ガートナーは、情報システムを、その特性応じて「モード1」と「モード2」に分類しています。
- モード1:変化が少なく、確実性、安定性を重視する領域のシステム
- モード2:開発・改善のスピードや「使いやすさ」などを重視するシステム
モード1は、効率化によるコスト削減を目指すもので、人事や会計、生産管理などの基幹系業務が中心となります。そして、次の要件を満たすことが求められます。
- 高品質・安定稼働
- 着実・正確
- 高いコスト/価格
- 手厚いサポート
- 高い満足(安全・安心)
一方、モード2は、差別化による競争力強化と収益の拡大を目指すもので、ITと一体化したデジタル・ビジネスや顧客とのコミュニケーションが必要なサービスが中心となります。そして、次の要件を満たすことが求められます。
- そこそこ(Good Enough)
- 速い・俊敏
- 低いコスト/価格
- 便利で迅速なサポート
- 高い満足(わかりやすい、できる、楽しい)
この両者は併存し、お互いに連携して、全体のプロセスを完結させますから、どちらか一方だけに対応すればいいわけではありません。ただ、ユーザー企業のITへの期待は、モード1からモード2へのシフトがすすみつつあることも、考慮しなければなりません。
ではなぜ、このようなシフトが起こりつつあるのかと言うことです。
歴史をふり返れば、ビジネスとは、「モノが主役」の時代が長く続きました。ITはそんなモノのビジネスの事務処理を合理化する手段として重宝されることになります。その後サービスの重要性も叫ばれるようになりますが、モノのビジネスを支える脇役に留り、しばらくは「収益の主体はモノを売ること」という考え方が主流を占めていました。
変化の兆しが見え始めたのは、インターネットが登場した1990年代の半ば以降となります。
2000年代に入ると、この流れがさらに加速します。当初は、インターネット介し情報やサービスを一方通行で提供していましたが、インターネットが普及するに従い、双方向・対話型のインターネット利用が拡大してゆきます。2005年、ティム・オライリーが、Web 2.0すなわち、「旧来は情報の送り手と受け手が固定され送り手から受け手への一方的な流れであった状態が、送り手と受け手が流動化し誰でもがウェブを通して情報を発信できるように変化したウェブ」を提唱したのもこの時期です。梅田望夫が、2006年に著書『ウェブ進化論』で、Web 2.0の本質を「ネット上の不特定多数の人々(や企業)を、受動的なサービス享受者ではなく能動的な表現者と認めて、積極的に巻き込んでいくための技術やサービス開発姿勢」と説明しています。
つまり、インターネットを介しての双方向での対話を前提にサービスを提供するという考え方であり、ブログやソーシャル・メディアもこの頃に登場します。
この時代に登場するのがアジャイル開発です。2001年、「アジャイルソフトウェア開発宣言 (Manifesto for Agile Software Development) 」が公開されました。アジャイル開発とは、こんなサービスが世の中に認知されつつある時代、つまりモノからサービスへとビジネスの主軸がシフトし始める時期に登場したもので、その後、サービスが主役になる時代のITを支えてゆくアプリケーション開発の考え方や手法として定着してゆきます。
ところで、サービスの価値は、「MoT : Moment of Truth(真実の瞬間)」で決まるという考え方があります。1980年代初頭にスカンジナビア航空のCEOを勤めたヤン・カールソンがこの言葉を使って、自社の改革をすすめていました。
彼は、同航空会社でお客さまに直接応対するスタッフの当時の平均応接時間が15秒であり、そのわずかな時間にお客さまが判断するサービスの質が同社の成功を決めると考えました。つまり、提供する側と受け取る側の一瞬の関係をどう構築するかで、サービスの価値が決まるとするものです。この考え方は、あらゆるサービスにあてはまり、インターネットを介したサービスも同様です。
いま、社会はハイパー・コンペティシションの時代を迎えています。この概念は、米コロンビア大学ビジネス・スクール教授、リタ・マグレイスが、自著「The End of Competitive Advantage(邦訳:競争優位の終焉)」中で論じたもので、市場の変化に合わせて、戦略を動かし続けなければ、企業のもつ競争優位性が、あっという間に消えてしまうこのような市場の特性をとして説明しています。
このような時代に企業が生き残るためには、圧倒的なビジネス・スピードを身につけなければならなりません。業界に突如として現れる破壊者たち、予測不可能な市場環境、めまぐるしく変わる顧客ニーズの変化など、ビジネス環境は、これまでになく不確実性が高まっているのです。
ビジネス・チャンスは長居することはなく、激しく変化する時代にあってチャンスを掴むにはタイミングを逃さないスピードが必要となります。顧客ニーズもどんどん変わり、状況に応じ変化する顧客やニーズへの対応スピードが企業の価値を左右します。競合もまた入れ代わり立ち代わりやって来ます。決断と行動が遅れると致命的な結果を招きかねません。「長期計画的にPDCAサイクルを回す」といったやり方ではもはや対処できないのです。このような時代を背景に、「サービスが主役、モノが脇役」の時代を迎えているのです。
これはサービス事業者だけの話しではなく、製造業のエクセレント・カンパニーであるトヨタが、もはや自らを「モビリティ・カンパニー」つまり、移動をサービスとして提供する企業に転換することを宣言しているように、あらゆるビジネスが、サービスを主役に位置付けなければ生き残れない時代になってしまったと言っても過言ではないでしょう。デジタル・トランスフォーメーション/DXもまた、このような文脈になぞらえて考えてみると、その必然性も見えてくるはずです。
このような時代のビジネスの価値はMoTの価値によって決まります。つまり市場からのフィードバックを常に受けとめ、何が最適かを直ちに判断して、直ちにアップデートしたサービスを提供しなくてはなりません。それがインターネットを介したサービスであれば、そのサービスを本番に移行しても直ちに安定稼働が保証されなくてはならないのです。
必然的にアプリケーション開発はアジャイル開発でなくては対応できないし、それをサービスとして安定して提供し続けるためにはDevOpsが前提です。それを支える、クラウドやサーバーレス、コンテナもまた必然と言えます。
ウォーターフォール開発とアジャイル開発を手法の違いであると解釈するのは一面的です。本質は、モノが主役だった時代の「生産物としてのソフトウェア」を提供することなのか、サービスが主役となった時代の「サービスとしてのソフトウエア」を提供することなのかの違いにあります。
前者はリリース後の手戻りが許されないので「完全」な成果物を求められます。一方後者は、できるだけ早くサービスを立ち上げてユーザーとの関係を築き、ユーザーのフィードバックをもらいながら継続的にアップデートを繰り返し、その時々の最適を維持しようという考えが前提にあります。
手法は、このような思想的背景を前提に作られているので、例え表面的な手法をまねしてみても、思想を理解しないままに取り組んでも、それがうまくいくことはありません。このように考えれば、これからはアジャイル開発が主流となりDevOpsがこれを支える取り組みとして、もはや不可分なものになることは、容易に理解できるでしょう。
コロナ・パンデミックに直面した私たちは、改めて、ITとサービスの重要性を痛感しています。場所やモノにとらわれないことの価値が、サスティナブルな社会を作ってゆく上で、ますます重要であると言うことを思い知らされたわけです。
なにもこの解釈を押しつけるつもりはありませんが、歴史は未来を教えてくれる最高の教師のひとりであることは間違えありません。ひとつひとつのテクノロジーやプロダクトがどうなるかまで、歴史から読み解くことはできませんが、大きな方向性は見て取ることができるはずです。
私はいま、これからの時代に求められるテクノロジーやビジネスのキーワードは「スピード×アジリティ×スケーラビリティ」だと捉えています。ハイパー・コンペティションの時代に市場が求めるサービスを市場の変化に合わせて最適な状態にアップデートし続けるためにはこのキーワードが鍵になります。
さて、あなたの会社の「SI」はこのような社会の変化を前提にアップデートされているでしょうか。未だモノが主役の時代の生産物のITを作ることから抜け出せないとすれば、あきらかに時代錯誤であって未来は閉じていることを悟るべきです。
大切なことは、目に見える現象ではなく、その背後にある本質です。もし、事業改革を進めようというのであれば、流行のDXで大騒ぎする前に、まずは、自らのビジネスの本質が、時代の潮流に正しく与しているのかを問い直すことから始めてはどうでしょう。
具体的には、モード1に関わるビジネスで収益を上げられるうちに、モード2への取り組みを進め、人材の再配置やスキルの転換を推し進めてゆくことが必要ではないでしょうか。
この変化は、コロナパンデミックによって、加速されるでしょう。そんな現実を真摯に受け入れることです。「まだ何とかなる」は、大変リスクの高い判断になることを覚悟しなくてはなりません。
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【改訂】ITソリューション塾・プレゼンテーションと講義動画
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ビジネス戦略編
- 【改訂】ビジネス発展のサイクル p.9
- 【新規】DXはどんな世界を目指すのか p.17
- 【新規】DXの実現を支える3つの取り組み p.50
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クラウド・コンピューティング編
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サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
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- 【新規】サプライチェーンとデマンドチェーン p.44-45
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サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
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