1990年代、インターネットが登場し、ITと企業の関係は大きく変わってしまった。その本質は、ITの民主化だ。地域や企業、個人を超えて、インターネットの先にあるサイバー空間では、誰もが対等な立場にある。競争や連携は地域や国境を越え、立場や実績などの既存の価値基準を無意味なものにした。情報は容易に流通し、優れた知恵や才能は自律・協調し、新しいビジネスのカタチを容易に創り出す。新しい社会基盤であり経済基盤がこのサイバー空間に誕生したのだ。この価値を最大限に享受したのがFAANG(Facebook、Amazon、Apple、Netflix、Googleの5社)をはじめとした米国のIT企業たちだ。彼らは、業界の垣根を越え新たな競争原理を持ち込み、既存産業の秩序やビジネスの常識を破壊してしまった。
一方で我が国では、インターネットは安い通信手段であり、便利な情報収集の手段程度としか受け取らなかった。ITは社内業務の生産性向上や納期短縮のための手段であり、「本業ではない」ということから、できるだけ安く使うことを考えてきた企業も少なくない。
SI事業者は、そういうお客様の需要を満たすために労働力を提供してきた。新たな事業価値を産み出す武器としてではなく、既存業務を改善するための手段としてのITを、ただお客様が求めるがままに提供することを生業にしてきた。
インターネットによって変わったITの新しい価値を理解することなく従前の価値に留まり、お客様にITの新しい可能性を示すことなく、確実な需要が期待できる仕事に専念してきたとも言える。
一方、ユーザー企業の経営者も、「ITは本業ではなく、コアコンピタンスではない」とし、情報システム部門はコスト・センターとして位置付けられた。そのため、ITの外注化を推し進めたり、情報システム子会社として本体から切り離したりして、コスト削減を進めようとした。この結果、IT人材の軽視とITの空洞化がすすんでしまった。
SI事業者はユーザー企業が見限ったコストとしてのITを補完する役割を担い、低コスト・高品質・安定稼働を求められてきた。チャレンジすることや失敗は許されない。プロマネはそのための調達や管理のスキルを磨いてきた。結果として、両者の利害は一致し、新しい時代のITの価値を隠蔽してしまった。そのためITは「現状の改善」のために使われることに留まり、「未来への投資」として受けとめられることはなかった。
このような状況からイノベーションが生まれることはない。結果として、ITがもたらす時代の変化に対応することができず、企業価値の毀損を招いている。
ここにきて、クラウドの普及やFAANGの影響力を目の当たりにし、コロナ禍によって改めて自分たちのITが、時代遅れであることに気付き、焦りはじめている訳だが、もはや時代は一回りも二回りも先を行っている。しかし、それは、ITが時代遅れな訳ではなく、ITの発展によってもたらされた新しい時代の価値基準に追従できず、企業そのものが時代遅れになっていると言うことだ。
インターネットの登場によって最も大きく変わった価値基準は、「スピード」だ。クラウドの普及はそんな需要に応えるためにサービスや機能を充実させている。当然、開発もスピードに対応しなければならずアジャイル開発はもはや前提となりつつある。当然この両者を橋渡ししなければならない。DevOpsはそんな需要に応えるものだ。どこかがひとつが速くなっても他が遅ければ全体のスループットはあがらない。だから、クラウド・DevOps・アジャイル開発は一連の取り組みでなくてはならない。
このようなITのカタチを受け入れる前提は、現場への大幅な権限の委譲、その前提となる自律した個人やチームの存在だ。コロナ禍で、そのような組織運営ができていなかったことを痛感した企業は少なくないだろう。
ITの発展は、企業のビジネス・スピードの加速を促している。そこにデジタル・トランスフォーメーション(DX)、すなわち「デジタルを駆使して変化に俊敏に対応できる企業文化や風土へと変革すること」を企業が模索し始めている。
しかし、SI事業者に話しを聞くと、DXとは、新しいテクノロジーを使うこと、あるいはAIやIoTで新しいビジネスを始めることと理解している人たちが少なくない。DXの本質を理解しないままに、このことばを、従来型のビジネスの化粧まわしを新しくする程度にしか、捉えていないように見える。
例えば、自分たちがPPAP(添付ファイルを暗号化+zip圧縮+平文でパスワード送付)をやっているのに、「お客様のデジタル・トランスフォーメーションの実現を推進する」とホームページに掲げてるい企業、ゼロトラスト・ネットワーク・セキュリティが、常識になろうとしているのに、コロナ禍で半ば強引にリモートワークとなって、VPNやファイヤー・ウォールの制約で仕事にならないと頭を抱えているSI事業者がいるという現実。まさにDXの対極にあるわけで、このようなSI事業者が、お客様のDXの実現に貢献できるとは考えにくい。まずは、自らがDXに取り組み、その経験と模範を通じて、お客様のDXに貢献してほしいと思わずにはいられない。
しかし、いまだ多くのSI事業者がこの本質を理解していない。例えば、物理マシンを仮想化してIaaSへ引っ越すことを「クラウド・インテグレーション」と称して自社の先進性をアピールしたり、既存業務をそのままにRPAを使うことをDXと言ってみたり、超高速開発ツールを使ってシステムを作ることをアジャイル開発と称して低コスト・短期間でのシステム開発を売りにしたりしてみたりなどは、そんな現実を如実に物語っている。
これらの取り組みに価値がないと言うつもりはない。問題は、その先にあるITのあるべき姿をイメージできずに、流行の言葉に引きずられた対処療法に留まっていることだ。
ITがもたらす新しい常識、すなわち「圧倒的なビジネス・スピード」の実現こそが、必要とされていること、そのためには、自律した個人やチームを前提に大幅な権限委譲を行うこと。あるいは、ビジネス・プロセスを徹底してデジタル化して、リアルタイムに現場を「見える化」すること。そのためにITをどのように活かしてゆくかを、お客様の教師となって伝えてゆくことがSI事業者の役割であろうと思う。道具を提供することではなく、道具を使って実現するビジネスのあるべき姿をしめすことだ。
しかし、その役割を果たすことなく、お客様の未来のためではなく、自分たちの現在にこだわり、過去のやり方を変えようとしてこなかったSI事業者の責任は重い。
しかし、未だこの現実を受け入れようとせず、現実についての理解を自分たちに都合が良いように調整することで、自からを正当化しようとしている人たちがいることはなんとも残念なことだ。例えば、つぎのようなことを平気で言う人たちがいる。
「クラウドはガバナンスが効かない。セキュリティが心配だから使えない。」
ではなぜ銀行がクラウドへの移行に積極的なのだろうか。企業の財務会計や人事などの機密性の高いデータを扱う基幹業務をクラウドに移行する動きは大きなトレンドとなっている。米国のCIAはAWSを使い国防総省もAzureへの移行を進めつつある。日本政府もまた「クラウド・バイ・デフォルト原則」を発表し、パブリック・クラウドの利用を第一に考えるようになった。しかし、こんな話しは初めて聞いたと言うSI事業者は少なくない。
「アジャイル開発はシステムを短期間、低コストで開発するための手法である。」
アジャイル開発とウオーターフォール開発の生産性比較をする人がいるが、アジャイル開発が現場のニーズにジャストインタイムで対応するための取り組みであること、業務の成果が明確で必ず使う業務プロセスだけを作ること、そして、それをバグフリーで提供する仕掛けや仕組みを含んでいること、そして、それはお客様が求める「スピード」に対処するための必然であることが理解されていないようだ。そもそも比較する対象ではない。他にもあげればキリがない。
関心がないのか、自覚がないのかはわからないが、不都合な真実を受けとめることには抵抗があるようだ。一方で、ユーザー企業の意識は大きく変わり始めている。
最近、ユーザー企業の経営企画や事業部門からAIやIoT、ITの最新動向について研修をして欲しいという依頼が増えている。情報システム部門を経由せずの依頼だ。言うまでもないが、ITに関わる予算の意志決定に、経営者や事業部門がこれまでになく大きな影響力を持ち始め、ITの重要性を強く認識しはじめている。このような意識の変化が、このような研修の需要につながっているのだろう。
彼らはテクノロジーがもたらすビジネス価値、つまりITが競争優位を実現する上でどのような役割を果たすのか、また、どうすればそれを実現できるのかの物語を求めている。SI事業者はこれに圧倒的な技術力で応えられなければならない。
ITはコストセンターからプロフィットセンターへと位置づけを変え、コアコンピタンスとして認識されつつある。そうなれば内製化は拡大し、「いわれればその通り手配する調達力」は必要とされなくなるだろう。クラウドや自動化の範囲も拡大する。そうなれば、これまでのような開発や運用に関わる人手の需要から利益を上げることは難しくなる。これからは、お客様の内製化を支援する圧倒的な技術力が、SI事業者の存続と成長に不可欠な要件となるだろう。
「共創」という言葉を掲げながら「何をしたいかを決めるのはお客様」と言ってはばからず、自慢のテクノロジー(といっても自分たちが取り扱っている製品やサービス)を使ってもらうことをビジネスのゴールと考えているようでは、お客様の期待に応えることは難しい。共にリスクをとり、一緒になって新しい答えを探してゆく胆力も求められている。
我が国にiPhoneが登場して12年が経った。その間、経済や社会の仕組みがどれほど大きく変わったかを考えれば、「変化のスピード」の意味を知ることができる。そして、その先の未来を世界に先んじて体現している中国の動向を見ると感動もするし、「やりすぎ感」に恐怖すら感じる。ただ10年ほどの期間が、いまの世の中においてどれほどの変化をもたらすかを感じることはできるだろう。そしてそれは、明らかに加速している。
ならばこの機に乗じて、ビジネスの有り様を転換し、これからの10年を自らも加速してみてはどうだろう。そんな決断と行動が、同じ過ちを繰り返さないために必要なのではないか。コロナ禍が、そんな変化のきっかけを与えてくれることを願わずにはいられない。
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