反者に罰則を課すことで影響を与えること。
- 規範:社会的常識やコンセンサス、他者が自分をどのように評価するかと言ったことで影響を与えること。
- 市場:製品の魅力や料金の高低、市場の評価やアクセス数などにより影響を与えること。
- アーキテクチャ:暗黙の決まり事であり、行動習慣などにより、影響を与えること。
レッシグは、本人が意識するしないにかかわらず、ふるまいを規制してしまうのが、「アーキテクチャ」であること、また、その規制力を放置しておけば限りなく大きくなってしまい、行き過ぎると、結果として自由が奪われ思考停止の状態となり、人々が無自覚に振る舞ってしまうことを指摘している。
企業文化とはまさに企業に組み込まれたアーキテクチャである。つまり、あるインプットがあれば、どのようなアウトプットをするかの学習されたモデルであり、意識されることのない行動習慣といえる。
「メールに書類を添付する時はzip+暗号化して平文でパスワードを送る」というのは、まさにこの企業のアーキテクチャであり、企業文化の結果だ。担当者は何もおかしなことをしているとの意識はなく、いつもの通りの仕事なのだろう。つまり、これがセキュリティ・リスクを高める行為であると分かっていても、「会社の決まりだから」や「いままでこのやり方でやってきて問題は起きてないから」という思考プロセス、つまりアーキテクチャが、思考停止に陥らせているというわけだ。
- そう簡単に仕事のやり方が変わるわけではない、なくなるはずはない
- デジタル・テクノロジーでできることはいろいろあるが、しょせんできることは限られている
- ベンチャーもがんばってはいるが、自分たちの事業をおびやかすことなんてない
などの思いこみもまたアーキテクチャである。
DXとは、デジタル・テクノロジーを正しく理解し、その可能性を信じ、それにふさわしい考え方や組織の振る舞いに、変えていくことができなければ、手段としてのテクノロジーを使うことに留まってしまう。アーキテクチャー、すなわち企業の文化に風土を変革することもまた、DXの大切な要件となる。
そのためには、事業の業績評価の基準を売上や利益だけから、与えられた役割に応じて多様化することや、個々人の専門性を高めるために雇用形態をコミュニティ型からジョブ型に変えることなど、制度面での改革にも踏み込まなくてはならないだろう。
「共創」とは、この3つの要件をお客様と共有し、これを満たすための共同作業だ。決して、「手段として、デジタル・テクノロジーを駆使すること」だけではない。そして、その共同作業のパートナーにふさわしい、圧倒的な技術力や顧客の理解、そしてなによりも「一緒に取り組みたい」とお客様に請われる人格もまた磨かなくてはならないだろう。
バズワードとしてのDXは、そろそろ卒業してはどうだろう。DXという言葉が、広く使われるようになって久しいが、かつてのDXについての思いこみを捨てて、ここに説明したような「あるべき姿」に向きあってみてはどうだろう。これまでの自分たちならではのDXではなく、DXの本質に向きあい、自分たちの事業のシナリオを問い直してみてみるべきだ。
これまでのDXから、本来のDXへ変えてゆく。「アフターDX」というにふさわしいほどの発想や施策の転換が迫られるかも知れない。
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