ITの仕事は「誰かの仕事」なのか、それとも、「みんなの仕事」なのか?
この問いかけへの正解は、時代とともに変わってきました。かつては、「誰かの仕事」つまり、「IT部門の仕事」だと、だれもが考えていました。しかし、もはやこれが正解だと考える人たちは、少なくなったように思います。
企業が、競争力維持し、事業を継続するには、もはやITは不可欠な存在です。それは、売り上げを管理し、請求書を発行し、配送を手配するとなどの事業に附帯する事務処理を効率化するためだけではなく、顧客を見つけ、顧客に心地良い体験を提供し、是非ともそのサービスや商品を手に入れたいと思わせるためにも不可欠です。つまり、事業における「守り」と「攻め」の両方で、ITは不可欠な存在となっています。
この説明に異議を唱える人はいないでしょう。しかし、現実を見れば、いまだIT部門にITの仕事を任せっぱなしにしている人たちも少なくありません。
確かに「守り」のITであれば、「こういう手順で事務処理をするから、この手順を効率化するシステムを開発して欲しい」とIT部門に言えば、その通りのシステムを開発してくれるでしょう。しかし、「攻め」のITは、そうはいきません。事業の競争力を高めるためには、ITをどのように使えばいいのかを、事業の当事者が考え、試行錯誤し、正解を探さなければならないからです。予め、正解が用意されている「守り」のITとは、この点がまるで違います。
例えば、新しく自宅を建てるとき、「なんでもいいから、格安で住み心地のいい家を作ってくれ」と建築会社に頼み、出来上がった家を見て「こんな家を頼んだつもりはない」と文句を言っても後の祭りです。
どうしたいのかは施主の責任です。「攻め」のITの場合も同じ話です。何を解決したいのか、何を実現したいのか、それを決めるのは「当事者」である事業部門の人たちです。その手段として、ITにできること、できないこと、そして、自分の「どうしたいのか」にどのように応えてくれるのか、そのアタリをつけておく程度のことは、最低限できなくてはなりません。その上で、ITの専門家に相談するのがスジというものです。そのとき、ITについてはなにも知らないでは、「なんでもいいから、儲かるシステムを作ってくれ」というしかありません。
もちろん、システムを設計する、プログラムを書く、ネットワークを構築するなどは、専門的な知識や技能を持つ人たちに任せればいいのですが、ITの最低限の常識がなければ、そんな彼らと真っ当な話すらできません。彼らの提案や見積は妥当なのか、これで自分たちのビジネスはうまくいくのかが分からないでは仕事になりません。
昨今、システム開発が失敗して訴訟になるといった事件をよく耳にしますが、それは必ずしも専門家たちの不手際が原因ではなく、事業に責任を持つ当事者や経営者が、最低限のIT常識さえ持たず、丸投げしてしまったことが原因であることも少なからずあるようです。せめて、このIT用語が何のことを言っているのか、ビジネスでどのような役割を果たしてくれるのかといった程度の知識は、常識として持ち合わせていたいものです。ITリテラシーというのは、こういうことを言うのだろうと思います。
ITを「みんなの仕事」にするためには、このITリテラシーを高めてゆかなければなりません。さらに、「攻め」のITへと推し進めるために、事業部門が主導して、システムの開発や構築を「内製化」しなくてはなりません。その理由は、顧客や現場からのフィードバックを直ちに受けとめ、反復的かつ継続的に、高速に改善を繰り返すことができるようにするためです。顧客や現場の状況、あるいはニーズはめまぐるしく変わり、これに高速に対応して、最適を維持できなければ、ITを「攻め」に活かすことはできないからです。
ITが、このように「みんなの仕事」へと大きく変わりつつあるにもかかわらず、未だ多くのITベンダーやSI事業者が、IT部門をほぼ唯一の顧客チャネルにしています。
先日、ある製造業の事業部門の方から、こんな話を伺いました。
「うちのIT部門はITのことも業務のことも理解していないので、相談できませんよ。」
新しいサービス・プラットフォーム事業を立ち上げるに当たり、ITの活用を前提としているのだそうです。しかし、前提として考えている、IoTやAI、クラウドについての知識が乏しく、業界の動向や事業の実態についてもよく分かっていないというのです。だから、相談できないというわけです。
この言葉を次のように置き換えても、そのまま通じるかも知れませせん。
「うちに出入りしているSI事業者はITのことも業務のことも理解していないので、相談できませんよ。」
IT部門とは、蜜月の関係かも知れません。しかし、ITの予算や意志決定権限の重心は、IT部門から事業部門へと大きく移り始めています。IT部門にしか顧客チャネルを持たないSI事業者やITベンダーは、そんなIT部門と一蓮托生、あるいは同じ「分類」と見做され、「相談できない」存在には、なってはいないでしょうか?
行き着くところ、このような企業の仕事は、インフラや既存業務システムの保守、すなわち「誰かの仕事」としてのIT、すなわち「守り」のITに限定されてしまいます。「みんなの仕事」としてのIT、すなわち「攻め」は、別筋の「相談できる」相手を探すということになってしまいます。
「そんなことは、分かっている!だから、営業には、LoB(業務部門)にもっとアプローチせよと叱咤激励している。」
営業の幹部や経営者から、そんなお叱りを受けるかも知れません。しかし、ちょっとまってください。営業を叱咤激励し、彼らを奮起させ、自助努力に頼ることで、この状況が改善できるなんて、そんな都合のいい話はありません。精神論ではなく、戦略的合理性のある施策を打つべきです。
営業によるLoBアプローチを成功させるためには、次の3つの取り組みを進めるべきでしょう。
デマンド・センター
営業のLoBアプローチがうまくいかない理由として大きいのは、「手間がかかるから」です。営業とて生身の人間です。限られた時間の中で仕事をこなし、営業目標を達成しなくてはなりませんから、効率は大切です。そうすると、数字か読めるところ、すなわち「IT部門」に時間を割くのは当然のことです。
アプローチの経験が少ないLoBは、手間がかかります。数字の見通しも立てにくいのが現実でしょう。そういうところに精神論をかざして行かせたところで、長続きせず、数字には容易に結びつきません。だから、結局は、効率の良い古巣のIT部門に戻ってしまうのです。
そもそも、営業にデマンドの開拓を過度に依存するのも現実的ではありません。営業の役割は、既存の顧客の案件を刈りとり数字にすることです。既存の顧客の文脈から、新たな案件を創出することもありますが、まったく新しい顧客から案件を見つける、あるいは創り出すとなると、相当の覚悟と努力が必要になります。ましてや、「相談できない」と思われている相手に飛び込んで行くわけですから、相当な強者でなければできないでしょう。これを根性論というか、精神論で、すべての営業に一律求めるというのは、まったく合理性の欠く話しです。
だから、デマンド・センターが必要となります。デマンド・センターの役割は、「見込み客データの収集(Lead Generation)」、「見込み客の啓蒙と育成(Lead Nurturing)」、「見込み客の絞り込み(Lead Qualification)」です。これら一連の手順を行い、「案件創出(Demand Generation)」することが、デマンド・センターの目的です。
「ここにおよそ〇〇〇円規模の確度の高い案件があります。具体的には、こんな状況であり、お客様はこんな期待を持っています。」
具体的な数字が見込める案件があれば、営業のモチベーションも上がります。案件を探さずとも既に案件があり、営業目標の達成にも貢献できるとなれば、営業は、積極的に案件獲得に向けて努力するでしょう。
仕組みを作り、組織を自律的に機能させることが、営業幹部や経営者の役割のはずです。その役割を棚上げし、精神論と現場の自助努力に期待するのは、いかがなものかと思います。
業績評価基準
多くの営業に課せられる業績評価基準は、主に「売上と利益」です。いや、「売上と利益」だけというところも少なくありません。中には、新規顧客やLoB案件の開拓を業績評価基準として組み入れているところもありますが、その基準が曖昧であったり、恣意的に変えられるものであったり、努力目標程度であり、人事査定やボーナスなどの直接的なインセンティブに結びついていないことも多いようです。このようなやり方では、営業がLoB案件に十分なアテンションを払うことはありません。
デマンド・センターがあれば、「売上と利益」だけでも、営業のモチベーションとアテンションをLoB案件に向けさせることができるかも知れません。しかし、「売上と利益」しかなければ、効率の悪いLoB案件は後回しにしてしまうのは、自然の成り行きです。
「売上と利益」だけではなく、人事査定やボーナスなどの直接的なインセンティブと連動した明確な基準を与えることです。あるいは、LoBを専属で担当する営業には、「売上と利益」以外の業績評価基準を与えることです。
妻:「お父さん、毎日遅くまで頑張っていたのに、こんどのボーナス、いつもより少ないのは、どうして?」
夫:「会社の方針に忠実に従って頑張ったんだけど、頑張れば頑張るほど、評価が下がってしまって、こんなことになってしまったんだ。」
そんな会話なんて、誰もしたくありません。だから、精神論だけでは頑張れないのです。事業戦略に合わせ、それにふさわしい業績評価基準を与えることが、大切なのです。
ITの新しい常識
「zoomはセキュリティ上の問題があるので使用できません。その代替手段につきまして、添付にて解説していますので、そちらをご覧下さい。」
そんな説明が書かれたメールにzip暗号化されたファイルが添付され、その後、平文でパスワードが送られてくるような会社に、仕事の相談などしたいとは思いません。
zoomはセキュリティ問題が発覚した後、直ちに集中して対策を実施し、もはや他のオンライン会議サービスと比較してもぜい弱性のかなり少なくなり、使い勝手も大幅に向上しました。加えて、エンド・ツー・エンドの暗号化を得意とする企業を買収し、さらにセキュリティ対策を強化しようとしています。一方、「zip暗号化ファイルを添付+平文でパスワード送付」が、いかにセキュリティリスクが高いかは、周知の事実です。それにもかかわらず、このような常識のないメールを平気で送るITベンダーやSI事業者に、仕事を任せることは、とてもできません。
コロナ・パンデミックで一気に普及した在宅勤務。しかし、VPNを使っていることや回線帯域の制約によって、まともに社内システムを使えないという企業も少なくありません。この状況を解決するには、パスワードレス、ファイヤー・ウォール・レス、ゼロ・トラスト・ネットワーク、クラウド・シフトといった解決策があるわけですが、それが何かさえ分からないとすれば、お客様の相談にのることはできません。
「zoomってクラウドですよね。うちは、クラウドはダメだから使えません。」
これがいかに非常識であるかに気付かず、平気で言ってのけるITベンダーやSI事業者に、クラウド・サービスを使ったサービス・プラットフォームの開発を相談する人はいないでしょう。
クラウドを前提にAIやIoTを駆使し、5Gを活用することは、LoB案件の常識となることは、論を待ちません。そんなITの新しい常識を知らず、古き良き時代の常識にこだわり続けている、あるいは、縛られているITベンダーやSI事業者が、新しい時代の取り組みの良き相談相手にらないことは、明らかです。
また、何に取り組むべきかのテーマを見つけるための「デザイン思考」を案件創出のツールに使うことも有効です。
LoB案件は、事業の成果に貢献することが、明確に問われます。圧倒的なコストパフォーマンスと差別化を手に入れたければ、なりません。そのためには、ITの新しい常識を前提にビジネスの仕組みを作ることが、不可避となります。
「デジタル・トランスフォーメーション」を喧伝するのもいいのですが、まずは新しい常識を自ら使いこなし、模範を示すことでしょう。これこそが、LoB顧客の信頼を勝ちうる最強の営業ツールになるはずです。
コロナ・パンデミックの収束した世界では、リアルに人と接する機会は大きく減るでしょう。そういう状況にあっても、案件をコンスタントに積み上げるためには、デマンド・センターは、有効な手段です。また、案件の内容や獲得の手段が変われば、それにふさわしい業績評価基準が必要です。既存のテクノロジーのトレンドは、社会の劇的な変化に直面して一気に加速し、ITの新しい常識が、急速に普及するはずです。
この現実を見据えた施策こそが、LoB案件を獲得する鍵となるのです。
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デジタルってなぁに、何が変わるの、どうすればいいの?そんな問いにも簡潔な説明でお答えしています。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー
【5月度のコンテンツを更新しました】
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・以下のプレゼンテーション・パッケージを改訂致しました。
> 2020年度・新入社員のための最新ITトレンドとこれからのビジネス
>デジタル・トランスフォーメーション 基本の「き」
・ITソリューション塾・第33期(現在開催中)のプレゼンテーションと講義動画を改訂
>これからの開発と運用
・総集編を2部構成にして、そのまま講義/講演用のパッケージとして使えるように編集し直しました。
プレゼンテーション・パッケージ ======
【改訂】デジタル・トランスフォーメーション 基本の「き」
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【改訂】総集編 2020年5月版・最新の資料を反映しました(2部構成)。
【改訂】ITソリューション塾・プレゼンテーションと講義動画
>これからのビジネス戦略
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ビジネス戦略編
【新規】デジタル化によって生みだされる2つのビジネス領域 p.10
【新規】ビジネス発展のサイクル p.11
【改訂】デジタル・トランスフォーメーション 2つの解釈 p.19
【新規】デジタル・ビジネス・トランスフォーメーションp.20
【新規】ビジネスに大きな影響を与える3つの要因と対処方法 p.21
【改訂】DXを支えるテクノロジー・トライアングル p.41
【新規】自動車ビジネスの直面する課題 p.44
【新規】ビジネス価値の比較 p.45
【新規】コロナ・ショックで「デジタル・シフト」が加速 p.49
【新規】WithコロナのSI戦略 p.50
【新規】ITに関わる価値の重心がシフトする p.83
ITインフラとプラットフォーム編
【新規】ソフトウエア化されたインフラ p.63
【改訂】5Gの3つの特徴 p.263
【新規】5Gへのネットワークの集約 p.271
サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
【改訂】学習と推論の役割分担 p.84
【新規】デバイス側のAIチップ(エッジAIチップ)の必要性 p.85
サービス&アプリケーション・基本編
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【新規】アジャイル・DevOps・クラウドは常識の大転換 p.9
【改訂】VeriSM p.17
下記につきましては、変更はありません。
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