「お客様の今年度予算が一旦凍結され、見直すとの話しが出ています。」
SI事業者やITベンダーから、そんな話しが聞こえてくるようになった。在宅になったこともあって、営業活動も十分にできず、新規の受注がまったく止まってしまったとの話しも聞いた。いまはまだコロナ騒ぎの前からの継続案件で仕事をつないでいるが、この先も仕事が継続されるのかどうか、不安であるとの声も聞く。こんな話の多くは、受託開発やSESで、情報システム部門を顧客にしている企業のようだ。
一方で、この時期に順調に業績を伸ばしている企業もある。クラウドへのシフトを支援し、その前提となるゼロトラスト・ネットワークの構築に関わる企業は、これまでにない忙しさだという。クラウドでプラットフォームを提供している企業も、安定した収益を維持しているようだ。また、アジャイル開発チームは、リモートワークでの対応ノウハウに磨きをかけ、むしろ仕事の効率を高めているところもある。その多くは、お客様の事業部門との直接の仕事であり、この事態に対応すべく、新たな開発案件の相談も増えているところもあるようだ。
受託開発やSESの限界は、これまでも多くの人たちが感じてはいたことだが、需要が絶えることはなかった。そのことが、新たな収益源の確保のための投資を消極的にさせてきた面もあるだろう。なにも新しい取り組みに意欲がなかったわけではないだろうが、稼働率が高くても利益率が低い企業にとっては、優秀な人材を現場から外せば、ますます利益を減らしてしまい、新しいことに取り組むことができないという理由もある。稼げるうちには、稼がなければならないのは、当然の経営判断であろう。しかし、コロナ禍で、この需要が一気に減退する局面にあるいま、先を見越した投資ができていなかったことが、経営を追い込むことになるのは、避けようがない。
業績を伸ばしている企業が成果をあげているのは、何も新しいことに取り組んでいたわけではない。クラウドへのシフトやアジャイル開発は、10年を超える歴史があるし、ゼロトラスト・ネットワークも提唱されて10年、GoogleやMicrosoftといった企業は、何年も前から、その実装に取り組んできた。コロナ禍以前からリモートワークやオンライン・ミーティングを当たり前に使いこなしていた企業も少なくない。
コロナ禍によって新たなテクノロジーが生みだされたわけではない。これまでITのトレンドとして注目されてきたことが時代のさきがけであったことを、多くの人たちに気付かせたに過ぎない。そして、この気付きは、これまでのITトレンドを一気に加速させようとしている。
ではなぜ、このような自明のことを自分たちの行動に変えることができなかったのだろうか。そこには、企業文化に根ざす問題があるのだろう。
先日、あるIT企業から、たくさんの書類が送られてきた。この書類に記入して捺印して、郵送で送り返してくれとのことだった。理由はコンプライアンスの強化だそうだ。
コンプラインスを強化する最も有効な方法は、徹底して業務の無駄を省き、業務プロセスにおける脆弱性を排除することだろう。取引先に負担を強いるのではなく、まずは自分たちで何とかすることを考えるべきであり、それとは真逆の対応に、いささか呆れてしまった。
米国の法学者であり、クリエイティブ・コモンズの創設者であるハーバード大学法学教授のローレンス・レッシグは、彼の著書『CODE VERSION 2.0』にて、われわれの社会において、人のふるまいに影響を及ぼすものには、「法、規範、市場、アーキテクチャ」という4種類があると指摘している。
- 法律:著作権法、名誉毀損法、わいせつ物規制法などは、違反者に罰則を課すことで影響を与えること。
- 規範:社会的常識やコンセンサス、他者が自分をどのように評価するかと言ったことで影響を与えること。
- 市場:製品の魅力や料金の高低、市場の評価やアクセス数などにより影響を与えること。
- アーキテクチャ:暗黙の決まり事であり、行動習慣などにより、影響を与えること。
レッシグは、本人が意識するしないにかかわらず、ふるまいを規制してしまうのが、「アーキテクチャ」であること、また、その規制力を放置しておけば限りなく大きくなってしまい、行き過ぎると、結果として自由が奪われ思考停止の状態となり、人々が無自覚に振る舞ってしまうことを指摘している。
企業文化とはまさに企業に組み込まれたアーキテクチャである。つまり、あるインプットがあれば、どのようなアウトプットをするかの学習されたモデルであり、意識されることのない行動習慣といえる。
「コンプライアンスを強化するために書類や手続きを増やす」というのは、まさにこの企業のアーキテクチャであり、企業文化の結果だ。担当者は何もおかしなことをしているとの意識はなく、いつもの通りの仕事だったのだろう。つまり、コンプラインスを強化するには、「原因となっているプロセスを簡素化しよう」と考えるのではなく、「書類を増やして管理すべき項目を増やそう」という思考プロセス、つまりアーキテクチャが、この企業には根付いていたからこそ、このような対応になったにすぎない。
セキュリティ・リスクが高いことから、メールで暗号化+Zip圧縮で文書を添付し平文でパスワードを送るのはやめるべきだと言われて久しい。しかし、なにも考えることなく、当たり前のように、この迷惑行為を続けている人たちがいる。それが問題であることを指摘しても、「会社の決まりなので仕方がない」や「自動的に変換されて送られてしまうからできない」という。「なぜ、そんな面倒なことをいうのか」とこちらの良識を疑われることもある。本人に悪気はないし、無自覚にふるまっているわけで、これもまたアーキテクチャといえるだろう。
この根本に向きあわなければ、時代の常識に即した取り組みは進まない。過去の常識や、もはや意味を失い慣例化してしまっただけの常識、すなわち時代遅れのアーキテクチャに、真摯に目を向けるべきだ。
いままでのやり方で、これからもなんとかなるだろうとの、暗黙の了解もまた、アーキテクチャのひとつと言えるのかもしれない。なぜなら、「このままではダメだ。必ずこのやり方はいつか時代遅れになる」と、変化し続ける企業文化を大切にしている企業もあるからだ。そして、この企業文化は、確実に業績を伸ばしている企業に共通している。
クラウド、ゼロトラスト・ネットワーク、アジャイル開発、リモートワークなどは、手段にすぎない。このようなテクノロジーが生まれ、注目されるようになったのは、社会やビジネスの環境が変化したことが背景にある。例えば、クラウドやアジャイル開発は、サービスが主役のビジネスへと産業構造がシフトする時代の中で必要とされ、利用者が拡大し、ノウハウが蓄積されるとともに、ますます注目されるようになった。ゼロトラスト・ネットワークは、そんな環境変化に対応するために最適化されたセキュリティの考え方と方法論だ。
【参考】コロナ・パンデミックで加速されるサービスが主役の時代にITビジネスの重心はどこにシフトするのか
デジタル・トランスフォーメーション(DX)もまた同様である。DXの本質は、新しいデジタル・テクノロジーを使うことではない。企業の文化や風土を変革することである。デジタル・テクノロジーを駆使して事業の差別化や競争力の強化を当然のことと受け入れ、行動することが当たり前と考える従業員の思考パターンや組織の振る舞いへと変革することだ。
業績の先行きに不安を感じる企業にとって、コロナ禍は、自分たちの時代遅れのアーキテクチャーに気付かせてくれる機会になったのではないか。いままでの自分たちのビジネスの有り様を見直し、リセットするいい機会かも知れない。これを学びの機会として、タダでは起きない覚悟で、自分たちのアーキテクチャを変えるきっかけにしてはどうだろう。
新しいテクノロジーに対応しようと施策を考える前に、自分たちの企業文化を見直してはどうだろう。これからの時代にふさわしいアーキテクチャーがなければ、新しいテクノロジーを使いこなすことは難しい。例え、表向きは最新のトレンドを看板に掲げていても、企業文化に踏み込んだ対応ができない企業からは優秀な人材は、去って行くだろう。そうなれば、ますます変革は進まない。緊急事態宣言のなか、在宅勤務への対応を個人の裁量に委ね、会社として積極的に施策を打ち出すことのなかった企業は、要注意だ。
アーキテクチャ=企業文化という本質に向きあうことが、変革を加速する。「お客様のDXの実現に貢献する」と喧伝するのも大いにけっこうだが、自分たちの企業文化の変革に向きあうことも、忘れないようにすべきだろう。
「コレ1枚」シリーズの最新版 第2版から全面改訂
新しく、分かりやすく、かっこよく作り直しました
デジタル・トランスフォーメーション、ディープラーニング、モノのサービス化、MaaS、ブロックチェーン、量子コンピュータ、サーバーレス/FaaS、アジャイル開発とDevOps、マイクロサービス、コンテナなどなど 最新のキーワードをコレ1枚で解説
144ページのパワーポイントをロイヤリティフリーで差し上げます
デジタルってなぁに、何が変わるの、どうすればいいの?そんな問いにも簡潔な説明でお答えしています。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー
【6月度のコンテンツを更新しました】
======
- 以下のプレゼンテーション・パッケージを改訂致しました。
- 2020年度・新入社員のための最新ITトレンドとこれからのビジネス
- ITソリューション塾・第34期(現在開催中)のプレゼンテーションと講義動画を改訂
======
【改訂】総集編 2020年6月版・最新の資料を反映しました(2部構成)。
【改訂】ITソリューション塾・プレゼンテーションと講義動画
- デジタル・トランスフォーメーションと「共創」戦略
- ソフトウェア化するインフラストラクチャー
- ビジネスの新しい基盤となるIoT
======
ビジネス戦略編
- 【改訂】ビジネス発展のサイクル p.9
- 【新規】DXはどんな世界を目指すのか p.17
- 【新規】DXの実現を支える3つの取り組み p.50
- 【改訂】MONET Technologies p.65
クラウド・コンピューティング編
- 【新規】XaaSについて p.47
- 【新規】シームレスなマルチ・クラウド環境を構築するAnthos p.110
- 【新規】クラウド各社のOpenShiftマネージドサービス p.111
サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
- 【新規】IoTの定義 p.15
- 【新規】サプライチェーンとデマンドチェーン p.44-45
- 【新規】MaaSエコシステムのフレームワーク p.61
サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
- 【改訂】人工知能の2つの方向性 p.12
- 【新規】AIとAGI p.13
- 【新規】ルールベースと機械学習の違い p.66
下記につきましては、変更はありません。
- ITの歴史と最新のトレンド編
- テクノロジー・トピックス編
- ITインフラとプラットフォーム編
- サービス&アプリケーション・基本編
- 開発と運用編