先週のブログで、「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」については、「社会や経済の視点/社会現象」と「経営や事業の視点/企業文化や体質の変革」の2つの解釈があること、そして、後者については、前者のDXと区別するために「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」と呼ばれることなどを解説しました。
では、「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」とは、何をすることなのでしょうか。今週のブログで、この点を掘り下げてみようと思います。
「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」をそのまま日本語に置き換えれば、「デジタル・テクノロジーを駆使して、ビジネスを変革すること」と解釈できます。ただ、それは、カタチあるゴールの実現を目指すことではありません。変化を許容し、高速に判断し、直ちに行動を起こすことができる文化や組織の風土を人や組織に根付かせることです。
具体的な取り組みに置き換えるなら、「Innovation」、「Digitalization」、「Transformation」の3つのことを、継続し続ける企業を実現することです。
Innovation
新たな競争力の源泉や事業領域を創出することを目的とした取り組みです。Innovationとは、本来、「これまでにはなかった新しい組合せを見つけ新たな価値を産み出すこと」です。新技術を発明(Invention)することとは、異なる概念です。
普段当たり前にこなしていた業務プロセスに、これまで誰も考えつかなかった仕事の手順や技術を採用することで、業務の効率が10倍になった、あるいは、大きな付加価値を産み出すことができるようになったなどが、Innovationです。
例えば、直ぐに乗りたいのに、手をあげてもタクシーは止まってくれない。ならば、自家用車の空いている時間をシェアして、アプリで簡単に呼び出せるようにすれば、この状況が改善されるのではないかと考え、登場したのが、ライドシェア・サービスのUberです。自動車での移動を別のやり方で、もっと便利にと考え、作られたこのサービスは、急速な勢いで事業を拡大しました。同様のサービスも多数登場し、タクシーやレンタカーを駆逐しつつあります。
Uberは、これまでに無い、まったく新しい技術を生みだしたわけではありません。「便利な自動車での移動」を新しいやり方で、そして既存の技術の新しい組合せを採用することで、実現しました。
また、2011年9月に発売されたPC作業用メガネ「JINS PC」は、PCディスプレイのブルーライトをカットする機能を打ち出した製品として、大ヒットしました。本来、メガネは、目の悪い人が使うものだという常識を打ち破り、目の良い人のために、目が悪くならないようにと、製品化されたたものです。「目の悪い人」という限られたメガネの市場を、それよりも遥かに大きな「目の良い人」へと市場を拡げたことが、ビジネスを飛躍させた理由です。しかも、「目の悪い人」もこれ以上は、悪くしたくないという理由から、彼らをも取り込むことに成功し、さらにビジネスを拡大させることに成功しました。
ブルーライトをカットするための技術は、枯れた技術であり、決して、新たな発明ではありませんでした。しかし、これを「メガネ」と新しく組合せることで、これまでにはない、新たな価値を創出したのです。
UberもJINS PCも、既存の技術を使って新しい組合せを見出し、これまでには無い新しい価値を創出したInnovationの典型的な事例といえるでしょう。
Digitalization
デジタルにできることは、全てデジタルに移行することを目的とした取り組みです。紙の書類やハンコに頼る業務プロセスを完全なペーパーレスに置き換えること、場所に制約されることなく、どこでも自分の仕事をこなすことができるワークプレイスをクラウド上に構築することこと、ルーチン化、あるいはパターン化された手順や判断を自動化するなど、テクノロジーの進化によって、「人間にしかできなかったこと」を機械に置き換えられるようになりました。また、人間の経験や習慣に頼るのではなく、膨大なデータから最適な判断を高速に下すこと、つまり「人間にはできなかったこと」を機械に置き換えることができるようにもなりました。
テクノロジーを駆使して、デジタル化の領域を徹底して広げることで、人間は、人間にしかできないことに、十分な時間を割けるようになります。つまり、日々のオペレーションに意識を傾けていた時間を、創造的なアイデアや新しい組合せ、すなわちInnovationのために使えるようになるわけです。
また、お客様への的確で迅速な対応ができるようになります。ビジネス環境の変化に即応して、ビジネス・プロセスやサービスの改善を高速に繰り返し、常に最適な状況を維持することもできるようになるでしょう。
スピードが劇的に速まり、コストが大幅に低減すれば、これによって、生まれた余力を、一層の改革や改善、Innovationに傾注できるようになり、企業の体質や競争力の強化に寄与します。
【参考】「デジタル化できるものはすべてデジタル化される」時代に求められる2つのビジネス
Transformation
変化に俊敏な企業の文化や体質へと変革することを目的とした取り組みです。
Innovationの重要性を、声を大にして唱えても、あるいは、最先端のテクノロジーを採用して業務プロセスを高速化しても、それを使いこなして、ビジネス価値に変えるのは、人や組織です。
例えば、失敗を許容する文化の中で、常識を逸脱し、試行錯誤を繰り返すことで、Innovationは、生みだされます。そのためには、セルフ・マネージメントできるプロフェッショナル同士の高い信頼関係を前提とした自律したチームによって組織を運営してゆくことが大切です。そのようなチームは「対人関係においてリスクのある行動をしてもこのチームでは安全であるという、チームに共有された信念」すなわち「心理的安全性」が担保された組織でなくてはなりません。「リスクをとって挑戦してもいいし、失敗してもいい」というお互いの信頼関係を前提とした組織であればこそ、試行錯誤を高速に繰り返し、Innovationを生みだすことができるのです。
また、社内に留まらず、広く社外にも目を向け、連携や提携をダイナミックに実施することで、画期的な新しい組合せを創り出すことができます。企業の「格」や「過去の実績」にこだわるのではなく、オープンに、そして、フェアに能力や可能性を見出し、多様性を高めてゆくことも、Innovationの前提です。
リモートワークのための環境を整えても、「打ち合わせは直接顔を合わせてやらなくては、意味がない」とか、「ハンコは少し傾けて押すのが礼儀であり、そういう仕事の常識なくして、一人前とは言えない」などと、時代錯誤の価値観を持ち続けている限りに於いては、デジタルの価値を引き出すことはできないでしょう。SlackやTeamsを導入して、リアルタイムなコミュニケーションができるようになっても、正式な報告は、文書にして提出することが「きまり」になっているようでは、ビジネス・スピードは上がりません。ビジネス・スピードを上げるには、現場への大幅な権限委譲が不可欠です。だからこそ、現場のいまを「見える化」するセンサーとして、SlackやTeamsなどのビジネス・チャットが、使われるわけですが、古き良き時代の「きまり」や「ルール」に縛られていては、デジタルの価値は、発揮できません。
高度経済成長の時代には、ビジネスは「モノが主役」でした。たくさんのモノを作り、それを売りさばくことで、企業は収益を上げてきました。個々人の個別最適ではなく、汎用的な標準品を効率よく作り、広く市場に売りさばくためには、労働力が最も大切な経営資源であり、その効率や規模を維持することが、経営者には求められていました。そのために、従業員は、働く時間を管理され、長時間働くことが美徳されていたのです。
定時での出社や退社を管理するという考え方は、その時代の常識であり、そうやって働けば、個々人の才覚にかかわらず役職が上がり給与も上がるという「年功序列」も従業員の時間を管理することと同根の思想が前提にあります。
「モノが主役」の時代は終焉を迎え「サービスが主役」の時代を迎えました。従業員の時間を管理するのではなく、従業員の信頼とやる気を管理することで、一人ひとりのパフォーマンスを最大限に引き出すことが、企業の価値を左右する時代です。その前提にあるのは、現場への深い信頼と成果に対するコミットメントを大切にするという考え方です。InnovationもDigitalizationも、そんな企業の文化や風土があってこそ、その価値を引き出すことができます。
【参考】コロナ・ショックがあからさまにする会社と自分の現実にどう向きあうか
「Innovation」、「Digitalization」、「Transformation」は、それぞれに異なる目的の達成を目指します。これを「DX推進室」や「DX本部」といった、肩書きを与えた組織に、全て任せてしまうには、無理があるように思います。
それぞれを、CEOに肩を並べる役員が所管し、大きな権限を行使して行うべきは、言うまでもありません。例えば、Innovationであれば、 CTO(Chef Technology Office)であり、Digitalizationであれば、CIO(Chef Innovation Officer)の役割かも知れません。また、Transformationであれば、CXO(Chef Transformation Officer)を任命すべきでしょう。
「DX推進室」や「DX本部」といった組織は、それぞれの取り組みの先にある「あるべき姿」すなわち、共通する会社のビジョンを提示することであり、予算や人材といったリソース、あるいは、取り組みを調整するコーディネーター、あるいはプロデューサーといった役割を担うべきではないでしょうか。
どのような組織体制を組むかは、それぞれに事情があり、これを唯一のやり方と申し上げるつもりはありません。ただ、目的の異なるこれら3つの取り組みを、区別することなく、曖昧なままに「DX推進室」や「DX本部」といった組織に丸投げしてしまうようなやり方では、破呈するのは目に見えています。
やがて、そこにアサインされた多くの優秀な人材が疲弊し、成果が上がらないことにモチベーションを下げてしまう可能性は大いにあるでしょう。
「そして誰もいなくなった」
そんな小説のような結末になることだけは、避けなくてはなりません。
はやりのDXに乗り遅れてはいけないと「自分たちもやってますよ!」と宣言するための組織を作ってはいないでしょうか。何をすればいいのか分からなからと、彼らに丸投げしてはいないでしょうか。CEOが主導する全社変革の取り組みとして、誰もが最優先の施策であると認知しているでしょうか。
DXの実現を本気で目指すのであれば、「DX推進室」や「DX本部」といった部門を作って、そこに全てを丸投げすべきではありません。ここに示したような3つの目的と役割を明確にして、それぞれが、経営レベルでの十分な権限を持つべきです。「DX推進室」や「DX本部」といった組織は、そんな取り組みを会社全体の動きとして、統合するための参謀本部であり、総合指揮所として、機能させるべきでしょう。
目的と役割を分解整理して取り組まなければ、DXの実現は、難しいのではないかと思います。
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デジタルってなぁに、何が変わるの、どうすればいいの?そんな問いにも簡潔な説明でお答えしています。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー
【5月度のコンテンツを更新しました】
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・以下のプレゼンテーション・パッケージを改訂致しました。
> 2020年度・新入社員のための最新ITトレンドとこれからのビジネス
>デジタル・トランスフォーメーション 基本の「き」
・ITソリューション塾・第33期(現在開催中)のプレゼンテーションと講義動画を改訂
>これからの開発と運用
・総集編を2部構成にして、そのまま講義/講演用のパッケージとして使えるように編集し直しました。
プレゼンテーション・パッケージ ======
【改訂】デジタル・トランスフォーメーション 基本の「き」
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【改訂】総集編 2020年5月版・最新の資料を反映しました(2部構成)。
【改訂】ITソリューション塾・プレゼンテーションと講義動画
>これからのビジネス戦略
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ビジネス戦略編
【新規】デジタル化によって生みだされる2つのビジネス領域 p.10
【新規】ビジネス発展のサイクル p.11
【改訂】デジタル・トランスフォーメーション 2つの解釈 p.19
【新規】デジタル・ビジネス・トランスフォーメーションp.20
【新規】ビジネスに大きな影響を与える3つの要因と対処方法 p.21
【改訂】DXを支えるテクノロジー・トライアングル p.41
【新規】自動車ビジネスの直面する課題 p.44
【新規】ビジネス価値の比較 p.45
【新規】コロナ・ショックで「デジタル・シフト」が加速 p.49
【新規】WithコロナのSI戦略 p.50
【新規】ITに関わる価値の重心がシフトする p.83
ITインフラとプラットフォーム編
【新規】ソフトウエア化されたインフラ p.63
【改訂】5Gの3つの特徴 p.263
【新規】5Gへのネットワークの集約 p.271
サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
【改訂】学習と推論の役割分担 p.84
【新規】デバイス側のAIチップ(エッジAIチップ)の必要性 p.85
サービス&アプリケーション・基本編
【新規】DXとERP p.9
開発と運用編
【新規】アジャイル・DevOps・クラウドは常識の大転換 p.9
【改訂】VeriSM p.17
下記につきましては、変更はありません。
ITの歴史と最新のトレンド編
テクノロジー・トピックス編
クラウド・コンピューティング編
サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT